(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
化学療法
総論
はじめに
殺細胞性化学療法による外見変化として脱毛は代表的であるが,その他にも多くの外見変化を伴う副作用がある。その多くは生命にかかわるものではないため,疼痛などの身体症状をきたしたり,機能的な変化を生じたりしなければ,見落とされたり,過小評価される可能性がある。しかし,脱毛以外の外見関連の副作用も,社会生活を送るうえで患者の生活の質に影響し得るため,留意すべきである。
本項では,脱毛のほか,殺細胞性化学療法による爪変化,色素沈着,手足症候群(手掌・足底発赤知覚不全症候群)についての対処方法のエビデンスを評価した。代表的な外見変化である脱毛については,総論に作用機序等も記載した。薬剤性皮疹に関しては,皮膚科的な対応が必要となるため,本項では扱わない。
また,今回,この手引きのなかで十分な検討を加えられなかった外見関連の副作用として,浮腫がある。浮腫への対処方法に関しては,第一に浮腫をきたす他の病態との十分な鑑別診断が重要であることはいうまでもない。浮腫に対する対処方法に関しては,「リンパ浮腫診療ガイドライン2014」(金原出版,東京,2014)に詳しいため,そちらを参照されたい。ただし,同ガイドラインでは殺細胞性化学療法による浮腫に対する薬物療法による予防・治療には触れられていないため,ここに補足しておく。
殺細胞性化学療法の薬剤性浮腫の予防として,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)を用いることは,ドセタキセルの有害事象としての浮腫についてのランダム化比較試験により有効性が示されている1)。しかし,その他の化学療法による浮腫に対する予防,もしくは治療としてのステロイド投与の有用性に関しては,症例報告などの非常に限定的なエビデンスにとどまる2)。そのため必ずしも薬剤性浮腫に対し,ステロイド使用を推奨できるわけではない。ステロイドの副作用とリンパ浮腫の程度や症状のバランス,また原因薬剤の中止・減量,ステロイドを使用する期間も考慮に入れ,使用が患者の利益となるかを検討したうえで使用すべきである。また,利尿薬はヘンレループや遠位尿細管などのイオンチャネルに働きかけ,体内血液量を減少させる効果があり,体内血液量の減少により,間質液を結果として減少させる効果があると期待され,化学療法の副作用として出現した浮腫に対して経験的に広く使用されている。症例報告であるが,ゲムシタビン投与後の末梢の浮腫に対して利尿薬投与にて軽快したという報告は散見される3)4)。しかし,殺細胞性化学療法に伴って出現する浮腫の治療として,利尿剤の使用を裏付ける臨床試験やエビデンスは乏しく,利尿薬は低K血症,脱水などの副作用もよく知られているため,慎重に用いられるべきである。
このように,今回検討した殺細胞性化学療法の外見関連副作用に対する対処方法は,実地臨床で漫然と行われている可能性があるが,いずれもがん患者を対象にして実施された前向き臨床試験のエビデンスが乏しいか,臨床試験があっても有用性の検証に結び付いていないのが現状であり,今後,副作用の病態解明や対処方法の開発が急がれる。
脱毛について
化学療法による脱毛は成長期脱毛の一つである。成長期脱毛は悪性腫瘍への抗がん剤による化学療法や放射線療法,その他colchicine,タリウム,水銀,銅などの重金属,boric acid(ホウ酸),ヒ素などによって成長期毛包細胞の増殖,分化が抑制され,傷害された成長期毛が抜けて1~3週間の比較的急性に頭部のびまん性脱毛を引き起こす(表1)。残存する毛髪のほとんどは傷害されずに残った休止期毛である5)。
・ | 悪性腫瘍への抗がん剤による化学療法 |
・ | 放射線療法 |
・ | Colchicine |
・ | タリウム,水銀,銅などの重金属 |
・ | Boric acid(ホウ酸) |
・ | ヒ素 |
・ | Loose anagen syndrome:成長期脱毛症候群 |
1)疫学
化学療法による脱毛は65~80%の患者に生じる。脱毛の程度は抗がん剤の種類,投与量,投与スケジュールによって決定される。抗がん剤のなかでも,脱毛を生じやすい薬剤とときに脱毛を生じる薬剤,脱毛を生じにくい薬剤とに分類される(表2)6)7)。また,主な4つの抗がん剤のグループによって脱毛を生じる頻度は異なる。Antimonotubule agents 1(例:パクリタキセル)では80%以上の患者に,抗トポイソメラーゼ薬(例:ドキソルビシン)では60~100%,アルキル化薬(例:シクロホスファミド)では60%以上,抗代謝拮抗薬(例:5-FU)では10~50%の患者に脱毛を生じると報告されている。また,いくつかの薬剤を組み合わせて治療を行った場合には,脱毛を生じる割合は高くなり,症状も重症化する。また,渡辺らの行った乳がん患者に対するアンケート調査では,脱毛の有無に関し回答のあった1,458名のうち,99.8%が抗がん剤治療により脱毛がみられたと回答している8)。
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2)機序
近年,マウスやラットの動物モデルを用いて化学療法による脱毛の機序を明らかにするための研究が進み,シクロホスファミドやドキソルビシンによる脱毛の機序が解明されつつある。その研究から毛乳頭周囲の毛包細胞に発現したFasとFas ligandを介したp53依存性のアポトーシスが,抗がん剤による脱毛に重要な役割を果たすことが明らかにされてきている9)10)。
3)特徴
毛包は活発に増殖する上皮成分で構成され,毛球部では特に活発に細胞が増殖する。抗がん剤は活発に増殖する細胞に作用するため,成長期毛は傷害を受けやすい。抗がん剤により傷害を受けた毛髪では毛幹は狭小化し,毛上皮が破壊される。脱毛は抗がん剤投与開始1~3週間後に生じる。通常頭髪の90%以上は成長期毛であるため,多くの毛髪が傷害を受け,頭髪のほとんどが脱落する。脱毛はひげや睫毛,眉毛,腋毛,陰毛にも生じる。通常脱毛は一過性であり,化学療法が終了してから3~6カ月後には毛髪の再発毛がみられる。ただし,再伸長した毛髪の質や色調が脱毛する前の毛髪と異なる場合がある。毛髪の形態は縮毛となり,白毛となっていることがある。ただし,この変化は通常一過性である11)。永久的な脱毛は,ブスルファンや骨髄移植後にシクロホスファミドを使用した場合,慢性的なgraft-versus-host reactionや事前にX線照射を行った症例などで報告されている12)。前述の渡辺らの報告によると,脱毛は抗がん剤開始から平均18.0日後に始まり,治療終了から平均3.4カ月で再発毛がみられるとされている8)。一方で,再発毛は,すべての患者において抗がん剤終了時に開始していた,という報告もある13)。
4)QOLに対する影響
化学療法による副作用にはさまざまなものがある。QOLに及ぼす影響については過去にいくつかの報告があり,脱毛は常に1位から3位の上位に位置する。2002年のCarelleらの報告によると化学療法を受けたがん患者の苦痛のなかで,「脱毛」は「家族や配偶者に対する悪影響」に次いで2番目に高い14)。また,前述の渡辺らのアンケートによると,脱毛は化学療法中に感じた苦痛のなかで最も多いと報告されている8)。
5)結語
化学療法による脱毛は外見上も大きな変化をきたすため,その心理的影響は大きい。抗がん剤そのものによる身体的ダメージに加え,このように大きな心理的ダメージを受けることは患者にとって非常に大きな負担である。一般的には一過性で抗がん剤使用中止とともに症状は改善するが,完全に回復しない場合もある。この脱毛に対する効果的な予防法や治療法そして日常の頭皮ケアやヘアケアの方法,さらにQOLを改善させる方策など幅広い対策が確立されることが望まれる。
参考文献 | |
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1) | Piccart MJ, Klijn J, Paridaens R, et al. Corticosteroids significantly delay the onset of docetaxel-induced fluid retention: final results of a randomized study of the European Organization for Research and Treatment of Cancer Investigational Drug Branch for Breast Cancer. J Clin Oncol. 1997; 15(9): 3149-55. |
2) | Katsenos S, Psara A, Panagou C. Pemetrexed-induced cellulitis: a rare toxicity in non-small cell lung cancer treatment. J Oncol Pharm Pract. 2013; 19(1): 93-4. |
3) | Shitara K, Ishiguro A, Munakata M, et al. A case of pancreatic cancer complicated by gemcitabine-induced peripheral edema. Gan to Kagaku Ryoho. 2005; 32(12): 1981-4. |
4) | Katsenos S, Nikolopoulou M. Gemcitabine-induced severe peripheral edema in a patient with lung cancer. J Pharm Pract. 2012; 25(3): 393-5. |
5) | 天羽康之.毛包幹細胞から考える薬剤性脱毛の病態.北里医学.2014; 44: 1-5. |
6) | Trüeb RM. Chemotherapy-induced alopecia. Semin Cutan Med Surg. 2009; 28(1): 11-4. |
7) | Caroline Y, Elise AO. Hair Disorders Associated with Anticancer Agents. Skin Care Guide for People Living With Cancer. |
8) | Watanabe T, Yagata H, Saito M, et al. National survey of chemotherapy-induced appearance issues in breast cancer patients. Cancer Res. 2015; 75; P5-15-09. The 37th Annual CTRC-AACR San Antonio Breast Cancer Symposium. |
9) | Sharov AA, Siebenhaar F, Sharova TY, Botchkareva NV, Gilchrest BA, Botchkarev VA. Fas signaling is involved in the control of hair follicle response to chemotherapy. Cancer Res. 2004; 64(17): 6266-70. |
10) | Hendrix S, Handjiski B, Peters EM, Paus R. A guide to assessing damage response pathways of the hair follicle: lessons from cyclophosphamide-induced alopecia in mice. J Invest Dermatol. 2005; 125(1): 42- 51. |
11) | Trüeb RM. Chemotherapy-induced hair loss. Skin Therapy Lett. 2010; 15(7): 5-7. |
12) | Vowels M, Chan LL, Giri N, Russell S, Lam-Po-Tang R. Factors affecting hair regrowth after bone marrow transplantation. Bone Marrow Transplant. 1993; 12(4): 347-50. |
13) | 玉井奈緒,池田真理,江口華子,他.乳癌患者の抗がん剤投与に伴う頭皮生理機能と症状の変化.第24回日本乳癌学会学術総会.東京.2016年6月. |
14) | Carelle N, Piotto E, Bellanger A, Germanaud J, Thuillier A, Khayat D. Changing patient perceptions of the side effects of cancer chemotherapy. Cancer. 2002; 95(1): 155-63. |