(旧版)関節リウマチ診療ガイドライン 2014
第1章 本ガイドラインを有効に活用していただくために |
2.近年のガイドライン作成法:特にGRADEシステムについて
京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学分野教授 中山 健夫
エビデンスに基づく診療ガイドライン作成では,まず答えるべきCQの明確化に始まり,既存の文献を系統的に収集・選択・評価してそれらを集約し,最終的に「推奨」を決定する1)。米国医学研究所(Institute of
Medicine;IOM)は,臨床現場で疑問を抽出し,その課題に対するシステマティックレビューを行い,得られたエビデンス総体に基づき,かつ他の要因を総合的に考慮して学際パネルが推奨を決定し,臨床現場にその成果を提供する一連のプロセスを示している2)。このようなシステマティックレビューとガイドライン(推奨)作成の分業は欧米でも比較的近年のものであり,わが国では学会の専門医を主体とするガイドライン作成委員が,限られたリソースで両方の作業に取り組んでいるのが現状である。今後,各学会は医療統計・臨床疫学の専門家と協力して,エビデンスのシステマティックレビューを行える人材の育成を進めることが期待される。質の高いレベルのエビデンスが不足していたり,複数のエビデンスの示す結果が異なる場合,デルファイ法をはじめとする総意形成手法が用いられる。すなわち,“evidence-basedconsensus guidelines” というかたちが,世界的にみても診療ガイドラインの1つの到達点といえる。
近年注目されているGRADE(Grading of RecommendationsAssessment, Development and Evaluation)システムも,そのような潮流の1つとして,エビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine;EBM)の精緻な方法論と総意形成を併用した診療ガイドラインの作成手法である3)-5)。GRADEシステムによる診療ガイドラインの作成プロセスを以下に示す。
①プロセスの確立(考慮すべき項目の優先付け,パネルメンバーの選定,利益相反の公表など)。
②ガイドラインで答えるべきヘルスケアクエスチョンの設定。
③各クエスチョンの回答に重要なアウトカムの特定,アウトカムの相対的な重要性の評価。
④関連するエビデンス(システマティックレビュー)の検索,必要ならデータを抽出し統合。
⑤各アウトカムに関するエビデンスの質の決定。
⑥重大なアウトカム全般に関するエビデンス総体の質の評価。
⑦益(望ましい効果)と害(望ましくない効果)のバランスの判定。
⑧患者の価値観や希望の考慮。
⑨正味の利益とコスト・資源の利用のバランスの検討。
⑩推奨および推奨の強さの決定。
⑪作成した推奨を,実施,評価,継続更新。
GRADEシステムでは,重要なアウトカムを設定し,システマティックレビューによりアウトカムごとのエビデンス総体(body of evidence)を提示することを目指す。まず,個々の研究論文を批判的に吟味する。臨床試験の論文であれば,適正な割り付け順序の作成,割り付けのコンシールメント,盲検化,不完全なアウトカムデータの対処,アウトカム報告バイアスの有無,その他のバイアスの可能性などの視点で,個々の研究の妥当性を損なうバイアスが存在する可能性(バイアスリスク)を評価する。そのうえで,対象論文を横断的に捉え,アウトカムごとにまとめ直してエビデンス総体を評価するというアプローチをとる。エビデンス総体の質の評価では,個々の研究論文の(バイアスの)評価結果に基づき,そのCQに答える複数の研究論文を総体として捉え,重要とされたアウトカムごとに,質を下げる5要因と上げる3要因(詳細は第1章第3節を参照)の視点で評価を行う。エビデンス総体の評価では,従来質が高いとされてきた複数のRCTによるエビデンスでも,バイアスが存在する程度(バイアスリスク)が全体として大きいと判断されれば,エビデンス(総体)の質は“very low”とされる場合もあり,反対に質が低いとされてきた観察研究のエビデンスでも質を上げる要因が認められれば,“high”と評価されうる。推奨の強さは「強い/弱い」,方向は「実施する/しない」で示すが,エビデンスの評価と推奨度決定を独立させ,「高い質のエビデンスから弱い推奨」や「低い質のエビデンスから強い推奨」を導くことを可能としている。推奨決定では,①重大なアウトカムに関するエビデンスの質に加え,②益と害のバランス,③患者の価値観や希望,④コストや資源の利用を考慮し,専門医だけではなく,医療を受ける立場の人々も交えた学際パネルによる総意形成が重視される。
GRADEシステムは発展途上の革新的な取り組みであり,その実施に際して求められる臨床疫学・EBMの知識の習得は決して容易ではない。加えて,個々のCQに対してシステマティックレビューと総意形成を行うことに要する膨大な労力が,普及のための大きな課題となっていた。わが国でGRADEシステムを実質的に用いた先行事例として,日本顎関節学会による診療ガイドラインがある6)。同ガイドラインは対象とするCQを1つに限定することで,リソース(人・物・財源・時間)を集中させ,先進的な取り組みを実現させた。しかし,診療ガイドラインで扱うCQを限定することは,カバーすべき課題が広い臨床領域ではそれ自体が困難な選択となっていた。そのような状況において,われわれが作成した本ガイドラインについて,特記すべき点として以下が挙げられる。
①医科領域で実質的にGRADEシステムを用いたわが国ではじめての診療ガイドラインである。
②臨床現場で必要とされる相当数のCQを対象とした。
③既存のコクランレビューを最大限活用(一部,文献の追加検索も含む)することで,システマティックレビューによるエビデンス総体を示した。
④システマティックレビューの方法が未確立の害に関するエビデンスに関して,論文として出版されたエビデンスだけではなく,各製薬企業から学術論文化されていない市販後調査成績・使用成績調査を直接入手した。
⑤推奨決定でのパネル会議への参加をはじめ,公益社団法人日本リウマチ友の会の方々に大きなご協力をいただいた。
GRADEシステムによる診療ガイドライン作成の具体的なプロセスは次項に譲るが,本ガイドラインは,いくつかの課題は残しつつも,今日求められる診療ガイドラインの1 つの姿を示した。本ガイドラインがRAに向き合う患者の方々と臨床医の協力との信頼関係の構築,そして蓄積された経験が次の取り組みをよりよい方向に進める手がかりとして役立つことを心より願い,本項の結びとする。
近年注目されているGRADE(Grading of RecommendationsAssessment, Development and Evaluation)システムも,そのような潮流の1つとして,エビデンスに基づいた医療(evidence-based medicine;EBM)の精緻な方法論と総意形成を併用した診療ガイドラインの作成手法である3)-5)。GRADEシステムによる診療ガイドラインの作成プロセスを以下に示す。
①プロセスの確立(考慮すべき項目の優先付け,パネルメンバーの選定,利益相反の公表など)。
②ガイドラインで答えるべきヘルスケアクエスチョンの設定。
③各クエスチョンの回答に重要なアウトカムの特定,アウトカムの相対的な重要性の評価。
④関連するエビデンス(システマティックレビュー)の検索,必要ならデータを抽出し統合。
⑤各アウトカムに関するエビデンスの質の決定。
⑥重大なアウトカム全般に関するエビデンス総体の質の評価。
⑦益(望ましい効果)と害(望ましくない効果)のバランスの判定。
⑧患者の価値観や希望の考慮。
⑨正味の利益とコスト・資源の利用のバランスの検討。
⑩推奨および推奨の強さの決定。
⑪作成した推奨を,実施,評価,継続更新。
GRADEシステムでは,重要なアウトカムを設定し,システマティックレビューによりアウトカムごとのエビデンス総体(body of evidence)を提示することを目指す。まず,個々の研究論文を批判的に吟味する。臨床試験の論文であれば,適正な割り付け順序の作成,割り付けのコンシールメント,盲検化,不完全なアウトカムデータの対処,アウトカム報告バイアスの有無,その他のバイアスの可能性などの視点で,個々の研究の妥当性を損なうバイアスが存在する可能性(バイアスリスク)を評価する。そのうえで,対象論文を横断的に捉え,アウトカムごとにまとめ直してエビデンス総体を評価するというアプローチをとる。エビデンス総体の質の評価では,個々の研究論文の(バイアスの)評価結果に基づき,そのCQに答える複数の研究論文を総体として捉え,重要とされたアウトカムごとに,質を下げる5要因と上げる3要因(詳細は第1章第3節を参照)の視点で評価を行う。エビデンス総体の評価では,従来質が高いとされてきた複数のRCTによるエビデンスでも,バイアスが存在する程度(バイアスリスク)が全体として大きいと判断されれば,エビデンス(総体)の質は“very low”とされる場合もあり,反対に質が低いとされてきた観察研究のエビデンスでも質を上げる要因が認められれば,“high”と評価されうる。推奨の強さは「強い/弱い」,方向は「実施する/しない」で示すが,エビデンスの評価と推奨度決定を独立させ,「高い質のエビデンスから弱い推奨」や「低い質のエビデンスから強い推奨」を導くことを可能としている。推奨決定では,①重大なアウトカムに関するエビデンスの質に加え,②益と害のバランス,③患者の価値観や希望,④コストや資源の利用を考慮し,専門医だけではなく,医療を受ける立場の人々も交えた学際パネルによる総意形成が重視される。
GRADEシステムは発展途上の革新的な取り組みであり,その実施に際して求められる臨床疫学・EBMの知識の習得は決して容易ではない。加えて,個々のCQに対してシステマティックレビューと総意形成を行うことに要する膨大な労力が,普及のための大きな課題となっていた。わが国でGRADEシステムを実質的に用いた先行事例として,日本顎関節学会による診療ガイドラインがある6)。同ガイドラインは対象とするCQを1つに限定することで,リソース(人・物・財源・時間)を集中させ,先進的な取り組みを実現させた。しかし,診療ガイドラインで扱うCQを限定することは,カバーすべき課題が広い臨床領域ではそれ自体が困難な選択となっていた。そのような状況において,われわれが作成した本ガイドラインについて,特記すべき点として以下が挙げられる。
①医科領域で実質的にGRADEシステムを用いたわが国ではじめての診療ガイドラインである。
②臨床現場で必要とされる相当数のCQを対象とした。
③既存のコクランレビューを最大限活用(一部,文献の追加検索も含む)することで,システマティックレビューによるエビデンス総体を示した。
④システマティックレビューの方法が未確立の害に関するエビデンスに関して,論文として出版されたエビデンスだけではなく,各製薬企業から学術論文化されていない市販後調査成績・使用成績調査を直接入手した。
⑤推奨決定でのパネル会議への参加をはじめ,公益社団法人日本リウマチ友の会の方々に大きなご協力をいただいた。
GRADEシステムによる診療ガイドライン作成の具体的なプロセスは次項に譲るが,本ガイドラインは,いくつかの課題は残しつつも,今日求められる診療ガイドラインの1 つの姿を示した。本ガイドラインがRAに向き合う患者の方々と臨床医の協力との信頼関係の構築,そして蓄積された経験が次の取り組みをよりよい方向に進める手がかりとして役立つことを心より願い,本項の結びとする。
References