よくわかる診療ガイドライン
第1部 診療ガイドラインとは
Ver1.0(2017.03.31)
公益財団法人 日本医療機能評価機構
EBM普及推進事業(Minds)
患者・市民専門部会
EBM普及推進事業(Minds)
患者・市民専門部会
第1部 診療ガイドラインとは
1-1.(第1部について)
第1部では、診療ガイドラインの役割や基本構造、望ましい作成プロセスなど、診療ガイドラインの全体像について解説します。
1-2.診療ガイドラインの役割
体調が悪かったり怪我をするなどして医療機関を受診すると、診察や検査、治療などが行われます。このような一連の診療の流れの中には、複数の選択肢がある場合があります。例えば、胃の検査として胃カメラかX線検査か、あるいは治療法として手術か薬物療法か、を選べる場合などです。どちらを選択するかによって、その後の結果に影響する重要なポイントといえます。
その際に、複数の治療法や検査法のエビデンスのまとめ、治療や検査に伴う益と害のバランス、患者の価値観と希望、経済的視点などを考慮して、患者と医療者の協働の意思決定を支援するために最適と考えられる方法を「推奨」という形で示す文書が診療ガイドラインです。エビデンスとは科学的根拠のことで、一般的には信頼性の高い手法で実施された研究から得られた成果のことをいいます。推奨は、比べている治療法や検査法の選択肢について、実施することを推奨するか、あるいは実施しないことを推奨するか、を示した文章のことをいいます。

解 説
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診療ガイドライン
診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書。
1-3.診療ガイドラインの基本構造
診療ガイドラインは、臨床上の重要な課題(重要臨床課題)について疑問形で提示した「クリニカルクエスチョン」と、これに対する回答として提示された「推奨」を基本の構造としています。
例えば、「ステージ2の子宮がん患者に対し、手術単独療法と、手術+放射線療法のどちらが最適な治療法か?」というクリニカルクエスチョンに対し、「手術+放射線療法を行うこと/行わないことを、強く/弱く推奨する」、というような推奨が提示されます。ひとつの診療ガイドラインには、この基本の構造が複数集められ、対象とする疾患の現状などとともに編集されています。

解 説
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重要臨床課題
診療ガイドラインが取り上げる臨床上の課題のこと。クリニカルクエスチョンの基になる。重要臨床課題としては、診療プロセスとして侵襲の高い検査を実施するか否か、最適な治療方法として何を選択すべきかなど、患者への介入に関して、患者と医療者が行う意思決定の重要ポイントの中でアウトカムの改善が強く期待できる重要な臨床課題を重点的に取り上げる。 -
クリニカルクエスチョン
スコープで取り上げることが決まった重要臨床課題(Key Clinical Issues)に基づいて、診療ガイドラインで答えるべき疑問の構成要素を抽出し、一つの疑問文で表現したもの。 -
推奨
臨床で解決したい問題に対して、「治療を実施することを推奨する」か「治療を実施しないことを推奨する」という判断、あるいは「治療法Aを推奨する」か「治療法Bを推奨する」という判断を示し、さらに、推奨の強さを「強い推奨」と「弱い推奨(条件付き推奨)」という形で示す文章。
1-4.診療ガイドラインの望ましい作成プロセス
良質で信頼に足る診療ガイドラインを作成するためには、図のようなプロセスを経ることが望ましいと考えられます。

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クリニカルクエスチョン設定
まず、対象とする疾患を概観した上で、複数の選択肢がある場合など重要な臨床上の課題を選び、クリニカルクエスチョンを設定します。また、アウトカムと呼ぶ、医療行為の結果として生じる効果を挙げます。その際、「治癒」のような患者にとって良い効果(益)と、「合併症」のような負の効果(害)の両方を取り上げることが大切です。アウトカムは、複数の選択肢を比較・検討するための基準となります。 -
システマティックレビュー
クリニカルクエスチョンに関連する研究論文を可能な限り検索・収集します。得られた研究論文を一定の基準で選択、評価し、複数ある研究論文のエビデンスを統合します。
それぞれのエビデンスを統合し、これを評価する過程をシステマティックレビューといい、研究結果の偏りを避けるための重要なプロセスとなります。 -
推奨作成
システマティックレビューの結果として得られた「エビデンスの確実性」、「益と害のバランス」に加え、「患者の価値観と希望」、さらに「経済的な視点」も考慮し、推奨を作成します。
解 説
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アウトカム、患者アウトカム
医療行為によって患者に生じる結果の全体のこと。死亡の回避などの効果(益)のみでなく、医療行為によって引き起こされる害(有害事象)も含まれる。 -
システマティックレビュー
学術文献を系統的に検索・収集し、類似した研究を一定の基準で選択・評価を行ったうえで、明確で科学的な手法を用いてまとめる研究またはその成果物のこと。 -
エビデンス総体
研究論文などのエビデンスを系統的な方法で収集し、採用されたエビデンスの全体を評価し統合したもの。介入とアウトカムの組み合わせごとにまとめられる。 -
エビデンスの確実性
治療効果推定値に対する確信が、ある特定の推奨を支持するうえでどの程度十分かの度合い。 -
益と害のバランス
益は介入によってもたらされる期待される望ましい効果のこと。害は、介入によってもたらされる有害事象のこと。推奨の提示に当たっては、益と害の双方について、複数の選択肢の間で比較を行い、益と害のバランスを評価して、最良と考えられる治療法を推奨する。
1-5.診療ガイドライン作成に携わる3つの組織と作成プロセス
診療ガイドラインの作成は、作成過程の透明性を確保するため、ガイドライン統括委員会、ガイドライン作成グループ、システマティックレビューチームの、独立した3つの組織が作業を進めます。

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ガイドライン統括委員会
日本の診療ガイドラインの多くは、学会や研究会により作成されています。多くの場合、ガイドライン統括委員会は、学会や研究会の理事会あるいは理事会内の常設委員会が担当します。ガイドラインの作成の目的を明らかにし、作成方針を決定して、そのための組織や資金をマネージメントしていきます。 -
ガイドライン作成グループ
実際のガイドライン作成を担当するガイドライン作成グループでは、対象とするテーマに関する現状を把握して診療ガイドラインの企画書にあたるスコープを作成し、エビデンスを検討すべき重要な課題とこれを疑問形にしたクリニカルクエスチョンを設定して、システマティックレビューチームに渡します。 -
システマティックレビューチーム
システマティックレビューチームは、システマティックレビューを実施してガイドライン作成グループにこの結果を返します。
ガイドライン作成グループは、システマティックレビューの結果を検討して、推奨を作成します。また、完成した診療ガイドラインは、最終的にガイドライン統括委員会にて承認後、公開されます。
解 説
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スコープ
診療ガイドラインが取り上げる事項や方法論を明確にするための文書。診療ガイドライン作成の企画書といえる文書。
1-6.診療ガイドラインの作成者
ガイドライン作成グループには、関連するトピックの専門医、プライマリケア医、看護師や薬剤師といった医療専門職のほか、患者やその介護者、市民、政策担当者、また、診療ガイドラインの作成方法の専門家など、様々な立場の人々がメンバーとなることで、偏りのない診療ガイドラインの作成が実現できます。
また、ガイドライン統括委員会は、システマティックレビューを行うシステマティックレビューチームを編成します。ここには、システマティックレビューのトレーニングを受けた人やシステマティックレビューの経験者が入ります。

1-7.作成資金と利益相反(COI)
診療ガイドラインは、誰の目から見ても厳密に公平に作られていることが大切です。作成資金がどこから拠出されたのか、そしてどのように使われたかを診療ガイドラインに記載することが必要です。
また、外部との間に知的あるいは経済的な利害関係が生じて、診療ガイドラインの作成に必要な公正かつ適切な判断が損なわれるような場合、または、そのように疑われるような事態を利益相反といいます。英語の頭文字をとりCOIと呼ぶこともあります。ただし、利益相反は現実的には不可避であり、程度の違いはあれ存在します。そこで、診療ガイドライン作成の際には、各メンバーが自身の利益相反について申告したり、ガイドライン作成グループの中での役割を制限するなどして、公正で適切な判断が損なわれないよう管理することが重要です。

解 説
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利益相反(Conflict of Interest)
COI(Conflict of Interest:利益相反)とは、教育・研究に携わる専門家としての社会的責任と産学連携の活動にともない生じる利益などが衝突・相反する状態のことを言う。研究の独立性が損なわれたり、研究結果に企業寄りの偏りが入り込むリスクが懸念されるなど、時に社会問題化している。