(旧版)「喘息ガイドライン作成に関する研究」平成11年度研究報告書/ガイドライン引用文献(2000年まで)簡易版抄録を掲載

 

6-5.喘息と妊娠

前文

コントロールされていない喘息が妊婦とその胎児にもたらすリスクは喘息の治療に使われる薬物によるリスクよりもはるかに大きい。したがって,妊婦の喘息は使用薬剤に注意しつつ通常の喘息患者の場合と同様に適切に治療する必要がある。

推奨:
  • 一般に使用する薬剤はできるだけ少なくすることが望ましい。また,吸入薬が好ましい。
  • 喘息の増悪因子の回避またはコントロールを行うことにより薬剤の必要量を減らすことが大切である。
  • 喘息の急性増悪を予防し,あるいは早期に治療し,母体/胎児の酸素供給を損なう可能性を減らす。
  • 胎児の定期的な観察により胎児の評価を行う。
  • 妊娠中は薬の使用にあたって表1を参考にする。
  • 喘息の管理に用いられるステロイドとしては吸入ステロイドが第一選択薬である。経口ステロイドは必要最小量(隔日または1日1回)を投与する。
  • 4週間以内にステロイドの全身投与を受けていた場合には分娩中から出産後24時間まで8時間ごとにヒドロコルチゾン100mgを投与する。


 

表1 全米喘息教育プログラムの喘息と妊娠に関するワーキンググループの薬剤についての勧告
・妊娠中に使用するのに好ましい薬剤
抗炎症薬:クロモグリク酸ナトリウム,ベクロメタゾン,プレドニゾロン
気管支拡張薬:吸入β2刺激薬,テオフィリン
抗ヒスタミン薬:クロルフェニラミン,トリペレナミン
充血除去薬:プソイドエフェドリン,オキシメタゾリン
鎮咳薬:グアイフェネシン,デキストロメトルファン
抗生物質:アモキシシリン

・妊娠中に一般に避けるべき薬剤
α-受容体刺激薬(プソイドエフェドリン以外)
エピネフリン(アナフィラキシー時は使用可)
ヨウ化物
スルフォナミド(妊娠後期)
テトラサイクリン
キノロン
科学的根拠

Medlineにて1988年から1999年の期間の喘息と妊娠に関する文献を検索して得られた290論文のうち20論文を査読した。

喘息の状態は妊娠により大きく影響を受ける。妊娠中に初めて喘息が発症することもあれば,妊娠によって喘息が悪化するという場合もある。妊娠の喘息に及ぼす影響についてのメタアナリシスによれば,喘息のある妊婦の約3分の1では喘息が悪化し,3分の1では変化がなく,3分の1では軽快する1)。喘息は一般的に妊娠の24週から36週の間で最も悪く,37週から40週の間では軽快する2)。また,出産,分娩時には殆どの患者で喘息は落ち着いている。

喘息のある妊婦では非喘息の妊婦と比較して妊婦,胎児ともに好ましくない結果を招くリスクが高いとの報告があるが,最近の研究では,母親の喘息と早産,低出生体重,発育不全,先天性奇形,出生児の在院期間との間に相関がみられた。また,母親の喘息と子癇前症,胎盤早期剥離,帝王切開,母親の在院期間との間にも相関が認められた3)。特に喘息をコントロールしていない場合,喘息の急性増悪時に母体のPaO2が下がり,胎児が低酸素血症になる結果,母体と胎児にとって重大な合併症が生じる可能性があり,子癇前症,周産期死亡増大,子宮内発育遅滞,早産,低出生体重などのリスクが高まる4)

しかし,専門医が喘息を管理していればこのようなリスクは認められないという報告がいくつかあり5),6),7),喘息が適切にコントロールされていれば,喘息のある妊婦も,母体や胎児に対するリスクを増大させることなく正常な妊娠を維持できるので,妊婦の喘息は通常の喘息と同様に適切にコントロールする必要がある。

これまでに行われた研究により胎児にリスクを与えることが確認されている薬剤は極めて少ない。全米喘息教育プログラムの喘息と妊娠に関するワーキンググループは妊娠中に使用する喘息薬とアレルギー薬に関して勧告を行った(表1)4)。胎児に影響のあることが確認されている薬剤を避け,この勧告を参考に安全性が確認されている薬剤を選択し喘息をコントロールすれば,喘息治療薬投与による母体または胎児へのリスクよりも喘息がコントロールされていないことによるリスクの方がはるかに大きいと記載されている4)。更に,妊娠中の喘息をコントロールするための一般的原則として推奨の項で挙げた事項が記載されている4)

妊娠中の喘息管理も通常の喘息管理と基本的には同様に行うことが推奨される4)。妊娠中の喘息管理は母体の肺機能と胎児の状態の客観的評価,喘息増悪の誘因の回避・コントロール,段階的薬物療法,患者教育の4つから構成される。また,患者,喘息専門医,産科医の三者のコミュニケーションをよくすることが重要である4)

妊娠中に経口ステロイドの投与を受けると子癇前症,妊娠期糖尿病,早産,低出生体重の頻度が増加すると報告されているが6),8),ステロイドの影響と重症喘息の影響を区別することは困難である。喘息の長期管理における経口ステロイドの使用法,急性増悪時,分娩時におけるステロイド注射剤の使用法については喘息治療ガイドラインに記載されている4)

結論

これまでに行われた研究により胎児にリスクを与えることが確認されている薬剤は極めて少ない。全米喘息教育プログラムの喘息と妊娠に関するワーキンググループの妊娠中に使用する喘息薬とアレルギー薬に関する勧告(表1)が公表されたのは1993年であるので,それ以降に臨床的に用いられるようになった薬剤については当然触れられていないが,この勧告は現在でも有用である。胎児に影響のあることが確認されている薬剤を避け,この勧告を参考に安全性が確認されている薬剤を選択し喘息をコントロールすれば,喘息治療薬投与による母体または胎児へのリスクよりも喘息がコントロールされていないことによるリスクの方がはるかに大きい。

吸入ステロイドの中ではベクロメタゾンが妊婦での使用経験が最も多いので推奨できる。経口ステロイドとステロイド注射剤も必要に応じて使用すべきである。

妊娠中の喘息管理は母体の肺機能と胎児の状態の客観的評価,喘息増悪の誘因の回避・コントロール,段階的薬物療法,患者教育の4つから構成される。とくに重要な点は患者,喘息専門医,産科医の三者のコミュニケーションをよくすることである。

文献対象
  1. 例数
  2. 年齢
  3. 対象
試験デザイン
  1. 方法
  2. 観察期間(導入+試験)
  3. その他(効果判定など)
結果・考案・副作用評価
Demissieら3)
1998
  1. 2,289
  2. 喘息の妊婦
  1. コホート研究
    New Jerseyで1989〜1992年に行われた分娩447,963例を対象とし,喘息妊婦と非喘息妊婦の2群で周産期の種々のパラメータを比較した。
母親の喘息と早産,低出生体重,発育不全,先天性奇形,子癇前症,胎盤早期剥離,帝王切開などが相関した。II-2
National
Asthma
Education
Program
Report4)
妊娠中に使用する薬剤についての勧告。喘息をコントロールしないことによるリスクは薬剤によるリスクより大きい。A
Schatzら7)
1995
  1. 486
  2. 28.1±0.2
  3. 18歳以上の喘息の妊婦
  1. コホート研究
    喘息の妊婦(<28週)と非喘息妊婦を周産期の種々のパラメータについて比較した。
喘息が積極的に治療されていれば母体,胎児のリスクはコントロールと変わらなかった。II-2
Perlowら8)
1992
  1. 81
  2. 28±6(ステロイド依存性)29
     ±5(ステロイド非依存性)
  3. 喘息の妊婦
  1. 症例対照研究
    ステロイド薬依存性,非依存性喘息妊婦,コントロールの3群を周産期の種々のパラメータについて比較した。
ステロイド依存性喘息の妊婦ではコントロールに比べて,糖尿病が,また,ステロイド非依存性喘息妊婦に比べて早産,低出生体重の頻度が高かった。II-2

参考文献
  1. Juniper EF, Newhouse MT. Effect of pregnancy on asthma: a systematic review and meta-analysis. In Schatz M, Zeiger RS, Claman HN, editors: Asthma and immunologic diseases in pregnancy and early infancy. New York. Marcel Dekker 1998; p401. (I)
  2. Schatz M, Harden K, Forsythe A, Chilingar L, Hoffman C, Sperling W, Zeiger RS. The course of asthma during pregnancy, post partum, and with successive pregnancies: prospective analysis. J Allergy Clin Immunol 1988; 81: 509-17. (II-3)
  3. Demissie K, Breckenridge MB, Rhoads GG. Infant and maternal outcomes in the pregnancies of asthmatic. Am J Respir Crit Care Med 1998; 158: 1091-5. (II-2)
  4. National Asthma Education Program Report of the Working Group on Asthma and Pregnancy. Management of asthma during pregnancy. NIH publ no 1993; 93-3279A, (A)
  5. Jana N, Vasishta K, Saha SC, Khunnu B. Effect of bronchial asthma on the course of pregnancy, labour and perinatal outcome. J Obstet Gynaecol 1995; 21: 227-32. (II-2)
  6. Stenius-Aarniala B, Piitila P, Teramo K. Asthma and pregnancy: a prospective study of 198 pregnancies. Thorax 1988; 43: 12-8. (II-2)
  7. Schatz M, Zeiger RS, Hoffman CP, Harden K, Forsythe A, Chilingar L, Saunders B, Porreco R, Sperling W, Kagnoff M, et al. Perinatal outcomes in the pregnancies of asthmatic women: a prospective controlled analysis. Am J Respir Crit Care Med 1995; 151: 1170-4. (II-2)
  8. Perlow JH, Montgomery D, Morgan MA, Towers CV, Porto M. Severity of asthma and perinatal outcome. Am J Obstet Gynaecol 1992; 167: 963-7. (II-2)
 
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