(旧版)糖尿病患者に対する歯周治療ガイドライン

 
II.歯周治療と糖尿病


5.歯周外科治療
角1 角2
  CQ11:糖尿病患者と健常者の抜歯の予後に差があるか?  
角3 角4

  • 推奨:血糖値のコントロールされた糖尿病患者と健常者の抜歯の予後に差は認められない(レベル3)。しかしながら,コントロールが行われていない糖尿病患者の抜歯には血糖値変動と感染のリスクがあると推測され,抜歯後の感染予防に注意を払う必要がある。(推奨度 グレードB)


背景・目的
糖尿病患者は,糖代謝異常に伴う糖尿病性昏睡や意識障害などの急性期症状に加えて,持続的な高血糖状態を原因とした微小血管の障害やコラーゲン代謝異常,軽度の免疫不全状態が生じることにより易感染性や創傷治癒遅延などの症状を示すことから,一般的に外科処置に対してリスクが高いと考えられている。糖尿病患者の易感染性を示唆する研究としては,冠状動脈手術後の血糖値レベルと手術創の感染,肺炎および尿路感染の発生率との関係を検討したコホート研究1)があり,術後血糖値が高値の群は低値の群に比べて感染リスクが高いことが報告され,術後の感染のリスクを低くするためには術後血糖値を200mg/dL以下となるようにコントロールすべきであるとの結果が示されている(レベル3)。
歯科領域でも,抜歯を行うと高確率(87.5%)で術直後の菌血症が発症するとの報告2)がある(レベル4)。さらに,血糖値のコントロールが不十分な糖尿病患者において,抜歯後に重篤なムコール真菌症を発症した症例報告が1970年代に2例3),4)あり,うち1例3)は死亡に至っていることから(レベル6),血糖値のコントロールがなされていない糖尿病患者の抜歯に際しては術後の日和見感染に注意を払う必要性が示唆されている。このように,抜歯を糖尿病患者において行う場合は健常者に比べて感染のリスクが高いと考えられているが,歯科医学的に抜歯を回避できない場合が存在することから,感染予防の観点からも糖尿病患者と健常者の抜歯の予後に差があるか否かを明確にする必要がある。

解説
糖尿病患者に抜歯を行う際には急性期症状の誘発や易感染性,創傷治癒遅延などのリスクを考慮する必要があるとされている。しかし今回行った文献検索において,糖尿病患者をテスト群,健常者を対照群として抜歯を行い,その予後を直接的に比較した研究は1件も抽出されなかった。しかしながら,急性期症状誘発の指標となる抜歯後の血糖値の変動量を糖尿病患者と健常者の間で比較したコホート研究が1件抽出された5)(レベル3)。この研究では,糖尿病患者と健常者の間で抜歯後の血糖値変動量に有意差はないものの,糖尿病治療薬の投与を受けていない糖尿病患者ではすべての患者で血糖値が上昇し,その変動量が健常者と比べて大きいとの結果が示され,血糖値のコントロールが不十分な糖尿病患者では,抜歯時に昏睡や意識障害などの急性期症状が誘発される可能性が示唆されている。
また,糖尿病患者と健常者を対象とした前記の冠状動脈手術後の血糖値レベルと術後の感染リスクとの関係を検討したコホート研究1)で,術後の血糖値が比較的低値にコントロールされていた群は健常者と感染リスクが同程度であったことから(レベル3),良好に血糖値がコントロールされた糖尿病患者では通常の抜歯に抗菌薬の投薬は推奨されないとの提言がなされている6)。一方,日本人を対象とした研究においては,抜歯後に重篤な感染症を併発した症例報告が4件7),8),9),10)抽出され,糖尿病患者の抜歯後の感染に注意を払う必要性が示唆される。
以上のことから,血糖値のコントロールされた糖尿病患者と健常者の抜歯の予後には差はないと考えられる。しかしながら,コントロールが行われていない糖尿病患者の抜歯に際しては,抜歯前に血糖値のコントロールを行うことが望ましく,糖尿病のコントロールの不十分な患者に抜歯を行う場合は,抜歯後の感染予防に注意を払う必要があると結論づけられる。

文献検索ストラテジー
電子検索データベースとして,Medlineおよび医中誌を検索した。Medlineに用いた検索ストラテジーは“Diabetes Mellitus”[MeSH Terms] OR “Diabetes Mellitus”[All Fields] AND “Tooth Extraction”[MeSH Terms] OR “Tooth Extraction”[All Fields] OR “Exodontia”[All Fields] OR “Oral Surgical Procedures”[Mesh] OR “Oral Surgical Procedures”[All Fields] AND “Wound Healing”[MeSH Terms] OR “Wound Healing”[All Fields] OR “Postoperative Complications”[Mesh] OR “Postoperative Complications”[All Fields]で関連のある論文を抽出した後,その論文の参考文献リストについても内容の検討を行った。医中誌については,“糖尿病” AND “抜歯” AND “原著”のシソーラスを用いて検索を行った。主要な情報として,抜歯を行った患者を対象として,糖尿病患者である場合とそうでない場合の治癒経過や術後合併症の発生率を検討した研究を採取し,次いで関連する比較研究および症例報告までを情報の収集対象とした。


seq. terms and strategy hits
#1 “Diabetes Mellitus”[MeSH Terms] OR “Diabetes Mellitus”[All Fields] 153,393
#2 “Tooth Extraction”[MeSH Terms] OR “Tooth Extraction”[All Fields] OR “Exodontia”[All Fields] 8,064
#3 “Oral Surgical Procedures”[Mesh] OR “Oral Surgical Procedures”[All Fields] 24,062
#4 “Wound Healing”[MeSH Terms] OR “Wound healing”[All Fields] 32,918
#5 “Postoperative Complications”[Mesh] OR “Postoperative Complications”[All Fields] 210,592
#6 #1 AND(#2 OR #3) 91
#7 #1 AND(#2 OR #3)AND(#4 OR #5)Limits: Human, English 19
最終検索日2008年8月26日

参考文献
1) Golden SH, Peart-Vigilance C, Kao WH, Brancati FL. Perioperative glycemic control and the risk of infectious complications in a cohort of adults with diabetes. Diabetes Care. 1999;22(9):1408-14.
2) Trivedi DN. Bacteraemia due to operative procedure. J Indian Dent Assoc. 1984;56(12):447-52.
3) Eilderton TE. Fatal postextraction cerebral mucormycosis in an unknown diabetic. J Oral Surg. 1974;32(4):297-300.
4) Limongelli WA, Clark MS, Saglimbene R, Baden E, Washington JA, Williams AC. Successful treatment of mucocutaneous mucormycosis after dental extractions in a patient with uncontrolled diabetes. J Oral Surg. 1975;33(9):705-12.
5) Tily FE, Thomas S. Glycemic effect of administration of epinephrine-containing local anaesthesia in patients undergoing dental extraction, a comparison between healthy and diabetic patients. Int Dent J. 2007;57(2):77-83.
6) Ramaraj PN, Cariappa KM. Is there a need for antibiotic prophylaxis after routine dental extraction in diabetic patients? Br J Oral Maxillofac Surg. 2006;44(5):421. Epub 2005 Oct 10.
7) 堀川健太郎,工藤博徳,石原園子,宮川寿一,川口辰哉,満屋裕明.糖尿病加療中抜歯後に発症しイトラコナゾールが奏効した下顎骨を含む咀嚼筋隙アスペルギルス感染症の1例.感染症学雑誌.2008;82(3):220-3.
8) 槙研二,山本 聡,石井寛邦,宗像光輝,平塚昌文,吉永康照,白石武史,岩崎昭憲,白日高歩.降下性壊死性縦隔炎に対する頸部切開および胸腔鏡下ドレナージの1例.胸部外科.2007;60(2):165-7.
9) 岸本晃治,小林敏康,新谷悟,山田庸介,富澤洪基,佐々木朗,上山吉哉,松村智弘.歯性感染から縦隔洞炎を生じたガス産生性深頸部感染症の1例.岡山歯学会雑誌.2000;19(1):191-5.
10) 梅沢義一,堀川恭勝,又賀泉,他:糖尿病患者にみられた重症感染症の一例.歯学.1987;75(3):446-7.


関係論文の構造化抄録(分析的研究のみ)
5)Tily FE, Thomas S.
Glycemic effect of administration of epinephrine-containing local anaesthesia in patients undergoing dentalextraction, a comparison between healthy and diabetic patients.
Int Dent J. 2007;57(2):77-83.
エピネフリン含有歯科局所麻酔薬投与が血糖値に与える影響を健常者と糖尿病患者で比較する。
ザイン コントロールを伴うコホート研究。
UAEの大学病院。
健常者30人,糖尿病患者30人。
抜歯。
主要評価項目 抜歯10分後の血糖値。
健常者と糖尿病患者の抜歯後の血糖値変動に差は認められなかったが,血糖降下薬を服用していない糖尿病患者では術後の血糖値が有意に上昇した。投与量,抜歯本数および患者の性別と抜歯後の血糖値の変動との間には有意な関連は認められなかった。
血糖降下薬を服用していない患者を除いて,糖尿病患者と健常者のエピネフリン含有歯科局所麻酔薬使用後の血糖値変動に差はない。
(レベル3)

1)Golden SH, Peart-Vigilance C, Kao WH, Brancati FL.
Perioperative glycemic control and the risk of infectious complications in a cohort of adults with diabetes.
Diabetes Care. 1999;22(9):1408-14.
糖尿病患者における冠状動脈手術後の血糖コントロールと感染リスクとの関連を検討する。
ザイン コントロールを伴うコホート研究。
アメリカの大学病院。
冠状動脈手術を1990〜1995年に受けた糖尿病患者441人。
術後血糖値で4群(121〜206,207〜229,230〜252,253〜352mg/dL)。
主要評価項目 脚部感染,胸部手術創の感染,肺炎,尿路感染の発症。
術後血糖値が最も低かった群に比べ,術後血糖値が高い群になるに従い,感染オッズ比[95%信頼区間]がそれぞれ1.17[0.57〜2.40],1.86[0.94〜3.68],1.78[0.86〜3.47]と高くなった。
糖尿病患者において,冠状動脈手術後の血糖値と術後感染との間には正の関連がある。そして,感染のリスクを減らすには血糖値200mg/dL以下にコントロールすることが望ましい。
(レベル3)

2)Trivedi DN.
Bacteraemia due to operative procedure.
J Indian Dent Assoc. 1984;56(12):447-52.
抜歯後の菌血症の発症率を検討する。
ザイン コントロールを伴わないコホート研究。
インドの大学病院。
40人の患者。
局所麻酔下での抜歯(浸潤麻酔20人,伝達麻酔20人)。
主要評価項目 菌血症の発症。
抜歯後の菌血症の発症率は87.5%で,麻酔の種類で有意差は認められなかった。
抜歯後に菌血症は高頻度に発症する。
(レベル4)


 
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