有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン
VI.考察
7. ガイドラインの関係者及び関係団体への関与
ガイドライン作成において、利害関係者とどのような関係を築くかは、重要な課題である。
これまでの他のガイドラインの作成過程で問題となったのは、ガイドラインの作成母体である文献レビュー委員会及びガイドライン作成委員会のメンバーに当該がん検診の評価研究を行った研究者や臨床医が含まれ、委員会のメンバーが自ら行った研究を評価するという状況にあったことである16),112),113)。こうした状況を容認せざるを得ない背景としては、証拠となる文献レビューをはじめ、ガイドライン作成のための実務作業を担当できるがん検診専門家が非常に少なく、研究者とレビューアが重複せざるを得なかったという実情がある。前立腺がん検診ガイドライン作成にあたり、泌尿器科医である分担研究者1名を含み、この他4名の泌尿器科医に研究班独自で依頼し、その協力のもとにガイドラインを作成した。泌尿器科医の選定に当たっては、当研究班のメーリングリスト及び研究班OB(主として第1回祖父江班の分担研究者・研究協力者で構成される)により推薦を依頼すると共に複数の泌尿器科医にヒアリングを行い、メンバーを選定した。作成過程の透明化を図るためにも、ガイドライン作成に関与するメンバーの選定には広く人材を求めるべきと考えたためである。前立腺がん検診においては、ガイドラインの作成の科学的根拠となる国内の研究が極めて少ないことから、作成メンバーが同時に評価対象となる研究論文の著者でもあるというこれまでのガイドラインで問題となった状況は回避できた。しかし、次回の更新に向けてレビューアの確保のための啓発・教育を含めた対策が必要なのはいうまでもない。
前立腺がん検診ガイドライン作成段階で、問題とされたのは日本泌尿器科学会との関係である。2007年7月のガイドライン作成の最終段階(外部評価未実施段階)において、日本泌尿器科学会より当研究班メンバー(主任研究者・分担研究者・研究協力者・事務局)及び外部評価予定者の全員に、当研究班で作成中のガイドラインの内容に関する要望書が送付された143)。その後の日本泌尿器科学会と協議の末、学会推薦として外部評価委員を受け入れることと公開フォーラムにおける指定発言の機会を設けることで合意した。しかし、公開フォーラム直前に日本泌尿器科学会主催の記者会見が開催され、学会理事長、外部評価委員である学会役員、当研究班の委員1人が出席し、学会の見解として反論を行った。
以上の経過を踏まえ、今後、同様の関連団体とどのような関係を築くべきかという問題が浮上した。今回、ガイドラインの作成途上に日本泌尿器科学会から要望書を主任研究者のみならず、研究班に参加・協力する個人宛に送付されたことは、研究班における研究の自立性や他の外部評価委員の公正・公平な評価に影響を与える可能性がある。また、ガイドラインが未公開のドラフト(草稿)段階で当研究班の許可なくその内容が社会に公表されることは、当研究班の意図しない様々な影響を及ぼす可能性がある。諸外国のガイドライン作成では、学会・大学などの学術団体との密接な関わりを持つところもあれば、完全な独立性を保っている団体もある。ガイドライン作成に関与できる人的資源などの問題もあるが、基本的には作成団体が各自の独立性を保ち、その責務によりガイドラインが作成されている。しかし、その結論が常に一致するわけでなく、利害関係も生じることがある。こうした現状に配慮した上で、当研究班の自立性を保つためには、関係団体のガイドライン作成過程での関与をガイドライン作成手順の上に明確化する必要がある。
2006年に更新された英国NICEのガイドライン作成手順において、関連団体の関与として事前のヒアリングを行うことやガイドライン会議での議論の場での傍聴に留めること(推奨などの決定には関与できない)などが明確化されている19)。当研究班においても、今回の経験を踏まえ、1)対象となるがん検診に関与する関係団体へのヒアリングを事前に行うこと、2)同団体からの要望があった場合には、外部評価委員のメンバーの一部に同団体推薦メンバーを加えること、3)同団体に対してガイドライン・ドラフトの送付を行い、公開フォーラムの参加を求めることをガイドライン作成の手順に定式化して組み入れることを検討していきたい。今回の日本泌尿器科学会との経緯においても、2)及び3)について合意が得られ、対応したことを明記する。