(旧版)科学的根拠(Evidence Based Medicine;EBM)に基づいた腰痛診療のガイドラインの策定に関する研究
第8章 腰痛症患者に対する教育の効果
結 果
「腰痛症患者に教育的アプローチは有効か」というリサーチ・クエスチョンに当てはまる文献を調査した結果、このクエスチョンの回答として参考になる文献は20編抽出された。 ランダム化比較試験が7件、非ランダム化比較試験が2件、コホート・症例対照研究が3件、時系列研究・非対照実験研究が4件、そして権威者の意見・記述疫学が4件であった。 邦文論文は、時系列研究・非対照実験研究と権威者の意見・記述疫学が各2件ずつであり、ランダム化比較試験は皆無であった。
各報告のエビデンスのレベル別には、「行うことを強く勧めるだけの根拠がある」が5件、「行うことを中等度に指示する根拠がある」が2件、「あまり根拠はないが、その他の理由に基づく」が12件、そして「行わないことを中等度に指示する根拠がある」が1件であった。
文献を内容的に吟味すると、二種類の教育的手段に関する文献が集積された。 一つは、腰痛学級(14件1,2,3,4,5,7,8,10,11,13,14,18,19,20) )であり、他方はパンフレットを始めとする何らかのメディアを用いた腰痛学級以外の教育的手段(6件6,9,12,15,16,17) )である。 それぞれの結果に関して報告する。
1. 腰痛学級
腰痛症は、自然経過から急性期、亜急性期、慢性期と大別される。 その中で、亜急性期の腰痛に、腰痛学級が有効であったとの強いエビデンスをもつ報告がある13)。 この報告は、労働者が対象であり、効果指標として原職復帰を使用した。腰痛学級群の方がコントロール群に比較して、休業のままでいるものは少なく、原職復帰率は高かったことを報告した。 一方、家庭の主婦や退職者など、労働者以外の一般人も対象とした場合にも、腰痛学級は有効とする報告がある11)。 この報告では、腰痛学級群において通院の回数が有意に減少し、かつ日常生活に対する行動パターンが有益な方向に向かったことを述べた。 しかし、腰痛の有無や強度、鎮痛剤の服用回数などの効果指標では有意が無かったとしている。 疼痛以外の面での腰痛学級の効果を強調した。
腰痛学級は、腰痛の再発予防にも有効であるとの報告もある19)。 この報告では、腰痛の治療が終了した患者に腰痛学級を受講させた後に1年間フォローし、腰痛の再発と休業期間は有意に少なかったことを報告した。
一方、腰痛学級に否定的な報告もある。急性腰痛症患者を対象に、腰痛学級と一般的な治療(消炎鎮痛剤や理学療法)を施行し、職場復帰までの期間と1年後の腰痛再発率などを比較調査した報告がある10)。 その結果、強いエビデンスを持って、両群間に有意差が無かった。しかし、この報告は対象が労災患者という特殊性がある。 同様に、急性腰痛に対して一般人を対象に腰痛学級の効果を調査した報告がある。比較した治療法は、腰痛学級群と体操群である。 後者の方が、腰痛の再発率は少く、運動療法が腰痛学級よりも疼痛のコントロール・軽減には有効であることを報告した。
その他、エビデンスは高くないが、腰痛学級に関しては様々な報告がある。 学生に対する腰痛学級受講により、腰痛の発症率は減少し、医療費の削減につながったするもの。 精神的な要素の強い腰痛患者に対しても、腰痛学級は有効であったとする報告。 また、一つのmeta analysisでは、腰痛学級の有効性が文献上一定した見解が得られていないことを報告している5)。
本邦における、腰痛学級の報告は少なく、かつその中で科学的根拠のあるものは皆無である。 これらはすべて、コントロ-ルを持たない研究であるが、概ね腰痛学級の有効性を報告している。
2. 腰痛学級以外の手段を用いる教育
腰痛学級以外の患者教育の手段として一般的なものに、文書(パンフレット)がある。 パンフレットが、腰痛に対する患者の意識改革に有効であるとの強いエビデンスを持った報告がある17)。 従来からのパンフレットは、疼痛の対処のみに固執するいわゆる「受動的な」ものであり、患者の意識改革に効果が少ない。 しかし、この報告で採用した新しいパンフレットは、「腰痛を怖れるな」「腰痛は怖いものではない」「疼痛のみに固執せず、自己の努力で腰痛を処置せよ」といったactiveなメッセージを掲げている。 このパンフレットによる効果は、1年間継続し、Roland-Morrisによる成績も良好であった。
発症後7日以上経過した腰痛に対して、McKenzie exercise、マニピュレーション、腰痛教育パンフレットの三種類の治療を比較した強いエビデンスを有する報告がある15)。 前二者の効果は同等であり、かつこれらとパンフレットの効果は同等であった。 この時期の腰痛に対する、パンフレットを用いた腰痛教育の重要性を示す報告である。
労働者の腰痛に関しては、労働環境を整備し、就労時の注意事項などを教育すれば、10年間の経過で労災認定患者の発生数が減少したとする報告がある。 これは、エビデンスの少ない報告であるが、労働環境下での教育の重要性を示唆する報告である12)。
一般大学生を対象に、腰痛に関する知識を質問した報告では、彼らの知識が不充分であるとした。 また、腰痛体操に関して充分知識があると回答した学生でも、半数以上が間違った方法で体操を行っていたと報告した9)。 いずれも、教育の重要性を指摘する報告である。
一方、教育パンフレットが、腰痛の予防に果たす役割について否定的な報告もある16)。 労働者にコルセットと教育(ボディメカニクスを中心とするセッション)を行ったところ、両者は同時に行った場合でも、それぞれ単独で行った場合でも就労時の腰痛発現率を減少させることが出来なかったことを報告した。 また、これは同様に休業期間の短縮に関しても効果が無かったと報告した。 これは、労働者に対して教育を行わないことを中等度に指示する根拠がある報告である。