有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン

 
III.方法

1. 証拠のレベルの再検討

前立腺がん検診ガイドライン作成に先立ち、これまで懸案であった時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究を証拠としてどのように取り扱うかについて検討した。これらの研究は、通常の臨床ガイドラインにおいては、証拠のレベルの判定に用いられないことが多い。しかし、公衆衛生ガイドラインでは、観察研究の一つとして重要視され、証拠の一部として採用されている。英国NICE(National Institute for Health and Clinical Excellence)の公衆衛生ガイドラインでは、時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究は、症例対照研究・コホート研究と同レベルの証拠とされている10)。一方、米国CDC(Centers for Disease Control and Prevention)のCommunity Guideでは、系統的総括においては研究デザインの評価は識別されているが、最終的な推奨の判断では、観察研究は一括して証拠の判断に用いられている11)。推奨の標準化を目指して開発されたGRADEは、診療ガイドラインに限定せず利用される可能性があるが、ここでは時系列研究などの観察研究を症例対照研究・コホート研究と同レベルの証拠としている12)。しかし、一般的には、がん検診の有効性評価は主として診療ガイドラインの範疇で行われており、USPSTF(US Preventive Services Task Force)やCTFPHC(Canadian Task Force on Preventive Health Care)などのがん検診を主として評価している予防対策ガイドラインの証拠のレベルの判定もほぼこれに準じ、時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究を除外して証拠のレベルの判定を行っている13),14)。これらのガイドラインにおける証拠のレベルと、これまで作成してきた当研究班のガイドラインにおける症例対照研究及びコホート研究の位置づけに配慮し、表2のように証拠のレベルに追加修正を行った。すなわち、証拠のレベルの判定に先立ち、これまで懸案であった時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究の取り扱いについて検討し、複数の質の高い研究が一致した結果を示している場合は証拠のレベル2+(中等度の症例対照研究・コホート研究に相当)、そうではない場合は2-(質の低い症例対照研究・コホート研究に相当)と判断することとした。症例対照研究及びコホート研究は個人単位で交絡因子が把握され調整可能であり、がん検診受診と死亡率の因果関係が明確化しやすいが、時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究では、研究デザインの制約上、がん検診以外の要因である、診断・治療の影響が排除しにくく、がん検診と死亡率との因果関係が直接的に証明しがたい。時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究をがん検診の死亡率減少効果の証拠としては認めるが、がん検診との因果関係を明確にした質の高い症例対照研究及びコホート研究と同等の証拠とはなりにくい。多くの時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究では、研究デザインの限界について言及した上で検討が行われており、がん検診との関連に決定的な結論を下していない。むしろ、研究デザインの限界に触れず、決定的な結論を導く研究にこそ、その質に問題があるといえる。こうした諸問題を勘案し、時系列研究、前後比較、地域相関研究などの観察研究のうち一定の質が保たれているものについては、中等度の症例対照研究及びコホート研究と同等の証拠として採用することとした。
証拠のレベルは、検診方法ごとに収集・吟味された個別研究の質、研究数、研究のもたらす死亡率減少効果の大きさ、複数の研究が同様の結果を示しているか(一致性)などを総合的に判断し、一致性が十分ではない場合などは証拠のレベルの評価を低下させることも検討した。USPSTFにおいても、個々の研究の評価をAFの各段階に対応させ、内的・外的妥当性とあわせ、証拠となりうる研究結果の一致性を検討し、さらに実施によりもたらされる効果の大きさを総合的に判断している13)。一方、SIGN(Scottish Intercollegiate Guidelines Network)の診療ガイドラインでは、推奨の決定のための証拠の吟味(considered judgment)を行う要素として、以下の5項目をあげている15)。1)研究数、質、一貫性、2)普遍性、3)対象集団にそのまま利用できるか、4)臨床的な効果の大きさ、5)実施可能性。本ガイドラインは、わが国における状況に対応してがん検診を対策型・任意型検診に大別し、その対象や特性を明らかにした上で(表1)、研究数、質、一致性を重視し、実施の可能性や臨床的な効果の大きさにも配慮している。これまで作成してきた大腸がん検診、胃がん検診、肺がん検診においても、複数の研究が存在し、かつその結果の一致性をもって、証拠のレベルを判定してきた。前立腺がん検診ガイドライン作成に先立ち、この点についても証拠のレベルの表中に明文化した。


表2 証拠のレベル
証拠レベル 主たる研究方法 内容
1++ 無作為化比較対照試験 死亡率減少効果について一致性を認める、質の高い無作為化比較対照試験が複数行われている
系統的総括 死亡率減少効果の有無を示す、質の高いメタ・アナリシス等の系統的総括が行われている
1+ 無作為化比較対照試験 死亡率減少効果について一致性を認める、中等度の質の無作為化比較対照試験が複数行われている
系統的総括 死亡率減少効果の有無を示す、中等度の質のメタ・アナリシス等の系統的総括が行われている
AF組み合わせ Analytic Frameworkの重要な段階において無作為化比較対照試験が行われており、2++以上の症例対照研究・コホート研究が行われ、死亡率減少効果が示唆される
1- 無作為化比較対照試験 死亡率減少効果に関する質の低い無作為化比較対照試験が行われている
系統的総括 死亡率減少効果の有無を示す、質の低いメタ・アナリシス等の系統的総括が行われている
2++ 症例対照研究/コホート研究 死亡率減少効果について一致性を認める、質の高い症例対照研究・コホート研究が複数行われている
2+ 症例対照研究/コホート研究 死亡率減少効果について一致性を認める、中等度の質の症例対照研究・コホート研究が複数行われている
地域相関研究/時系列研究 死亡率減少効果について一致性を認める、質の高い地域相関研究・時系列研究が複数行われている
AF組み合わせ 死亡率減少効果の有無を示す直接的な証拠はないが、Analytic Frameworkの重要な段階において無作為化比較対照試験が行われており、一連の研究の組み合わせにより死亡率減少効果が示唆される
2- 症例対照研究/コホート研究 死亡率減少効果の有無を示す、質の低い症例対照研究・コホート研究が行われている
地域相関研究/時系列研究 死亡率減少効果について同様の結果を示す、中等度の質以下の地域相関研究・時系列研究が行われている
AF組み合わせ 死亡率減少効果の有無を示す直接的な証拠はないが、Analytic Frameworkを構成する複数の研究がある
3 その他の研究 横断的な研究、発見率の報告、症例報告など、散発的な報告のみでAnalytic Frameworkを構成する評価が不可能である
4 専門家の意見 専門家の意見
AF:Analytic Framework
注1) 研究の質については、以下のように定義する。
質の高い研究:バイアスや交絡因子の制御が十分配慮されている研究。
中等度の質の研究:バイアスや交絡因子の制御が相応に配慮されている研究。
質の低い研究:バイアスや交絡因子の制御が不十分である研究。
注2) 系統的総括について、質の高い研究とされるものは無作為化比較対照試験のみを対象とした研究に限定される。
無作為化比較対照試験以外の研究(症例対照研究など)を含んだ系統的総括の研究の質は、中等度以下と判定する。
注3) 各検診方法を評価するための研究において、死亡率減少効果について一致性を認められない場合には、証拠のレベルを下げることを考慮する。


表1 対策型検診と任意型検診の比較
検診方法 対策型検診
(住民検診型)
任意型検診
(人間ドック型)
Population-based screening Opportunistic screening
定義
目的 対象集団全体の死亡率を下げる 個人の死亡リスクを下げる
検診提供者 市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関 特定されない
概要 予防対策として行われる公共的な医療サービス 医療機関・検診機関等が任意に提供する医療サービス
検診対象者 検診対象として特定された集団構成員の全員(一定の年齢範囲の住民など)。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない 定義されない。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない
検診費用 公的資金を使用。無料あるいは一部少額の自己負担が設定される 全額自己負担。ただし、健保組合などで一定の補助を行っている場合もある
利益と不利益 限られた資源の中で、利益と不利益のバランスを考慮し、集団にとっての利益を最大化する 個人のレベルで、利益と不利益のバランスを判断する
特徴
提供体制 公共性を重視し、個人の負担を可能な限り軽減した上で、受診対象者に等しく受診機会があることが基本となる 提供者の方針や利益を優先して、医療サービスが提供される
受診勧奨方法 対象者全員が適正に把握され、受診勧奨される 一定の方法はない
受診の判断 がん検診の必要性や利益・不利益について、広報等で十分情報提供が行われた上で、個人が判断する がん検診の限界や利益・不利益について、文書や口頭で十分説明を受けた上で、個人が判断する。参加の有無については、受診者個人の判断に負うところが大きい
検診方法 死亡率減少効果が示されている方法が選択される。有効性評価に基づくがん検診ガイドラインに基づき、市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関が選ぶ 死亡率減少効果が証明されている方法が選択されることが望ましい。ただし、個人あるいは検診実施機関により、死亡率減少効果が明確ではない方法が選択される場合がある
感度・特異度 特異度が重視され、不利益を最小化することが重視されることから、最も感度の高い検診方法が必ずしも選ばれない 最も感度の高い検査の選択が優先されがちであることから、特異度が重視されず、不利益を最小化することが困難である
精度管理 がん登録を利用するなど、追跡調査も含め、一定の基準やシステムのもとに、継続して行われる 一定の基準やシステムはなく、提供者の裁量に委ねられている
具体例
具体例 老人保健事業による市町村の住民検診(集団・個別)
労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診
慢性疾患等で通院中の患者に、かかりつけ医の勧めで実施するがんのスクリーニング検査
注1) 対策型検診では、対象者名簿に基づく系統的勧奨、精度管理や追跡調査が整備された組織型検診(Organized Screening)を行うことが理想的である。
ただし、現段階では、市区町村や職域における対策型検診の一部を除いて、組織型検診は行われていないが、早急な体制整備が必要である。
注2) 2005年に公開した大腸がん検診ガイドラインでは、対策型検診を一元的にOrganized screeningとしたが、2006年の胃がん検診ガイドラインでは、わが国における対策型検診の現状を考慮し、現状の対策型検診(Population-based screening)と対策型検診の理想型である組織型検診(Organized screening)を識別し、その特徴を明らかにした。
注3) 任意型検診の提供者は、死亡率減少効果の明らかになった検査方法を選択することが望ましい。
がん検診の提供者は、対策型検診で推奨されていない方法を用いる場合には、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。

 

 
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