「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」厚生科学研究補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)

 
III. 分担研究報告
 
5. 糖尿病白内障
 
厚生科学研究費補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)
分担研究報告書
科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究
糖尿病白内障
分担研究者  赤木 好男  福井医科大学眼科学講座教授
 
研究要旨 : 糖尿病白内障の臨床像を明らかにする。
 
A. 研究目的
糖尿病白内障につき、以下の点を文献的に明らかにする。
1.糖尿病白内障の疫学について。
2.糖尿病白内障の手術についての検討

1)糖尿病者白内障の手術によって網膜症が進展するかどうか。
2)白内障術中の瞳孔径についての検討。
3)白内障手術の術後炎症についての検討。
4)白内障手術後の前嚢変化ならびに後発白内障(PCO、後嚢混濁)についての検討。
5)白内障手術が血管新生緑内障を起こすかどうかの検討。
 
B. 研究方法
糖尿病白内障についての文献をPubMedと医学中央雑誌のデータベースによって検索し、エビデンスレベル3以上の文献(42件)を選択する。 それを元にアブストラクトフォームを作成し目的に対応する結果をまとめ考察、結論した。
 
C. 研究結果
1.糖尿病白内障疫学
糖尿病では白内障の発症率が高いかどうかについての検討
糖尿病者では、非糖尿病者より有意に白内障を発症し易い。糖尿病白内障の典型的病型は、皮質白内障と後嚢下白内障もしくはそれらに核白内障を含む混合型である。 また、白内障発症は、血糖レベルおよび糖化ヘモグロビン量が高いほど発症し易い。 年齢が60歳以下の場合、糖尿病による皮質白内障がより顕著に出現する。 糖尿病者は、白内障手術を受ける頻度が非糖尿病者より高い。 危険率は、50歳から79歳まで増加せず、男性より女性の方が高い。 白内障手術を受けた人で、糖尿病や心臓血管病がある人は死亡率が高いとの報告がある。

2.糖尿病白内障の手術
1)白内障手術が網膜症を進展させるかどうかの検討
白内障手術後において網膜症は進展する。 その悪化因子には、非増殖ならびに増殖糖尿病網膜症の存在、白内障の手術技術の上手下手がある。 手術技術で網膜症進展に影響のあったのは、手術時間の長さと後嚢破損の頻度の高さであった。 一方、増殖停止網膜症では視力予後は良かった。 ETDRSの第25報による術後一年の視力検討では、光凝固を術後早期に行った群の方が、延期した群より良好であった。 手術眼の術前網膜症の程度が軽症もしく中程度群の方が、重症群より良好であり、重症の非増殖糖尿病網膜症以上の進行眼では、一年の経過観察で視力の改善率は55%にとどまった。 術後一年と二年では差異はなかった。 術後視力悪化の原因は、増殖糖尿病網膜症への移行と黄斑浮腫(CSME)であったが、術前から存在する黄斑浮腫および類嚢胞黄斑浮腫(CME)は、術後も寛解しにくく、術後視力悪化の大きな危険因子となる。 また、術後に出現した黄斑浮腫は網膜症が軽度であれば、治癒しやすい。白内障の術式に関しては、術後炎症の少ない超音波乳化吸引術(PEA)の方が、通常の嚢外摘出術(ECCE)より術後視力が良い。 一方では、網膜症の悪化は、手術自身の影響より、主として網膜症の自然経過や全身状態に左右されるとする意見や手術時そして術後の血糖コントロールに関係するとする意見もある。 増殖糖尿病網膜症に対してPEA、眼内レンズ挿入、硝子体手術の同時手術が有効であったとする報告がある。

2)白内障術中の瞳孔径についての検討。
糖尿病者の超音波乳化吸引術白内障手術中の瞳孔は、非糖尿病者に比べ、有意に収縮する。

3)白内障手術の術後炎症についての検討。
術後炎症をフレア値測定で比べた所、重症非増殖糖尿病網膜症以上を有する眼では、非糖尿病者および軽度糖尿病網膜症を有する眼より、有意に高かった。 また、CSMEを有する眼でも高かった。 一方、角膜切開手術では糖尿病、非糖尿病者に術後フレア値に差が無かったとする意見もある。 また、糖尿病者では、グラム陰性細菌による術後眼内炎を生じやすく、眼内炎治療後も視力予後は悪い。

4)白内障手術後の前嚢変化ならびに後発白内障(PCO、後嚢混濁)についての検討。
白内障術後の前嚢収縮は糖尿病者の方が大きかった。 一方、嚢外摘出術(ECCE)後の後発白内障の頻度は、糖尿病者の方が非糖尿病者より有意に高かった。 糖尿病者の中では、非増殖糖尿病網膜症および増殖停止網膜症症例の方が、網膜症のない症例より後発白内障の頻度は高かったが、有意差はなかった。 しかし、逆に糖尿病者に少ないとする意見もある。 また一方では、超音波乳化吸引術(PEA)では逆に糖尿病者の方がPCOの頻度が低かったとする報告もある。 超音波乳化吸引術(PEA)と嚢外摘出術(ECCE)を比べると、前者の方が、視力予後も良く、術後炎症も軽く、PCOによる前嚢切開の頻度も低いけれども、術式の選択より、白内障術後の視力予後を左右する主要因子は手術時に存在するCSMEである。

5)白内障手術が血管新生緑内障を起こすかどうかの検討。
白内障手術(ICCE, ECCE)後に血管新生緑内障が発症したり、術中に硝子体脱出を起こした眼が明らかに他眼より網膜症が進展したとするケースレポートがある。 また、虹彩ルベオーシスを有する眼の白内障手術の視力予後は、眼底の網膜症の活動性に左右されるとする報告がある。 術中合併症が網膜症に影響を与える事は間違いないと思われるが、何れも少数例で、対照群との比較もないため、白内障手術が血管新生緑内障を起こすかどうかについては不明である。
 
D. 考察
糖尿病では皮質ならびに後嚢下白内障に罹患しやすく、中でも60歳以下で発症しやすい。 その防止には血糖コントロールを十分行う必要がある。
昨今のわが国における主要な手術術式であるPEAでは、網膜症を進展させる危険性は、旧来のECCEに比べ少ないと思われる。 血糖コントロールが悪く、網膜症が重症の非増殖期以上に進展している場合は、術後、網膜症の悪化および黄斑浮腫(CSME)などによって視力が低下する事が多いので術後早期の光凝固を行った方がよい。 黄斑浮腫(CSME)に関しては、選択する術式がPEAであっても視力悪化の主要因子であり、術前よりのCSMEに注意深く留意し手術を行う必要がある。 また、後嚢破損を避け手術時間の短縮をはかるべきである。 既に活動性増殖糖尿病網膜症を有する場合には、術中に十分な網膜光凝固を行う硝子体手術との同時手術が適応と思われるが、この事を明確にした臨床試験は行われていない。
術後の視力悪化の主原因であるCSMEは、遷延する眼内炎症の結果であると考えられる。 術後の細菌性眼内炎は重大性の点から手術に当たって十分留意すべき事である。
白内障術後の後嚢混濁(後発白内障、PCO)は糖尿病者の方が非糖尿病者に比べ頻度は高いが、その防止のためにはPEAを選択すべきである。 また術後の正確な光凝固や眼底観察のために、手術時には大きめの前嚢切開(CCC)を行う方がよいかも知れない。
 
E. 結論
糖尿病患者では白内障を起こしやすい。 また、白内障の術後には様々な合併症の発生頻度が高く、術中、術後の管理が大切である。
 
F. 健康危険情報
なし
 
G. 研究発表
なし
 
H. 知的財産権の出願
なし

 

 
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