(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン (改訂第2版)
第5章 予後
はじめに
腰椎椎間板ヘルニア患者の治療法は,障害の程度だけでなく個々の患者のライフスタイルを考慮して決定していく必要がある.各種の治療法の短期の成績だけでなく長期の予後についても熟知し,それらの情報を患者に提供し,十分なインフォームドコンセントを得たうえで治療を行うことが肝要である.
一般に,腰椎椎間板ヘルニアの絶対的手術適応は急性の重篤な膀胱直腸障害や神経根の脱落症状を呈した症例であるが,その頻度は高くない.一方で,発症当初に著しい疼痛が認められても,保存的治療だけで支障なく生活できるようになることも多いので,初期治療の基本は保存的治療ということになる.手術を検討する多くの症例は中等度の神経脱落症状,重篤ではないが疼痛や神経緊張徴候が頑固に持続し保存的治療が無効と考えられる症例,恒久的な障害を残す可能性がある症例,あるいは早期の疼痛緩和と復職の希望が強い症例である.
しかし,保存的治療で疼痛はいつ頃よくなるか,あるいはいつまで保存的治療を行うべきであるか,神経脱落症状がある場合に保存的治療だけでどのような経過をたどるのか,復職はいつ頃可能かなどの情報が必要である.また,手術を選択した場合では,どのような術式を選択し,その手術でどのような経過がもたらされ,復職はいつ頃から可能で,再発率はどの程度であるかに関する情報も必要である.
本章では,あらかじめ検討されたクリニカルクエスチョンのなかから,ヘルニア患者のなかで手術にいたる割合,手術的治療と保存的治療の長期成績の差,手術成績を左右する要因,後療法による長期成績の差,手術後の再手術や再発の割合などについて検討した.検討項目は推奨というべき内容ではないためすべて要約とし,その要約にいたった根拠の程度に応じてGradeを付記した.
採用されたシステマティックレビューのなかに引用されている論文のなかで重要と思われる論文も含めてアブストラクトフォームを作成し,これらから以下のような結論を得た.
本章のまとめ
ヘルニア手術例の対人口比率に関するデータはあるものの,ヘルニア患者の総数のデータがないため,ヘルニア患者のなかで手術にいたる割合は正確には把握できていない.しかし,一定期間以上の保存的治療が奏効しない症例のうちで手術にいたる割合は,比較的軽症で手術希望のない症例の20%程度,強い症状を呈し保存的治療を継続した症例の50%弱と推定される.
保存的治療と手術的治療を比較すると,臨床症状に関しては手術的治療のほうが長期的にも良好な成績を示すものの,両者の差は経年的には減少する.
手術的治療を選択した場合,男性,画像の明瞭な異常所見があること,罹病期間が短いこと,心理状態が正常であること,術前の休職期間が短いこと,労災関連ではないことなどが疼痛や日常生活動作に関して成績を向上させる要因となる.しかし,再就労には異なる要因が関連する.
手術後の後療法に関しては,術後早期に活動を制限する必要はないものの,手術直後から積極的なリハビリテーションプログラムを行う必要性も認められない.しかし,術後1ヵ月経過した頃から開始されるリハビリテーションプログラムは,数ヵ月間は機能状態を改善させ,再就労までの期間を短縮し,職場での医療アドバイザーによる介入も就職率の向上に有効である.
通常のヘルニア摘出術後の再手術率は経過観察期間が長くなればなるほど高くなり,5年後で4〜15%である.同一椎間での再手術例を再発ヘルニアとすると,術後5年間程度は再発率が経年的に増加する傾向があり,1年で約1%,5年で約5%である.
今後の課題
軽症例を含めた腰椎椎間板ヘルニア患者の総数の把握ができず,対人口比の発症率やヘルニア患者のなかで手術にいたった比率に関するデータがない.
保存的治療と手術的治療の比較研究は今後の大きな課題である.ヘルニアの症状や重症度とこれらの推移,保存的治療に対する反応,職種や就労状況などの社会的因子,手術のリスクはきわめて多様であり,これらを総合的に検討したうえで,手術は柔軟に選択,時には中止すべきものであり,手術は保存的治療の対極にあるものではない.保存的治療と手術的治療との優劣は,症状や保存的治療に対する反応に応じて論じられるべき問題である.こうしたヘルニア治療の特殊性を十分に勘案して研究デザインに活かしていく必要がある.保険制度や雇用形態は国ごとに異なっており,総医療費や休業補償を含めた医療経済はわが国独自に検討していく必要がある.
ヘルニアの再発率に関しては普及しつつある内視鏡手術の長期成績の報告が待たれる.再発ヘルニアの自然消退や保存的治療奏効例における再発に関しても明らかでない.ヘルニアの長期治療成績はおおむね良好であるが,一部の不良例を予測する危険因子の検討はいまだ不十分である.