(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 -H. pylori二次除菌保険適用対応-
第1部 胃潰瘍の基礎知識 |
2.病態生理
4)NSAIDと病態
(1)消化性潰瘍の病因としてのNSAID
潰瘍の病因として,




NSAIDの慢性投与に伴う潰瘍は,幽門部から前庭部に多発する比較的小さな潰瘍,前庭部の深掘れ潰瘍,不整形の巨大潰瘍などが特徴とされる(図9)。またNSAID内服に伴う消化性潰瘍発症の確実な危険因子として,高齢,潰瘍の既往,糖質ステロイドの併用,高用量あるいは複数のNSAIDの内服,全身疾患の合併などがあげられる(表4)13)。
図9 NSAID胃潰瘍 |
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69歳の男性。関節痛でdiclofenacを内服中に食思不振を訴えたため,内視鏡検査を施行した。前庭部小弯,胃角部後壁に多発性の潰瘍を認め,前庭部の潰瘍は深掘れ傾向が強かった。 |
表4 NSAID内服に伴う消化性潰瘍発症の危険因子 | ||||
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Wolfe MM, Lichtenstein DR, Singh G: Gastrointestinal toxicity of nonsteroidal antiinflammatory drugs. N Engl J Med, 340:1888-99,1999 |
(2)NSAID 胃病変の病態(図10)
NSAIDの鎮痛,抗炎症作用は,COX阻害を介したPGの産生抑制によるが,NSAIDは胃粘膜における内因性PGの減少などにより粘膜抵抗性を減弱させる13)。
1)直接的な傷害作用
アスピリンやNSAIDの多くは酸性NSAIDと呼ばれ,酸環境下で粘膜に対する局所作用を発揮する。酸性NSAIDは胃内の低いpHでは非イオン化され細胞透過性を獲得し,上皮細胞内に蓄積し呼吸代謝を障害する。また,NSAIDは粘液の疎水性を減少させ,胃酸/ペプシンに対する抵抗性を減弱させる。
2)PGの作用
PGはphospholipase A2により膜リン脂質から遊離されるアラキドン酸から産生される。PGおよびleukotrieneへの代謝は,それぞれCOX,5-lipoxygenase経路による。COX isoformとしてCOX-1,COX-2があり,COX-1は胃粘膜,腎,血小板などでhouse keeping酵素として働く一方,COX-2発現はマクロファージなどでサイトカインなどにより誘導され,炎症や細胞増殖にかかわる。
胃に酸分泌抑制量以下の微量のPGを投与すると,壊死惹起物質(強酸やエタノール)による胃粘膜傷害から胃が保護される現象が観察される(細胞保護作用;cytoprotection)。PGは,管腔,上皮,上皮下のレベルで多彩な作用,細胞を直接保護する作用および細胞遊走促進作用を発揮する。
正常胃粘膜ではCOX-1が恒常的に発現しているが,COX-2はH. pylori 感染胃粘膜で粘膜固有層の筋線維芽細胞,単球に発現する。胃では,mild irritants(弱酸,低濃度エタノールなど)をあらかじめ投与しておくとirritants(強酸,高濃度エタノールなど)による粘膜傷害が抑制される(適応性細胞保護作用;adaptive cytoprotection)が,この保護作用はCOX-2阻害薬あるいは非選択的NSAIDにより消失することより,COX-2由来のPGが胃粘膜防御反応に重要な役割を担う。またラットなどの実験びらんあるいは潰瘍において,COX-2 mRNAとCOX-2蛋白は潰瘍の辺縁に発現する一方,COX-2阻害薬あるいは非選択的NSAIDは潰瘍治癒を遷延させることより,COX-2由来のPGは潰瘍治癒にも重要である。これらの成績はCOX-1のみならずCOX-2由来のPGも傷害に対する粘膜防御,組織修復に働くことを示唆する。
NSAID投与による胃粘膜局所PGの産生抑制は,COX-1およびCOX-2による粘膜防御,組織修復に逆説的な作用を示すと考えられる。実際,NSAIDの抗炎症作用はCOX-2阻害により発揮されるが,胃十二指腸粘膜傷害の発生はCOX-1およびCOX-2両者の抑制が必要であることが動物実験モデルで示されている。これを裏付けるように,COX-1ノックアウトマウス,COX-1選択的阻害薬単独投与では潰瘍は発生しない。
3)好中球による傷害
胃PGの抑制がNSAID粘膜病変の基本的な病態であるが,他の機序が関与する可能性も示唆される14)。NSAID負荷により胃血管内皮における接着分子(ICAM-1)の発現および好中球の血管内皮への接着の増強がみられ,好中球の内皮への接着および活性化は活性酸素やプロテアーゼの放出を介して粘膜傷害を引き起こす。COX-2阻害薬とともに,一酸化窒素(NO)遊離型NSAIDは粘膜傷害性の少ない抗炎症薬として開発が進められているが,傷害性の少ない機序としてPGの減少に伴う,微小循環,粘液分泌,アルカリ分泌の抑制,細胞遊走の障害に対して,NOが代償性に働くこと,NSAID投与に伴うICAM-1発現を阻害し,好中球の血管内皮への接着を抑制する機序が想定される。
図10 NSAIDによる上部消化管粘膜傷害機序の仮説 |
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NSAIDは酸に依存した直接作用,COX-1およびCOX-2阻害に伴う胃粘膜防御機構,組織修復機序の破綻により胃粘膜抵抗性を減弱させるが,接着因子の発現から好中球への内皮への接着,好中球の活性化による活性酸素,proteaseの放出による機序も想定される。 |
平石秀幸,寺野彰:胃粘膜病変とフリーラジカル.日消誌,92:1817-24,1995より改変引用 |
【参照】
「第1部 胃潰瘍の基礎知識 2.病態生理 1)粘膜防御・血流」