(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
分子標的治療
総論
分子標的薬による外見の変化について
分子標的薬は抗悪性腫瘍薬のうち,腫瘍細胞あるいはその支持細胞(血管など)の増殖維持にかかわる分子の機能抑制により抗腫瘍効果を示す薬である。血中増殖因子やその膜受容体など細胞外分子を標的とする抗体薬(-mab)と,増殖因子の細胞内シグナルを阻害する小分子薬(-ib)がある。多種類の分子標的薬が次々と臨床使用されるようになってきたが,本項では主に皮膚の外見に影響の多い上皮系のがんの治療薬について述べることとする(表1)。これらの薬剤は従来薬と異なり標的細胞が限定されているため,上皮系腫瘍を標的とする薬剤では著しい骨髄抑制は回避できる。一方で,標的と同系列の増殖シグナルを用いる皮膚には高頻度に障害を生じる。特に,皮膚障害が問題となるのが上皮系細胞の増殖にかかわる上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor;EGFR)の機能を抑制する薬剤(EGFR阻害薬)である。EGFRは大腸がん,頭頸部がん,非小細胞肺がん,乳がん,膵臓がんなどで過剰発現がみられる。EGF,TGF-α,HB-EGF,amphiregulin等のリガンドと細胞膜のEGFRとの結合を阻害する抗EGFR抗体セツキシマブ,パニツムマブが大腸がんや頭頸部がんに,EGFRの細胞内チロシンキナーゼを阻害するEGFR-チロシン(tyr)キナーゼ阻害薬ゲフィチニブ,アファチニブが非小細胞肺がんに適応をもち,エルロチニブが非小細胞肺がんと膵がんに適応をもつ。EGFRとHER2の双方の細胞内チロシンキナーゼを阻害するEGFR/HER2チロシンキナーゼ阻害薬(ラパチニブ)が乳がんに使用される。
その他の分子標的薬として,PDGFR,VEGFR,KITなど複数のチロシンキナーゼを阻害するマルチキナーゼ阻害薬として,アキシチニブ,イマチニブ,スニチニブ,ソラフェニブ,パゾパニブ,レゴラフェニブなどがあり,腎細胞がん,消化管間質腫瘍,膵神経内分泌腫瘍,肝細胞がん,甲状腺がん,悪性軟部腫瘍,大腸がんなどに使用されている。今後,新しい分子標的薬や併用療法,適応疾患が追加されるに従い,皮膚症状も増加すると考えられている。
EGFRは表皮細胞,外毛根鞘細胞のほか,脂腺,汗腺の基底細胞にも発現している1)2)。EGFR阻害はEGFRのリン酸化を抑制し,p27KIP1(サイクリン依存キナーゼ)発現上昇とPI回転,ジアシルグリセロール,細胞増殖マーカーKi-67,MAPK(分裂促進因子活性化タンパク質キナーゼ)の低下をもたらす1)2)。表皮の萎縮と角化異常のほか,ケモカイン産生増加と好中球,樹状細胞,ランゲルハンス細胞,リンパ球,マスト細胞浸潤による炎症と表皮の一部にアポトーシスを引き起こす。また,表皮増殖は遅延し,有棘層と角層は菲薄となり,STAT3,ケラチン1の発現など有棘層の早期分化(角化)が起こり,インボルクリンは増加しフィラグリンは減少し,claudin-1発現の低下をきたし,角層保水能とバリア機能の低下が生ずる1)~5)。同時に,同じく上皮系細胞でEGFRを有する皮脂腺の機能が抑制され,皮脂膜の減少を生じ,皮膚バリア機能が低下するとともに,表皮抗菌ペプチド産生の低下から皮膚の易感染性が生じる3)。また,毛包上皮は角化異常による開口部の閉塞2)5)が起こり,ざ瘡様皮膚炎を生じるとともに皮脂減少に影響する。さらに,汗腺機能の低下による発汗量の低下も加わり,角層内水分量の低下が生じて皮膚は“乾皮症”状態となる。そのため,四肢,特に掌蹠など角層の厚い部位では亀裂を生じやすくなるが,表皮の再生が抑制されているため治癒が遅延する。また,荷重やずれ圧を受ける足底には水疱を形成し,爪甲端が食い込みやすい爪郭部では上皮に損傷が起こり爪囲炎を生じやすく,欠損した上皮の再生の遅延から創傷治癒が阻害され,血管拡張性肉芽腫様の不良肉芽(爪郭肉芽腫)を生ずることになる。
販売名 | 一般名 | 標的/性状 | 適応症 | 投与経路 | 主な副作用 | 代謝/併用注意 | |
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1 | アービタックス | セツキシマブ (Cetuximab) | 抗EGFR抗体 | 結腸・直腸がん,頭頸部がん | IV | ざ瘡様皮疹,皮膚乾燥,発疹,爪囲炎,瘙痒,皮膚亀裂,脱毛,口唇炎,爪障害,手足症候群,蕁麻疹,剝脱性皮膚炎,毛髪障害 | |
2 | ベクティビックス | パニツムマブ (Panitumumab) | 抗EGFR抗体 | 結腸・直腸がん | IV | ざ瘡様皮疹,皮膚乾燥,爪囲炎,発疹,瘙痒症,皮膚亀裂,皮膚剝脱,爪障害,手足症候群,多毛,紅斑 | |
3 | イレッサ | ゲフィチニブ (Gefitinib) | EGFR-TK阻害薬 | 非小細胞肺がん | Po | 発疹,瘙痒,皮膚乾燥,亀裂,ざ瘡様皮疹,爪障害 | CYP3A4注意 |
4 | タイケルブ | ラパチニブ (Lapatinib) | EGFR/HER2-TK阻害薬 | 乳がん | Po | 手足症候群,発疹,爪障害,皮膚乾燥,瘙痒症,脱毛症,ざ瘡様皮膚炎,亀裂,紅斑,爪破損,色素沈着,皮膚剝脱,爪障害 | CYP3A4注意 |
5 | タルセバ | エルロチニブ (Erlotinib) | EGFR-TK阻害薬 | 非小細胞肺がん,膵がん | Po | ざ瘡様皮膚炎,皮膚乾燥・亀裂,爪囲炎・爪障害,多毛症,瘙痒 | CYP3A4注意 |
6 | ジオトリフ | アファチニブ (Afatinib) | EGFR,HER2,ErbB4-TK阻害薬 | 非小細胞肺がん | Po | 発疹,爪囲炎,皮膚乾燥,ざ瘡様皮疹,瘙痒,爪障害,手足症候群,皮膚剝脱,亀裂,過角化,色素沈着,潰瘍,脱毛,多毛 | P-糖蛋白阻害注意 |
7 | ネクサバール | ソラフェニブ (Sorafenib) | PDGFR,VEGFR,KIT,c/bRaf-K阻害薬 | 腎細胞がん,肝細胞がん,甲状腺がん | Po | 手足症候群,脱毛,発疹,瘙痒,皮膚乾燥,紅斑,ざ瘡様皮疹,過角化,扁平上皮がん | CYP3A4注意 |
8 | グリベック | イマチニブ (Imatinib) | PDGFR,KIT,Bcr-Abl TK阻害薬 | 消化管間質腫瘍,慢性骨髄性白血病,急性リンパ性白血病,好酸球増多症候群,慢性好酸球性白血病 | Po | ざ瘡様皮疹,水疱性皮疹,血管浮腫,乾癬悪化,皮膚障害,苔癬様角化症,扁平苔癬,点状・斑状出血,手足症候群,発疹 | CYP3A4注意 |
販売名 | 一般名 | 標的/性状 | 適応症 | 投与経路 | 主な副作用 | 代謝/併用注意 | |
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9 | スーテント | スニチニブ (Sunitinib) | PDGFR,VEGFR,KIT,FLT3,CSF-1R,RET-TK阻害薬 | 消化管間質腫瘍,腎細胞がん,膵神経内分泌腫瘍 | Po | 皮膚変色,手足症候群,発疹,顔面浮腫,脱毛症,瘙痒,紅斑,皮膚乾燥,紫斑,皮膚剝脱,爪異常,毛髪色素脱失変色,ざ瘡様皮疹,蕁麻疹,皮膚びらん | CYP3A4注意 |
10 | スチバーガ | レゴラフェニブ (Regorafenib) | PDGFR,VEGFR,FGFR,KIT,Raf-K阻害薬 | 結腸・直腸がん,消化管間質腫瘍 | Po | 発疹,脱毛,皮膚乾燥,紅斑,瘙痒,ざ瘡様皮疹,爪障害,多汗症 | CYP3A4注意 |
11 | ヴォトリエント | パゾパニブ (Pazopanib) | PDGFR,VEGFR,KIT-K阻害薬 | 悪性軟部腫瘍,腎細胞がん | Po | 毛髪変色,手足症候群,発疹,脱毛症,皮膚色素減少,皮膚乾燥 | CYP3A4注意 |
12 | インライタ | アキシチニブ (Axitinib) | VEGFR-1,2,3-K阻害薬 | 腎細胞がん | Po | 手足症候群,発疹,皮膚乾燥,瘙痒症,脱毛症,皮膚障害,紅斑,過角化,皮膚剝脱,爪障害,水疱 | CYP3A4注意 |
13 | ゼルボラフ | ベムラフェニブ (Vemurafenib) | BRAF-K阻害薬 | 悪性黒色腫 | Po | 発疹,光線過敏,脱毛,過角化,瘙痒症,皮膚乾燥,紅斑,日光性角化症,脂漏性角化症,手足症候群,毛孔性角化症,毛包炎,ざ瘡様皮疹,皮膚剝脱,色素沈着障害,毛髪異常,蕁麻疹,皮膚囊腫,結節性紅斑掌蹠角化症 | P-糖蛋白(P-gp)阻害注意, CYP1A2 CYP2C9注意 |
1)EGFR阻害薬による皮膚障害
治療に伴う皮膚症状は,上述のざ瘡様皮疹,乾皮症,爪囲炎のほか,乾皮症に続発する湿疹,瘙痒,脱毛や毛髪異常など多岐にわたる6)~9)(表1)。病変は種類と重症度の差はあれ,ほぼ全例に認められる。一般に抗体薬がマルチキナーゼ阻害薬より高頻度で症状も早く出る傾向にある。ただ,Grade 3以上の皮膚症状は数%程度と少なく,皮疹のため治療を中止する例や死亡に至る例はほとんどないとされている6)~8)。これらの対応には皮膚障害の早期発見,対策に加えて,予防的なスキンケアが必要とされ,患者への指導が重要である9)~11)。
ざ瘡様皮疹12)は,治療開始1~4週後から患者の45~100%と高頻度に生じ,2~3週をピークに徐々に減少する(図1)。重症例は10%以下とされている。尋常性ざ瘡同様に顔面,頭頸部や胸背の正中部などの脂漏部位に一致してみられる。露出部に多いため治療が求められる。頭頸部では脂漏性皮膚炎様となることもある。通常のざ瘡と異なり皮脂産生亢進や面皰形成は著しくなく13),瘙痒を伴う。機序は感染や皮脂産生過多よりも角化異常による毛包の閉塞と炎症反応が主体と推測されている。また,慢性期には二次感染がみられる。そのため,抗菌薬の内服,外用に加えてアダパレンゲルも有効なことがあるほか,通常のざ瘡では用いない副腎皮質ステロイド外用薬(以下,ステロイド外用薬)が有効性を示すとされる1)。ただ,皮疹発症部位では非発症部位より皮脂が多いとされ,皮脂の関与も推測されている4)14)。
乾皮症(皮膚乾燥,皮脂欠乏症)15)は瘙痒とともに患者に強く不快感を与える副作用で16),多くの例で治療開始1~2カ月後から始まり,6カ月後には全例にみられるようになり長期間続く6)7)(図1)とされる。セツキシマブでは3週頃と早期に,エルロチニブでは7週頃始まる17)。表皮角層は菲薄化し,顆粒層も減少する。表皮細胞,脂腺,汗腺機能の萎縮,機能低下を生じ,皮脂膜形成が低下,皮膚バリア機能も低下する。そのため皮膚は乾燥し,鱗屑形成,落屑,微細亀裂を生じる。疼痛を伴う顕著な亀裂は乾皮症に伴い生じ,角層の厚い手指に生じる頻度は15~18%程度とされているが,重症例は1%程度とされている18)。EGFR阻害薬による乾皮症に特異的な治療はなく,一般的な乾皮症同様に保湿薬などの外用や過度の洗浄,摩擦を避けるなどの生活指導が重要となる。
瘙痒19)はざ瘡様病変と同時期の2~3週頃からみられ(図1),頻度は高く36~50%,大多数の症例でみられるとの意見もある。パニツムマブでは日本では33%20),米国では17.4%21)に瘙痒を生じるとされている。治療薬の減量中止に至るGrade 3の頻度は2%以下にとどまる21)。瘙痒はざ瘡様皮疹や乾皮症にも増してQOLを低下させるとされている16)。乾皮症に湿疹病変(皮脂欠乏性皮膚炎)を生じると湿疹に準じた治療が必要となる。二重盲検試験でテトラサイクリン内服が皮膚瘙痒を抑制した報告もある22)。抗ヒスタミン薬は皮膚瘙痒症やアトピー性皮膚炎などの瘙痒には有効であるが23),単独での分子標的治療に伴う瘙痒への効果は定まってはいない。しかし,一般にヒスタミンを介した皮膚炎の瘙痒に対する効果から有効とされ1)6)9),実臨床では頻用されている。
毛髪上皮細胞への障害から,毛髪,体毛での多種類の変化が生じる。EGFR阻害薬は毛髪の成長サイクルを遅延させるため,毛髪の脱落遅延や成長障害が生じ,多毛,長睫毛症,縮毛や脱毛などの変化を生じる8)。顔面の多毛や長睫毛症は治療開始4~8週頃から始まり長期に続く9)。剃毛,脱毛処理が勧められている。睫毛も定期的に短くする必要があり,眼科医による処置が必要なこともある8)9)。一方,非瘢痕性,瘢痕性の脱毛がやや遅れて7~12週頃から生じてくる1)7)9)。ざ瘡様皮疹に続発することもあり,マイルドなステロイドローションの外用や洗浄による予防を行う。非瘢痕性の脱毛にはミノキシジルの外用も考慮される9)。
爪囲炎は遅れて1~2カ月頃より生じ,6カ月以降では50%の患者にみられるとされる7)9)。爪周囲(後爪郭・側爪郭)の皮膚の炎症で紅斑,鱗屑,亀裂を伴う。運動などで外力が加わると,肥厚弯曲した爪の側縁が脆弱化した側爪郭上皮に刺入し,陥入爪を生じると疼痛を生じ,陥入した爪による不良肉芽(爪郭肉芽腫)を形成すると疼痛もより強くなる。肉芽は無菌性で血管の過増生によるが,メカニズムは不明で二次的な感染も生じる7)。拇趾に多いが,一般的な陥入爪と異なり,拇趾以外の手足の爪にも多発する。陥入部の爪の切除とテトラサイクリン系薬剤の内服を行う。液体窒素による冷凍除去や外科的処置も行われる6)13)。抗菌薬を併用し,局所の強力なステロイド外用薬も有効とされているが24)25),治療抵抗性である。セツキシマブ,エルロチニブでは皮膚症状が重症な例は予後が良好とされており,皮疹の制御が治療上非常に重要である。爪の増殖障害も起こるため,一部に爪の亀裂,形成異常や爪甲剝離も生じる。

2)マルチキナーゼ阻害薬による皮膚障害
マルチキナーゼ阻害薬は,PDGF,VEGF,KITなどのチロシンキナーゼはじめ複数の経路のリン酸化酵素の阻害を行う薬で,EGFR阻害薬とは異なる皮膚障害を早期に発症する26)。
手足症候群27)が最も重要な症状で疼痛を伴いQOLが低下する。ソラフェニブでは皮疹,手足症候群,脱毛は生じるが瘙痒,乾皮症は比較的少ないとされている28)。アジア人に多いとされている29)。
投与開始1~3週間程度で足底を中心に違和感,紅斑,しびれ,知覚過敏などを生じる。特に強い異常感覚と疼痛はQOLを低下させる。荷重部位を中心に紅斑,水疱,膿疱,びらんを生ずるようになり疼痛をきたす。フッ化ピリミジン系薬剤による手足症候群と異なり早期に出現し,水疱周囲にリング状紅斑を生ずることが特徴である24)29)。薬剤により真皮上層の血管を中心に内皮障害をきたし,次いで表皮の障害をきたすこととなる。そのため,荷重部の圧迫と“ずれ”を起こさないよう注意する。早期の浮腫紅斑期から炎症を抑制するために強力なステロイド外用薬を用いる。初期症状の抑制が治療継続の可否にかかわる。重症ではミノサイクリン内服やステロイド内服薬も併用する24)29)。角化,乾燥の頻度は多くはないが1),生じた場合には亀裂を防ぐため保湿薬を使用する24)。慢性期には角化が強くなり,胼胝,鶏眼による疼痛が強くなる。局所の荷重が疼痛や重症化の要因となるため,圧の分散を図るため,適切な中敷き,装具の着用など履き物の工夫が重要となる。また,褥瘡予防に用いられる高すべり性創傷被覆材の使用も考慮される30)。
毛髪の変化もマルチキナーゼ阻害薬で認められる。毛髪の変色や皮膚の色素脱失がスニチニブなどKIT阻害作用をもつ薬剤の使用開始後5~6週で発症する31)。この変化は可逆的で投与中止後2~3週間で回復する。KITシグナルを介したメラノサイトの機能抑制によると推測されている。
なお,ソラフェニブでは多形紅斑型薬疹を生ずることがあり,鑑別を要する。薬剤は中止し,再投与しない。
3)BCR—ABL融合遺伝子産物チロシンキナーゼ阻害薬による皮膚障害
BCR-ABLチロシンキナーゼはabl遺伝子とbcr遺伝子が融合したbcr-abl遺伝子をもつフィラデルフィア染色体由来のチロシンキナーゼである。Bcr-Ablチロシンキナーゼ活性を阻害するイマチニブは急性リンパ性白血病,慢性骨髄性白血病に使用されるだけでなく,KITチロシンキナーゼ活性の阻害効果も有することから,消化管間質腫瘍などにも使用され,12%程度に皮膚障害を生じる25)26)。臨床症状が播種性紅斑,浮腫性紅斑,多形紅斑など通常のアレルギー性の薬疹と鑑別が困難な症例も少なくなく,Stevens-Johnson症候群などの重症薬疹も引き起こすことがあり慎重な対応が必要である。強力なステロイド外用薬やステロイド内服薬が適応になることもある25)。
4)外用保湿薬の選択はどのようにされるべきか
分子標的薬の皮膚障害に特異的に有用とされる保湿薬は存在せず,保湿薬単独の臨床試験も限られており32)33),エビデンスは少ない。臨床的には皮膚表面に多数の微細な亀裂形成や鱗屑形成をみる状態となり,魚鱗癬様症状を示すこともある。欠損した皮脂膜を補い,皮膚の被刺激性を緩和し,表皮の再生を補助するとともに,低下した角層水分保持能を補う機能成分により皮膚の柔軟性を確保する。外用治療薬には,乾皮症(皮脂欠乏症)や魚鱗癬に保険適用のある保湿薬として主に使われているものにヘパリン類似物質(以下,ヘパリノイド)外用薬,尿素外用薬がある。ヘパリノイドでは油中水型(W/O)クリーム,水中油型(O/W)クリーム,ローション剤(乳剤性,水溶性)があり,尿素外用薬もW/Oクリーム・O/Wクリーム,ローション剤(乳剤性,水溶性)がある。そのほかクリーム剤としてザーネ軟膏®(クリーム),ユベラ軟膏®(クリーム),親水軟膏があり,疎水性軟膏として白色ワセリン(プロペト®),アズノール軟膏®などが用いられている。海外ではサルファサリチル酸クリーム34)や乳酸クリーム,酪酸アンモニウム35)の報告があるが,無認可のため国内では使用されていない。
剤形:ローションやクリーム剤はべとつかず外用しやすく,治療が継続されやすいため推奨されている。界面活性剤を含むため亀裂部には疼痛を生じることもある。特にアルコールを多く含むローションは乾燥を増強することや,亀裂部に熱感や疼痛をきたすため避ける。クリーム剤には脂質の多い順にW/O・O/Wクリーム,乳剤性・水溶性ローションの剤形があるが,予防的外用はローションやクリーム剤から始め,乾燥が進行するに従い順次油分の多いものに変更するのもよい。特に微細な亀裂がある場合には,皮膚の被覆力が高く刺激も少ないW/Oクリームを選択する36)37)。鱗屑,亀裂が明らかな場合には被覆力が強く痛みが少ない疎水性基剤の薬剤(軟膏)が適応となる。顔面はクリーム剤,四肢は疎水系薬剤が勧められる36)38)39)。有毛部は毛孔の閉塞による毛包炎を避けるためクリームを,毛孔のない掌蹠には軟膏剤が勧められている38)。また,季節変化が激しい日本では,乾燥が著しい冬期には油脂分の多い軟膏薬やW/O型クリームを選択する。発汗量の多くなる夏期は,浸軟や汗口の閉塞を避けるためローションなど油脂の少ない製剤を選択する。浸軟したときは細菌培養を行う36)。
薬剤:ヘパリノイド(W/O・O/Wクリーム,乳剤性・水溶性ローション)が保湿薬として使用されるのはわが国のみであるが,保湿能が高く,皮脂欠乏症の保険適用をもち,刺激も少ない。ゲフィチニブとエロルチニブ治療患者に対する臨床試験でヘパリノイド外用薬は6週後に無処置群に比し有意に角層内水分量の増加を認め,乾燥スコアにも効果を示しており,有効な治療法の一つといえる32)。ただ,ローション剤の基剤の性状には乳剤性や水溶性と製品間に著しい差があるので注意を要する。手足症候群での尿素外用薬との比較では有効性が高いという報告があるが症例数が限られている33)。尿素外用薬は魚鱗癬,老人性乾皮症,足蹠部皸裂性皮膚炎,魚鱗癬の保険適用をもち,国内では10~20%濃度の製剤がある。安価であることもあり広範囲に使用でき,広く国内外で使われ,使用が勧められている38)。尿素は角質融解作用があり保湿効果も高く5~40%のクリーム剤が推奨されている9)31)。尿素外用薬の刺激性はpHの低いO/Wクリームで強く出ることがあるため40),中性の薬剤やW/Oクリームを選択してもよい37)。亀裂が明らかな場合や四肢のざ瘡様皮疹のない部位38)では,被覆力の強い疎水性薬剤(軟膏剤)が適応となり,白色ワセリン・プロペト®やアズノール軟膏®が用いられる。少数だが紫雲膏が有効との報告もある41)。ただ,EGFR阻害薬治療中はバリア障害から感作が懸念され,ラノリンなどの添加物による接触皮膚炎に注意する。亀裂部に二次感染が疑われる場合には,疎水性のテトラサイクリンやゲンタマイシン軟膏のほかキノロンの外用薬を用いる。亀裂が大きいときはハイドロコロイドドレッシングも使用する30)。肥厚した角質がある場合,除去の効果のあるスキンケア剤として,サリチル酸含有外用薬35)が用いられる。
そのほか保湿を目的とするOTC薬,医薬部外品,化粧品には多種の剤形が(W/O・O/Wクリーム,ローション,ゲル)市販されており,予防的スキンケアに使用される35)42)~44)。
分子標的薬,特に上皮系悪性腫瘍に用いられるEGFR阻害薬による治療では,いかに皮膚症状を軽減しながら治療の継続を図るかが課題となる。皮膚障害は外見上の変化に加えて瘙痒,疼痛などの症状で患者への負荷が加わるため,速やかで適切な対応が求められている。
5)定義
ざ瘡様皮疹12):CTCAEでは典型的には顔面,頭皮,胸部上部,背部などに出現する紅色丘疹および膿疱とされ,脂漏部位の毛包・脂腺に一致してみられる。Gradeの定義は巻末の付2.を参照。
乾皮症(乾燥皮膚,皮脂欠乏症)15):CTCAEでは鱗屑を伴った汚い皮膚;毛孔は正常だが,紙のように薄い質感の皮膚とされ,皮脂欠乏を伴った皮膚の乾燥状態で,鱗屑や亀裂を伴う。Gradeの定義は巻末の付2.を参照。
瘙痒症19):CTCAEでは強い瘙痒感とされ,強いかゆみを感じる異常な状態。Gradeの定義は巻末の付2.を参照。
手足症候群27):CTCAEの手掌・足底発赤知覚不全症候群に相当する病態で,手掌や足底の,発赤,著しい不快感,腫脹,うずきとされ,手掌・足底発赤知覚異常から腫脹,水疱・膿疱形成を伴い疼痛が著しい。Gradeの定義は巻末の付2.を参照。
爪囲炎:CTCAEには正確に一致するものがない45)。爪周囲(後爪郭・側爪郭)に生じる皮膚炎で紅斑,鱗屑,亀裂を伴う。陥入爪を生じ,肉芽病変(爪郭肉芽腫)を伴うと強い疼痛を生じる。拇趾だけでなく他の手足の爪にも多発する。文献45では,Grade 1:痛みを伴わない,発赤,逆むけ,Grade 2:痛みを伴う爪の周囲の発赤,腫脹,渗出液,Grade 3:肉芽形成,痛みが著しく,日常生活(着衣,脱衣,食事の準備,仕事など)に支障がある,としている45)。
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