(旧版)高血圧治療ガイドライン2009

 
第11章 特殊条件下高血圧の治療


POINT 11a

【白衣高血圧】
  • 定義は,診察室血圧の平均が140/90mmHg以上,かつ家庭血圧が135/85mmHg未満またはABPMでの平均24時間血圧が130/80mmHg未満である。
  • 高血圧患者の15-30%にみられ,高齢者でその頻度が増加する。
  • 将来,持続性高血圧に移行し,心血管イベントへつながるリスクが高い。
  • 基本的に生活習慣の改善を行い定期的な経過観察を必要とするが,臓器障害や他の心血管リスクが高い場合,降圧薬の投与も考慮する。

【仮面高血圧】
  • 定義は,診察室血圧の平均が140/90mmHg未満,かつ家庭血圧が135/85mmHg以上,またはABPMでの平均24時間血圧が130/80mmHg以上である。
  • 正常血圧の一般住民の10-15%,140/90mmHg未満にコントロールされている降圧治療中の高血圧患者の約30%にみられる。
  • 心血管リスクは正常血圧と比較して2-3倍で,持続性高血圧と同程度である。
  • 仮面高血圧には早朝高血圧,職場高血圧などストレス下の高血圧,夜間高血圧が含まれる。
  • 早朝血圧に基づく降圧療法では,そのレベルを135/85mmHg未満にコントロールする。




1.血圧日内変動に基づく高血圧
診察室血圧レベルと,家庭血圧計やABPMで測定した診察室以外の日常生活時の血圧レベルは必ずしも一致しない。高血圧診断は診察室血圧と診察室外血圧により,正常血圧,白衣高血圧,仮面高血圧,持続性高血圧の4つに分類することができる(図11-1675)

図11-1.白衣高血圧と仮面高血圧の診断
図11-1.白衣高血圧と仮面高血圧の診断

1)白衣高血圧
白衣高血圧は,未治療者において診察室で測定した血圧が高血圧であっても,診察室外血圧では正常血圧を示す状態である(図11-1675)。定義は,複数回測定した診察室血圧の平均が140/90mmHg以上で,かつ家庭血圧計やABPMで複数回測定した昼間血圧の平均が135/85mmHg未満,もしくは平均24時間血圧が130/80mmHg未満とする。
白衣高血圧は診察室血圧で140/90mmHg以上の高血圧と診断された患者の15-30%がこれに相当し,その頻度は高齢者で増加する675)。白衣高血圧は診察室外血圧も高い持続性高血圧と比較した場合,臓器障害は軽度で,心血管予後も良好である98),169),675)。しかし,正常血圧者と比較して,まったく同等に予後良好であるかどうかは,意見が分かれている。白衣現象も必ずしもまったく良性というわけではなく,強いストレス時の昇圧と関連する場合や,白衣高血圧の一部は,将来,持続性高血圧に移行し,長期的には心血管イベントのリスクになることがある102),103),108),676)。そのリスクが高い群は,収縮期血圧125-135mmHg,拡張期血圧80-85mmHg以上と診察室外血圧が正常域でも高値傾向にある群や,肥満・メタボリックシンドロームに関係する因子など他の心血管リスクならびに微量アルブミン尿などの臓器障害を合併する群である676)。したがって,白衣高血圧の診療では,他の危険因子や臓器障害も評価する必要がある。
基本的には,白衣高血圧には薬物治療を行わず,生活習慣の改善を指導する。定期的に経過観察を行い,日常生活におけるストレス状態や生活習慣の変化に留意し,家庭血圧の自己測定を推奨する。診察室以外の血圧レベルが比較的高い群や,心血管系疾患や臓器障害,糖尿病やメタボリックシンドロームなどを合併する高リスク白衣高血圧では,降圧薬投与が必要となることもある。

2)仮面高血圧
診察室血圧が正常血圧であっても,診察室外の血圧では高血圧である状態が仮面高血圧である(図11-1278),675)。複数回測定した診察室血圧の平均が140/90mmHg未満で,かつ家庭血圧計やABPMで複数回測定した昼間血圧の平均が135/85mmHg以上,もしくは平均24時間血圧が130/80mmHg以上の場合を仮面高血圧とする。
仮面高血圧は診察室血圧レベルと診察室以外の血圧レベルで定義されるが,その病態は多様である。早朝高血圧,職場高血圧,夜間高血圧は,仮面高血圧を構成する病態で,診察室外血圧が上昇している時間帯が異なる677)
仮面高血圧は,正常血圧を示す一般住民の10-15%,140/90mmHg未満にコントロール良好な降圧治療中の高血圧患者の約30%にみられる278),678)。仮面高血圧の臓器障害と心血管イベントのリスクは正常血圧や白衣高血圧と比較して有意に高く,持続性高血圧患者と同程度である。これまでの臨床研究では,仮面高血圧は正常血圧群に比べて代謝異常を伴いやすく,未治療か治療中高血圧患者かにかかわらず,左室肥大や頸動脈肥厚などの高血圧性臓器障害が進行している679),680)。地域一般住民や治療中の高血圧患者を対象とした追跡研究においても,正常血圧に比較した仮面高血圧の心血管疾患の相対発症リスクは2-3倍程度であり,持続性高血圧と同程度である107),108),278),681)
仮面高血圧の診療は,家庭血圧を測定することからはじめる。仮面高血圧の高リスク群は,降圧療法中にあるすべての高血圧患者,正常高値血圧(130-139/85-89mmHg),喫煙者,アルコール多飲者,精神的ストレス(職場,家庭)が多い者,身体活動度が高い者,心拍数の多い者,起立性血圧変動異常者(起立性高血圧,起立性低血圧),肥満・メタボリックシンドロームや糖尿病を有する患者,臓器障害(特に左室肥大)や心血管疾患の合併例などである(表11-1332),682),683)。これらの対象者には診察室血圧にかかわらず,積極的に家庭血圧やABPMを測定することが重要である。
仮面高血圧の降圧治療の要点は,24時間にわたり正常血圧レベルに降圧することで,早朝血圧に基づく降圧療法を行い,そのレベルを135/85mmHg未満にコントロールする。

表11-1.仮面高血圧が疑われる高リスク群
  • 降圧治療中の高血圧患者
  • 正常高値血圧者(130-139/85-89mmHg)
  • 喫煙者,アルコール多飲者
  • 精神的ストレス(職場,家庭)が多い者
  • 身体活動度が高い者
  • 心拍数の多い者
  • 起立性血圧変動異常者(起立性高血圧,起立性低血圧)
  • 肥満,メタボリックシンドローム,糖尿病患者
  • 臓器障害(特に左室肥大・頸動脈内膜壁肥厚)合併者
  • 心血管疾患の合併者

3)早朝高血圧
早朝高血圧にコンセンサスの得られた定義はないが,他の時間帯よりも早朝血圧が特異的に高い場合には,狭義の早朝高血圧といえよう。家庭血圧の基準値は135/85mmHgであることから,早朝に測定した血圧平均値が135/85mmHg以上を広義の早朝高血圧とする。
早朝には心血管イベントが多く,同様に血圧も夜間から早朝にかけて上昇する日内変動を示す。早朝血圧は脳・心臓・腎臓,すべての心血管リスクと有意に関連していることから,高リスク時間帯の血圧が高値を示す早朝高血圧が重要である112),677)。さらに,降圧療法中の高血圧患者では,診察室血圧は良好にコントロールされていても,薬剤服用直前の早朝に最も降圧効果が減少していることも問題となる。
早朝高血圧には夜間高血圧から移行するタイプと朝方に急峻に血圧が上昇するサージタイプがあり,この両者はともに心血管リスクとなる。夜間から早朝にかけては,圧受容体反射の影響を受けて自律神経や血圧の変動性が最も増大する時間帯で684),早朝の血圧レベルの高値に加え血圧変動性の増大や夜間から早朝にかけて上昇する血圧モーニングサージも,24時間血圧レベルとは独立して心血管イベント105),110),685)や左室肥大,頸動脈硬化,無症候性脳梗塞など臓器障害のリスクとなる105),685),686),687),688)。さらに,早朝には交感神経やレニン・アンジオテンシン(RA)系など神経内分泌系の亢進に加えて,血小板機能亢進や血栓傾向が加わり,それぞれの危険因子が相加的あるいは相乗的に臓器障害を進展させ,心血管イベントの発症リスクを増強すると考えられる。
早朝高血圧は,診察室血圧で定義した高血圧よりも臓器障害が進行しており689),早朝高血圧を呈すると,高血圧患者は将来の脳卒中発症リスクが高くなり112),113),後期高齢者では将来の要介護リスクが高くなることが報告されている76)
血圧モーニングサージの要因として,寒冷や加齢に加えて,精神的ストレス,習慣飲酒や閉塞性無呼吸症候群の重症度がある690)。したがって,早朝高血圧の非薬物療法としては,冬季の早朝の気温調節や節酒を心がけ,良質の睡眠をとることが重要である。
通常の降圧療法に早朝高血圧をターゲットにした降圧療法を加えることにより,夜間血圧を含む24時間血圧が完全にコントロールされ,心血管イベントがさらに効果的に抑制されることが期待できる。降圧目標は早朝血圧レベル135/85mmHg未満で,糖尿病や慢性腎臓病を合併する高リスク高血圧群においては,さらに低いレベル(常時130/80mmHg未満)へのコントロールが望まれる。
早朝高血圧では24時間持続する長時間作用型降圧薬を使用することが原則である。1日1回型の長時間作用型降圧薬においても,早朝血圧が高い場合,朝夕2分割処方するなどの工夫が必要である。Ca拮抗薬や,早朝に活性が亢進する神経・体液性因子に対する交感神経系抑制薬(α遮断薬,中枢性交感神経抑制薬)ならびにRA系阻害薬(ACE阻害薬,ARB)の就寝前投与は早朝血圧を有意に低下させ,臓器保護作用を示す。早朝高血圧の厳格なコントロールは通常1剤の降圧薬では難しく,併用療法が必要となることが多い。しかし,ある特定時間帯の血圧ピークを降圧させるために降圧薬の用量を増量した場合,他の時間帯においては過度の降圧のために,全身倦怠感やふらつきなどの自覚症状が悪化することもある。異なるクラスの薬剤を複数,異なる時間帯に投与する時間降圧療法も必要となる。

4)夜間高血圧
ABPMによる夜間睡眠中血圧の平均が120/70mmHg以上の場合に,夜間高血圧とする。加えて,血圧日内変動で,夜間血圧が昼間の血圧に比較して高値を示す夜間昇圧型(riser)は,心血管リスクが高く狭義の夜間高血圧になる。夜間血圧の測定,riserなどの血圧日内変動異常の判定には,2008年4月より保険適用が認められたABPMが用いられるが,最近では睡眠時血圧を測定できる家庭血圧計もある114)
夜間血圧は昼間血圧よりも変動性が少なく,より強く心血管リスクや認知機能と関連している121),691)。通常の血圧日内変動において,夜間血圧は昼間の覚醒時に比較して,10-20%低下する(正常型,dipper)。この夜間の血圧低下が少ないnon-dipperや,逆に夜間に血圧上昇を示すriserでは,脳,心臓,腎臓すべての臓器障害ならびに心血管死のリスクが高い104),370),677)。夜間血圧高値が起床後まで持続している場合,家庭血圧測定により「早朝高血圧」として検出される。一方,早朝・就寝時に測定した家庭血圧は正常レベルにあるが,夜間血圧のみが高い者でも,血管障害が進行しており,心血管リスクも高い692),693)
夜間高血圧は睡眠時無呼吸症候群などの睡眠障害,心不全や腎不全などの循環血液量の増加,糖尿病などの自律神経障害,特に起立性低血圧などが原因となる。また,抑うつ状態,認知機能低下や脳萎縮や,脳血管障害なども夜間血圧低下が減少しているnon-dipper/riserの夜間高血圧に関連している。
夜間高血圧の対策としては,減塩や利尿薬が有用である694)。さらに,早朝高血圧を治療ターゲットにした就寝前の降圧薬投与が推奨される。複数の降圧薬を投与しても血圧コントロールがつかない治療抵抗性高血圧に,薬剤数を増量することなく,1剤のみを就寝前投与へ変更することにより,non-dipperがdipperに移行し,より良好な24時間血圧コントロールが達成できるとの報告もある695)

5)ストレス下高血圧
診察室血圧は正常でも,職場や家庭のストレスにさらされている昼間の時間帯の血圧平均値が,再現性よく基準値たとえば135/85mmHgを超えている場合などである。
精神的・身体的ストレスはABPMで測定した自由行動下血圧に影響を与えることが知られている696)。ストレス下高血圧の一つとして職場高血圧がある。健診時や診察室血圧は正常でも,ストレス状況にある職場で測定した血圧が高値を示す職場高血圧は,肥満や高血圧家族歴の人に多いという特徴がある109)。ストレス下高血圧は厳密には診察室血圧や家庭血圧の通常の早朝と就寝時の測定方法では見逃されることから,その検出にはABPMや職場での血圧測定が必要となる。その臨床的意義と診断・降圧治療に関するエビデンスはまだ十分ではないが,注意深い経過観察が必要である。
夜間交代勤務者(シフトワーカー)の血圧日内変動は,昼・夜の時刻よりも,覚醒・睡眠による個人の行動パターンで規定される。したがって,1日1回投与の降圧薬は,昼間に睡眠をとった場合,覚醒後の夕方に服用する。しかし,昼間の睡眠中には,夜間の睡眠中に比較して,交感神経活動が十分に低下しないため,血圧低下が生じにくく,夜間交代勤務者はnon-dipper型血圧日内変動異常を示すことが多い697)

 

 
ページトップへ

ガイドライン解説

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す

診療ガイドライン検索

close-ico
カテゴリで探す
五十音で探す