(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版

 
 本手引きについて

本手引きについて

1.背景

近年,がん医療(放射線療法,化学療法,手術療法)の進歩や通院治療環境の基盤整備は目覚ましく,全がんの5年生存率が上昇し,仕事をもちながら通院している患者が32.5万人存在する(厚生労働省「平成22年国民生活基礎調査」をもとに同省健康局にて特別集計)。しかし,患者が社会と接触しながら治療生活を送るということは,よりがん治療に伴う外見の変化を患者に意識させる結果となる。実際に,平成21-23年度文部科学省科学研究費「がん患者の外見変化に対応したサポートプログラムの構築に関する研究」班が行ったがん患者638名に対する調査では,治療に伴う身体的副作用のなかでも外見に現れる副作用の苦痛度が高く,患者の97.4%が外見の変化とケアの情報は病院で与えられるべきであると考えていた。

このアピアランス(appearance:外見)支援に関する患者ニーズの高揚に呼応するように,平成21-23年度厚生労働科学研究補助金「がん患者及びその家族や遺族が抱える精神心理的負担によるQOLへの影響を踏まえた精神心理的ケアに関する研究」班が行った,平成23年の全国がん診療連携拠点病院397施設を対象とした質問紙調査(回答率71%)では,94%の施設が何らかのアピアランス支援を行っていると回答した。すなわち,医療現場においても,患者の外見の変化をサポートすることの重要性が認識され始めたということである。

しかし,長い間,外見に現れる副作用は,医療のなかでは直接生命にかかわらないことから軽視され,その作用機序はもちろん,予防法や治療法も科学的に検証されてきたとはいえない。例えば,脱毛や皮膚症状の程度は,有害事象として定性的にグレード分類(CTCAE)されているが,評価者の主観が影響しやすく,再現性に欠ける指標であり,それを用いた医学・看護学の研究自体も少ない。つまり,「生命に直接かかわらないこと」という医療者の楽観的な認識をベースに,患者のQOLへの関心の低さやコミュニケーション不足によって患者の苦痛に対する理解が不足し,患者のアピアランス支援を阻害してきたといえる。

また,アピアランス支援に関して提供される情報やケアは,治療法としての薬剤の処方に始まり,スキンケア,ときには化粧などを含む広範囲の行為を対象とする。すなわち,「Ⅰ.副作用症状の治療」と「Ⅱ.日常整容行為」という,目的や対象の異なる行為が密接不可分にかかわる領域である(図1)。そのため,十分な支援を行うには,医学・看護学,香粧品学などが積極的にかかわる必要があるが,その学際性ゆえに,これまで十分に検討されてこなかった。その結果,研究も僅少であり,医療者のコントロールの及び難い外見に関する多くの情報は,有効性や安全性に関する科学的根拠の乏しいまま流布されている状況にある。

実際に,当研究班が一般人568人を対象にがんに罹患したときの最初の情報源を調べたところ,89%がインターネットにアクセスすると答えた。そこで,WEB上の外見に関連する情報をチェックし,医療者21名が検証したところ,およそ40%が検証できない情報,あるいは間違った情報であった。加えて,ソーシャルメディアの発達により,危険な情報の伝達が個人間で加速度的に増していることから,その情報の全体像はより不明確になりつつある。このような状況にもかかわらず,インターネットに対する一般人の信頼度は高く,「医療者からほかに治療方法がないと言われた場合,身体的・金銭的に負担があってもその情報を実行するか」という質問を8つの情報源についてしたところ,医療者・家族からの情報に次いでインターネット情報の実行度が高かった。その信頼度の高さは,外見の問題が生じた場合も同様であり,医療者による積極的な正しい情報の発信が望まれる。

患者の生存期間が延長し,働く患者が増加した現代のがん医療において,がん治療の継続や推進は,外見の支援なくして語れない時代になっている。患者への情報提供の質を向上させ,今後の多分野の連携推進を目指して,本研究を行った。

*本書における用語の定義

アピアランス(appearance)は,広く「外見」を示す言葉である。本手引きにおいては,新たに,がん患者の外見の問題の解決を学際的・横断的に扱うことを「アピアランスケア=がん患者に対する外見関連のケア」と定義し,そのための個々の支援方法を「アピアランス支援=外見に関する諸問題に対する医学的・技術的・心理社会的支援」と定義する。

図1 外見の変化に対する対処法の2側面

2.目的

本手引きの目的は,がん治療に伴い外見に生じる症状に関する治療行為,患者指導および情報提供に際して,医療者がより良いアピアランス支援の方法を選択するための基準を示すことである。併せて,本手引きは,現在までに集積しているエビデンスを記すことによって,アピアランスケア研究の現状と課題を明らかにする。

3.特徴および注意点

本手引きの第1の特徴は,医学(皮膚科・腫瘍内科・放射線科・形成外科・乳腺科)のみならず,看護学,薬学,香粧品学,心理学(外見と心理)という全く異なる専門領域の専門家が,がん患者のアピアランスケアという目的のもとに協働して作成したことであり,学際的で画期的な試みといえる。

第2の特徴は,医療者が本来行う副作用症状に対する治療行為や患者指導(治療編:CQ1~33)に加えて,本来は患者の自由裁量に基づくべき日常整容行為でありながら,医療者が患者から質問されやすい項目(日常整容編:CQ34~50)もクリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)として採用した点である。

第3の特徴は,通常のガイドライン作成手続きに厳正に従いつつも,エビデンスが不足する場合には,グループディスカッションおよび全体班会議を重ねて検討し,現時点において最も妥当と考えられる,専門家としての意見を付記した点である。本来であれば,そのような項目はCQから削除すべきである。しかし,それでは,そもそもエビデンスの少ない分野において,本手引きがエビデンスのないことを示すのみのものとなり,現状の問題解決に全く貢献するものとはならない。そこで,多分野の複数の専門家と患者代表を交えて検討することにより,一般の教科書とは異なる提言をすることにした。そのため,今後発表される研究成果により,本手引きの内容は変更される可能性がある。

なお,本手引きは,現在得られるエビデンスを集積・整理・検討し,現時点での患者支援に有用な情報提供を目的とするものであり,本書に記載されていない治療法や患者指導,情報提供が行われることを制限するものではない。アルゴリズムも一般的なガイドラインとは異なる扱いとし,巻末資料にエキスパートオピニオンの一例として提案するに留める。

4.対象患者

がん治療による外見の変化が問題となる患者(化学療法・分子標的治療・放射線治療・手術療法を,これから受ける/現在受けている/過去に受けた患者)を対象とし,痩せや皮膚転移など,がんそのものにより外見の変化が生じた患者を含まない。

5.想定する利用者

本手引きは,がん治療に伴う外見の症状に対して治療や患者指導,情報提供を行う医師,看護師,薬剤師,その他の医療従事者を対象とする。

6.作成手順

本手引きは,国立がん研究センターがん研究開発費「がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究」班が平成25年度に計画し,Minds「診療ガイドライン作成の手引き 2007」の手続きに則り,作成されたものである。手続き全体の流れに関しては,各種ガイドラインの作成に精通した専門家2名(医師・図書館司書)の指導に従い,その適切性を担保した。

なお,現在,「Minds診療ガイドライン作成の手引き」の2014年版が発刊されている。しかし,本研究を開始したのは平成25年(2013年)であり,すでに草案の作成が進んでいたこと,および,エビデンスが少ないためシステマティック・レビューをすべての項目で行うことが困難であったことから,2007年版に基づいて作成することとした。

1)当該テーマの現状把握

平成25年度は,指針案作成の前提となる7つの調査研究を行い,がん患者のアピアランス支援の現状と課題を,医療者・製薬企業・美容専門家・WEBの観点から明確にした。具体的には,4つの質問紙調査(全国診療連携拠点病院396施設の各通院治療センター163件回答・放射線診療科176件回答・理美容室139件回答,大学病院69施設の形成外科49件回答),外見症状への対処方法に関するインターネット情報(263HP)の内容分析,抗悪性腫瘍薬(115成分・130剤)の添付文書および患者指導冊子の外見症状に関する記載の内容分析,一般健康人568名を対象としたインターネット情報に関する意識調査を実施した。その結果,アピアランス支援に関する情報の全体像と手引きにおいて提示すべき課題が明らかとなった。

2)クリニカルクエスチョン(CQ)の作成

平成25-26年度は,Minds「診療ガイドライン作成の手引き2007」の手続きに則り,手引き案を作成した。具体的には,前年度調査で得られた知見をもとに,医学・薬学・心理学・看護学・香粧品化学などの専門家が6つのワーキンググループに分かれて検討し,CQとして,化学療法・分子標的治療・放射線治療・日常整容の4領域(50項目)を決定した。内容は,現時点で行われている皮膚障害の予防や薬剤による対処方法などの医学的処置を検証する「治療編」と,現在問題となっている副作用症状に対する美容的処置(ex.化粧品やアートメイク,ネイルケアなど)を中心に,その安全性や有用性を明らかにする「日常整容編」とに大別される。

執筆担当者は,研究班により指名された当該領域について精通する皮膚科医・腫瘍内科医・形成外科医・乳腺外科医・放射線科医・薬剤師・看護学者・心理学者・香粧品学者の計34名である。日常整容編に関しては,香粧品学者のみならず,皮膚科医や心理学者も協議のうえ,共同で執筆を行った。また,必要に応じて外部の専門家からも研究協力を得た。

3)文献検索・文献の批判的吟味と本文の作成

執筆担当者は,各自CQについての文献検索を行うとともに,並行して特定非営利活動法人日本医学図書館協会診療ガイドライン作成支援事業に対し,CQとそれに関連するキーワード,代表的な既知論文を提出して,文献検索を依頼,ダブルチェックを行って検索式を作成した。そうして得られた文献の批判的検討に基づき解説文原案を作成した。

文献データベースは,「PubMed(MEDLINE)」「医中誌Web」を基本に,分野に応じて「J-STAGE」「CINAHL」等も検索対象とした。また,採用するエビデンスは,システマティック・レビューおよび個々のランダム化比較試験を優先することとしたが,エビデンスが少ない領域のため,症例報告や総説,テキストからも必要に応じてハンドサーチを行った。わが国では保険適用外の治療法であっても,科学的根拠があり,手引きとして掲載することが適当と判断したものについては採用した。また,原則としてヒトが対象のもののみを採用したが,日常整容などのエビデンスの少ない分野においては,in vivoin vitroの研究も含めた。

検索対象期間は,原則として2000年1月~2015年3月としたが,本手引き作成中に報告された文献等についても,委員会で必要と認められたものはエビデンスとして追加採用した。

CQ本文は,①CQ,②推奨文+推奨グレード,③背景・目的,④解説,⑤検索式・参考にした二次資料,⑥参考文献の順に記載することとした。また,現場での利便性を考え,治療法別にCQを分類することとした結果,化学療法・分子標的治療において重複する副作用(手足症候群など)のCQが存在することになり,内容に一部重複を生じることになった。

4)ピアレビュー

作成された原案は,各ワーキンググループ内でレビューを行い,さらに,グループ間レビューを実施した。

5)コンセンサス会議

2015年9月,10月,2016年1月の計3回の全体コンセンサス会議を,患者も交えて実施した。各CQの推奨文・推奨グレードについてのコンセンサスを形成し,必要に応じて本文の推敲を行った。最終的に推奨グレードは,投票(2/3以上の賛成)によるものとし,2/3に達するまで議論と採決を繰り返して決定した。

6)外部評価

草案作成後,日本皮膚科学会・日本がん看護学会・日本放射線腫瘍学会・日本香粧品学会に各2名の外部評価委員の推薦を依頼した。8名の評価委員からAGREEⅡチェックリストに基づく評価を受けた。その結果,推奨(6名)・条件付き推奨(2名)と一定の評価を得たが,さらに本手引きの質を向上すべく,評価委員の修正の提案に従い,該当箇所を可能な限り修正した。再度,作成委員のコンセンサスを経て公表した。

7.エビデンスレベルと推奨グレード

本手引きは,Minds「診療ガイドライン作成の手引き2007」を基本に作成したが,推奨グレードについては,「C1b(行うことを否定しない)」を追加した(表1)。これは,日常診療において選択肢の一つとして用いられている処置であるにもかかわらず,エビデンスがないものや,日常整容行為のように,何をどのように用いるかについて,本来,嗜好的な要素の強いものを対象とする。班としては推奨しないが,選択肢の一つとして,あるいは個人の自由として行うことを否定するまでのエビデンスもない場合に「行うことを否定しない」とした。文献のエビデンスレベルについては,変更していない(表2)。

表1 推奨の基準(グレード)
A強い科学的根拠があり,行うことが強く勧められる
B科学的根拠があり,行うように勧められる
C1a科学的根拠はないが,行うように勧められる
C1b科学的根拠はないが,行うことを否定しない
C2科学的根拠はなく,行わないよう勧められる
D無効性あるいは害を示す科学的根拠があり,行わないよう勧められる
表2 エビデンスの質的評価基準(レベル)
システマティック・レビュー/ランダム化比較試験のメタアナリシス
1つ以上のランダム化比較試験による
非ランダム化比較試験による
Ⅳa分析疫学的研究(コホート研究)
Ⅳb分析疫学的研究(症例対照研究,横断研究)
記述研究(症例報告やケース・シリーズ)
患者データに基づかない,専門委員会や専門家個人の意見

8.情報の公開

広く利用されるために,本手引きは書籍として出版し,一定期間経過後,各学会などとリンクしながらホームページに公開する予定である。

9.改訂手続き

本手引きは,今後,日本がんサポーティブケア学会の協力を得て改訂を行う予定である。

10.資金源

平成25-27年度国立がん研究センターがん研究開発費「がん患者の外見支援に関するガイドラインの構築に向けた研究【25-B-10】(研究代表者:野澤桂子)」の助成を受けて実施した。

11.利益相反

本手引きの作成にあたり,当研究班の研究代表者および分担研究者,関連する者全員において,利益相反規定に抵触するものはないことを確認した。

 
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