(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅱ.日常整容編
CQ44 |
化学療法終了後に再発毛し始めた患者や脱毛を起こさない化学療法を施行中の患者は,染毛してもよいか | |
推奨 |
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推奨グレード C1b |
上記①から⑤の5項目を必須としたうえで,治療前に使用していた染毛剤を用いて,専門家が注意深くヘアカラーリングを行うことを否定しない。 | |
推奨グレード C1b |
上記①から⑤の5項目を満たしたうえで,ヘナ・お歯黒式ヘアカラーを用いて,ヘアカラーリングを行うことを否定しない。 | |
推奨グレード C1b |
上記①から⑤の5項目を満たしたうえで,ヘアマニキュアやカラーリンス,カラートリートメントを用いてヘアカラーリングを行うことを否定しない。 |
●解説
1.汎用されているヘアカラーについて
再発毛後,いつまでも白髪のままでウィッグを外せないと悩む患者や,脱毛を起こさない化学療法を長期間継続しなければならない患者にとって,髪の毛を染めることは,患者のQOLにかかわる重要な日常ケアの一つである。
しかし,化学療法終了後に再発毛し始めた患者や,脱毛を起こさない化学療法を施行されている患者に対する安全なヘアカラーリング方法についてのエビデンスはない。反対に,ヘアカラーリングによる,がん患者特有の重篤な副作用の報告もなく,がん患者に対して全てのヘアカラーリングを禁止すべきであるとの明確なエビデンスもない。また,再発毛後の染毛が毛髪に与える影響についても明らかにはなっていない。そのため,再発毛後に染毛を行うことで,毛髪が,治療前に染毛した場合と同様,またはそれ以上に損傷する可能性もある。患者が染毛を検討する場合は,このようなリスクとQOL向上のベネフィットを踏まえたうえ,以下に注意しながら決定することが勧められる。
ヘアカラーリングで惹起される副作用で多いのは,接触性皮膚炎であり,その原因の多くは,永久染毛剤に用いられる酸化染料1)~4)である。また,アナフィラキシーショックを呈するような重篤な副作用の症例報告も,年に1,2例認められるが5),がん患者に特有な副作用ではなく,がん患者にヘアカラーリングを禁止する根拠にはならない。酸化染料は染毛力が高いため,永久染毛剤の主成分として汎用されているが,患者が治療前に使用していたヘアカラーに酸化染料が用いられていたとしても,過去にアレルギーや皮膚症状がないのであればそれを治療後に使用することを否定しない。しかし,以前に問題がなかったものであっても,化学療法等により頭皮の状態や免疫能が変化している場合があるため,施術の2,3日前に必ずパッチテストを行う。
さらに,酸化染毛剤の主剤であるパラフェニレンジアミンは,強い感作性を有しており6)~9),頭皮への付着をできる限り避けるため,染色される毛幹と頭皮の間は0.5cm以上空けることが望ましい。このため,患者自身で染毛剤を塗布するよりも,確実な技術をもった理美容師が染毛剤を塗布することが勧められる。また,毛量の少ない場合は頭皮への付着量が多くなるので使用を控える。
化学療法後の患者の毛髪は,治療終了後2,3カ月で再発毛10)を実感できるが,染毛できる長さ,量になるまでの期間には6カ月程度を要すると考えられる。永久染毛剤である酸化染毛剤のヘアカラーは,染料を毛髪内部へ浸透させるためアルカリ剤を含有しており,毛幹のタンパク質を溶出する作用がある。再発毛初期の毛髪は,比較的細く弱いこともあり,この程度の成長期間を置くことが必要であろう。
2.ヘナ・お歯黒式ヘアカラーについて
へナは,ミソハギ科の双子葉植物で,その葉等を乾燥,粉砕したものが染毛料に用いられている。古代からエジプトで染毛や爪の着色に使われてきた11)。2001年の化粧品基準の適用開始に伴って化粧品へ配合が認められるようになった。純粋なヘナだけで染毛した色は淡赤~淡褐色であり,日本人が多く希望する白髪染のように暗褐色や黒色には染まらない。そのため,より黒く暗色に染毛するヘナ製品には,別の色素染毛料を混合配合しているものや酸化染料が配合されている場合もある12)。ヘナ自体に感作性があるほか,別の染料が含まれている場合もあるので,製品表示を確かめパッチテストを実施する必要がある。
お歯黒式ヘアカラー13)とは,永久染毛剤に酸化染料を用いない染毛剤である。毛髪内で,第一鉄イオンと(没食子酸やタンニン等の)多価フェノールの反応により,色素を生成させるもので,お歯黒式と呼ばれている。過酸化水素を利用しないので毛髪への影響が小さい反面,脱色力がないので髪色を明るくできないが,黒く染めるには適している。酸化染料が含まれないので接触性皮膚炎の発症率は低いと考えられる。
3.ヘアマニキュアやカラーリンス,カラートリートメントについて
半永久染毛料のヘアマニキュアは,毛髪への浸透,染着が強固なため,塗布後洗髪しても2~4週間程度は色が維持できる14)。毛髪や頭皮への影響は小さい15)が,配合されているベンジルアルコールやエタノールが毛髪の表面を保護している18-MEA(18-メチルエイコサン酸)を脱離させ髪を損傷する16)。また,タンパク質のアミノ基(-NH2)と塩を形成できるスルホ基(-SO3H)を持つ酸性染料が皮膚(角層)や爪などの硬質ケラチンに結合しやすい14)。使用にあたっては,永久染毛剤同様に十分に注意する。また,頭皮への付着をできる限り避けるため,専門家による施術が望ましい。
カラーリンスやカラートリートメントは,継続して使用することで徐々に毛髪を染色する化粧品である。がん患者に対して安全なカラーリンス,カラートリートメントに関するエビデンスはないが,がん患者特有の重篤な副作用の報告もないため,全てを禁止する明確な根拠もない。
ただし,使用されている代表的な染料のHC青2やHC赤1は,感作性や細胞毒性の報告があるため17)18),頭皮に炎症や傷がないか確認したうえ,できる限り頭皮へ付着しないようにするなどの注意を要する。
なお,一般に部分白髪染めと称されるスプレー式やスティック式,マスカラ式などの一時着色料には,酸化鉄を含むものがある。これらの成分は,MRI検査の際にアーチファクトを起こすことが報告されており19)20),検査の前には使用しないよう注意を喚起する。

検索式・参考にした二次資料
PubMedおよびJ-STAGEにて,"cancer", "therapy", "hair", "dyes", "treatment", "scalp",のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“癌患者”,“頭皮”,“ヘアダイ”,“ヘアカラー”のキーワードを用いて検索した。さらに,ハンドサーチを行った。
参考文献 | |
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1) | 辻野義雄.第13章 頭髪化粧品13-5頭髪に色を施すもの.宮澤三郎編著.コスメティックサイエンス-化粧品の世界を知る-.東京:共立出版;2014.p.190-7.(レベルⅥ) |
2) | 日本皮膚科学会接触皮膚炎ガイドライン委員会.接触皮膚炎診療ガイドライン.日皮会誌.2009; 119(9): 1757-93.(レベルⅥ) |
3) | 「職業性皮膚障害の外的因子の特定に係る的確な診療法の研究・開発,普及」研究報告書.平成20年4月,独立行政法人労働者健康福祉機構.2008. http://www.research.johas.go.jp/booklet/pdf/04s.pdf |
4) | クラーレンス・R・ロビンス著(山口真主訳).第6章 毛髪の染毛.毛髪の科学.第4版.東京:フレグランスジャーナル社;2006. p.377-94.(レベルⅥ) |
5) | 山口正雄,高橋美圭,小泉佑太,他.染毛剤によりアナフィラキシーショックを呈した1例.アレルギー.2014; 63(3-4): 590.(レベルⅥ) |
6) | Yokozeki H, Wu MH, Sumi K, et al. Th2 cytokines, IgE and mast cells play a crucial role in the induction of para-phenylenediamine-induced contact hypersensitivity in mice. Clin Exp Immunol. 2003; 132(3): 385-92.(レベルⅥ) |
7) | White JM, Kullavanijaya P, Duangdeeden I, et al. p-Phenylenediamine allergy: the role of Bandrowski's base. Clin Exp Allergy. 2006; 36(10): 1289-93.(レベルⅥ) |
8) | Aeby P, Sieber T, Beck H, Gerberick GF, Goebel C. Skin sensitization to p-phenylenediamine: the diverging roles of oxidation and N-acetylation for dendritic cell activation and the immune response. J Invest Dermatol. 2009; 129(1): 99-109.(レベルⅥ) |
9) | Seo JA, Bae IH, Jang WH, et al. Hydrogen peroxide and monoethanolamine are the key causative ingredients for hair dye-induced dermatitis and hair loss. J Dermatol Sci. 2012; 66(1): 12-9.(レベルⅥ) |
10) | Lacouture ME. Dr. Lacouture's Skin Care Gide for People Living with Cancer. 1st edition. New York: Harborside Press; 2012. p.107.(レベルⅥ) |
11) | Thompson RH. Naturally Occurring Quinones. New York: Academic Press; 1957. p.56.(レベルⅥ) |
12) | 独立行政法人国民生活センター.酸化染料を含むヘナ白髪染め-未承認で販売されているものについて-(記者説明会資料).2007. http://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20070606_1.pdf(レベルⅥ) |
13) | デール・H・ジョンソン編(山口真主訳).ヘアケアサイエンス入門.東京:フレグランスジャーナル社;2011. p.250-3.(レベルⅥ) |
14) | 日本ヘアカラー工業会(JHCIA).ヘアカラーリング製品の種類 半永久染毛料(酸性染毛料)-セミパーマネントヘアカラー. http://www.jhcia.org/product/product_b/(レベルⅥ) |
15) | 辻野義雄.ヘアカラーの変遷と技術動向.トライボロジスト.2015; 60(8): 518-26.(レベルⅥ) |
16) | Swift JA. Human Hair Cuticle: Biologically Conspired to the Owner's Advantage. J Cosmet Sci. 1999; 50: 23-47.(レベルⅥ) |
17) | Scientific Committee on Consumer Products (SCCP). Opinion on HC Blue No.2, Doc. No.1035. 2006. http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_sccp/docs/sccp_o_084.pdf(レベルⅥ) |
18) | Scientific Committee on Consumer Products (SCCP). Opinion on HC Red No.1, Doc. No.0981. 2006. http://ec.europa.eu/health/ph_risk/committees/04_sccp/docs/sccp_o_072.pdf(レベルⅥ) |
19) | 平川英滋,高晃治,岸 孝幸,春原信雄,佐藤 清.MRI検査における化粧品の影響.日放線技会誌.1995; 51(8): 978.(レベルⅥ) |
20) | 土井 司,山谷裕哉,上山 毅,他.MR装置の安全管理に関する実態調査の報告:思った以上に事故は起こっている.日放線技会誌.2011; 67(8): 895-904.(レベルⅣb) |