「科学的根拠(evidence)に基づく白内障診療ガイドラインの策定に関する研究」厚生科学研究補助金(21世紀型医療開拓推進研究事業:EBM分野)

 
II. 総括研究報告書
 
C.研究結果
 
1.白内障分類と疫学
1)白内障分類と診断
3主病型(皮質、核、後嚢下白内障)を程度別に分類するのがよい。Wilmer分類、日本白内障疫学研究班、LOCSII、LOCSIII、Oxford分類が疫学的に用いられ、再現性に勝れている。 Oxford分類は3主病型以外の異常を表現することが可能。 Scheimpflug白内障画像システムは水晶体核部の散乱光強度測定に最も適している。
 
2)年齢と性別、有所見率
水晶体混濁の有所見率は3主病型ともに加齢に伴い増加する。 初期混濁を含めた有所見率は50歳代37〜54%、60歳代66〜83%、70歳代84〜97%、80歳以上で100%であった。 性別では、女性に所見率が高い(特に皮質混濁および核混濁)。
 
3)白内障病型別有所見率と発症率
有所見率は皮質混濁と核混濁が多く、後嚢下混濁が最も低い。 混濁発症率も同じく皮質混濁が多いとする報告と核混濁が多いとする報告があって、後嚢下混濁が少ない。 しかし、後嚢下混濁が存在すると他のタイプの混濁が発症することが多い。
 
4)人種
黒人が白人の4〜5倍皮質混濁が多い。白人は黒人に比べて皮質混濁と後嚢下混濁が多い。
 
5)予後
(1)病型別混濁進行率と年齢に明らかな関連はない。本邦での報告はないが、米国では5年間に進行率が皮質16.2%、核50%、後嚢下が55%であった。
(2)手術施行例は女性に有意に多く、病型では核と後嚢下型の混合が多い。単独例は少ない。
(3)白内障と死亡率の関係では混合型混濁の死亡率が1.6倍上昇し、核混濁を含む混合型は死亡の予測因子である。
 
2.危険因子
加齢性白内障の発生には多数の因子が絡みあって関係しているので、直接的危険因子を特定することは難しい。 文献報告から喫煙、紫外線、抗酸化剤、薬物、アルコール、体格指数、糖尿病、放射線、遺伝などがリストアップされた。 危険因子として判定するには対象となる母集団を規制してランダム割付けすることが、実際には難しいことから文献レベルI(meta analysis)はみられず、II(RCT)が少ない。 Cohort報告が中心となり、文献の内容からも勧告する性質のものでないと判断して、勧告は行わずにそれに準じた説明を加えて勧告に代えた。
1)喫煙 : 喫煙量が白内障の危険度を増やしていて、喫煙の中止はリスクを下げる。
2)紫外線 : 曝露歴と白内障発生は相関しているが混濁型はさまざまである。非白内障者は日頃から帽子を着用するなど眼の保護に努めている。
3)抗酸化剤 : 白内障のリスクを下げる作用があるとする報告が多い。代表的抗酸化剤のビタミンCとEが白内障患者血清中に低値である。10年以上ビタミンCを摂取するとリスクが下がる。β-カロチンが血清中に低いこともリスクとされている。一方では、抗酸化栄養素の大量投与は白内障阻止効果がないと報告されていることから、リスクと決め付ける根拠に乏しい。
4)薬物 : ステロイド薬がその使用量、使用期間、50歳以上、糖尿病の合併などと関係して高いリスクとなっている。白内障は後嚢下混濁で始まる。抗精神薬による皮質混濁も明らかである。アスピリンが白内障のリスクを下げる傾向は認められない。
5)アルコール : 毎日の飲酒は後嚢下白内障発生の相対危険度を上げる成績とアルコール摂取はリスクに関係しないとする報告がある。一定していない。
6)身体条件 : 体格指数(BMI)が高いと白内障になりやすい報告がある。糖尿病が白内障発生と強い相関があることは明らかである。糖尿病白内障の項を参考されたい。放射線照射は高率に白内障を発生させる因子である。
7)遺伝 : 一人の子供が核混濁を有すると兄弟、姉妹の他の子供の核混濁オッズ比が3倍になる。白内障家族歴がみられる。
 
3.手術適応と視機能
1)視力 : 遠見視力が良好でも近見視力の低下やグレアを生じる。手術時期の決定には視力以外の視機能障害の程度を把握することが重要である。
2)コントラスト感度 : 白内障があると有意に低下する。視力が良好な白内障患者の手術時期の決定にはコントラスト感度を測定して機能障害の程度を把握する必要がある。
3)グレア : 白内障が進行するとグレア光下での視力が有意に低下する。
4)自覚的視覚障害 : 視力が良好でも年齢、性別により異なった視覚障害がある。患者の生活に直結した視機能障害について質問することによって手術適応の時期が決定しやすくなる。
5)視野 : 全体的に感度低下がある。
6)インフォームドコンセント : 白内障手術では術中、術後に予想不可能な合併症が生じること、そしてその可能性についても説明をし、同意を得るようにしなければならない。
 
4.手術
1)麻酔方法 : 全身麻酔と局所麻酔がある。局所麻酔には球後麻酔、眼周辺麻酔、テノン嚢下麻酔、点眼麻酔がある。球後麻酔は鎮痛効果は強いが、眼球穿孔を生じたり、結膜下や眼瞼の出血を伴うことがある。テノン嚢下麻酔は麻酔後早期に眼圧上昇することがある。患者の状態と術者の技能レベルに適した麻酔方法の選択が必要。
2)手術方法 : 白内障手術は眼局所および全身に障害がなければ約95%の症例で0.5以上の視力を得る。眼内レンズ挿入眼は白内障術後に眼鏡装用した症例と比較してQuality of lifeが有意に高い。超音波乳化吸引術では計画的嚢外術と比べて術後早期からフレア値が有意に低い。また、術後最高視力が高い例が多い。嚢外摘出術も確立された術式であり症例によって選択されるべきである。術中に粘弾性物質(凝集型、分散型)が前嚢切開や眼内レンズ挿入操作に有効である。切開創は小さい方(無縫合小切開)が術後惹起乱視や炎症が少ない。したがって、小切開創から挿入可能なfoldableの素材を使ったアクリル、シリコーン、ハイドロジェルが使用されやすい。しかし、切開創はやや大きいが最も歴史的にも実績のあるPMMA素材の眼内レンズも無視できない。多焦点眼内レンズは単焦点眼内レンズに比べて裸眼視力は良いが、グレアやハローが生じやすい。眼内レンズの安全性および選択基準については今後も厳しい観察が要求される。
3)術中合併症 : 後嚢破損・チン小帯断裂3.1%、虹彩損傷・毛様体断裂0.8%など多数の合併症が生じる。合併症を生じない技術の修練と突然の事態に正しく対応できる知識と技術が必要。正しい手術適応と正しい手術戦略およびインフォームドコンセントが重要である。
4)術後合併症 : 眼内炎0.13%、水疱性角膜症0.3%、嚢胞状黄斑浮腫1.5%など実に多くの合併症がある。合併症を生じる危険因子には糖尿病網膜症、緑内障、偽落屑症候群などがある。
5)術後薬物療法 : ステロイドや非ステロイド系消炎剤が有用である。非ステロイド系消炎剤の中でもジクロフェナックナトリウムは術後黄斑浮腫とフレア値を抑制する。
6)後発白内障 : 眼内レンズの形状や材質で後発白内障の発生率が異なる。発生機序は明確ではない。治療法にはNd:YAGレーザーによる後嚢切開が有効である。
 
5.糖尿病白内障
1)疫学 : 糖尿病者は非糖尿病者に比べて有意に白内障を発生する。混濁型は皮質型と後嚢下型もしくは核型を含んだ混合型が多い。
2)手術 : 手術後に網膜症が進行する。視力改善率(術後1年)55%で悪化の原因は網膜症の進行と黄斑浮腫、血糖コントロールが重要。術後炎症は重症糖尿病網膜症で非糖尿病者や軽度糖尿病網膜症眼に比較して有意に強い。術後の前嚢収縮や後発白内障の発生率は糖尿病者で有意に高い。術中に瞳孔が有意に収縮しやすい。
 
6.薬物療法
1)国内認可されている抗白内障薬 : 内服薬については効果の判定が自覚検査である矯正視力で行われ、混濁判定写真の再現性、評価方法などに客観性が欠けている。点眼薬の臨床試験にはランダム化比較試験が極めて少ない。ピレノキシンの有効性は症例数の少ないことや混濁変化判定に問題がある。グルタチオンについても同様である。
2)その他の薬物 : ベンダリン(蛋白変性抑制薬)は対照群の脱落が多く、混濁の評価に欠けるが、有効性が認められるものと副作用が強いので効果を認めないとする報告がある。L-システインはチオプロニンと同等の白内障抑制効果を有する。しかし、チオプロニンにエビデンスがないのでL-システインの有効性も証明されない。抗酸化物の効果も明らかではない。効果判定に問題があるが、効果が無効とする報告はみられないことから使用に際してはインフォームドコンセントが望ましい。今後ランダム化比較試験を行って薬物療法を確立することが必要である。
 
7.Evidence-based guideline作製に際して生じる問題点の検討
ガイドライン作成の実際においては問題点に対していかに対処したか、各章で検討した。 ガイドライン作成作業開始時にStandard, Guideline, Optionの差異患者アウトカムの意味について作成者間で確認すべきであった。 高いエビデンスを得るために臨床研究組織体制を作るべきである。 勧告が可能な課題があったからこそエビデンスをレベル付けするシステムを標準化する必要性を感じた。
 
《倫理面への配慮》
今回の研究が白内障のもつ諸問題を文献的に吟味して評価することによって整理した面があることより、直接的に関係はないが、ガイドラインに基づく診察時の診断や治療効果についてのインフォームドコンセントの必要性を付記した。

 

 
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