ガイドライン

有効性評価に基づく子宮頸がん検診ガイドライン

書誌情報
VI.考察

3.ガイドライン作成に関する問題点と対応

2)時系列・地域相関研究の問題点

擦過細胞診を用いた子宮頸がん検診は、他のがん検診に先んじて1950年代より行われており、その有効性評価は、現在標準とされている無作為化比較対照試験などの評価手法が確立される前に着手されたものが多い。当時コホート研究として行われた研究の大半は、個人単位のリスク要因(検診受診や他のリスクファクターなど)が把握されておらず、本研究班の評価基準では時系列・地域相関研究に分類されるものである。時系列・地域相関研究の評価には、前述したように様々な問題点が指摘されているため、ここで解説する。
時系列・地域相関研究(ecological study)は、社会学や環境因子の評価(ラドン、大気汚染、放射線被曝など)の分野で広く用いられているが、その問題点は、すでに1950年代から明らかにされており、1980年代後半から1990年代前半にかけて、数学モデルを用いた議論が展開されている。
1950年代のRobinsonの報告は、19世紀のプロシア地方の自殺を例にあげたものである。この地方での自殺はプロテスタントの多い地域で増加しているため、あたかもプロテスタントが自殺のリスク要因であるかのように連想させられた。しかし自殺の多い地域では逆に「少数派であるカソリックの自殺率が高かった」と報告している121)。このように、時系列・地域相関研究の解釈は難しく、全く別の結論に至ることもあるため、Robinsonは”Ecologic fallacy”として注意を喚起している。
その後、時系列・地域相関研究は、(1)既存の統計資料のみで実施が容易、(2)地域と個人との関係が直感的にイメージできる、(3)時代・地域の影響が一義的な関心事の場合、正確な分析が可能、(4)仮説を一般化するには役に立つ、などの理由から広く行われるようになった122)。しかし、1980年代になって、特に個人単位の交絡因子を把握しないことによる偏りの危険性が、American Journal of Epidemiology等の専門誌上で議論されている。
Richardsonらは、既出のコホートデータを用いて、一つの要因で求めた相対危険度と、他の要因を調整して求めた真の相対危険度を比較し、一つの要因で求めても偏りがない場合(肺がん死亡と1日喫煙本数)、リスクを過大評価する場合(膀胱がん死亡と1日喫煙本数)、過小評価する場合(虚血性心疾患と1日喫煙本数)を例示している123)
また、Piantadosiは、「個人単位のデータを得ずに、時系列研究の結果を解釈することを研究者は正当化してはいけない。個人単位のデータがなければ時系列研究の解釈をどうすべきかという一定の見解は出し得ない。」と戒めている122)
2000年代になると、個人単位の交絡因子を同時に把握して、調整するデザインなどが検討されている。Websterの分析によれば、グループの中での要因の曝露率の分布が単一(個人の曝露率が一定)だと、偏りは極小化し、分布が2極化すると偏りは大きくなると報告している124)。検診の受診のように離散量(受診するかしないか)の場合、偏りは非常に大きいと推測されている。
このように、時系列・地域相関研究の解釈には、注意が必要であり、単独の研究結果や、複数の研究結果でも結果が相反する場合は、判断を保留せざるを得ない。本研究班においては、他のガイドラインやエビデンス・レポートでコホート研究として分類されている研究であっても、受診歴などの個人単位のリスク要因や交絡因子を把握していない場合は時系列・地域相関研究と分類した。これは観察研究の質を評価する上で、偏りの補正が不可欠なためであり、時系列・地域相関研究を、コホート研究や症例対照研究の次善の研究として位置づけてきている。しかし、今回の細胞診を用いた子宮頸がん検診のように、様々な時代・地域で行われたすべての時系列・地域相関研究の結果が一致するということは、極めて例外的ではあるが、前述の考察を踏まえた上で、質の高い証拠として採用せざるを得ないと判断された。

 

書誌情報