有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
IV.結果

2. 検診方法の証拠
2)前立腺特異抗原(PSA)
検査法の概要

PSAは、前立腺上皮より精液中に分泌されるプロテアーゼであり、健康青年ではPSAが血中に放出されることはまれで、前立腺組織構築の破綻がPSAの血中への逸脱を招くことになる。PSAは1986年に米国FDAによりTandem-R PSAが認可されたが、その後血清中でPSAがα1-アンチキモトリプシン(ACT)などと結合した複合体でその大半が存在することが明らかになり、現在では血清PSAという場合、PSA-ACTとFree PSA(遊離型)をあわせた総PSA(Total PSA)を指すことが一般的である。PSAはモノクロナール抗体を用いて主に測定されている。1990年代には測定キットによるバラツキが問題とされていたが、日本泌尿器科学会、日本臨床病理学会、日本臨床検査標準評議会等により標準化がなされて、バラツキは是正されている29)

直接的証拠
PSA検査による前立腺がん死亡率の減少効果については、系統的総括1編、無作為化比較対照試験3文献(表9)、コホート研究1文献(表10)、症例対照研究3文献(表11)、地域相関・時系列研究15文献の報告がある(表12)。

(1)無作為化比較対照試験(表9)
無作為化比較対照試験として行われたケベックの研究では30)、45-80歳の男性を対象に、検診群(31,133人)と対照群(15,353人)に無作為割り付けし、検診群にはPSA検査と直腸診を行うことを勧奨し、対照群には何もしなかった。介入群におけるPSA検査の実際の受診率(コンプライアンス)は、23.6%と非常に低く、一方対照群におけるPSA検査の受診率(コンタミネーション)は7.3%であった。論文においては、介入群で検査を受診した7,348人と、対照群で検査を受診しなかった14,231人を新たにコホートとして定義し直して、両者の前立腺がん相対死亡率比0.38(95%CI:0.20-0.73)をもって、受診者における前立腺がん死亡率が有意に低下したと報告している。しかし、これは、無作為割り付けによる本来の介入群と対照群の均等性を放棄し、割り付けられた通りに検査を受診したものとしなかったものという集団に限って解析したもの(パー・プロトコール解析)であり、無作為に割り付けた意味がなくなっていることから、無作為化比較対照試験としての解析とは言えず、得られた0.38という数字も無作為化比較対照試験の結果とは言えない。無作為化比較対照試験としての結果は、標準的な解析法であるインテンション・ツー・トリート解析(割り付け通りの受診をしなかったものも含めて全介入群と全対照群を比較する解析)により算出されるが、それによると相対前立腺がん死亡率は1.01(0.76-1.33)であり、両群間に差が認められないという結果であった31)。この研究に対しては、上記のような原論文著者らが行った解析(割り付け別ではなく受診の有無別に比較した解析)をもってコホート研究として評価しようとする考え方も提起されているが、もとよりこれは不適切であり(III.方法 5.対象文献の選択のための系統的総括参照 )、しかも論文中では年齢など、コホート研究には不可欠といえる交絡要因についての十分な制御がなされていない。1999年発表の論文中に記載された背景からは、検査受診群は非受診群に比べて大幅に若年者に偏っており31)、両群間で死亡率が大きく異なるのは必然である。コホート研究では受診群と非受診群の背景因子をいかに調整して検診受診の有無と死亡率の関係を検討するかが主眼であるにも関わらず、論文中にはそのような配慮を行っている記載がないため、コホート研究として採用することは不適切と判断した。よって本研究は死亡率減少効果の認められなかった無作為化比較対照試験として評価した。
また、15年間の追跡を行ったノルコーピングの研究32)では、研究の初めの5年間はDREによる検診のみが介入群に提供され、PSA検査が実施された以後の追跡は10年弱であったが、記載された死亡者数から計算した対象者に対する前立腺がん死亡者数の割合(追跡人年が記載されていないために前立腺がん死亡率とは若干異なるが概ね等しいと考えられる)は介入群・非介入群ともに約1.3%であり、両群に差を認めなかった。しかし、完全な無作為化ではなく順番で割り付けを行った点で問題があり、また、生検法が吸引細胞診である、検診発見がんの生存率(前立腺がん死亡をイベントとした場合)が低い、介入群における転移症例割合(16%)が高い、検診発見がんのうち根治的前立腺全摘除術を受けている割合(18%)が低いことから、PSA検診の技術水準が現在よりも低い可能性がある。
この他に、前立腺がん死亡率減少効果をエンドポイントとした大規模無作為化比較対照試験であるPLCO(Prostate, Lung, Colorectal and Ovarian Cancer Screening Trial)研究、ERSPC(European Randomized Study of Screening for Prostate Cancer)研究が現在進行中であるが、死亡率に関する報告は現時点では報告されていない。ERSPCのスウェーデン1地区の中間報告によると33)、50-64歳の男性2万人を介入群と対照群に割り付け、介入群には2年に1回のPSA検査が提供されたところ10年間の追跡でM1(遠隔転移あり)あるいはPSA100ng/mL以上(M1の可能性が極めて高いとして臨床的に用いられている)を示したのが、介入群で24人、対照群で47人と48.9%の統計学的に有意な進行がん罹患の減少が報告されている。これは死亡率ではなく代替指標であり、またM1が確認されていないPSA異常高値も更に含んだ形であるという点で十分なものではない。


表9 PSAによる前立腺がん検診に関する無作為化比較対照試験
報告者 実施地域 報告年 文献No. 対象数(人) 対象年齢 検診方法 追跡期間 結果
研究群 対照群
Labrie F カナダ
  ケベック
2004
(1999)
30
31
31,133 15,353 45-80歳 PSA+DRE 11年 死亡率減少効果:ITT注1)
RR1.01(95%CI:0.76-1.33)
Sandblom G スウエーデン
  ノルコーピング
2004 32 1,494 7,532 50-69歳 DRE(1987, 1990)
PSA+DRE(1993, 1996)
15年 死亡率減少効果:ITT注1)
RR1.04(95%CI:0.64-1.68)
Aus G スウエーデン
  イェ-テボリ
2007 33 9,972 9,973 50-65歳 PSA 10年 転移がん罹患率(/1000)注2)
介入群2.4/対照群4.7(P=0.008)
PSA:Prostate Specific Antigen(前立腺特異抗原)
DRE:Digital Rectal Examination(直腸診)
ITT:Intention-to-treat analysis(割付原理の法則)
注1) ケベック研究・ノルコーピング研究の死亡率減少効果に関するITT解析は、文献31のコクラン・レビューによる再解析による。
注2) 骨シンチで転移が確認されているものと、PSA100以上で転移の確認を行っていないものも含む。

(2)系統的総括
Cochrane Library2006年版の系統的総括は34)、2005年3月までに報告されている無作為化比較対照試験を文献の収集条件として行われた。99文献から2文献(ケベックの研究、ノルコーピングの研究)を評価対象とした。この2研究については割り付けの方法や解析の方法等に問題が大きいことを指摘している。2研究のメタ・アナリシスを行い相対前立腺がん死亡リスクが1.01(0.80-1.29)で死亡率減少効果が認められず、結論として集団あるいは選択的および任意型検診においてのPSA検査の実施を保証する証拠はないとしている。

(3)コホート研究(表10)
フローレンスの研究では35)、一般家庭医が60-74歳の検診対象者を選択し、2年に1回(計2回以内)のPSA検診を実施し11年間追跡した。その結果、検診受診者、非受診者、検診対象外者の前立腺がんの標準化死亡比(SMR)はそれぞれ0.48(95%CI:0.26-0.83)、0.99(95%CI:0.69-1.37)、2.50(95%CI:1.51-3.90)であり、検診受診者の死亡率が有意に減少したことを報告したが、全死因死亡率で比較してもそれぞれ0.73(95%CI:0.67-0.77)、1.04(95%CI:0.98-1.10)、1.80(95%CI:1.64-1.99)であり、検診受診者と非受診者、検診対象外者の間にhealthy screening biasによる偏りが存在した。著者らは、この結果はスクリーニングの効果かもしれないがhealthy screening biasによるものかもしれず、スクリーニングの効果を示す信頼できる証拠とは言えないと結論づけている。


表10 PSAによる前立腺がん検診に関するコホート研究
報告者 報告年 文献No. 地区・研究 対象年齢 検診手法 定義・対象数 追跡期間 前立腺SMR(95%CI) 全死因SMR(95%CI)
Ciatto S 2006 35 イタリア・
フローレンス州
60-74歳 2年に1度のPSAあるいはDRE+TRUS 研究参加者
2,662人
平均9.79年
0.48(0.26-0.83)

0.73(0.67-0.79)
参加拒否者
3,448人

0.99(0.69-1.37)

1.04(0.98-1.10)
非勧誘者
751人

2.50(1.51-3.90)

1.80(1.64-1.99)


(4)症例対照研究(表11)
日本で行われた研究では、基本集団から進行がん31人を症例として選択し、オッズ比は0.36(0.15-0.87)であった36)。しかしこの研究では症例の収集に当たって検診外発見例を収集していないこと、検診方法が様々であること、標本数が少なすぎること、症例の診断に起因する最後の受診年の受診者名簿を基本集団としているものの評価すべき期間内に症例・対照が基本集団に存在するかどうかの異動状況の確認が論文には記載されていないなどの問題がある。また、ベテランズ・アフェア(アメリカ退役軍人会)の1991年から1995年の間に前立腺がんの診断を受け、1991年から1999年の間に死亡した501人(うち前立腺がんによる死亡136人)を症例群とした研究では、人種や合併症を調整した前立腺がんの前立腺がん死亡のオッズ比は1.13 (0.63-2.06)で差を認めなかった37)。オンタリオの研究では38)、死亡率の代替指標として転移がんをエンドポイントとした研究が行われ、オッズ比は0.65(0.45-0.93)と有意に転移がん減少効果を示したが、全症例236人中135人と半数以上を占める60歳以上の群において、対照群のPSA検診受診率が症例群より低いにもかかわらず、この受診により転移がん発症のリスクが減少するという通常は起こらない逆転現象があること、層別化に用いたexposure observation timeの分布が論文中で示されていないため検証ができないこと、選択基準となったアンケート回答率が症例群69%、対照群51%と低いことが問題とされた。

表11 PSAによる前立腺がん検診に関する症例対照研究
報告者 報告年 文献No. 地区・研究 対象年齢 基本集団 検診方法 定義・対象数 受診歴の定義 受診率 評価指標 オッズ比
症例群 対照群 症例 対照
中川 修一 1998 36 日本・34市町村 55-89歳 症例群の診断に起因する受診年の受診者台帳 TRS, TRS+DRE, TRS+DRE+PSA, PSAが混在 進行がん
31人
年齢・居住市町村をマッチさせた155人 過去3年間に1度以上の受診 7/31
(23%)
69/155
(45%)
進行がん
(ステージC・D)
0.36(0.15-0.87)
Concato J 2006 37 アメリカ・
ニューイングランド地方
平均72.5歳 ベテランズ・アフェアの外来を1989-1990年に受診したもの PSA・DRE 前立腺がん死亡
501人
年齢と通院施設をマッチさせた
501人
症例の診断から遡る5年以内の受診で、スクリーニング目的のPSA検査およびDRE検査 70/501
(14%)
65/501
(13%)
前立腺がん死亡、全死因死亡 1.13(0.63-2.06)注1)
Kopec JA 2005 38 カナダ・
オンタリオ州
40-84歳 ケースの診断時に同地区での在住者 PSA・DRE 転移がんでアンケート回答した
236人
年齢と居住区をマッチさせ、アンケートに回答した
462人
診断目的あるいは症状受診を除外したスクリーニング目的でのPSA検査 58/236
(24.6%)
18/101
(17.8%)
40/135
(29.6%)
126/462
(27.3%)
57/195
(29.2%)
69/267
(25.8%)
有転移前立腺がん 全年齢注2)
0.65(0.45-0.93)
45-59歳注2)
0.52(0.28-0.98)
60-84歳注2)
0.67(0.41-1.09)
PSA:Prostate Specific Antigen(前立腺特異抗原)
DRE: Digital Rectal Examination(直腸診)
TRS:Transrectal sonography(経直腸的超音波断層法)
注1)人種、合併症による調整オッズ比
注2)exposure observation time、年齢、地域、家族歴、体重、バター消費量、通院歴による調整オッズ比


(5)地域相関研究・時系列研究(表12)
前立腺がんの場合、他のがん検診と異なり多数の地域相関研究・時系列研究が報告されている。公共施策としてではなく、あくまで地域の医療現場で広く行われたPSA検査に関する研究が主であるため、大半の研究においてはPSA検査の受診率が測定できず、前立腺がんの罹患率を代替指標として死亡率と比較している。地域相関研究として内的妥当性が高いとされているチロルの研究については見解の異なる複数の論文が報告されているため後述する。
それ以外の研究の中でPSA検診について否定的な見解を示す論文として以下の9文献がある39),40),41),42),43),44),45),46),47)
シアトル-コネチカットの研究では、積極的にPSA検診が実施されたシアトルと、そうではないコネチカットを比較し、罹患率は乖離したものの死亡率の推移には差がないと報告しているが、コネチカットでも2-3年の遅れで罹患率が上昇していること、観察期間が短いことなどのデザイン上の問題が残る39)。またケベックの研究40)、カナダ・ブリティッシュコロンビアの研究41)では、地域全体で見た場合前立腺がん罹患率の大幅な上昇とその後前立腺がん死亡率のわずかな減少傾向を確認した。しかし、地域別に細分化した場合、前立腺がんの罹患率を代替指標としたPSA検査の実施率と前立腺がん死亡率との間には相関が認められず、量-反応関係がないとしている。ただし細分化することで標本数が小さくなることによる偏りが生じうるという問題点がある。イタリア・ウンブリア州の研究では、join-point regression analysisにより1997-1999年の罹患率が1970年代末の数倍に増加しているものの、死亡率については明らかな傾向は認められなかったと報告している42)。西オーストラリアの研究では、前立腺がんの罹患は1994年をピークに急増したが、死亡率については著変が認められなかったと報告している43)。カナダ・サスカチュワンの研究では前立腺がんの罹患は1993年をピークに増加したが、死亡については1996年まで減少は確認されていない44)。また、イギリスのイングランドとウェールズの研究でも45)、1990年代前半に前立腺がんの罹患は急増したが、1998年までの追跡で死亡率は変化しなかった。オランダ南東部の研究でも同様であった46)。スコットランドでは、1989年からPSA検査が行われており、前立腺がん罹患率は増加しているが、死亡率については横ばいで、最後の1996年のみやや低下傾向であった47)。これらの研究に共通した問題点は1993-1994年に前立腺がんの罹患率のピークを迎えているが死亡の把握期間が1996-1999年と比較的短いという点にあり、進行速度の遅い前立腺がんの死亡率を過小評価している可能性がある。
一方肯定的な見解を示す論文として以下の4文献がある。
米国ミネソタ州オルムステッド地域の研究では48)、1980-1984年の前立腺がん死亡率を基準として、以後1997年までの5年区切りの死亡率の推移が検討された。1988年以降PSA検査の普及により罹患率は上昇したが、最後の5年間で前立腺がん死亡率は22%減少したものの統計学的に有意ではなかった。SEERを用いてモデル分析を行った米国の研究では49)、9つの地域においてPSA検診の実施率の高い地域ほど前立腺がん死亡率が低下する傾向が認められたが、ばらつきが大きく他の要因を加えると断定できないと報告している。米国の28州と2地域の40歳以上の前立腺がん死亡率と罹患率、50歳以上の2001年のPSA検査の実施率を比較した研究では50)、罹患率と死亡率の間には相関関係は認められなかったものの、遠隔転移がん罹患率と死亡率、罹患率とPSA検査の実施率の間にそれぞれ正の相関、PSA検査の実施率と遠隔転移がん罹患率との間に負の相関を認めている。しかしながら、PSA検査の実施率と死亡率との相関については評価されていない50)。WHOの1979-2001年の死亡率データを用いて24の先進国の前立腺がん死亡率の推移を調べた研究では51)、半数の12カ国で有意な死亡率の減少、3カ国で減少傾向が認められたと報告しているが、これらの国でのPSA検査実施率は入手できないとしている。
チロルの研究では、1988年からチロル州にPSA検診が広く行われ、60歳以上の男性の約8割が、少なくとも1度PSA検診を受診している。このチロル州と、検診があまり行われていないオーストリアの他の州を比較しPSA検診の効果を肯定する論文と否定する論文が報告されている。Oberaignerらの報告では1994年以降前立腺がんの死亡率がチロル州において低下し、1999年からの5年間では、チロル州以外のオーストリアと比較して、統計学的に有意な19%の前立腺がん死亡率の低下が報告されている52)。ただし、この低下に関しては検診開始直後から低下していることから、死に至る可能性の高い患者が治癒したことによるものではなく、すでに転移していながら顕在化する前の患者を医療機関に誘導することによる、内分泌療法における延命効果の影響とする意見がある。一方、同じ地域を対象としたVutucらの研究では、50-89歳を対象に死亡率の推移をjoin-point regressionを用いて検討している53)。この結果、チロル以外の地域と比較して、前立腺がん死亡率の有意な減少があったのは70-79歳のみであり、joint-pointはチロルでPSA検診が導入された1993年以前の1989-1991年であるから、前立腺がんの減少はPSA検診によるものではないと結論づけている。

表12 PSAによる前立腺がん検診に関する地域相関研究・時系列研究
文献
No
報告者 報告年 対象地域
(国)
対象地域
(詳細)
対象年齢 PSA導入時期 PSA受診率 罹患率 前立腺がん
罹患率のピーク
死亡率 追跡終了年 死亡率
減少効果
39 Lu-Yao G 2002 米国 シアトル・コネチカット 65歳以上 医療:1988年
検診:1994年
罹患で代替予測 1988-1996年 1996年 1987-1997年 1997年 否定的
40 Perron L 2002 カナダ ケベック州
15地域
50歳以上   罹患で代替予測 1989-1993年 1993年 1985-1999年 1999年 否定的
41 Coldman AJ 2003 カナダ ブリテイッシュコロンビア州
88地域
50-74歳   罹患で代替予測 1985-1999年 1993年 1985-1999年 1999年 否定的
42 La Rosa F 2003 イタリア ウンブリア州 全年齢   罹患で代替予測 1979-1999年 1997-99年 1979-1999年 1999年 否定的
43 Threlfall TJ 1998 オーストラリア 西部 50歳以上   罹患で代替予測 1985-1996年 1994年 1985-1996年 1996年 否定的
44 Skarsgard D 2000 カナダ サンクチュワン 50歳以上 1990年 1990-1997年 1970-1996年 1993年 1970-1996年 1996年 否定的
45 Majeed A 2000 英国 イングランド・ウエールズ 50歳以上   罹患で代替予測 1971-1998年 1993年 1971-1998年 1998年 否定的
46 Post PN 1998 オランダ オランダ南東部 50歳以上 1990年 罹患で代替予測 1971-1995年 1995年 1971-1995年 1995年 否定的
47 Brewster DH 2000 英国 スコットランド 50歳以上 1990年 1989-1996年 1981-1996年 1994年 1981-1996年 1996年 否定的
48 Roberts RO 1999 米国 ミネソタ州オルムステッド 全年齢 1994年 罹患で代替予測 1983-1995年 1992年 1980-1997年 1997年 肯定的
49 Shaw PA 2004 米国 9つのSEER 65-84歳 1994年 1991-1998年 なし   1985-1999年 1999年 肯定的
50 Jemal A 2005 米国   40歳以上 1994年 2001年 1995-2000年   1996-2000年 2000年 肯定的
51 Baade PD 2004 先進24カ国 WHO(先進24カ国) 50-79歳   なし なし   1979-2001年 2001年 肯定的
52 Oberaigner W 2006 オーストリア チロル 40-79歳 1993年 45-75歳:70% 1988-2001年 上昇中 1970-2003年 2003年 肯定的
53 Vutuc C 2005 オーストリア チロル 50-89歳 1993年 なし 1985-1999年 チロル:1997年
チロル以外:上昇中
1985-2002年 2002年 否定的


間接的証拠
ハイリスク集団の設定として、家族歴のあるものにリスクが高いと言われている54),55)。白人よりも黒人の方が高いと言われているが、黄色人種と比較した研究はない。
感度・特異度については表13に示すとおりである28),56),57),58),59),60),61),62),63),64)。同時に行われた直腸診、TRUS(Transrectal Ultrasouography)により発見されたものも含めた生検での診断例を至適基準(gold standard)とした研究、がん登録などを用いた追跡法による研究などがあるが、感度は70~92.4%、特異度84.6~98%に分布している。若年者を低く高齢者を高くというように年齢階級別にカット・オフ値を設定することで、要精検率を低下させる試みも行われているが60)、60-64歳の感度を高めるためにカット・オフ値を低下させることで、全体の特異度は低下している。
発見がんの予後については、検診発見がんは外来発見がんに比して早期がんの割合が多く、生存率も有意に高い。ERSPCのロッテルダムの研究では、把握された前立腺がんのT2以下の割合は研究群で76.1%、対照群で49.3%と報告されている。また根治的前立腺全摘術例に限り、PSA再上昇をエンドポイントとした5年無再発生存率は研究群で89%、対照群で68%と両群に有意差を認めている65)。わが国では、検診発見がんは外来発見がんに比して早期がんの割合が多く、検診群の相対生存率が10年間にわたり100%前後であったのに対し、外来群では10年で40%と不良であったとする報告がある66)

表13 前立腺がん検診におけるPSAの感度・特異度
報告者 報告年 文献No 地区・研究 至適基準   検診種別 カットオフ値
(mg/mL)
対象 がんが存在すると
仮定した期間
感度
(%)
特異度
(%)
Labrie F 1992 56 ケベック州 エコー下生検 同時法 PSA, DRE 3 45-80歳 記載なし 80.7 84.6
Stenman UH 1994 57 フィンランド がん登録 追跡法 PSA 2.5 45-79歳 12年 70 92
Imai K 1995 58 日本 生検 同時法 PSA,DRE,TRUS   59-79歳   80.4 記載なし
Jacobsen SJ 1996 59 オルムステッド郡 がん登録 追跡法 PSA 4 50-79歳   50-59歳 83 98
Ito K 2000 60 日本 生検 同時法 PSA,DRE 60-64歳:3.0
65-69歳:3.5
70-79歳:4.0
80歳以上:7.0
60歳以上   92.4 91.2
Hakama M 2001 61 フィンランド がん登録 追跡法 PSA 4 55-79歳 20年 65歳未満 93
65歳以上 76
96
91
Mistry K 2003 28 13の研究の
pooled analysis
生検 同時法 PSA,DRE 4 50歳以上   72.1 93.2
Cruijsen-Koeter IW 2003 62 ロッテルダム がん登録 追跡法 PSA,DRE,TRUS 4 55-74歳 4年 79.8 記載なし
Auvinen A 2004 63 フィンランドの
タンペレと
ヘルシンキ
検診記録、
がん登録
追跡法 PSA 3 55,59,63,67歳 4年 89 記載なし
McLernon DJ 2006 64 スコットランド がん登録 追跡法 PSA 4 30歳以上   60歳未満 92.4 90.7


不利益
PSA検査は一般的な血液検査と同様であり、スクリーニング検査自体の不利益は存在しない。検診として考えると、過剰診断と精密検査に伴う偶発症・治療に伴う合併症が不利益に相当する。

(1)過剰診断
過剰診断、リードタイム などについては様々なコホート研究やモデル分析が行われている67),68),69),70),71),72)表14)。リードタイムについては5-7年という研究が多いが、2003年の2研究では10年を越える長いリードタイムが報告されている。ERSPCのロッテルダムの研究を用いたDraismaらは、リードタイムを55歳で12.3年、75歳で6.0年と報告している71)。またスウェーデンの研究では、55-70歳でDREとTRUSによる検診を受診しその際にPSAを測定された946人のコホートと、1913年生まれで67歳時にPSAが測定された657人の二つのコホートが設定されて、PSA値により二種類の値(検診コホート;PSA3.0-9.9:5.3年,10以上3.5年、誕生コホート;PSA3.0-9.9:11.2年,10以上3.6年)が報告されている72)。前者は要精検の基準はあくまでDREとTRUSであり、しかも精密検査として前立腺の3カ所細胞診検査が行われていた時期のものである。よってリードタイムとしては後者の誕生コホートの値が妥当であると考えられる。一方過剰診断については、米国のモデル分析による研究では白人で29%、黒人で44%という報告69)と、オランダのロッテルダムの研究では55歳で27%、75歳で56%(55-67歳で年1回受診の場合50%)が過剰診断に相当するという報告がある71)。またカナダのモデル分析では50-70歳では84%が過剰診断に該当するという報告がある67)

表14 PSAによる前立腺がん検診における過剰診断
報告者 報告年 文献No 地区・研究 年齢 対象数 分析手法 結果
過剰診断割合 リードタイム DCPC
McGregor M 1998 67 カナダ 50-70歳   モデル分析 84%    
Hugosson J 2000 68 スウェーデン   1913年生まれ658人
1930-31年生まれ710人
コホート研究   7年  
Etzioni R 2002 69 米国 60-84歳   モデル分析 白人:29%、黒人:44% 白人:5年、黒人:7年  
Auvin A 2002 70 フィンランド 55,59,63,67歳 292人     5-7年 10-14年
Draisma G 2003 71 オランダ
ロッテルダム
55-74歳     55歳 27(24-37)% 12.3(11.6-14.1)年  
75歳 56(53-61)% 6.0(5.8-6.3)年
55-67歳で年1回の検診 50%  
Törnblom M 2004 72 スウェーデン 55-70歳 検診群946人注1)


1913年生まれ657人
コホート研究   検診群:PSA 3以下 4.5年
PSA 3-9.9 5.3年
PSA 10以上 3.5年
検診群:PSA 3以下 10.7年
PSA 3-9.9 11.2年
PSA 10以上 3.6年
 
DCPC:Detectable,preclinical phase
注1)PSA値とは無関係に同時に行われたDREとTRUSの結果に応じて、3カ所細胞診を実施した。


(2)精密検査
精密検査としては、経直腸的または経会陰的前立腺生検が行われている。以前は直腸診や超音波ガイド下での異常部位をねらった生検が行われていたが、現在では系統的6カ所生検(systematic sextant biopsy)あるいは12ヵ所程度の生検(extended biopsy)など前立腺全体から標本を採取する方法が標準的とされている。前立腺生検はかつてに比べれば、生検針の改良等により安全性の向上が図られているものの、国内では入院で行われることがほとんどである。生検に伴う偶発症としては、血尿12.5-65%、血精子症29.8-54.0%、直腸出血1.7-57.0%などの軽微な偶発症の頻度は高いものの73),74),75),76),77),78),79),80)、これらの大半は処置を必要としないで軽快する(表15)。また無症候性の菌血症に関しては、生検から15分後に採取した血液培養で16-25%に菌血症を認めたが、発熱に至ったのはそのうちの12.5%に過ぎなかったという報告がある81)。抗生物質の予防投与が生検に伴う感染症に有効であるという複数の報告があり76),77),82),83)、現在では生検前の抗生物質予防投与は必須とされている。頻度は少ないものの重篤な偶発症としては、発熱、前立腺炎、および敗血症がある。38℃以上の発熱は0.8-4.2%、敗血症は0.4%とされている。国内から生検に伴う感染症による死亡例が2例報告されている84),85)

表15 生検に伴う合併症
報告者 報告年 文献No 地区・研究 抗生物質
予防投与
患者数 偶発症(%)
血尿 血精子症 直腸出血 疼痛 発熱 排尿困難 敗血症 少なくとも
一つの偶発症
Rietbergen JBW 1997 73 ロッテルダム 全例実施 1687 23.6 45.3 1.7 2.5 4.2    
Makinen T 2002 74 フィンランド 全例実施 100 65 54 57 3 8     58
Horinger W 2005 75 チロル 全例実施 6024 12.5 29.8   4.0 0.8    
Kapoor DA 1998 76 米国 予防投与なし群
シプロキサン群
242
241
      6
2
  1.5
0.4
10
7
Cooner WH 1990 77 米国 予防投与なし
予防投与あり
206
629
            1
0.5
 
Rodriguez LV 1998 78 アメリカ 全例実施 128 47.1 9.1 8.2 13.2 1.7 9.1   63.6
Djavan B 2001 79 オーストリア・ベルギー 全例実施 1051 15.9 9.8 2.1   2.1 0.9   69.7
Raaijmakers R 2002 80 ロッテルダム 全例実施 5802 22.6 50.4 1.3 7.5 3.5 0.4 0.4注1)  
注1)うち1例のみ敗血症性ショックでICUに入室したが回復した。


(3)治療
検診発見例としての限局型前立腺がんに対する標準的治療は根治的前立腺全摘除術と放射線療法である。また、最近はPSA監視待機療法も治療の選択肢の一つになっている。
根治的前立腺全摘除術の合併症としては、心肺合併症2.3-8%、感染・出血3.9-8.4%、治療を要する尿閉17.4%が報告されている86),87),88),89),90),91),92),93),94),95)表16)。1990年代初期の報告では2%の死亡が報告され、また術後長期(1-5年)の合併症として、尿漏れ10-50.8%、尿漏れパッドの利用21.6-31.8%、頻尿10.6-36.8%、勃起困難50-86%、大腸機能の悪化2%と報告されている。ただし国内からの最近の報告では、排尿困難13.8%、尿漏れ12.7%、感染症8.4%といった報告や、心肺合併症2.3%、死亡0.2%といった報告があり、術式や術後管理の進歩により合併症の頻度が低下している。
外部放射線照射の短期の合併症としては、心肺合併症1.9%、放射線前立腺炎18.7%、感染・出血0.4%、尿路感染7.5%、治療を要する尿閉7.2%と報告されている90),91),92),93)表16)。また照射後長期(1-5年)の合併症としては、尿漏れ1.8-21%、尿漏れパッドの利用4.2-4.4%、勃起困難29.7-73.1%と、全摘除術に比べて軽度であったが、便秘・下痢・血便などの大腸機能障害に関しては総じて16%と高い傾向が見られた。

表16 前立腺がん治療に伴う合併症
前立腺全摘出術

報告者 報告年 文献No 地区・研究 偶発症(%)
排尿困難 尿漏れ頻発 尿漏れパッド
の利用
頻尿 勃起困難 大腸機能
の悪化
術後の時期 治療後短期
の偶発症
Stanford JL 2000 86 米国   50.8 21.6 36.8 59.9   2年後  
Schover LR 2002 87 米国         85   4.3年後  
Lu-Yao 1993 88 米国               8%の心肺合併症、2%の死亡注1)
Steineck G 2002 89 スウェーデン   49     50      
Potosky AL 2004 90 米国   15.6 28.6 10.6 76.9   5年後  
Potosky AL 2000 91 米国             5年後 心肺 5.5%、感染・出血 3.9%、尿路感染 5.5%、治療を要する尿閉 17.4%注2)
Madalingska JB 2001 92 オランダ   39     65歳未満 79
65歳以上 86
2 1年後  
Talcot JA 1998 93 米国   10 31.8   68.8   1年後  
Arai Y 2000 94 日本               感染7.5%、心肺2.3%、死亡 0.2%
Hisasue S 2004 95 日本 13.8 12.7           感染25.5→8.4%注3)
注1) 治療後30日以内の偶発症
注2)治療後60日以内の偶発症
注3)手術法改良により減少

外部放射線照射
報告者 報告年 文献No 地区・研究 偶発症(%)
排尿困難 尿漏れ頻発 尿漏れパッド
の利用
頻尿 勃起困難 大腸機能
の悪化
術後の時期 治療後短期
の偶発症
Potosky AL 2004 90 米国   4.1 4.2 8.9 73.1   5年後  
Potosky AL 2000 91 米国             5年後 心肺 1.9%、放射線前立腺炎 18.7%、感染・出血 0.4%、尿路感染 7.5%、治療を要する尿閉 7.2%注1)
Madalingska JB 2001 92 オランダ   21     65歳未満 43
65歳以上 61
16 1年後  
Talcot JA 1998 93 米国   1.8 4.4   29.7   1年後  
注1)治療後60日以内の偶発症


証拠のレベル:1-/2-
PSA検査に関しての直接的証拠として、無作為化比較対照試験では有意な前立腺がん死亡率減少効果を認めた報告は、現時点ではない。ケベックの研究では、無作為化比較対照試験のデザインで実施され、解析時にはコホート研究に変更している。この方法は前述した問題があることから、質の低い無作為化比較対照試験として扱うことが妥当であり、死亡率減少効果を認めた研究ではないと判断する。ERSPC参加のスウェーデンの中間解析では、対照群に比較し研究群に転移がん罹患率の有意な減少が認められているが、死亡率減少効果を直接示した研究ではない。ノルコーピングの研究では介入群・非介入群に差が認められていない。
症例対照研究では、統計学的有意差を認める研究2文献とそれ以外の研究1文献で研究結果に一致性がなく、また前述したようにいくつかの重大な問題があり信頼性に欠ける。コホート研究では、介入群が対照群に比して前立腺がん死亡率は減少していたものの全死因死亡率自体が低く、前立腺がん死亡率の減少がバイアスによる可能性があるため信頼できないと著者自らが述べている。
地域相関研究については、15文献の研究が採用されたが、うち肯定的な結論を示すものは5文献にすぎない。その中でもチロルの研究は、内的妥当性が比較的高く統計学的有意な前立腺がん死亡率の減少を示しているものの、別の方法で解析した場合、70-79歳のコホートでは死亡率減少効果が認められるが、他の年齢層では認められていないという報告もあり、その理由については現時点で定かではない。これらの地域相関研究で結果が一致しない原因として、追跡期間が異なることが考えられる。地域相関研究は無作為化比較対照試験やコホート研究、症例対照研究などの個人単位で資料を収集した研究と異なり、他の交絡因子が制御できないため、アウトカム(死亡率)の変化が要因(検診)による直接的な影響なのか、他の交絡因子によるものかという判断ができない点で、信頼性に劣る研究である。このような観察的研究の場合、「2+」以上の証拠のレベルを確保するためには、質の高い複数の研究において、一致した関連が示される必要があるが、こうしたことは認められていない。
以上をまとめると、無作為化比較対照試験では死亡率減少効果を示す研究がなく、症例対照研究・コホート研究では死亡率減少効果について結果が一致していない。地域相関・時系列研究でも死亡率減少効果を示唆する研究はあるものの全体としては結果が一致していない。これらのことから、PSA検診に関する証拠の質としては「1-/2-」とした。

 

 
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