(旧版)高血圧治療ガイドライン2009
第8章 高齢者高血圧
4.治療
1)高齢者高血圧の治療効果
プラセボを対照とした無作為化比較試験で,降圧薬の心血管病発症抑制効果が示されている。60歳ないし70歳以上の高齢者高血圧を対象として利尿薬やβ遮断薬を用いたEWPHE579),STOP-Hypertension580),MRCII581)などの試験,ARBを用いたSCOPE582),583)などの試験がある。高齢者に多い収縮期高血圧に対しては,利尿薬を用いたSHEP584),Ca拮抗薬を用いたSyst-Eur585),Syst-China586),STONE587)などがある。試験の多くは収縮期血圧160mmHg以上を対象とし,その治療前平均値は166-197mmHgであり,到達した収縮期血圧は大部分が140-150mmHgである。
60歳以上の高齢者高血圧治療に対する9つの主要大規模臨床試験のメタ解析によると,降圧薬治療により全死亡12%,脳卒中死36%,虚血性心疾患死25%といずれも有意な抑制が,また脳血管障害発症35%,虚血性心疾患発症は15%の有意な抑制がみられている588)。80歳以上の高齢者での高血圧患者(平均血圧173/91mmHg)を対象としたHYVETでは,利尿薬(降圧不十分な場合ACE阻害薬を追加)を用いて150/80mmHg未満を目指した治療の結果,脳卒中30%ならびに総死亡21%,心不全64%,心血管イベント34%の有意な減少を認めた205)。2年目の到達血圧は144/78mmHgであった。
以上,高齢者においても年齢によらず積極的に降圧療法を行うことが勧められる。ただし,HYVETを含め80歳以上で140mmHg未満まで降圧することの有用性や,高齢者のI度高血圧に対して降圧治療を行うことの有用性を,明確に示唆するエビデンスはなく,注意深い降圧が必要である。
60歳以上の高齢者高血圧治療に対する9つの主要大規模臨床試験のメタ解析によると,降圧薬治療により全死亡12%,脳卒中死36%,虚血性心疾患死25%といずれも有意な抑制が,また脳血管障害発症35%,虚血性心疾患発症は15%の有意な抑制がみられている588)。80歳以上の高齢者での高血圧患者(平均血圧173/91mmHg)を対象としたHYVETでは,利尿薬(降圧不十分な場合ACE阻害薬を追加)を用いて150/80mmHg未満を目指した治療の結果,脳卒中30%ならびに総死亡21%,心不全64%,心血管イベント34%の有意な減少を認めた205)。2年目の到達血圧は144/78mmHgであった。
以上,高齢者においても年齢によらず積極的に降圧療法を行うことが勧められる。ただし,HYVETを含め80歳以上で140mmHg未満まで降圧することの有用性や,高齢者のI度高血圧に対して降圧治療を行うことの有用性を,明確に示唆するエビデンスはなく,注意深い降圧が必要である。
2)降圧薬治療の対象と降圧目標
(1)治療対象
降圧による有用性が確認されたプラセボ対照群との無作為化比較試験における対象者の背景から,降圧治療対象を考える。高齢者高血圧患者だけを対象とした試験では,収縮期血圧160mmHg以上,拡張期血圧90-100mmHg以上が対象者とされている。一方,I度高血圧でリスク層別化が中等リスクに分類される患者群について,高齢者での降圧治療の有用性を明確に示したエビデンスはないものの,Ca拮抗薬により心肥大およびQOLの改善を認めたとする報告がある589)。以上より,高齢者高血圧について140/90mmHg以上を治療対象とする。
(2)降圧目標
高齢者においては高血圧基準である140/90mmHg未満を目標として積極的に降圧する。この目標値は,後述する最近の大規模臨床試験における到達血圧や疫学研究の成績に基づく。65歳未満から治療中で130/85mmHg未満を達成している患者において,65歳になって降圧を緩める必要はない。
降圧目標を決定するにあたり,大規模臨床試験での到達血圧,降圧目標についての群間比較試験での結果が有用な情報をもたらす。最近の高齢者高血圧を対象とした大規模臨床試験では,治療後の血圧平均値の多くは141-152/77-85mmHgである(表8-1)。高血圧患者だけを対象とした試験ではないが,降圧薬を用いた試験で高齢者が半数程度以上含まれる試験では,140/90mmHg未満を達成した試験が多数あり,降圧の有用性が確認されている221),328),353)。
高齢者の収縮期血圧160mmHg以上の高血圧を治療した場合,140mmHg未満への降圧がよいとする考え方に疑問を持たせる事実として,SHEP,HOTのサブ解析,JATOS590)がある。SHEPでは150mmHg未満の群が最も脳卒中リスク抑制効果が強く,140mmHg未満ではその有意性が消失している591)。また,降圧目標に関する群間比較試験であるHOTでは,65歳以上の群でみるとthe lower the betterの関係が認められなくなる592)。高齢者の降圧目標について群間比較試験を行ったJATOSの結果では,140mmHg未満目標群と140-160mmHg目標群で心血管疾患を含む予後に差を認めなかった。降圧目標についての群間比較試験では,高齢者において血圧を厳格に下げた群で予後が改善するかは,現時点では明らかではない。
過度な降圧の危険性について,拡張期血圧に関する到達血圧の分析結果では,J型現象を示す後ろ向きのエビデンスはあるが,その閾値は一定ではなく,収縮期血圧に関してはJ型現象の存在について明確な結論はない。SHEPでは拡張期血圧60mmHg未満で心血管事故が増加した593)。Syst-Eurのサブ解析は,虚血性心疾患合併の収縮期高血圧患者では,拡張期血圧を70mmHg未満にすることに注意を喚起している578)。本邦において行われたPATE-Hypertension594)では,収縮期血圧120mmHg未満の降圧では心血管事故が増加しているが,全体でのイベント数が少なく今後の検討を要する。一方で,最近の高齢者高血圧を多数含む大規模臨床試験のINSIGHT,ALLHAT,VALUEなどでは,血圧が135-138/75-82mmHg程度まで下降してもJ型現象は認められていない。本邦の大規模臨床試験であるJATOS590)やCASE-Jサブ解析331)でも高齢者において140mmHg未満の降圧が達成されているが,有害事象の増加はなかった。以上から,一般には過降圧の危険性はまれであるが,拡張期血圧の低い症例に関しては,拡張期血圧の推移と虚血性心疾患に十分注意しながら収縮期血圧の降圧目標達成を図る。高齢者では,起立性低血圧や食後血圧低下の頻度が高いことに加え,摂食量減少などによっても血圧が低下することが多い。降圧目標達成後も,このような血圧動揺性に十分注意を払い,家庭血圧も参考に慎重に血圧管理する。
降圧目標を決定するにあたり,大規模臨床試験での到達血圧,降圧目標についての群間比較試験での結果が有用な情報をもたらす。最近の高齢者高血圧を対象とした大規模臨床試験では,治療後の血圧平均値の多くは141-152/77-85mmHgである(表8-1)。高血圧患者だけを対象とした試験ではないが,降圧薬を用いた試験で高齢者が半数程度以上含まれる試験では,140/90mmHg未満を達成した試験が多数あり,降圧の有用性が確認されている221),328),353)。
高齢者の収縮期血圧160mmHg以上の高血圧を治療した場合,140mmHg未満への降圧がよいとする考え方に疑問を持たせる事実として,SHEP,HOTのサブ解析,JATOS590)がある。SHEPでは150mmHg未満の群が最も脳卒中リスク抑制効果が強く,140mmHg未満ではその有意性が消失している591)。また,降圧目標に関する群間比較試験であるHOTでは,65歳以上の群でみるとthe lower the betterの関係が認められなくなる592)。高齢者の降圧目標について群間比較試験を行ったJATOSの結果では,140mmHg未満目標群と140-160mmHg目標群で心血管疾患を含む予後に差を認めなかった。降圧目標についての群間比較試験では,高齢者において血圧を厳格に下げた群で予後が改善するかは,現時点では明らかではない。
過度な降圧の危険性について,拡張期血圧に関する到達血圧の分析結果では,J型現象を示す後ろ向きのエビデンスはあるが,その閾値は一定ではなく,収縮期血圧に関してはJ型現象の存在について明確な結論はない。SHEPでは拡張期血圧60mmHg未満で心血管事故が増加した593)。Syst-Eurのサブ解析は,虚血性心疾患合併の収縮期高血圧患者では,拡張期血圧を70mmHg未満にすることに注意を喚起している578)。本邦において行われたPATE-Hypertension594)では,収縮期血圧120mmHg未満の降圧では心血管事故が増加しているが,全体でのイベント数が少なく今後の検討を要する。一方で,最近の高齢者高血圧を多数含む大規模臨床試験のINSIGHT,ALLHAT,VALUEなどでは,血圧が135-138/75-82mmHg程度まで下降してもJ型現象は認められていない。本邦の大規模臨床試験であるJATOS590)やCASE-Jサブ解析331)でも高齢者において140mmHg未満の降圧が達成されているが,有害事象の増加はなかった。以上から,一般には過降圧の危険性はまれであるが,拡張期血圧の低い症例に関しては,拡張期血圧の推移と虚血性心疾患に十分注意しながら収縮期血圧の降圧目標達成を図る。高齢者では,起立性低血圧や食後血圧低下の頻度が高いことに加え,摂食量減少などによっても血圧が低下することが多い。降圧目標達成後も,このような血圧動揺性に十分注意を払い,家庭血圧も参考に慎重に血圧管理する。
表8-1.高齢者高血圧を対象とした主な臨床試験と国内で実施された臨床試験
STOP-2 | ANBP2 | SCOPE | HYVET | NICS-EH | PATE-HT | JATOS | CASE-J (サブ解析) | |
対象年齢(歳) | 70-84 | 65-84 | 70-89 | ≧80 | ≧60 | ≧60 | 65-85 | 75-84 |
平均年齢(歳) | 76 | 71.9 | 76.4 | 83.6 | 69.8 | 70 | 73.6 | 78.3 |
症例数 | 6614 | 6083 | 4964 | 3845 | 414 | 1748 | 4418 | 751 |
降圧薬 |
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| Ca拮抗薬
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試験方法 | PROBE | PROBE | 二重盲検 | 二重盲検 | 二重盲検 | オープン | PROBE | PROBE |
追跡期間(年) | 4 | 4.1 | 3.7 | 2.1 | 5 | 2.4 | 2 | 3.2 |
治療前血圧(mmHg) | 194/98 | 168/91 | 166/90 | 173/91 | 172/94 | (1)151/84 (2)148/82 | 172/89 | 168/89 |
治療後血圧 (mmHg) | (1)158/81 (2)159/80 | (1)141/79 (2)142/79 | (1)145/80 (2)149/82 | (1)144/78 (2)159/84 | (1)147/81 (2)147/79 | (1)142/80 (2)141/78 | (1)136/75 (2)146/78 | 141/76 |
主要評価項目 | 心血管死 | 心血管イベント | 心血管イベント | 脳卒中 | 心血管イベント | 心血管イベント | 心血管イベント | 心血管イベント |
主要評価項目の結果 | ns | (1)が有用 (P=0.05) | ns | (1)が有用(P=0.055) | ns | ns | ns | ns |
その他の結果 | 男性で(1)が有用 | (1)で非致死性脳卒中減少(P=0.04) | (1)で総死亡21%減少(P=0.019) | 到達血圧120mmHg未満で心イベント増加 | 到達血圧150mmHg以上で心血管イベント増加 |
- HYVETの治療後血圧は2年目のデータ。HYVETでの主要評価項目の抑制は統計学的には有意ではないが,総死亡の有意な減少のために試験が途中中止となったためであり,表の中では(1)が有用とした。
(3)緩徐な降圧スピード
高齢者高血圧においては臓器血流障害,自動調節能障害が存在するため,降圧のスピードには特に配慮が必要である。降圧は緩徐に行い,一般的に降圧薬の初期量は常用量の1/2量から開始し,めまい,立ちくらみなどの脳虚血性兆候や狭心症状,心電図の心筋虚血所見やQOLの低下の有無に注意しつつ,4週間から3か月の間隔で増量する。後期高齢者(75歳以降)で収縮期血圧160mmHg以上のII度,III度高血圧では140/90mmHg未満を最終降圧目標とするものの,150/90mmHg未満を中間降圧目標として慎重に降圧する。これを支持する本邦の成績としてJATOS590)とCASE-Jサブ解析331)がある。80歳以上のII度以上の高血圧患者を対象としたHYVETでの降圧目標は,150/80mmHg未満で,3か月ごとに薬剤増量適否を判断し,2年後の治療群における平均血圧は144/78mmHgであった205)。脈圧の大きい患者も動脈硬化が進行していることが推定され,緩徐かつ慎重な降圧を要する。
3)生活習慣の修正
高齢者においても減塩,運動,減量などの非薬物療法(生活習慣の修正)は有用であり,積極的に行うべきである。しかし,極端な生活習慣の変更はQOLを低下させる可能性があり,高齢者においては無理のない程度にすべきである。
(1)食事療法
高齢者は一般的に食塩感受性が高く,減塩は有効である。食塩制限は6g/日を目標にするが,過度の減塩は脱水の原因となるので注意が必要である。肥満者では減量も有効である213)。カリウム(K)摂取は軽度の降圧,脳卒中の予防など心血管病に予防的に働く。一般的にはKの豊富な食事が望ましいが,腎機能障害や,糖尿病に伴う高K血症に注意し,この場合はK摂取を制限する。
カルシウム(Ca),マグネシウム(Mg)の摂取量と血圧には負の相関があるとの報告があり,骨粗鬆症の予防からもCaは積極的に摂取(1日800mg以上)されるべきである。Mg補給には軽度な降圧効果が認められている。
カルシウム(Ca),マグネシウム(Mg)の摂取量と血圧には負の相関があるとの報告があり,骨粗鬆症の予防からもCaは積極的に摂取(1日800mg以上)されるべきである。Mg補給には軽度な降圧効果が認められている。
(2)運動療法
運動療法は平均75歳の高齢高血圧患者(I度高血圧)にもよい適応である595)。60歳以上では心拍数110拍/分程度の軽い運動(早足歩行など)を1回30-40分,週3回以上継続的に行う。しかし,虚血性心疾患,心不全,腎不全,骨関節疾患などの合併がある場合は積極的な運動は不可能である。
(3)嗜好品
飲酒量と血圧には正の相関があり,高齢者においても飲酒量はエタノール換算で男性20-30mL/日以下,女性10-20mL以下にすることが望ましい。喫煙は血圧に対する影響は軽度であるが,心血管病の強力な危険因子であり,禁煙を原則とする。
4)降圧薬の選択
降圧薬の選択にあたっては,臓器血流量の低下や自動調節能の障害,起立性低血圧の存在などの高齢者高血圧の特徴に対応した,あるいは合併症を伴う場合にはそれに応じた薬剤の選択が必要である。エビデンスに基づいた降圧薬の選択を考えるに際し,特定の合併症をもつ患者群での解析結果については積極的適応のある場合とし,それ以外を積極的適応がない場合として示す。
(1)合併症のない場合
第一選択薬としてはCa拮抗薬,ARB,ACE阻害薬,あるいは少量のサイアザイド系利尿薬が適当である。治療の流れを図8-1にまとめた。降圧効果の不十分な場合や忍容性に問題がある場合には,第一選択薬の他薬物への変更も可能である。単剤で降圧効果が不十分な場合は,図8-1に従って併用療法を行う596)。
Ca拮抗薬はSyst-Eur585),Syst-China586),STONE587),NICS-EH309),STOP Hypertension-2290),PATE-Hypertension594),CASE-Jサブ解析331)などで収縮期高血圧を含めて有効性が証明されている。またSyst-Eurのサブ解析ではCa拮抗薬(ニトレンジピン)により認知症(特にアルツハイマー型)の発症抑制効果が示唆されている597)。禁忌疾患が少なく,他の降圧薬との併用範囲も広い。ジルチアゼムは伝導障害,徐脈,心不全などに注意する。Ca拮抗薬は現在,本邦において最も頻用されている降圧薬である。多くのメタ解析の結果,Ca拮抗薬は脳卒中抑制効果に優れており286),合併症として脳卒中が優位である本邦では,その有用性は高い。
ARBは,副作用が少なく忍容性の高い薬剤で,高齢者高血圧での降圧効果も十分認められ第一選択薬となりうる。高齢者に多い収縮期高血圧を対象にサブ解析が行われたLIFE598)とSCOPE599)によって,ARBの高齢者高血圧における有用性が確立したといえる。さらに,CASE-Jの高齢者についてのサブ解析331)では,高齢者において有用性が確立しているCa拮抗薬(アムロジピン)群と比較して,ARB(カンデサルタン)群のイベント発症に差がなかった。なお,CASE-Jの対象者全体での解析では,アムロジピン群と比較してカンデサルタン群で併用療法の割合が多く(42.7%対54.7%),厳格な降圧目標達成には,高齢者においても積極的な併用療法を考慮する必要がある218)。
ACE阻害薬について,STOP Hypertension-2では高齢者高血圧におけるACE阻害薬の心血管事故予防効果は,利尿薬などの従来の降圧薬,あるいはCa拮抗薬の効果と同等であった290)。ANBP2ではACE阻害薬(エナラプリル)が,特に男性において利尿薬に比し有用であった600)。治療中の高齢高血圧患者(60歳以上)を3年間経過観察したPATE-Hypertensionは,無作為化比較試験ではないが,本邦において行われたもので,Ca拮抗薬(マニジピン)群とACE阻害薬(デラプリル)群の心血管合併症発症率に有意差は認められなかった。ただし,ACE阻害薬群の中止率はCa拮抗薬群に比し有意に高く,多くは咳によるものであった594)。高齢者では,肺炎に占める誤嚥性肺炎の頻度が高く,生命予後と関連することも多い。ACE阻害薬はむしろ咳反射を亢進することで,高齢者での誤嚥性肺炎の頻度を減らすことが報告されている566),567)。
利尿薬はEWPHE,SHEP,STOP-Hypertensionなど従来から多くの大規模臨床試験で有用性が証明されている。80歳以上のII度以上の高血圧患者を対象としたHYVETでも降圧治療群の基礎薬として利尿薬(インダパミド)が用いられた205)。降圧目標(150/80mmHg未満)達成のための追加降圧薬にはACE阻害薬(ペリンドプリル)が用いられ,2年目での併用割合は73%であった。本邦において,高齢者高血圧を対象に無作為化二重盲検比較試験で実施されたNICSEH(60歳以上,平均年齢69.8±6.5歳)では,Ca拮抗薬(ニカルジピン徐放錠)群と利尿薬(トリクロルメチアジド)群で心血管合併症に差がなかった。医学的脱落率からみた忍容性はCa拮抗薬で高い傾向にあった309)。前述したANBP2での致死性脳卒中発症リスクは,ACE阻害薬群に比し利尿薬群で有意に低かった600)。利尿薬を使用するときは少量にとどめ,耐糖能障害,高尿酸血症,脂質異常症などへの影響に注意する。Ca拮抗薬やARB,ACE阻害薬の併用薬としてはきわめて有用である。
一般成人での第一選択薬であるβ遮断薬については,高齢者高血圧において虚血性心疾患,心血管病死,全死亡に対する抑制効果が証明できないというメタ解析310)がある一方,前述した第一選択薬と比較しても心血管リスク減少効果は同等であるとするメタ解析601)もある。しかしながら,高齢者ではβ遮断薬の禁忌や使用上の注意が必要な場合が多く,高齢者高血圧の第一選択薬とはなりにくい。
α遮断薬は,前立腺肥大を伴う症例において適応例があるものの,高齢者には起立性低血圧の頻度が高いことから第一選択薬とはなりにくい。
Ca拮抗薬はSyst-Eur585),Syst-China586),STONE587),NICS-EH309),STOP Hypertension-2290),PATE-Hypertension594),CASE-Jサブ解析331)などで収縮期高血圧を含めて有効性が証明されている。またSyst-Eurのサブ解析ではCa拮抗薬(ニトレンジピン)により認知症(特にアルツハイマー型)の発症抑制効果が示唆されている597)。禁忌疾患が少なく,他の降圧薬との併用範囲も広い。ジルチアゼムは伝導障害,徐脈,心不全などに注意する。Ca拮抗薬は現在,本邦において最も頻用されている降圧薬である。多くのメタ解析の結果,Ca拮抗薬は脳卒中抑制効果に優れており286),合併症として脳卒中が優位である本邦では,その有用性は高い。
ARBは,副作用が少なく忍容性の高い薬剤で,高齢者高血圧での降圧効果も十分認められ第一選択薬となりうる。高齢者に多い収縮期高血圧を対象にサブ解析が行われたLIFE598)とSCOPE599)によって,ARBの高齢者高血圧における有用性が確立したといえる。さらに,CASE-Jの高齢者についてのサブ解析331)では,高齢者において有用性が確立しているCa拮抗薬(アムロジピン)群と比較して,ARB(カンデサルタン)群のイベント発症に差がなかった。なお,CASE-Jの対象者全体での解析では,アムロジピン群と比較してカンデサルタン群で併用療法の割合が多く(42.7%対54.7%),厳格な降圧目標達成には,高齢者においても積極的な併用療法を考慮する必要がある218)。
ACE阻害薬について,STOP Hypertension-2では高齢者高血圧におけるACE阻害薬の心血管事故予防効果は,利尿薬などの従来の降圧薬,あるいはCa拮抗薬の効果と同等であった290)。ANBP2ではACE阻害薬(エナラプリル)が,特に男性において利尿薬に比し有用であった600)。治療中の高齢高血圧患者(60歳以上)を3年間経過観察したPATE-Hypertensionは,無作為化比較試験ではないが,本邦において行われたもので,Ca拮抗薬(マニジピン)群とACE阻害薬(デラプリル)群の心血管合併症発症率に有意差は認められなかった。ただし,ACE阻害薬群の中止率はCa拮抗薬群に比し有意に高く,多くは咳によるものであった594)。高齢者では,肺炎に占める誤嚥性肺炎の頻度が高く,生命予後と関連することも多い。ACE阻害薬はむしろ咳反射を亢進することで,高齢者での誤嚥性肺炎の頻度を減らすことが報告されている566),567)。
利尿薬はEWPHE,SHEP,STOP-Hypertensionなど従来から多くの大規模臨床試験で有用性が証明されている。80歳以上のII度以上の高血圧患者を対象としたHYVETでも降圧治療群の基礎薬として利尿薬(インダパミド)が用いられた205)。降圧目標(150/80mmHg未満)達成のための追加降圧薬にはACE阻害薬(ペリンドプリル)が用いられ,2年目での併用割合は73%であった。本邦において,高齢者高血圧を対象に無作為化二重盲検比較試験で実施されたNICSEH(60歳以上,平均年齢69.8±6.5歳)では,Ca拮抗薬(ニカルジピン徐放錠)群と利尿薬(トリクロルメチアジド)群で心血管合併症に差がなかった。医学的脱落率からみた忍容性はCa拮抗薬で高い傾向にあった309)。前述したANBP2での致死性脳卒中発症リスクは,ACE阻害薬群に比し利尿薬群で有意に低かった600)。利尿薬を使用するときは少量にとどめ,耐糖能障害,高尿酸血症,脂質異常症などへの影響に注意する。Ca拮抗薬やARB,ACE阻害薬の併用薬としてはきわめて有用である。
一般成人での第一選択薬であるβ遮断薬については,高齢者高血圧において虚血性心疾患,心血管病死,全死亡に対する抑制効果が証明できないというメタ解析310)がある一方,前述した第一選択薬と比較しても心血管リスク減少効果は同等であるとするメタ解析601)もある。しかしながら,高齢者ではβ遮断薬の禁忌や使用上の注意が必要な場合が多く,高齢者高血圧の第一選択薬とはなりにくい。
α遮断薬は,前立腺肥大を伴う症例において適応例があるものの,高齢者には起立性低血圧の頻度が高いことから第一選択薬とはなりにくい。
図8-1.高齢者高血圧の治療計画 |
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降圧薬の初期量は常用量の1/2量から開始し,4週間から3か月の間隔で増量する。最終降圧目標は,140/90mmHg未満。 ただし75歳以降で収縮期血圧160mmHg以上の場合は,150/90mmHg未満を中間目標として慎重に降圧する。 |
(2)合併症のある場合
高齢者においては合併症を有する場合が多く,合併症に応じた降圧目標の設定,降圧薬の選択を行う必要がある。脳血管障害,腎障害,虚血性心疾患,糖尿病,脂質異常症などの合併は高リスク状態であり,一般にはより積極的な降圧が必要とされる。表8-2に各種合併症を有する場合の降圧薬の適否を示したが,一般成人の高血圧に対する積極的適応を示す表5-1と比較して,高齢者に頻度が高いまたは特徴的な慢性閉塞性肺疾患,誤嚥性肺炎,末梢動脈疾患,骨粗鬆症などの疾患について記載した。
脳血管障害(慢性期)を有する高齢者高血圧では脳血流の維持が大切で,特に脳梗塞後の場合,緩徐な降圧を図る必要がある。Ca拮抗薬やARB/ACE阻害薬,利尿薬(併用)が用いられる。PROGRESS(平均年齢64±10歳)ではACE阻害薬(ペリンドプリル)と利尿薬(インダパミド)の併用が再発予防(二次予防)に有用であった155)。MOSES(平均年齢68±10歳)では,ARB(エプロサルタン,本邦未発売)がCa拮抗薬(ニトレンジピン)と比較して再発予防(二次予防)に有用であった353)。
虚血性心疾患や心不全合併例での薬剤選択において,高齢者に特異的な点はないが,β遮断薬の使用にあたっては,副作用の観点から特に慎重な投与が求められる。
腎障害を合併する高齢者高血圧では食事療法とともに血圧の管理が重要である。基本的に,ARB/ACE阻害薬を基礎薬とした一般の慢性腎臓病(CKD)合併高血圧の治療に準じる。ただし,ほとんどの大規模臨床試験では,70歳以下が対象となっており,特に後期高齢者以降でのエビデンスは薬剤選択についても降圧目標についてもほとんどない。腎機能や蛋白尿,アルブミン尿の推移に注意した慎重な降圧が求められる。
糖尿病を合併する高齢者高血圧では,糖尿病の管理とともに,積極的な降圧が必要である。降圧薬の選択や降圧目標の設定については,ARB/ACE阻害薬を基礎薬とした一般の糖尿病合併高血圧の治療に準じる。ただし,腎障害合併高血圧同様,後期高齢者を含む試験は少なく,むしろ75歳未満を対象にしている試験が多い。糖尿病患者についてのサブ解析が行われている大規模臨床試験で75歳以上を含む試験には,PROGRESS(761例,平均年齢64歳)602),Syst-Eur(492例,平均年齢70歳)523),HOT(1501例,平均年齢62歳)159),STOP Hypertension-2(719例,平均年齢76歳)603),LIFE(1195例,平均年齢67歳)307),INSIGHT(1302例,平均年齢65歳)604),ALLHAT(13101例,平均年齢67歳)605)などがある。PROGRESSとSyst-Eurはプラセボ群との比較試験であり,降圧による脳卒中再発予防効果や心血管イベント抑制効果が確認されているが,達成降圧レベルは130/80mmHg未満には到達していない。
表8-2に示すその他の合併症と降圧薬の選択に関する記載は,心血管リスクの軽減のようなエビデンスに基づいたものではなく,薬理作用などから考えられる好ましい薬剤選択や注意を要する薬剤選択である。サイアザイド系利尿薬は,Ca排泄抑制効果があり骨粗鬆症の予防に働く可能性がある。HYVETで骨折への影響が検討されており,骨粗鬆症に対する利尿薬の有用性の有無が明らかになると考えられる。
表8-2.合併症を有する高齢者高血圧に対する降圧薬の選択
◯:積極的適応,空欄:適応可,△:使用に際して注意が必要,×:禁忌
*1 脱水に注意 *2 冠攣縮性狭心症では増悪する可能性があるため,Ca拮抗薬を併用するなど慎重投与
*3 少量から開始し臨床経過を観察しながら慎重に使用 *4 ARB/ACE阻害薬で降圧不十分なときに積極的併用
*5 クレアチニン2.0mg/dL以上は慎重投与 *6 クレアチニン2.0mg/dL以上はループ利尿薬
*7 ロサルタンは尿酸値を低下させる *8 不顕性を含め誤嚥性肺炎を繰り返す患者 *9 サイアザイド系利尿薬
表5-1.主要降圧薬の積極的適応
脳血管障害(慢性期)を有する高齢者高血圧では脳血流の維持が大切で,特に脳梗塞後の場合,緩徐な降圧を図る必要がある。Ca拮抗薬やARB/ACE阻害薬,利尿薬(併用)が用いられる。PROGRESS(平均年齢64±10歳)ではACE阻害薬(ペリンドプリル)と利尿薬(インダパミド)の併用が再発予防(二次予防)に有用であった155)。MOSES(平均年齢68±10歳)では,ARB(エプロサルタン,本邦未発売)がCa拮抗薬(ニトレンジピン)と比較して再発予防(二次予防)に有用であった353)。
虚血性心疾患や心不全合併例での薬剤選択において,高齢者に特異的な点はないが,β遮断薬の使用にあたっては,副作用の観点から特に慎重な投与が求められる。
腎障害を合併する高齢者高血圧では食事療法とともに血圧の管理が重要である。基本的に,ARB/ACE阻害薬を基礎薬とした一般の慢性腎臓病(CKD)合併高血圧の治療に準じる。ただし,ほとんどの大規模臨床試験では,70歳以下が対象となっており,特に後期高齢者以降でのエビデンスは薬剤選択についても降圧目標についてもほとんどない。腎機能や蛋白尿,アルブミン尿の推移に注意した慎重な降圧が求められる。
糖尿病を合併する高齢者高血圧では,糖尿病の管理とともに,積極的な降圧が必要である。降圧薬の選択や降圧目標の設定については,ARB/ACE阻害薬を基礎薬とした一般の糖尿病合併高血圧の治療に準じる。ただし,腎障害合併高血圧同様,後期高齢者を含む試験は少なく,むしろ75歳未満を対象にしている試験が多い。糖尿病患者についてのサブ解析が行われている大規模臨床試験で75歳以上を含む試験には,PROGRESS(761例,平均年齢64歳)602),Syst-Eur(492例,平均年齢70歳)523),HOT(1501例,平均年齢62歳)159),STOP Hypertension-2(719例,平均年齢76歳)603),LIFE(1195例,平均年齢67歳)307),INSIGHT(1302例,平均年齢65歳)604),ALLHAT(13101例,平均年齢67歳)605)などがある。PROGRESSとSyst-Eurはプラセボ群との比較試験であり,降圧による脳卒中再発予防効果や心血管イベント抑制効果が確認されているが,達成降圧レベルは130/80mmHg未満には到達していない。
表8-2に示すその他の合併症と降圧薬の選択に関する記載は,心血管リスクの軽減のようなエビデンスに基づいたものではなく,薬理作用などから考えられる好ましい薬剤選択や注意を要する薬剤選択である。サイアザイド系利尿薬は,Ca排泄抑制効果があり骨粗鬆症の予防に働く可能性がある。HYVETで骨折への影響が検討されており,骨粗鬆症に対する利尿薬の有用性の有無が明らかになると考えられる。
表8-2.合併症を有する高齢者高血圧に対する降圧薬の選択
合併症 | Ca拮抗薬 (ジヒドロピリジン) | ARB/ ACE阻害薬 | 利尿薬 | β遮断薬 |
脳血管障害慢性期 | ◯ | ◯ | ◯*1 | |
虚血性心疾患 | ◯ | ◯ | ◯*2 | |
心不全 | ◯*3 | ◯ | △*3 | |
腎障害 | ◯*4 | ◯*5 | ◯*4,6 | |
糖尿病 | ◯*4 | ◯ | △ | △ |
脂質異常症 | ◯ | ◯ | △ | △ |
高尿酸血症 | ◯ | ◯*7 | △ | |
喘息/慢性閉塞性肺疾患 | × | |||
誤嚥性肺炎*8 | ACE阻害薬 | × | ||
末梢動脈疾患 | ◯ | ◯ | △ | △ |
骨粗鬆症 | ◯*9 |
*1 脱水に注意 *2 冠攣縮性狭心症では増悪する可能性があるため,Ca拮抗薬を併用するなど慎重投与
*3 少量から開始し臨床経過を観察しながら慎重に使用 *4 ARB/ACE阻害薬で降圧不十分なときに積極的併用
*5 クレアチニン2.0mg/dL以上は慎重投与 *6 クレアチニン2.0mg/dL以上はループ利尿薬
*7 ロサルタンは尿酸値を低下させる *8 不顕性を含め誤嚥性肺炎を繰り返す患者 *9 サイアザイド系利尿薬
表5-1.主要降圧薬の積極的適応
Ca拮抗薬 | ARB/ACE阻害薬 | 利尿薬 | β遮断薬 | |
左室肥大 | ● | ● | ||
心不全 | ●*1 | ● | ●*1 | |
心房細動(予防) | ● | |||
頻脈 | ●*2 | ● | ||
狭心症 | ● | ●*3 | ||
心筋梗塞後 | ● | ● | ||
蛋白尿 | ● | |||
腎不全 | ● | ●*4 | ||
脳血管障害慢性期 | ● | ● | ● | |
糖尿病/MetS*5 | ● | |||
高齢者 | ●*6 | ● | ● |
- *1少量から開始し,注意深く漸増する *2非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬 *3冠攣縮性狭心症には注意
- *4ループ利尿薬 *5メタボリックシンドローム *6ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬
5)その他の留意点
高齢者における治療抵抗性高血圧では,内分泌性や腎実質性の二次性高血圧だけでなく,薬剤誘発性高血圧にも注意が必要である。他院や他科での処方だけでなく健康食品やサプリメントに関する問診も重要である。カンゾウ(甘草)含有物質と非ステロイド性抗炎症薬についての問診は必須である。
治療抵抗性でもう一つ重要な点は,アドヒアランス(治療継続)に関するものである。薬剤の選択にあたっては,1日1回ないし2回型の長時間作用型降圧薬で,早朝の血圧上昇に効果のあるトラフ/ピーク比50%以上の薬物が望ましい。特に高齢者では,認知症に伴うアドヒアランス低下にも考慮を要する。診察時の会話が成立している患者であっても認知機能障害に伴う服薬忘れの可能性を検討する。家人や介護者による服薬管理が必要な場合もある。薬剤の一包化は,高齢者の服薬継続を保つだけでなく,降圧効果を高める237)。
治療抵抗性でもう一つ重要な点は,アドヒアランス(治療継続)に関するものである。薬剤の選択にあたっては,1日1回ないし2回型の長時間作用型降圧薬で,早朝の血圧上昇に効果のあるトラフ/ピーク比50%以上の薬物が望ましい。特に高齢者では,認知症に伴うアドヒアランス低下にも考慮を要する。診察時の会話が成立している患者であっても認知機能障害に伴う服薬忘れの可能性を検討する。家人や介護者による服薬管理が必要な場合もある。薬剤の一包化は,高齢者の服薬継続を保つだけでなく,降圧効果を高める237)。