(旧版)骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン
IV 骨粗鬆症の予防 |
A.若年者の予防
本症の予防法として,思春期などの若年期にカルシウム摂取と身体活動により高い骨密度を獲得することが重要である126)とされている。初経前における適切な栄養とカルシウム摂取および運動の励行が最大骨量を増加させる127)ことは,ほぼ定説となっている。つまり若年期に高い骨密度を獲得しておくと,後年になって骨密度の低下があっても,骨折閾値への到達を遅らせることが可能であろうと考えられており,このことにより医療的介入の開始を遅らせることが可能とされている。
人生における最も高い骨密度を最大骨量と称し,それを規定するものとして,先天的な遺伝的因子と,後天的な環境因子とがある。環境因子の主な内容とは,必要な各種の栄養素を適量摂取すること,適度な運動を励行することなどが重要とされている。しかし,両者の相互効果は具体的には明らかにされていない。
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骨粗鬆症の予防や骨密度の増加のためには適度な運動負荷が効果的であることはよく知られている。特に成長期における運動およびスポーツ歴の有無が,骨密度の減少が必発する閉経前後の骨密度にまで反映されることは,多くの疫学的調査によって示されている。このように若年期を含めた成長期の運動は,将来の骨粗鬆症発症予防に極めて重要である。
健常若年者を対象とし,骨密度を指標とした運動の効果に関する最近の10年間の介入研究を検討した。文献の検索はPubMedを使用し,1995年1月1日から2005年8月31日までに出版された英語文献でアブストラクトのあるものとした。運動処方の原則に基づき運動の内容,強度,時間,頻度との結果について表23に示した。
その結果についてまとめてみると,若年者における骨量に対する運動の影響は,high impactな運動では,大腿骨頸部,その他の荷重部位の骨密度を増加させるが,中等度から軽度の運動では骨への影響が少ないようである。また,比較的重い負荷によるトレーニングや週3〜5回の持久性トレーニングを半年〜3年実施しているものが多いが,骨密度が増加したという報告がほとんどを占める。特に負荷のかかった部位の骨密度が増加したという結果が多く,運動効果に部位特異性がみられる。さらに部位ばかりでなく,初経前の女性であるが,橈骨の皮質幅が運動によって増加したとの報告128)がある。また,初経前の女性において,運動による骨密度の増加はカルシウムの補給が十分であることが前提である129)としているものがある。脱トレーニング後には運動の効果がなくなるとし,運動の継続性が必要と考えられる報告がある。しかし,最近の報告130)では,陸上競技をやめて5年すると効果は減弱するが,かつて陸上競技を行っていた60歳は,行っていない60歳よりも骨折は少ないとし,運動の効果が後年になっても持続するというものもある。
また最近の調査結果131)から,BMIと過去の運動習慣,活動総エネルギーが骨密度に影響を与えていることが判明した。一方で,BMIの影響度が最も強かったことは注目される。しかし,運動・身体活動が骨密度に影響を及ぼすことは明らかとされた。ここでいう過去の運動習慣とは,中学・高校時代の主としてクラブ活動で行われていたものである。この調査結果では運動の指標として強度と時間と頻度があるが,この3要素のなかで時間の因子が最も強いようであった。また強度にも関係するが,運動の励行としては従来からいわれていたとおり,バスケットボールなどのhigh impactな運動が,水泳などをしていたものに比べ,高い骨密度を有していた。
[エビデンステーブル] 表23 若年者における運動による骨量に対する介入研究 |
運動の内容 | 強度 | 時間 | 頻度 | 期間 | 結果 | 文献 | エビデンスレベル |
マシーンによるエアロビックな運動, ボールのゲーム |
心拍数 157±7拍 |
40分 | 5回/週 | 4ヵ月 | ● | 139) | III |
トレーニング | 40分 | 5回/週 | 4ヵ月のトレーニングと脱トレーニング | ● 脱× |
140) | II | |
トラックジャンピング 10回 |
3回/週 | 8ヵ月 | ▲ | 141) | II | ||
高強度のジャンピング 100回 |
61cm 高さの台 |
3回/週 | 7ヵ月 | ● | 142) | II | |
15種のレジスタンストレーニング | 30〜45分 | 3回/週 | 15ヵ月 | ▲ | 143) | II | |
さまざまなジャンプからなる サーキットトレーニング |
10分 | 3回/週 | 7ヵ月 | ▲ | 144) | II | |
ジャンピング 25回 |
45cm 高さの台 |
5回/週 | 12週 | ● | 145) | II | |
縄跳び | 10分 | 3回/週 | 7ヵ月 | ● | 146) | II | |
サーキット式ジャンピング | 高強度 | 10分 | 3回/週 | 20ヵ月(学年で2年) | ● | 147) | II |
縄跳び(50回), 台からのジャンプ(40cm高さ,30回), 腕立て伏せでの移動(3.5m) |
3回/週 | 9ヵ月 | △ | 148) | II | ||
ハンドボール | 1年以上 (3.9±0.4) |
● | 149) | III | |||
陸上競技 | 5年 | ● 脱× |
150) | III | |||
ジョギング,テニス,フットボール, ラグビー,バスケットボール |
1時間以上/日 | ● | 151) | IV | |||
ジムワーク,柔道, ダンス(active),sedentary |
7.8±4.0時間/週 | ● | 152) | III | |||
active,sedentary | ● | 130) | IV | ||||
exercise,sedentary | 7.2±4時間/週 1.2±0.8時間/週 |
1年 | △ | 129) | II | ||
ジャンピング | 3分 | 3回/日 | 8ヵ月 | ● | 128) | III |
結果 ●:運動による効果あり,▲:部位により運動の効果あり,△:対象により(年齢制限等)運動の効果あり,×:運動の効果なし,脱:脱トレーニング後 |
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カルシウムは体重の1〜2%を占め,その99%は骨および血液に存在する。骨は吸収と形成をつねに繰り返しており,新陳代謝が営まれている。骨の成長期には骨形成が骨吸収を上回り,骨の蓄積量が増加し,やがて最大骨量を得るようになる。成長期のうちでも,特に思春期前半は骨の蓄積が最も著しく,この2年間で最大骨量の1/4が蓄積132)されるという。
カルシウムは骨・筋肉・神経などが正常に機能するには必須な成分であり,その血中濃度は厳密にコントロールされている。体内にカルシウムの不足が生じた場合は,副甲状腺ホルモンなどのカルシウム調節ホルモンの作用により,骨からカルシウムが供給され骨量が減少する。そのため,カルシウムの摂取は骨粗鬆症の予防に重要とされている。最大骨量の絶対値を増加させるという点では明らかではないが,骨量減少を予防するという意義は高いと考えられる。
カルシウム摂取量と骨密度との関係については,メタアナリシスによると多くの研究では有意な関連を認めており,その関連は若年女性ではより強く,閉経後女性ではより弱い傾向があると報告133),134)されている。Sasakiら135)の日本人女性を対象とした横断研究では,閉経前においてはカルシウム摂取量と骨密度とは有意な相関を示したが,閉経後では有意でなかったという。さらにカルシウム摂取量と大腿骨頸部骨折の発症の関連について,有意であるという研究は少なく,その関連については明らかでなく,最近の系統的レビュー136)でも否定的である。若年者におけるカルシウム摂取による骨量に対する最近10年間の介入研究である10編を表24にまとめた。そのいずれも介入により骨量の増加を認めており,また中止すると効果がなくなるというものである。
小児期・思春期の男女で1日に900mg以上のカルシウムを摂取することが骨量の増加に有効との報告137)があるが,最近の調査131)ではカルシウム摂取量が骨密度に影響を与えているという結果は得られておらず,この調査集団の平均カルシウム摂取量は497.8mgであり,調査時点でわが国が定めていたカルシウム所要量600mg138)に達しておらず,カルシウム摂取不足が指摘される。厚生労働省が行っている国民健康栄養調査においても,この年代ではカルシウムは所要量に達していなかった。加齢に伴い,食事からの摂取や,腸管からの吸収能が低下することを踏まえると,骨密度を維持していくうえで,若年期からカルシウムの摂取を心がけていく必要性はあるものと思われる。
[エビデンステーブル] 表24 若年者におけるカルシウム摂取による骨量に対する介入研究 |
食事の内容 | 投与量 | 1日の総摂取量 | 期間 | 結果 | 文献 | エビデンス レベル |
炭酸カルシウム投与 | 300mg | 579mg | 18ヵ月 | ● | 153) | II |
カルシウムの投与 | 300mg | 800mg | 18ヵ月 | ● | 154) | II |
乳製品摂取の増加 | 1,200mg | 12ヵ月 | ● | 155) | III | |
カルシウム強化した食品 (ビスケット,飲料など)を投与 |
850mg | 1,723mg | 1年 | ● | 156) | II |
18ヵ月のカルシウムの投与後 | 435±225mg | 12ヵ月 | 脱× | 157) | IV | |
カルシウム投与 | 1,000mg | 1,600mg< | 18ヵ月 | ● | 158) | IV |
乳製品からの高カルシウム摂取の介入後 | 1,160mg | 2年の介入後の 1年間の観察 |
● 脱× |
159) | II | |
炭酸カルシウム投与 | 1,000mg | 1,056mg | 12ヵ月 | ● | 160) | II |
カルシウム摂取量の増加の介入後 | 714mg | 12ヵ月の介入後 の24ヵ月 |
● | 161) | IV | |
カルシウムサプリメント | 850mg | 8年 | ● | 162) | II |
結果 ●:栄養による効果あり,×:栄養の効果なし,脱:介入中止後 |
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若年者に対する運動の励行は骨粗鬆症発症の予防に有効である(グレードA)
若年者では骨量を高めるためにカルシウム摂取は有効である(グレードA)。
骨粗鬆症治療におけるカルシウムの効果には限界がある(「V 骨粗鬆症の治療 C.骨粗鬆症の一般的な治療(薬物以外) a.食事指導」,「V 骨粗鬆症の治療 D.骨粗鬆症の薬物治療 b.各薬剤の特徴とエビデンス (1)カルシウム製剤」参照)。
【参照】
「IV 骨粗鬆症の予防 B.中高年者の予防と検診」