有効性評価に基づく肺がん検診ガイドライン
III.方法
5. 検診方法別の評価
がん検診の死亡率減少効果については、検診方法別の直接的証拠及び間接的証拠を統合し、その結果に基づき証拠のレベルを判定した。ただし、間接的証拠は、原則として証拠のレベル判定に影響を与えることはなく、直接的証拠のある検診方法との比較検討が可能な場合にのみ、証拠のレベル判定への影響を検討した。なお、本ガイドラインでは、胸部X線検査については、間接撮影・直接撮影を一括して評価した。
証拠のレベルは、研究方法及び研究の質から、8段階に分類される(表2)。がん検診による死亡率減少効果の直接的証拠となる研究方法としては、無作為化比較対照試験が最も信頼性が高く、コホート研究や症例対照研究は次善の方法となる。その他の研究としては、横断的な研究や発見率・生存率などの研究が該当するが、これらの研究は、単独では有効性評価の根拠とはならない。証拠のレベルは、検診方法ごとに収集・吟味された個別研究の質、研究数、研究のもたらす死亡率減少効果の大きさ、複数の研究が同様の結果を示しているか(一貫性)などを総合的に判断し、一貫性が十分でない場合などは証拠のレベルの評価を低下させることも検討した。間接的証拠であっても、AFの重要な段階において、他の検診方法について無作為化比較対照試験が行われており、また研究の質の高い症例対照研究やコホート研究が行われている場合には、証拠のレベルは1+と判定される。
肺がん検診の特性を考慮し、各検診方法別の不利益について比較検討した。肺がん検診の不利益には、偽陰性、偽陽性、過剰診断、偶発症、放射線被曝、受診者の心理的・身体的負担などが該当する。これらの不利益について、検査方法別の比較表を作成する(表14)。偽陰性率、偽陽性率、偶発症などは、可能な限り数値を提示する。特に偶発症の発生率は、可能な限り、わが国における報告を利用した。胸部X線検査の不利益については間接撮影と直接撮影では影響が異なる場合もあり、その点を明記した。不利益については単純な比較が困難な場合もあることから、必要に応じて比較表に注釈を付記した。
証拠のレベルを基本に、不利益を考慮した上で、最終的な推奨レベルを決定する(表3)。推奨レベルはAからD及びIの5段階で示す。経済評価、受診率や検診実施の障壁(バリア)に関する研究などは推奨の判断基準とはしない。
推奨は、有効性に関する証拠のレベルと不利益の大きさを勘案し、表3の原則に従い、最終的にガイドライン作成委員会の合議により決定する。推奨A及びBについては、死亡率減少効果を認め、かつ不利益も比較的小さいことから、対策型検診としても、任意型検診としても実施可能である。推奨Cについては、死亡率減少効果は認められるが、無視できない不利益があるため、対策型検診としての実施は望ましくない。しかし、任意型検診においては、安全性を確保し、不利益についての十分な説明を行った上での実施は可能である。
推奨Iは、死亡率減少効果の有無を判断するための研究が不十分なことから、対策型検診としては推奨できない。任意型検診として実施する場合には、がん検診の提供者は、死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。その説明に基づく、個人の判断による受診は妨げない。推奨Iの判定を受けた検診については、有効性評価を目的とした研究の範囲で行われることが望ましい。ただし、ここでいう研究とは単なる発見率などの報告ではなく、死亡率減少効果を証明するための系統的アプローチの基盤となる精度や生存率の検討、無作為化比較対照試験をはじめとした死亡率をエンドポイントとした研究に限定される。これらの研究に基づき、一定の評価を得るまで公共政策として取り上げるべきではない。
推奨Dは、死亡率減少効果がないという証拠があることから、対策型・任意型のいずれのがん検診としても、実施すべきではない。
表2 証拠のレベル | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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AF: Analytic Framework | |
注1) | 研究の質については、以下のように定義する 質の高い研究:バイアスや交絡因子の制御が十分配慮されている研究。 中等度の質の研究:バイアスや交絡因子の制御が相応に配慮されている研究。 質の低い研究:バイアスや交絡因子の制御が不十分である研究。 |
注2) | 系統的総括について、質の高い研究とされるものは無作為化比較対照試験のみを対象とした研究に限定される。 無作為化比較対照試験以外の研究(症例対照研究など)を含んだ系統的総括の研究の質は、中等度以下と判定する。 |
表3 推奨のレベル | ||||||||||||||||||||||||||||||
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注1) | 対策型検診は、公共的な予防対策として、地域住民や職域などの特定の集団を対象としている。 その目的は、集団におけるがんの死亡率を減少させることである。 対策型検診は、死亡率減少効果が科学的に証明されていること、不利益を可能な限り最小化することが原則となる。 具体的には、市町村が行う老人保健事業による住民を対象としたがん検診や職域において法定健診に付加して行われるがん検診が該当する。 |
注2) | 任意型検診とは、医療機関や検診機関が任意で提供する保健医療サービスである。 その目的は、個人のがん死亡リスクを減少させることである。 がん検診の提供者は、死亡率減少効果の明らかになった検査方法を選択することが望ましい。 がん検診の提供者は、対策型検診では推奨されていない方法を用いる場合には、 死亡率減少効果が証明されていないこと、及び、当該検診による不利益について十分説明する責任を有する。 具体的には、検診センターや医療機関などで行われている総合健診や人間ドックなどに含まれているがん検診が該当する。 |
注3) | 推奨Iと判定された検診の実施は、有効性評価を目的とした研究を行う場合に限定することが望ましい。 |
表14 肺がん検診における不利益の比較 | ||||||||||||||||
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注1) | 肺がん検診の偽陰性率(=1-感度)、偽陽性率(=1-特異度)の算出方法は、主に追跡法である。しかしその算出条件は研究間で異なるため、単純な比較は困難であるが、参考値として上記表に示している。特に偽陰性率で最も高い値を示すJohns-Hopkins Lung Projectでは、算出条件が論文上に記載されていないことに留意する必要がある(詳細は個別の検査方法の証拠のまとめ および表9参照)。 |
注2) | 過剰診断については、個別の検査方法の証拠のまとめの不利益に関する記載を参照。 |
注3) | 放射線被曝については、考察および表10参照。マルチ・ディテクターCTについては、至適管電流が10-30mAと幅をもって設定されているため、30mAの場合は、10mAの場合の約3倍の被曝線量が見込まれる。 |
注4) | 精密検査の偶発症については、考察および表15参照。 |