有効性評価に基づく前立腺がん検診ガイドライン
II.目的
前立腺がん検診の有効性評価に関する適正な情報を提供することを目的として、本ガイドラインの作成を行う。前立腺がん検診は、わが国における国民の健康状態を改善する可能性が期待されている一方で、不利益が指摘されている。そこで、前立腺がん検診による死亡率減少効果を明らかにするため、関連文献の系統的総括を行い、各検診方法の死亡率減少効果と不利益に関する科学的根拠を示し、わが国における対策型・任意型検診としての実施の可否を推奨として総括する。対策型検診は、対象集団の当該がんの死亡率減少を目的とし、公共的な予防対策として行われるべきものである。一方、任意型検診は、個人の死亡リスク減少を目的として医療機関などが任意で提供するものである。両者の定義及び特徴は、表1のとおりである。
本ガイドラインは、対策型検診・任意型検診にかかわらず、がん検診に関与するすべての人々への情報提供を目的としている。すなわち、がん検診の計画立案や実施に関与し、提供者となる保健医療の行政職、医師、保健師、看護師などの保健医療職、事務担当者、検診機関の管理経営者、さらに、がん検診の受診者をも対象としている。従って、本ガイドラインは、がん検診の提供を検討するすべての医療機関はもとより、検診対象となる一般の方々にも活用されることを期待し、その周知徹底を図ることを努める。このため、今後は、本ガイドラインに関する要約版や解説版などを作成する予定である。
本ガイドラインで提示する推奨は、あくまで死亡率減少効果と不利益に関する科学的証拠に基づいた判断である。科学的証拠とは、一定のルールに基づき文献検索を行い、証拠を吟味する系統的総括による結果であり、一部の専門家の個人的意見ではない。予防対策の目的をもって前立腺がん検診を行う場合には、科学的根拠に基づき、利益と不利益のバランスを考慮し、意思決定を行わなければならない。本ガイドラインで定義する対策型検診は、対象集団の死亡率減少を目的としたものであることから、推奨すると評価されたがん検診を、公共対策として実施することは適切な判断である。しかし、実際に導入する場合、がん検診の担当となる行政職や検診実施担当者を含め、がん検診提供者は、対象集団での罹患率、経済性、利用可能な医療資源、他の健康施策との優先度など、他の多くの要因も含めて検討すべきである。その結果、本ガイドラインで推奨する検診を実際には導入しないことが合理的と判断される場合もありうる。対策型検診において推奨しないと判断されたがん検診を導入することは明確な科学的根拠に欠けることから、合理的な判断とは考えがたい。また、推奨しないと判断されたがん検診を実施している場合には、本ガイドラインを参照し、その継続の是非を再度検討すべきである。一方、任意型検診であっても、がん検診の提供者は同様に責務を有している。従って、対策型検診と同様に、本ガイドラインで推奨するがん検診を任意型検診として実施することは適切な判断である。条件付の実施を容認する場合には、受診者に対して利益と不利益の両者について説明すると共に、リスク・マネジメントの体制整備に努めなくてはならない。また、積極的な実施を勧めず、個人の選択による受診が望ましいと判断された場合には、死亡率減少効果が証明されていないこと及び当該検診による不利益について公平に説明するなど、受診者の意思決定の支援に配慮するべきである。
表1 対策型検診と任意型検診の比較
検診方法 | 対策型検診 (住民検診型) |
任意型検診 (人間ドック型) |
Population-based screening | Opportunistic screening | |
定義 | ||
目的 | 対象集団全体の死亡率を下げる | 個人の死亡リスクを下げる |
検診提供者 | 市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関 | 特定されない |
概要 | 予防対策として行われる公共的な医療サービス | 医療機関・検診機関等が任意に提供する医療サービス |
検診対象者 | 検診対象として特定された集団構成員の全員(一定の年齢範囲の住民など)。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない | 定義されない。ただし、無症状であること。有症状者や診療の対象となる者は該当しない |
検診費用 | 公的資金を使用。無料あるいは一部少額の自己負担が設定される | 全額自己負担。ただし、健保組合などで一定の補助を行っている場合もある |
利益と不利益 | 限られた資源の中で、利益と不利益のバランスを考慮し、集団にとっての利益を最大化する | 個人のレベルで、利益と不利益のバランスを判断する |
特徴 | ||
提供体制 | 公共性を重視し、個人の負担を可能な限り軽減した上で、受診対象者に等しく受診機会があることが基本となる | 提供者の方針や利益を優先して、医療サービスが提供される |
受診勧奨方法 | 対象者全員が適正に把握され、受診勧奨される | 一定の方法はない |
受診の判断 | がん検診の必要性や利益・不利益について、広報等で十分情報提供が行われた上で、個人が判断する | がん検診の限界や利益・不利益について、文書や口頭で十分説明を受けた上で、個人が判断する。参加の有無については、受診者個人の判断に負うところが大きい |
検診方法 | 死亡率減少効果が示されている方法が選択される。有効性評価に基づくがん検診ガイドラインに基づき、市区町村や職域・健保組合等のがん対策担当機関が選ぶ | 死亡率減少効果が証明されている方法が選択されることが望ましい。ただし、個人あるいは検診実施機関により、死亡率減少効果が明確ではない方法が選択される場合がある |
感度・特異度 | 特異度が重視され、不利益を最小化することが重視されることから、最も感度の高い検診方法が必ずしも選ばれない | 最も感度の高い検査の選択が優先されがちであることから、特異度が重視されず、不利益を最小化することが困難である |
精度管理 | がん登録を利用するなど、追跡調査も含め、一定の基準やシステムのもとに、継続して行われる | 一定の基準やシステムはなく、提供者の裁量に委ねられている |
具体例 | ||
具体例 | 老人保健事業による市町村の住民検診(集団・個別) 労働安全衛生法による法定健診に付加して行われるがん検診 |
検診機関や医療機関で行う人間ドックや総合健診 慢性疾患等で通院中の患者に、かかりつけ医の勧めで実施するがんのスクリーニング検査 |
注1) | 対策型検診では、対象者名簿に基づく系統的勧奨、精度管理や追跡調査が整備された組織型検診(Organized Screening)を行うことが理想的である。 ただし、現段階では、市区町村や職域における対策型検診の一部を除いて、組織型検診は行われていないが、早急な体制整備が必要である。 |
注2) | 2005年に公開した大腸がん検診ガイドラインでは、対策型検診を一元的にOrganized screeningとしたが、2006年の胃がん検診ガイドラインでは、わが国における対策型検診の現状を考慮し、現状の対策型検診(Population-based screening)と対策型検診の理想型である組織型検診(Organized screening)を識別し、その特徴を明らかにした。 |
注3) | 任意型検診の提供者は、死亡率減少効果の明らかになった検査方法を選択することが望ましい。 がん検診の提供者は、対策型検診で推奨されていない方法を用いる場合には、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。 |