(旧版)高血圧治療ガイドライン2004

 
第7章 他疾患を合併する高血圧


1)糖尿病

糖尿病患者の血圧測定では、起立性低血圧を呈する症例もあるため、座位に加えて臥位・立位の血圧も測定する。糖尿病患者における高血圧の頻度は、本邦の成績においても非糖尿病者に比べ約2倍高い301)。一方、高血圧患者においても糖尿病の頻度は2〜3倍高く302)、両者間の成因上の関連も指摘されている。すなわち、2型糖尿病と高血圧は、インスリン抵抗性状態を共通の背景因子とし、メタボリックシンドローム(後述)を構成する主要因子であるとの考えである。
糖尿病の細小血管合併症としては腎症や神経症、網膜症があり、これらは重篤な機能障害から、QOLのみならず生命予後にも影響しうる疾患である。一方、糖尿病と高血圧はいずれも動脈硬化による大血管障害の重要な危険因子であるが、両者が合併すると脳血管障害や虚血性心疾患発症頻度が大きく増加すること302)が知られている。したがって、糖尿病合併高血圧患者においては、細小血管障害や大血管障害を予防し改善させるためにも、厳しい血糖の管理とともに、血圧の厳格な管理が重要となる。
糖尿病を合併する高血圧患者の降圧レベルに関しては、Ca拮抗薬を基礎薬として降圧薬治療を行ったHOT研究79)では、拡張期血圧80mmHg以下の最も低い降圧目標群で、拡張期血圧85mmHg以下、90mmHg以下のより高い降圧目標群より、心血管事故のリスクが有意に減少することが明らかにされた。血圧を平均157/87mmHgより147/82mmHgへとより低く下げた方が、大血管障害と細小血管障害のリスクを著明に減少させるというUKPDS303)の成績や、正常血圧の糖尿病患者に対しても降圧薬治療が有用であることを認めた臨床試験成績304)からも、糖尿病を合併した高血圧に対し目標血圧値を低く設定することが、より大きな治療効果をもたらすと考える。このような成績より、糖尿病を伴った高血圧患者の降圧目標は低めに設定されており、JNC VI、1999年WHO/ISHガイドライン、JSH2000では、130/85mmHg以上の正常高値血圧から治療対象となっていた。一方、2002年の米国糖尿病学会(ADA)勧告302)、JNC729)、2003 ESH-ESC43)では、HOT研究79)やUKPDS303)の成績より正常高値血圧という血圧区分とは関係なく、130/80mmHg未満を降圧目標としている。本邦の端野・壮瞥町研究305)でも、境界型糖尿病・糖尿病では収縮期血圧130mmHg以上、拡張期血圧80mmHg以上の患者群で、120/80mmHg未満の至適血圧群に比べて心血管疾患による死亡率が有意に増加しており、糖尿病合併高血圧患者では、本邦においても130/80mmHg未満を降圧目標とすることを支持する成績となっている。糖尿病性腎症を伴った患者では特に降圧を厳格にすべきで、尿蛋白1g/日以上の対象では125/75mmHg未満を降圧目標としている。
血圧が130/80mmHg以上の場合には、体重減量、運動療法などの生活習慣の修正を開始するが、3〜6カ月の生活習慣の修正で効果不十分な場合に降圧薬治療を開始する。一方、140/90mmHg以上の高血圧では、生活習慣の修正と同時に降圧薬治療を開始する。高血圧を合併した糖尿病患者における体重減量や運動療法などの非薬物療法では、インスリン抵抗性改善を介した耐糖能改善とともに血圧の低下が期待できる。
糖尿病合併高血圧に対する薬物療法では、個々の降圧薬のインスリン感受性、糖代謝や脂質代謝に対する影響についての十分な配慮が必要となる。利尿薬とβ遮断薬はインスリン感受性を低下させ、中性脂肪を上昇させると報告されている。さらに、β遮断薬は糖尿病患者に起こる低血糖症状を自覚しにくくする作用があり、両薬物とも糖代謝を考えると不利な面が指摘されている。ACE阻害薬304)、ARB306)や長時間作用型のジヒドロピリジン系Ca拮抗薬はインスリン感受性を改善し脂質代謝に影響を及ぼさず、糖代謝面からは、これら3薬剤の使用が積極的に推奨される薬剤といえる。α遮断薬は糖・脂質代謝改善作用はあるが、臓器保護のエビデンスは明らかでない。
糖尿病を伴った高血圧患者における各種降圧薬の合併症予防効果に関しては、ACE阻害薬では非高血圧患者でも蛋白尿を伴う1型糖尿病患者における腎機能の低下を抑制し、透析療法移行を減少させることが判明している307)。2型糖尿病性腎症においては、本邦のJ-MIND168)研究においてCa拮抗薬とACE阻害薬が糖尿病性腎症の蛋白尿や腎機能に対して同等の効果があることも明らかにされ、UKPDS303)においては、糖尿病合併高血圧患者で、ACE阻害薬、β遮断薬が細小血管障害を同等に予防することが示されている。ARBの2型糖尿病性腎症に関する効果については、最近のRENAAL83)、IDNT273)、IRMA2274)、MARVAL308)においてその有用性が示されている。このように、糖尿病性腎症に関しては、ACE阻害薬とARBの有用性が明らかで、微量アルブミン尿があれば高血圧の有無に関わらず、ACE 阻害薬、ARBの投与が勧められる。
糖尿病を合併した高血圧患者の心血管事故予防については、CAPPP試験309)においてACE阻害薬の、HOT研究79)やSyst-Eur310)においてCa拮抗薬の有用性が判明している。一方、UKPDS303)においては、ACE阻害薬もしくはβ遮断薬を基礎薬とした治療が、IDNT273)においてはARBとCa拮抗薬が2型糖尿病患者の大血管障害の予後に対して、ほぼ同程度の有用性を示している。LIFE116)においては、ARBがβ遮断薬より有意に心血管疾患発症を抑制している。このように糖尿病合併高血圧において、心血管事故予防の立場からはACE阻害薬、ARBとCa拮抗薬の有用性が確認されている。ACE阻害薬とCa拮抗薬の薬剤間の比較に関しては、小規模ではあるがABCD試験(Appropriate Blood Pressure Control in Diabetes Trial)311)、FACET試験(Fosinopril versus Amlodipine Cardiovascular Events Randomised Trial)312)が予防効果を検討しており、ACE阻害薬の方がCa拮抗薬より有用であるとしているが、ALLHATのサブ解析109)では両者間に差は認められず、大血管障害に対するACE阻害薬とCa拮抗薬の効果の異同を明らかにするには、今後のさらなる検討が必要となろう。
糖尿病合併高血圧患者における降圧薬選択に関しては、糖・脂質代謝への影響と合併症予防効果の両面より、ACE阻害薬、ARB、長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬が第一次薬として推奨される。また、労作性狭心症や陳旧性心筋梗塞合併例においては、β遮断薬も心保護作用のため使用可能である。α遮断薬はインスリン抵抗性や血清脂質濃度を改善し、前立腺肥大には治療薬として用いられており、高脂血症や前立腺肥大合併高血圧では第一次薬として使用できるが、糖尿病性神経症がある場合には起立性低血圧に留意する。糖尿病合併高血圧の治療指針を図7-1に示した。

(本稿は日本高血圧学会・日本糖尿病学会合同ガイドライン検討委員会により合意されたものである)


図7-1 糖尿病を合併する高血圧の治療計画

図7-1 糖尿病を合併する高血圧の治療計画
 
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