(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-
第1部 胃潰瘍の基礎知識 |
2.病態生理
5)非H. pylori ・非NSAID潰瘍
(1)診断
胃潰瘍のなかで,その主な病因であるH. pylori 感染とNSAID服用を除く非H. pylori ・非NSAID潰瘍の頻度は,欧米では10〜20%15),16)と比較的多いが,わが国やアジアでは数%と少ない17),18)。非H. pylori ・非NSAID潰瘍と診断する場合,H. pylori 感染診断の偽陰性の問題など注意すべき点は以下のとおりである19)(表5)。
まず,H. pylori 感染診断に関して,尿素呼気試験,迅速ウレアーゼ試験などのウレアーゼ活性に基づく検査では,PPI,H2RA投与時のウレアーゼ活性抑制による偽陰性が存在することがあげられる20)。したがって,潰瘍治療のため酸分泌抑制剤がすでに投与されている場合には,これらの検査が陰性の場合,生検標本による背景胃粘膜での好中球浸潤の有無や,血清学的な抗体検査による確認が必要である。しかし,血清抗体検査も,使用するH. pylori 抗原の差などによる偽陰性の可能性もあり,複数の検査による感染診断が重要と思われる。NSAIDの服用に関しては,バイアスピリンのように抗凝固薬として投与されている場合や,抗炎症作用物質の含まれている漢方薬の服用など,患者が気づかない,または患者が内服を隠している,隠れたNSAID服用者の問題に注意し,場合によっては血中サリチル酸濃度の測定も考慮する19)。このような詳細な検討をした場合,わが国では,246例の胃潰瘍患者のうち,非H. pylori ・非NSAID潰瘍と診断されたのは5例,2%と報告され,その頻度は非常に低いものと思われる17)。
表5 非H. pylori ・非NSAID潰瘍診断の注意点 | ||||||||||||||||
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(2)病因
糖尿病,肝硬変などの基礎疾患によるもの,NSAID以外の薬剤,抗癌剤肝動注療法後の胃潰瘍,多量のアルコール摂取による急性胃粘膜病変,Zollinger-Ellison症候群,サイトメガロウイルスなどのまれな感染症,潰瘍性大腸炎,クローン病の胃病変があげられる(表6)。
表6 非H. pylori ・非NSAID潰瘍の原因 | |||||||||||||||||||||||
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1)基礎疾患
肝硬変による門脈圧亢進や,糖尿病,狭心症などのなんらかの組織血行障害が病因として予想される非H. pylori ・非NSAID胃潰瘍が報告されている17),21)。古くより肝硬変患者では胃潰瘍の頻度が高いとされているが,H. pylori 感染の頻度は,一般対照と肝硬変患者で差はなく22),門脈圧亢進による血流障害などの胃粘膜防御因子の低下など,H. pylori 以外のなんらかの要因による潰瘍発生が考えられる。
2)NSAID以外の薬剤
骨粗鬆症の治療として用いられるビスホスフォネート製剤は,食道に停滞すると直接的な粘膜障害を引き起こす可能性があることから,服用後の十分な飲水と,服用後しばらくは横にならないよう服薬指導されている。アレンドロネートでは,食道病変だけでなく胃前庭部潰瘍などの胃粘膜病変を引き起こすことが示されており23),今後高齢化のため増加が予想される骨粗鬆症に対し,NSAID同様,ますます使用頻度が高まるものと予想され,注意すべき薬剤と思われる。
原発性および転移性肝癌の治療として行われている抗癌剤の肝動脈塞栓術や,持続肝動脈動注療法の偶発症として,胃潰瘍が報告されている24)。この際,抗癌剤による粘膜上皮の異型がみられるため,胃癌との鑑別に注意を要する。
3)アルコールによる急性胃粘膜病変としての急性胃潰瘍
アルコールはNSAID,ストレスなどに次ぐ急性胃粘膜病変の要因だが,実際には他の要因とともに複合的に病因となっていることが多い。プロトンポンプ阻害薬を中心とする酸分泌抑制剤や制酸剤投与により1週間程度で改善する。
4)Zollinger-Ellison症候群
Zollinger-Ellison症候群は,膵,十二指腸潰瘍に発生するガストリン産生腫瘍で,ガストリン過剰産生により胃酸分泌が亢進し,難治性の胃十二指腸潰瘍をくり返す疾患である。11番染色体上に存在するMEN I型遺伝子の変異が原因であり,下垂体前葉腫瘍,副甲状腺腫瘍の合併に注意する。手術による腫瘍摘出が第一選択であるが,局在診断が困難な場合も多く,PPI,ソマトスタチン合成アナログによる薬物治療が行われる25)。
5)まれな感染症
サイトメガロウイルス感染による胃潰瘍は,多発し,打ち抜き様潰瘍で,主に臓器移植後やHIV陽性の免疫抑制状態の患者でみられる。病理検査による核内封入体や巨核細胞の検索や血中抗原の検索を行い診断し,治療には抗ウイルス薬を用いる。その他のまれな感染症では,1型単純ヘルペスウイルス,結核,梅毒などがあげられる。特にHIV感染者,免疫抑制状態患者では日和見感染として注意を要する18)。
6)炎症性腸疾患の胃粘膜病変
クローン病では,胃粘膜の竹の節所見や前庭部のたこいぼびらん状所見はよくみられるものの,消化性潰瘍類似の胃病変はまれである。潰瘍性大腸炎の胃病変として,びらん性胃病変が報告されているが26),消化性潰瘍類似の潰瘍性病変をきたすことはまれである。
(3)まとめ
わが国では,非H. pylori ・非NSAID潰瘍の頻度は非常に少ないが,アレンドロネートなどNSAID以外の薬剤の使用や,HIV感染や臓器移植後の免疫抑制状態の患者の増加による日和見感染によるものなど,今後その頻度は増してくる可能性が考えられる。正確な診断に基づく,病因に則した治療が重要である。