(旧版)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版

 
付録:メタボリックシンドローム


7.メタボリックシンドロームに関する今後の課題

メタボリックシンドロームは,心血管疾患および2型糖尿病のハイリスク状態と定義されている.しかし,現行の診断基準では,メタボリックシンドロームの心血管疾患や2型糖尿病発症のリスクは,各構成要素単独のリスクを超えていない20),22).メタボリックシンドロームでは,肥満,脂質代謝異常,耐糖能異常,血圧上昇以外にも,易血栓性状態や易炎症状態,アディポサイトカインの分泌異常,微量アルブミン尿,高尿酸血症の合併がしばしば認められるf).これらを診断基準に組み入れることにより,メタボリックシンドロームの診断をより確かなものにできる可能性があるが,できる限り簡便でかつ病態を反映しており,保健指導に用いることによって,過栄養により生じる複数の病態を効率よく予防し,ひいては心血管疾患予防につなげるという,メタボリックシンドローム診断基準作成の理念とはかけ離れてしまう可能性もある.
基準値の設定の問題もある.インスリン抵抗性およびメタボリックシンドロームの発症に肥満が関与していることは疫学研究および基礎的研究より明らかである.しかし,各個人の遺伝的背景によってもメタボリックシンドローム発症に対する肥満の影響は異なってくる.日本およびIDFの診断基準では,腹囲を必須の診断項目としているが,肥満がメタボリックシンドロームの発症に与える影響は個人によって異なると考えられるため,腹囲のカットオフ値の設定が問題となってくる.腹囲と内臓脂肪面積に相関は認めるもののばらつきも大きい.内臓脂肪面積が100cm2を超えると肥満に関連した疾患(高血糖や脂質代謝異常,高血圧)を合併する頻度は増加するがf),g),内臓脂肪面積と腹囲の回帰直線から内臓脂肪100cm2にあたる腹囲を求めているために,心血管疾患のリスクを予測するのに必ずしも最適な値とならない可能性がある.日本人を対象に,腹囲と心血管危険因子の合併についてROC(Receiver Operating Characteristic)解析を行った報告では,男性で80.5〜84cm,女性で70.5〜74cmが最もAUCの大きくなる腹囲であり,女性で現行診断基準との違いが大きい37),38)
日本の基準では,空腹時血糖≧110mg/dLを空腹時高血糖としているが,NCEPの2005年改訂版では,空腹時高血糖(IFG)を≧110mg/dLから≧100mg/dL以上に変更しておりg),IDFの空腹時血糖値の基準も≧100mg/dLであるe).空腹時血糖≧100mg/dLをカットオフ値としたNCEP ATP-III基準によるメタボリックシンドロームも心血管疾患および2型糖尿病発症のリスクが増加していることが報告されている20)
ADA(American Diabetes Association)とEASD(European Association for the Study of Diabetes)は,メタボリックシンドロームについて批判的吟味を行い,(1)メタボリックシンドローム診断基準の根拠(構成要素の組み入れおよび基準値の設定)が明確ではないこと,(2)糖尿病患者では,メタボリックシンドロームの合併がCVD発症リスクに影響を及ぼさないこと,(3)インスリン抵抗性がメタボリックシンドロームの根源的な病因であるか明らかではないこと,(4)メタボリックシンドローム発症に根源的な病因が存在するのかどうかも明らかではないこと,(5)各構成要素のCVD発症リスクが同等ではないため,メタボリックシンドロームと診断されてもその組み合わせによってCVD発症のリスクが異なる可能性があること,(6)メタボリックシンドロームのCVDリスクは,各構成要素のCVDリスクの和以上にはならないこと,(7)メタボリックシンドロームの治療は,各構成要素に対する治療と違いがないことから,現時点ではメタボリックシンドロームの診断基準に合致するかどうか考慮せずに,すべてのCVD危険因子に関して評価と治療を行うべきであると,2005年9月に共同声明を発表したh)
現時点では,メタボリックシンドロームの診断基準に関して不明確なことも多く,メタボリックシンドロームの診断基準の心血管疾患および2型糖尿病発症予測能,診断のために必要な構成要素の組み合わせおよび,肥満を含めた各構成要素の最適なカットオフ値などについては今後の検討課題である.


 
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