有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
VI.考察

8. 今後の研究課題

PSAあるいは直腸診による検診の双方ともに、本ガイドラインでは有効性が確立していないとした。しかし、PSA検診の場合、現在PLCOやERSPCという大規模無作為化比較対照試験が進行中であり、前述したような転移がんの罹患率の減少といった代替指標の成績が一部の地域での中間解析結果として報告された。この成績はPSAによる前立腺がん検診の死亡率減少効果を期待させるものではあるが、あくまで代替指標による評価にすぎない。従来諸外国のがん検診に関するガイドラインにおいても、有効性を評価する指標は当該がんの死亡率であることは、共通したルールであることから、本研究班においても同様の判断基準を保っている。ERSPCの中心的存在であるSchröderらは、スウェーデン研究の結果を好意的に受け止めつつも、その問題点を指摘し、この中間結果をもってERSPC全体の最終結果として死亡率減少が予測できるとは判断していない144)。代替指標のみで有効性を評価し、公的施策として実施すべきかどうかという推奨まで決めることの是非については、未だ諸外国も含めて議論さえされていない状況であり、現時点で代替指標のみで評価することは差し控えた。しかし、PSA検診の有効性については、今後前述した大規模無作為化比較対照試験から死亡率減少効果に関する成績が数年以内に報告される予定であり、その際には、直ちに本ガイドラインの見直しを行う必要がある。
本ガイドラインでは死亡率減少効果という検診の利益と、不利益の双方をあわせて推奨のレベルを決めている。大規模無作為化比較対照試験の中間解析や、時系列研究のうち死亡率減少効果を示唆する報告において、PSA検査実施群での前立腺がん罹患率の上昇は極端に大きく、この大きさがその後観察されはじめている死亡率の減少の大きさに見合うものかどうかは定かではない。前述したように過剰診断は27-84%と比較的大きく、かつバラツキの大きい割合が報告されている。国内においても過剰診断の割合やリードタイムの検証が必要であり、過剰診断の割合と死亡率減少効果の大きさを比較吟味した上で、公的資金を用いた検診として実施すべきかどうかが決定されるべきである。このため、大規模無作為化比較対照試験により、死亡率減少効果が証明された場合であっても、過剰診断・過剰治療などの不利益について、より質の高いデータを収集する必要がある。さらに、過剰診断が想定される例に対してActive follow upを行うことの妥当性や、QOLや経済性に関する検討も進められるべきである。
前立腺がんは、確かに我が国でも増加傾向にあるが、年齢調整罹患率は10万人対10〜30程度である1)。一方、特に米国ではその10倍程度の罹患率であり110)、その差は大きい。このような差を生む背景としては食生活や人種の差などが考えられるが、欧米と日本との間で、前立腺がんの人種差があるかどうかは定かではない。たとえ欧米で無作為化比較対照試験により有効性が示されたとしても、その結果を前立腺がんの罹患が低い日本に導入することの是非については、生物学的な差の有無を含めた検証が必要であることから、国内で有効性に関する研究を直ちに開始すべきである。国内でのこれまでの有効性評価に関する研究の数は乏しく、また研究班報告や和文雑誌への投稿にとどまっている。今回、当初の文献検索では、他のガイドライン作成時に比べ、わが国における前立腺がん検診に関する文献が抽出されたにもかかわらず、最終的に証拠判定に用いられた直接的証拠は1文献(症例対照研究和文1文献)のみであった。現在、財団法人前立腺研究事業団の前立腺がん撲滅推進委員会は、前立腺がん検診研究班(主任研究者田中啓幹)により、モデル地区(前立腺がん検診推進地区:北海道、群馬、広島、長崎)と対照地区との前立腺がん死亡率を追跡検討するコホート研究を行っているが、現在まだ結果は公表されていない。今回評価対象となった諸外国での時系列研究では、PSA検査実施率そのものの把握が困難なため、罹患率で代用した研究が大半であった。死亡率の減少が確認されている研究もあったものの、その時期とPSA検査普及時期との関連を裏付ける資料に乏しく、治療法の変遷等の影響ではないかという点が議論になった。我が国で同様の研究を行う場合でも、その点に注意し、PSA検査実施率、治療法の変遷等の経時的モニタリングを併せて行う必要がある。地域相関・時系列研究にこだわらず、むしろ無作為化比較対照試験やコホート研究などの大規模な研究を国内で実施することが望まれる。コホート研究は個人単位でのリスク要因を把握し追跡すること、同様の対照群を設けるものであり、基本的には無作為割り付けのない比較対照試験である。PSA検診の有効性を評価するのであれば、医療機関が限定された異動の少ない複数の地域をコホートとして設定し、医療機関および検診等の受診記録を参照することでPSA検査の個人単位での受診状況を把握すること、地域での前立腺がん患者の罹患を把握するような研究を計画すべきである。
近年、がん検診の有効性評価に関する研究は、ますます遂行困難になりつつあり、検診機関・研究施設、あるいは自治体などの単独の努力のみでは実施不可能な状況になってきている。特に、個人情報保護への過剰な対応により、地域がん登録を利用した感度・特異度の測定や、追跡調査等の実施が極めて困難な状況にある。このままでは新しい検診方法が有効であるか否かの評価は不可能な状況が続くことが懸念される。本来、国民が益を享受しうるはずの検診法があったとしてもそれを広めることはできず、逆に害を及ぼす検診法があったとしても歯止めをかけることもできない。がん検診の有効性評価には、がん罹患及びがん死亡の情報が必須であり、国は、がん登録を含め、それらの情報が有効に活用されるようなシステムを構築するために必要な努力を行うことが求められている。また、その上で、国の主導で大規模な研究組織を立ち上げて、各種検診法の有効性評価を進める必要がある。

 

 
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