Mindsについて


医学生から見た、EBM教育・診療ガイドライン及びMinds
これまで・これから・そしてその先へ
大阪医科大学医学部医学科
荘子 万能


1.はじめに
1991年、Gordon GuyattによりEBMという言葉が提唱され始めてから1,2、今日に至るまで、診療現場における意味合いが、大きくなり続けているということは論を待たない。時代の変遷とともに、EBM教育が卒前医学教育に取り入れられてきたが、医学生の中では、EBMという言葉は知られていても、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解を始め、EBMや診療ガイドラインについての正しい理解が広がっていない現状がある。一方、診療現場では、エビデンスがあるにも関わらず診療に活かされていない場合や、反対にエビデンスが十分と言えない中で個々の症例に対して臨床決断の必要に迫られる場合があり、エビデンス診療ギャップが生まれている。こうしたエビデンス診療ギャップを埋めるため3、診療ガイドライン作成が進み、方法論も確立されつつある中で、診療ガイドラインの役割は大きくなっている。この意味で、卒前医学教育にEBMや診療ガイドラインについてのより積極的で適切な導入教育がなされなければ、卒前医学教育の場と診療現場との間には、さらに大きな隔たりができてしまう。そのような危機意識から、私は、医学生として診療ガイドラインについての学びを深め、他の医学生にどのようにすれば学びを共有することができるかを考えるため、Mindsの患者・市民専門部会へのオブザーバー参加させていただいている。
本レポートでは、筆者がこれまで卒前医学教育を4年半受けてきたことに加え、Mindsの平成27年度 患者・市民専門部会へのオブザーバー参加及びMindsフォーラム、診療ガイドライン作成WS等への参加を通じて得た知識と経験に基づいて、EBM教育と診療ガイドライン及びMindsについて、医学生の立場から論じたい。
本レポートの要旨は、以下の3点にある。
1. これまでの卒前医学教育において、診療ガイドライン及びMindsの存在感は大きいとはいえない。
2. 見学型臨床実習から診療参加型臨床実習への移行の中で、診療ガイドラインの重要性はますます大きくなり、Mindsが医学教育において果たしうる役割は非常に大きい。
3. 診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、両者の間を取り持つ形で、患者と医療者のコミュニケーションを媒介することができる可能性を秘めている。
以下では、診療ガイドライン及びMindsの、これまで・これから・そしてその先へと3つの視点に分けて議論を進める。


2.診療ガイドライン及びMindsのこれまで
本章では、診療ガイドライン及びMindsに関する医学生の意識調査を起点として、医学生にとっての診療ガイドラインに対する馴染みの薄さについて考察し、その理由をEBM教育の現状から紐解きたい。
平成22年度改訂版医学教育モデル・コア・カリキュラムの中では、B-8 臨床研究と医療 という項目内に「B-8-5 診療ガイドラインの種類と使用上の注意を列挙できる」という、診療ガイドラインに関する到達目標が挙げられ4、国家試験でも出題されるようになったが、日々の医学教育で診療ガイドラインを目にすることは多くないように思う。

医学生の診療ガイドライン・Mindsに関する認識

本レポートを執筆するにあたって、友人を中心に周囲の医学生(総数33名:6年5名、5年15名、4年3名、3年3名、2年4名、1年3名)に対し、診療ガイドライン及びMindsに関する簡単な意識調査を施行したところ、「診療ガイドラインについて聞いたことがある」「レポート作成のときに参照したことがある」など、診療ガイドラインの存在を知っている人(15名)は一定数いても、Minds 2014の「診療ガイドラインとは、診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量し、最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで、患者と医療者の意思決定を支援する文書」という定義5を見たことがあるもしくは聞いたことがあるという人(3名)は非常に少なく、Mindsの名前を聞いたことがある人(4名)、「診療ガイドライン作成支援」「診療ガイドラインの活用促進」といったMindsの役割を知っている人(1名)はさらに少なかった。

なぜ診療ガイドラインは、医学生にとって馴染みが薄いのか

それでは、なぜ診療ガイドラインと医学生との間に隔たりがあるのか、まずは診療ガイドラインの元であるEBMと医学生との関係に立ち返って考えたい。
よく知られているEBMの5ステップは、以下のようなものである。ステップ1:患者問題の定式化、ステップ2:問題についての情報収集(文献検索)、ステップ3:情報の批判的吟味、ステップ4:患者への適用、ステップ5:各ステップの評価。このうち、ステップ2、3についての教育に関しては、以下のような指摘がある。厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業「臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究」の報告6の中に、「これまでのEBM教育では、文献の検索と吟味に注目が集まり、最新の診療情報を手に入れるためのツール(道具)としての側面が強調され過ぎてきた嫌いがある。教えられる側も、文献検索に習熟したい、との考え方から入る傾向があり、講習会でもツールの使い方を指南することに力点が置かれがちであった。」とあるが、これは医学生としての肌感覚と合致している。つまり、与えられた臨床課題について文献検索したり、収集された医学論文を批判的に吟味することを指導されることはあっても、患者問題・臨床課題の定式化(STEP1)であったり、実際の患者への適用(STEP4)について学ぶことはほとんどない。
それでは、なぜSTEP1、STEP4を学ぶ機会が限られているのか。理由としては、「卒前医学教育における、STEP1、STEP4の実践の困難さ」、「EBM教育が確立されていない」が挙げられる。
「卒前医学教育における、STEP1、4の実践の困難さ」については、臨床実習が始まる前後で分けて考える必要がある。臨床実習が始まる前の臨床医学においては、疾患の疫学・診断・治療・予後を主に扱い、疾患を持つ患者の価値観・希望・もちうる疑問についてはあまり検討されない。また昨今の医学教育改革の流れにおいて、見学型臨床実習から診療参加型の臨床実習への移行が大きく取り上げられているが、実際、多くの場合は、いまだ見学型臨床実習においては、医師の診察・手技の見学に終始することになり、「この患者さんにとっての臨床上の課題とは何か(STEP1)」や「実際の患者さんへいかに適用するか(STEP4)」について、一連の診療行為の中で考えることは極めて少ない。また、大学間・診療科間のばらつきはあるが、一つの診療科における臨床実習が最小1週間多くても1ヶ月程度であることを考えると、一人の患者さんに対するSTEP1からSTEP4までの一連の診療行為を見学することすら難しい場合がある。
「EBM教育が確立されていない」ということについては、そもそも大学内部でEBMの実践に関する教育があまり行われていない場合があり、行われているにしても診療科間の温度差や方法の標準化がなされておらず、個々の教員のスキル・経験・熱心さに依るところが大きい。
STEP1、STEP4を学ぶ機会が限られることで、これらの過程についての理解不足・軽視につながる恐れがある。加えて以下の「高校生までの学習で求められるスキルとEBMの実践において求められるスキルとの違い」もその傾向に拍車をかける恐れがある。EBMにおいて、エビデンスの部分があまりに重視されるのは、高校生までの学習が大いに関係していると考えられる。高校生までの学習で求められるスキルは、与えられた条件から唯一解を見出すスキルである。一方で、EBMの実践においては、?エビデンス ?患者の希望・価値観・個別性 ?医師の専門性 ?医療を行う場の状況、というお互いに比較できない、次元の異なる4要素を統合し、総合的に判断するため、疾患単位で誰の目から見ても正しい唯一解は存在し得ず、その場においての最善の選択肢は複数存在しうる場合が多い。ここに、EBMの理解しづらさが生まれうるのではないだろうか。事実、唯一解を求める傾向は、EBM・診断推論等のセミナーに参加するような、概して積極的とされる層の学生・医師にも散見される。医学生に対しては、単にEBMの実践方法を指導するのではなく、EBMの概念を導入するような橋渡し教育の必要性も示唆されている。
こうしてEBMの実践に関する教育が少ない、あるいは不十分な形で行われることで、診療ガイドラインへの見方も偏ったものになってしまう恐れがある。実際、医学生・研修医の中には、診療ガイドラインにエビデンスの記載があるかどうか・どのような推奨になっているかを過度に気にする人もいる。こうした認識の中では、診療ガイドラインが、本来の「患者と医療者の意思決定を支援する文書」ではなく、単なるエビデンス集として捉えられることになりかねない。また、診療ガイドラインの質は、作成プロセスによって大きく変動する。作成プロセスが診療ガイドラインの質をどのように規定するのか、診療ガイドラインの質をどのように評価するのか、といった内容の教育が期待されている。

Shared Decision Makingに関する教育の必要性

EBM教育において文献検索・批判的吟味に焦点があたりすぎてきた、ということは、EBMを教育する上で不十分であるだけでなく、有害になる場合さえあると考えられる。例えば、「Shared Decision MakingなしのEBMは、エビデンスによる圧政(Tyranny)になりかねない」(Hoffmann 2014)という指摘がある7。同じ病気でも、患者の希望・価値観・個別性によって治療に関する意思決定の結果が異なりうることを認識しなければ、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解につながりかねない。患者の希望・価値観・個別性に配慮するような教育はすでになされている、というようなことを思われるかもしれないが、実感としては、こういった事項に関連する「患者コミュニケーション学」「医療面接」「医師のプロフェッショナリズム教育」といった科目は、臨床教育とは交わらず、異なる文脈で行われることが多く、依然としてEBMの各ステップは教育上分断されたままである。EBM教育をする際には、Shared Decision Makingに関する教育も同時に行う必要性があると考えられる。


3.診療ガイドライン及びMindsのこれから
診療ガイドライン及びMindsのこれまでについての振り返りから、EBM・診療ガイドラインについての正しい理解のためには、診療参加型臨床実習の場で、EBMの各STEPを一連の流れとして教育する必要性が浮かび上がってきた。Mindsは、臨床実習の場の診療ガイドラインの活用・教育支援、様々な教育コンテンツや学びのプラットフォーム形成において、重要な役割を担えるのではないだろうか。

診療ガイドライン及びMindsへの医学生からの期待

診療参加型臨床実習に移行する中で、医学生にも医療チームの一員としての役割が求められてくる8。医学生が一連の診療行為に関与する中で、重要な情報源としての診療ガイドラインの価値は、今後さらに大きくなるだろう。この文脈において、Mindsは、「診療ガイドラインの活用促進」という機能をさらに推し進める形で、卒前医学教育においても、大いに存在感を発揮する余地がある。診療ガイドラインが、医療の標準化を通じて診療の質の向上に寄与するなら、同様に診療ガイドラインに基づく医学教育は、医学教育の標準化を通じて教育の質の向上につながると考えられる。
また、私自身の経験も含め、医学生にとって、診療ガイドラインの作成過程を学ぶことは非常重要であると考えられる。診療ガイドラインの作成過程を知ることで、診療ガイドラインの定義・役割・臨床現場における適切な活用法についての理解をより深めることができるのではないだろうか。


4.そしてその先へ
医学生から見た、診療ガイドラインのあるべき姿とは

診療ガイドラインが、「患者と医療者の意思決定を支援する文書」であるなら、患者視点や患者の利用可能性についてはどうか。患者視点に立った・患者の利用可能性の高い診療ガイドラインがある一方で、ほとんどの診療ガイドラインが利用者として想定しているのは、医療者であり、患者自身が活用できる余地をあまり持たない。それは、診療ガイドライン作成における臨床課題がクリニカル・クエスチョン、臨床家が臨床現場において持ちうる疑問、に設定されていて、ペイシェント・クエスチョン、その疾患をもつ患者が持ちうる疑問については明示されていないことからもわかる。こうして作成された診療ガイドラインは、医療者の意思決定を支援しても、患者の意思決定を支援するには情報が不足しているのではないだろうか。情報の非対称性があるために、患者医師関係においてコミュニケーションの齟齬が起きたり、情報の非対称性を埋めるために患者側がインターネットや様々な本などで症状や疾患について調べた結果、根拠に基づかない、あるいは恣意的な情報源から必ずしも正確とは言えない情報を得ることにより、患者医師関係においても、患者自身にとって良くない結果を招いてしまいかねない。クリニカル・クエスチョンベースの診療ガイドラインの他に、ペイシェント・クエスチョンベースの診療ガイドラインの作成も期待されているのではないだろうか。後者のガイドラインは、患者にとって参考になるだけではなく、医療者・家族・介護者も患者の持ちうる疑問について知ることで、より良いコミュニケーション・相互理解に至る対話の出発点とすることができると考えられる。こうして、診療ガイドラインの本来の機能、患者と医師の意思決定を支援することが可能になる。

診療ガイドラインにもたらしうる、医学生の価値

診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、診療ガイドラインの作成プロセスに貢献できる可能性を秘めている。
臨床実習の場においては、医学生が患者と接する中で、往々にして「疾患などの基本的な事柄の中で、医師には尋ねられないが、医学生に尋ねられること」あるいは、「医師には言えないが、医学生には言えること」がある、という実感を多くの医学生は持っている。こうした患者さんの本音や疑問は、患者視点に立った診療ガイドラインの作成、またはより良い患者医師コミュニケーションを生む際に非常に重要となる9。したがって、ペイシェント・クエスチョンにおけるスコープ作成に、医学生の立場が活用できる可能性がある。
診療ガイドライン作成WSでは、患者と医療者が同じテーブルについて意見交換するという試みがあったが、6,7人のテーブルで患者が2,3人程度いる中で、両者のやり取りには食い違いが見られることがあった。特に、医師側に患者の意見を汲み取りながら、作業することについて戸惑いが見られた。これは医師側を責める意味合いではなく、単に慣れていない・馴染みのない作業であるがゆえ、仕方のないことである。一方で、患者医師関係を考える上で、医師の躊躇い・逡巡は、重要なポイントである。臨床実習の場においては、医師が実習中の医学生に言う事の中に、「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」がある、これも多くの学生が実感として持っている。
限定的な状況ではあろうと、医学生は、「医師には言えないが、医学生には言えること」と「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」を同時に持ちうるという意味で、患者医師関係においては、特殊な立場にいる。
診療ガイドライン・患者医師関係にたいして、医学生の視点がもたらしうる価値についてはさらに検討を重ねていく必要がある。

まとめ

EBMが概念として成熟していくにつれて、診療ガイドラインの重要性はより大きくなり、卒前医学教育においてもますます大きな役割を果たしていくであろう。診療ガイドラインの作成・活用・教育は、いずれも重要で、Mindsは、作成支援・活用支援・教育支援いずれに関しても中心的な立場にあると考える。また、診療ガイドラインへの患者視点の導入に関しては、医学生の立場の特殊性が活かせる可能性がある。

おわりに

この度、患者・市民専門部会へのオブザーバー参加からレポート執筆に至るまで、日本医療機能評価機構 EBM医療情報部 事務局の皆様を始め、山口直人先生、中山健夫先生には、様々な場面でご指導ご鞭撻賜り、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。今後とも、診療ガイドラインについての知識を深め、医学教育における診療ガイドラインの活用法の考案・診療ガイドラインへの患者視点の導入に関して、医学生の立場から貢献していきたい。


参考文献
1) Guyatt GH. Evidence-based medicine. ACP J Club. March/April 1991:A-16.
2) Richard Smith, Drummond Rennie. Evidence-based medicine-An Oral History JAMA. 2014;311(4):365-367.doi:10.1001/jama.2013.286182.
3) 中山健夫. 診療ガイドライン:現状と今後の展望. Gout and Nucleic Acid Metabolism Vol.33 No.2
4) 中山健夫. 医学教育・研究と診療ガイドライン. Mindsフォーラム 2016講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/160116/pdf/05.pdf
5) 小島原典子・中山健夫・森實敏夫・山口直人・吉田雅博編集.Minds 診療ガイドライン作成マニュアル.Ver.2.0.公益財団法人日本医療機能評価機構 EBM 医療情報部.2016.
6) 小泉俊三. 論考:医療のグローバルスタンダードに開眼させるEBM教育.  臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究. from http://www.ebm21.jp/ebm3.html
7) Tammy C. Hoffmann, Victor M. Montori, Chris Del Mar. The Connection Between Evidence-Based Medicine and Shared Decision Making. JAMA. 2014;312(13):1295-1296. doi:10.1001/jama.2014.10186.
8) 日本学術会議 基礎医学委員会・臨床医学委員会合同 医学教育分科会. 提言『我が国の医学教育はいかにあるべきか』平成23年7月28日. from http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-1.pdf
9) 中山健夫. ペイシェントクエッチョンを得るためのNBM(Narrative based medicine)の可能性. 財団法人日本医療機能評価機構 EBM研究フォーラム 2004年10月16日講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/pdf/041016/nakayama.pdf

(公開日:2017年2月21日)


本稿は、公益財団法人日本医療機能評価機構の見解を示すものではありません。

 

Mindについて


医学生から見た、EBM教育・診療ガイドライン及びMinds
これまで・これから・そしてその先へ
大阪医科大学医学部医学科
荘子 万能


1.はじめに
1991年、Gordon GuyattによりEBMという言葉が提唱され始めてから1,2、今日に至るまで、診療現場における意味合いが、大きくなり続けているということは論を待たない。時代の変遷とともに、EBM教育が卒前医学教育に取り入れられてきたが、医学生の中では、EBMという言葉は知られていても、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解を始め、EBMや診療ガイドラインについての正しい理解が広がっていない現状がある。一方、診療現場では、エビデンスがあるにも関わらず診療に活かされていない場合や、反対にエビデンスが十分と言えない中で個々の症例に対して臨床決断の必要に迫られる場合があり、エビデンス診療ギャップが生まれている。こうしたエビデンス診療ギャップを埋めるため3、診療ガイドライン作成が進み、方法論も確立されつつある中で、診療ガイドラインの役割は大きくなっている。この意味で、卒前医学教育にEBMや診療ガイドラインについてのより積極的で適切な導入教育がなされなければ、卒前医学教育の場と診療現場との間には、さらに大きな隔たりができてしまう。そのような危機意識から、私は、医学生として診療ガイドラインについての学びを深め、他の医学生にどのようにすれば学びを共有することができるかを考えるため、Mindsの患者・市民専門部会へのオブザーバー参加させていただいている。
本レポートでは、筆者がこれまで卒前医学教育を4年半受けてきたことに加え、Mindsの平成27年度 患者・市民専門部会へのオブザーバー参加及びMindsフォーラム、診療ガイドライン作成WS等への参加を通じて得た知識と経験に基づいて、EBM教育と診療ガイドライン及びMindsについて、医学生の立場から論じたい。
本レポートの要旨は、以下の3点にある。
1. これまでの卒前医学教育において、診療ガイドライン及びMindsの存在感は大きいとはいえない。
2. 見学型臨床実習から診療参加型臨床実習への移行の中で、診療ガイドラインの重要性はますます大きくなり、Mindsが医学教育において果たしうる役割は非常に大きい。
3. 診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、両者の間を取り持つ形で、患者と医療者のコミュニケーションを媒介することができる可能性を秘めている。
以下では、診療ガイドライン及びMindsの、これまで・これから・そしてその先へと3つの視点に分けて議論を進める。


2.診療ガイドライン及びMindsのこれまで
本章では、診療ガイドライン及びMindsに関する医学生の意識調査を起点として、医学生にとっての診療ガイドラインに対する馴染みの薄さについて考察し、その理由をEBM教育の現状から紐解きたい。
平成22年度改訂版医学教育モデル・コア・カリキュラムの中では、B-8 臨床研究と医療 という項目内に「B-8-5 診療ガイドラインの種類と使用上の注意を列挙できる」という、診療ガイドラインに関する到達目標が挙げられ4、国家試験でも出題されるようになったが、日々の医学教育で診療ガイドラインを目にすることは多くないように思う。

医学生の診療ガイドライン・Mindsに関する認識

本レポートを執筆するにあたって、友人を中心に周囲の医学生(総数33名:6年5名、5年15名、4年3名、3年3名、2年4名、1年3名)に対し、診療ガイドライン及びMindsに関する簡単な意識調査を施行したところ、「診療ガイドラインについて聞いたことがある」「レポート作成のときに参照したことがある」など、診療ガイドラインの存在を知っている人(15名)は一定数いても、Minds 2014の「診療ガイドラインとは、診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量し、最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで、患者と医療者の意思決定を支援する文書」という定義5を見たことがあるもしくは聞いたことがあるという人(3名)は非常に少なく、Mindsの名前を聞いたことがある人(4名)、「診療ガイドライン作成支援」「診療ガイドラインの活用促進」といったMindsの役割を知っている人(1名)はさらに少なかった。

なぜ診療ガイドラインは、医学生にとって馴染みが薄いのか

それでは、なぜ診療ガイドラインと医学生との間に隔たりがあるのか、まずは診療ガイドラインの元であるEBMと医学生との関係に立ち返って考えたい。
よく知られているEBMの5ステップは、以下のようなものである。ステップ1:患者問題の定式化、ステップ2:問題についての情報収集(文献検索)、ステップ3:情報の批判的吟味、ステップ4:患者への適用、ステップ5:各ステップの評価。このうち、ステップ2、3についての教育に関しては、以下のような指摘がある。厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業「臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究」の報告6の中に、「これまでのEBM教育では、文献の検索と吟味に注目が集まり、最新の診療情報を手に入れるためのツール(道具)としての側面が強調され過ぎてきた嫌いがある。教えられる側も、文献検索に習熟したい、との考え方から入る傾向があり、講習会でもツールの使い方を指南することに力点が置かれがちであった。」とあるが、これは医学生としての肌感覚と合致している。つまり、与えられた臨床課題について文献検索したり、収集された医学論文を批判的に吟味することを指導されることはあっても、患者問題・臨床課題の定式化(STEP1)であったり、実際の患者への適用(STEP4)について学ぶことはほとんどない。
それでは、なぜSTEP1、STEP4を学ぶ機会が限られているのか。理由としては、「卒前医学教育における、STEP1、STEP4の実践の困難さ」、「EBM教育が確立されていない」が挙げられる。
「卒前医学教育における、STEP1、4の実践の困難さ」については、臨床実習が始まる前後で分けて考える必要がある。臨床実習が始まる前の臨床医学においては、疾患の疫学・診断・治療・予後を主に扱い、疾患を持つ患者の価値観・希望・もちうる疑問についてはあまり検討されない。また昨今の医学教育改革の流れにおいて、見学型臨床実習から診療参加型の臨床実習への移行が大きく取り上げられているが、実際、多くの場合は、いまだ見学型臨床実習においては、医師の診察・手技の見学に終始することになり、「この患者さんにとっての臨床上の課題とは何か(STEP1)」や「実際の患者さんへいかに適用するか(STEP4)」について、一連の診療行為の中で考えることは極めて少ない。また、大学間・診療科間のばらつきはあるが、一つの診療科における臨床実習が最小1週間多くても1ヶ月程度であることを考えると、一人の患者さんに対するSTEP1からSTEP4までの一連の診療行為を見学することすら難しい場合がある。
「EBM教育が確立されていない」ということについては、そもそも大学内部でEBMの実践に関する教育があまり行われていない場合があり、行われているにしても診療科間の温度差や方法の標準化がなされておらず、個々の教員のスキル・経験・熱心さに依るところが大きい。
STEP1、STEP4を学ぶ機会が限られることで、これらの過程についての理解不足・軽視につながる恐れがある。加えて以下の「高校生までの学習で求められるスキルとEBMの実践において求められるスキルとの違い」もその傾向に拍車をかける恐れがある。EBMにおいて、エビデンスの部分があまりに重視されるのは、高校生までの学習が大いに関係していると考えられる。高校生までの学習で求められるスキルは、与えられた条件から唯一解を見出すスキルである。一方で、EBMの実践においては、?エビデンス ?患者の希望・価値観・個別性 ?医師の専門性 ?医療を行う場の状況、というお互いに比較できない、次元の異なる4要素を統合し、総合的に判断するため、疾患単位で誰の目から見ても正しい唯一解は存在し得ず、その場においての最善の選択肢は複数存在しうる場合が多い。ここに、EBMの理解しづらさが生まれうるのではないだろうか。事実、唯一解を求める傾向は、EBM・診断推論等のセミナーに参加するような、概して積極的とされる層の学生・医師にも散見される。医学生に対しては、単にEBMの実践方法を指導するのではなく、EBMの概念を導入するような橋渡し教育の必要性も示唆されている。
こうしてEBMの実践に関する教育が少ない、あるいは不十分な形で行われることで、診療ガイドラインへの見方も偏ったものになってしまう恐れがある。実際、医学生・研修医の中には、診療ガイドラインにエビデンスの記載があるかどうか・どのような推奨になっているかを過度に気にする人もいる。こうした認識の中では、診療ガイドラインが、本来の「患者と医療者の意思決定を支援する文書」ではなく、単なるエビデンス集として捉えられることになりかねない。また、診療ガイドラインの質は、作成プロセスによって大きく変動する。作成プロセスが診療ガイドラインの質をどのように規定するのか、診療ガイドラインの質をどのように評価するのか、といった内容の教育が期待されている。

Shared Decision Makingに関する教育の必要性

EBM教育において文献検索・批判的吟味に焦点があたりすぎてきた、ということは、EBMを教育する上で不十分であるだけでなく、有害になる場合さえあると考えられる。例えば、「Shared Decision MakingなしのEBMは、エビデンスによる圧政(Tyranny)になりかねない」(Hoffmann 2014)という指摘がある7。同じ病気でも、患者の希望・価値観・個別性によって治療に関する意思決定の結果が異なりうることを認識しなければ、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解につながりかねない。患者の希望・価値観・個別性に配慮するような教育はすでになされている、というようなことを思われるかもしれないが、実感としては、こういった事項に関連する「患者コミュニケーション学」「医療面接」「医師のプロフェッショナリズム教育」といった科目は、臨床教育とは交わらず、異なる文脈で行われることが多く、依然としてEBMの各ステップは教育上分断されたままである。EBM教育をする際には、Shared Decision Makingに関する教育も同時に行う必要性があると考えられる。


3.診療ガイドライン及びMindsのこれから
診療ガイドライン及びMindsのこれまでについての振り返りから、EBM・診療ガイドラインについての正しい理解のためには、診療参加型臨床実習の場で、EBMの各STEPを一連の流れとして教育する必要性が浮かび上がってきた。Mindsは、臨床実習の場の診療ガイドラインの活用・教育支援、様々な教育コンテンツや学びのプラットフォーム形成において、重要な役割を担えるのではないだろうか。

診療ガイドライン及びMindsへの医学生からの期待

診療参加型臨床実習に移行する中で、医学生にも医療チームの一員としての役割が求められてくる8。医学生が一連の診療行為に関与する中で、重要な情報源としての診療ガイドラインの価値は、今後さらに大きくなるだろう。この文脈において、Mindsは、「診療ガイドラインの活用促進」という機能をさらに推し進める形で、卒前医学教育においても、大いに存在感を発揮する余地がある。診療ガイドラインが、医療の標準化を通じて診療の質の向上に寄与するなら、同様に診療ガイドラインに基づく医学教育は、医学教育の標準化を通じて教育の質の向上につながると考えられる。
また、私自身の経験も含め、医学生にとって、診療ガイドラインの作成過程を学ぶことは非常重要であると考えられる。診療ガイドラインの作成過程を知ることで、診療ガイドラインの定義・役割・臨床現場における適切な活用法についての理解をより深めることができるのではないだろうか。


4.そしてその先へ
医学生から見た、診療ガイドラインのあるべき姿とは

診療ガイドラインが、「患者と医療者の意思決定を支援する文書」であるなら、患者視点や患者の利用可能性についてはどうか。患者視点に立った・患者の利用可能性の高い診療ガイドラインがある一方で、ほとんどの診療ガイドラインが利用者として想定しているのは、医療者であり、患者自身が活用できる余地をあまり持たない。それは、診療ガイドライン作成における臨床課題がクリニカル・クエスチョン、臨床家が臨床現場において持ちうる疑問、に設定されていて、ペイシェント・クエスチョン、その疾患をもつ患者が持ちうる疑問については明示されていないことからもわかる。こうして作成された診療ガイドラインは、医療者の意思決定を支援しても、患者の意思決定を支援するには情報が不足しているのではないだろうか。情報の非対称性があるために、患者医師関係においてコミュニケーションの齟齬が起きたり、情報の非対称性を埋めるために患者側がインターネットや様々な本などで症状や疾患について調べた結果、根拠に基づかない、あるいは恣意的な情報源から必ずしも正確とは言えない情報を得ることにより、患者医師関係においても、患者自身にとって良くない結果を招いてしまいかねない。クリニカル・クエスチョンベースの診療ガイドラインの他に、ペイシェント・クエスチョンベースの診療ガイドラインの作成も期待されているのではないだろうか。後者のガイドラインは、患者にとって参考になるだけではなく、医療者・家族・介護者も患者の持ちうる疑問について知ることで、より良いコミュニケーション・相互理解に至る対話の出発点とすることができると考えられる。こうして、診療ガイドラインの本来の機能、患者と医師の意思決定を支援することが可能になる。

診療ガイドラインにもたらしうる、医学生の価値

診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、診療ガイドラインの作成プロセスに貢献できる可能性を秘めている。
臨床実習の場においては、医学生が患者と接する中で、往々にして「疾患などの基本的な事柄の中で、医師には尋ねられないが、医学生に尋ねられること」あるいは、「医師には言えないが、医学生には言えること」がある、という実感を多くの医学生は持っている。こうした患者さんの本音や疑問は、患者視点に立った診療ガイドラインの作成、またはより良い患者医師コミュニケーションを生む際に非常に重要となる9。したがって、ペイシェント・クエスチョンにおけるスコープ作成に、医学生の立場が活用できる可能性がある。
診療ガイドライン作成WSでは、患者と医療者が同じテーブルについて意見交換するという試みがあったが、6,7人のテーブルで患者が2,3人程度いる中で、両者のやり取りには食い違いが見られることがあった。特に、医師側に患者の意見を汲み取りながら、作業することについて戸惑いが見られた。これは医師側を責める意味合いではなく、単に慣れていない・馴染みのない作業であるがゆえ、仕方のないことである。一方で、患者医師関係を考える上で、医師の躊躇い・逡巡は、重要なポイントである。臨床実習の場においては、医師が実習中の医学生に言う事の中に、「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」がある、これも多くの学生が実感として持っている。
限定的な状況ではあろうと、医学生は、「医師には言えないが、医学生には言えること」と「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」を同時に持ちうるという意味で、患者医師関係においては、特殊な立場にいる。
診療ガイドライン・患者医師関係にたいして、医学生の視点がもたらしうる価値についてはさらに検討を重ねていく必要がある。

まとめ

EBMが概念として成熟していくにつれて、診療ガイドラインの重要性はより大きくなり、卒前医学教育においてもますます大きな役割を果たしていくであろう。診療ガイドラインの作成・活用・教育は、いずれも重要で、Mindsは、作成支援・活用支援・教育支援いずれに関しても中心的な立場にあると考える。また、診療ガイドラインへの患者視点の導入に関しては、医学生の立場の特殊性が活かせる可能性がある。

おわりに

この度、患者・市民専門部会へのオブザーバー参加からレポート執筆に至るまで、日本医療機能評価機構 EBM医療情報部 事務局の皆様を始め、山口直人先生、中山健夫先生には、様々な場面でご指導ご鞭撻賜り、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。今後とも、診療ガイドラインについての知識を深め、医学教育における診療ガイドラインの活用法の考案・診療ガイドラインへの患者視点の導入に関して、医学生の立場から貢献していきたい。


参考文献
1) Guyatt GH. Evidence-based medicine. ACP J Club. March/April 1991:A-16.
2) Richard Smith, Drummond Rennie. Evidence-based medicine-An Oral History JAMA. 2014;311(4):365-367.doi:10.1001/jama.2013.286182.
3) 中山健夫. 診療ガイドライン:現状と今後の展望. Gout and Nucleic Acid Metabolism Vol.33 No.2
4) 中山健夫. 医学教育・研究と診療ガイドライン. Mindsフォーラム 2016講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/160116/pdf/05.pdf
5) 小島原典子・中山健夫・森實敏夫・山口直人・吉田雅博編集.Minds 診療ガイドライン作成マニュアル.Ver.2.0.公益財団法人日本医療機能評価機構 EBM 医療情報部.2016.
6) 小泉俊三. 論考:医療のグローバルスタンダードに開眼させるEBM教育.  臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究. from http://www.ebm21.jp/ebm3.html
7) Tammy C. Hoffmann, Victor M. Montori, Chris Del Mar. The Connection Between Evidence-Based Medicine and Shared Decision Making. JAMA. 2014;312(13):1295-1296. doi:10.1001/jama.2014.10186.
8) 日本学術会議 基礎医学委員会・臨床医学委員会合同 医学教育分科会. 提言『我が国の医学教育はいかにあるべきか』平成23年7月28日. from http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-1.pdf
9) 中山健夫. ペイシェントクエッチョンを得るためのNBM(Narrative based medicine)の可能性. 財団法人日本医療機能評価機構 EBM研究フォーラム 2004年10月16日講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/pdf/041016/nakayama.pdf

(公開日:2017年2月21日)


本稿は、公益財団法人日本医療機能評価機構の見解を示すものではありません。

 

Mindについて


医学生から見た、EBM教育・診療ガイドライン及びMinds
これまで・これから・そしてその先へ
大阪医科大学医学部医学科
荘子 万能


1.はじめに
1991年、Gordon GuyattによりEBMという言葉が提唱され始めてから1,2、今日に至るまで、診療現場における意味合いが、大きくなり続けているということは論を待たない。時代の変遷とともに、EBM教育が卒前医学教育に取り入れられてきたが、医学生の中では、EBMという言葉は知られていても、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解を始め、EBMや診療ガイドラインについての正しい理解が広がっていない現状がある。一方、診療現場では、エビデンスがあるにも関わらず診療に活かされていない場合や、反対にエビデンスが十分と言えない中で個々の症例に対して臨床決断の必要に迫られる場合があり、エビデンス診療ギャップが生まれている。こうしたエビデンス診療ギャップを埋めるため3、診療ガイドライン作成が進み、方法論も確立されつつある中で、診療ガイドラインの役割は大きくなっている。この意味で、卒前医学教育にEBMや診療ガイドラインについてのより積極的で適切な導入教育がなされなければ、卒前医学教育の場と診療現場との間には、さらに大きな隔たりができてしまう。そのような危機意識から、私は、医学生として診療ガイドラインについての学びを深め、他の医学生にどのようにすれば学びを共有することができるかを考えるため、Mindsの患者・市民専門部会へのオブザーバー参加させていただいている。
本レポートでは、筆者がこれまで卒前医学教育を4年半受けてきたことに加え、Mindsの平成27年度 患者・市民専門部会へのオブザーバー参加及びMindsフォーラム、診療ガイドライン作成WS等への参加を通じて得た知識と経験に基づいて、EBM教育と診療ガイドライン及びMindsについて、医学生の立場から論じたい。
本レポートの要旨は、以下の3点にある。
1. これまでの卒前医学教育において、診療ガイドライン及びMindsの存在感は大きいとはいえない。
2. 見学型臨床実習から診療参加型臨床実習への移行の中で、診療ガイドラインの重要性はますます大きくなり、Mindsが医学教育において果たしうる役割は非常に大きい。
3. 診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、両者の間を取り持つ形で、患者と医療者のコミュニケーションを媒介することができる可能性を秘めている。
以下では、診療ガイドライン及びMindsの、これまで・これから・そしてその先へと3つの視点に分けて議論を進める。


2.診療ガイドライン及びMindsのこれまで
本章では、診療ガイドライン及びMindsに関する医学生の意識調査を起点として、医学生にとっての診療ガイドラインに対する馴染みの薄さについて考察し、その理由をEBM教育の現状から紐解きたい。
平成22年度改訂版医学教育モデル・コア・カリキュラムの中では、B-8 臨床研究と医療 という項目内に「B-8-5 診療ガイドラインの種類と使用上の注意を列挙できる」という、診療ガイドラインに関する到達目標が挙げられ4、国家試験でも出題されるようになったが、日々の医学教育で診療ガイドラインを目にすることは多くないように思う。

医学生の診療ガイドライン・Mindsに関する認識

本レポートを執筆するにあたって、友人を中心に周囲の医学生(総数33名:6年5名、5年15名、4年3名、3年3名、2年4名、1年3名)に対し、診療ガイドライン及びMindsに関する簡単な意識調査を施行したところ、「診療ガイドラインについて聞いたことがある」「レポート作成のときに参照したことがある」など、診療ガイドラインの存在を知っている人(15名)は一定数いても、Minds 2014の「診療ガイドラインとは、診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量し、最善の患者アウトカムを目指した推奨を提示することで、患者と医療者の意思決定を支援する文書」という定義5を見たことがあるもしくは聞いたことがあるという人(3名)は非常に少なく、Mindsの名前を聞いたことがある人(4名)、「診療ガイドライン作成支援」「診療ガイドラインの活用促進」といったMindsの役割を知っている人(1名)はさらに少なかった。

なぜ診療ガイドラインは、医学生にとって馴染みが薄いのか

それでは、なぜ診療ガイドラインと医学生との間に隔たりがあるのか、まずは診療ガイドラインの元であるEBMと医学生との関係に立ち返って考えたい。
よく知られているEBMの5ステップは、以下のようなものである。ステップ1:患者問題の定式化、ステップ2:問題についての情報収集(文献検索)、ステップ3:情報の批判的吟味、ステップ4:患者への適用、ステップ5:各ステップの評価。このうち、ステップ2、3についての教育に関しては、以下のような指摘がある。厚生労働科学研究費補助金医療技術評価総合研究事業「臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究」の報告6の中に、「これまでのEBM教育では、文献の検索と吟味に注目が集まり、最新の診療情報を手に入れるためのツール(道具)としての側面が強調され過ぎてきた嫌いがある。教えられる側も、文献検索に習熟したい、との考え方から入る傾向があり、講習会でもツールの使い方を指南することに力点が置かれがちであった。」とあるが、これは医学生としての肌感覚と合致している。つまり、与えられた臨床課題について文献検索したり、収集された医学論文を批判的に吟味することを指導されることはあっても、患者問題・臨床課題の定式化(STEP1)であったり、実際の患者への適用(STEP4)について学ぶことはほとんどない。
それでは、なぜSTEP1、STEP4を学ぶ機会が限られているのか。理由としては、「卒前医学教育における、STEP1、STEP4の実践の困難さ」、「EBM教育が確立されていない」が挙げられる。
「卒前医学教育における、STEP1、4の実践の困難さ」については、臨床実習が始まる前後で分けて考える必要がある。臨床実習が始まる前の臨床医学においては、疾患の疫学・診断・治療・予後を主に扱い、疾患を持つ患者の価値観・希望・もちうる疑問についてはあまり検討されない。また昨今の医学教育改革の流れにおいて、見学型臨床実習から診療参加型の臨床実習への移行が大きく取り上げられているが、実際、多くの場合は、いまだ見学型臨床実習においては、医師の診察・手技の見学に終始することになり、「この患者さんにとっての臨床上の課題とは何か(STEP1)」や「実際の患者さんへいかに適用するか(STEP4)」について、一連の診療行為の中で考えることは極めて少ない。また、大学間・診療科間のばらつきはあるが、一つの診療科における臨床実習が最小1週間多くても1ヶ月程度であることを考えると、一人の患者さんに対するSTEP1からSTEP4までの一連の診療行為を見学することすら難しい場合がある。
「EBM教育が確立されていない」ということについては、そもそも大学内部でEBMの実践に関する教育があまり行われていない場合があり、行われているにしても診療科間の温度差や方法の標準化がなされておらず、個々の教員のスキル・経験・熱心さに依るところが大きい。
STEP1、STEP4を学ぶ機会が限られることで、これらの過程についての理解不足・軽視につながる恐れがある。加えて以下の「高校生までの学習で求められるスキルとEBMの実践において求められるスキルとの違い」もその傾向に拍車をかける恐れがある。EBMにおいて、エビデンスの部分があまりに重視されるのは、高校生までの学習が大いに関係していると考えられる。高校生までの学習で求められるスキルは、与えられた条件から唯一解を見出すスキルである。一方で、EBMの実践においては、?エビデンス ?患者の希望・価値観・個別性 ?医師の専門性 ?医療を行う場の状況、というお互いに比較できない、次元の異なる4要素を統合し、総合的に判断するため、疾患単位で誰の目から見ても正しい唯一解は存在し得ず、その場においての最善の選択肢は複数存在しうる場合が多い。ここに、EBMの理解しづらさが生まれうるのではないだろうか。事実、唯一解を求める傾向は、EBM・診断推論等のセミナーに参加するような、概して積極的とされる層の学生・医師にも散見される。医学生に対しては、単にEBMの実践方法を指導するのではなく、EBMの概念を導入するような橋渡し教育の必要性も示唆されている。
こうしてEBMの実践に関する教育が少ない、あるいは不十分な形で行われることで、診療ガイドラインへの見方も偏ったものになってしまう恐れがある。実際、医学生・研修医の中には、診療ガイドラインにエビデンスの記載があるかどうか・どのような推奨になっているかを過度に気にする人もいる。こうした認識の中では、診療ガイドラインが、本来の「患者と医療者の意思決定を支援する文書」ではなく、単なるエビデンス集として捉えられることになりかねない。また、診療ガイドラインの質は、作成プロセスによって大きく変動する。作成プロセスが診療ガイドラインの質をどのように規定するのか、診療ガイドラインの質をどのように評価するのか、といった内容の教育が期待されている。

Shared Decision Makingに関する教育の必要性

EBM教育において文献検索・批判的吟味に焦点があたりすぎてきた、ということは、EBMを教育する上で不十分であるだけでなく、有害になる場合さえあると考えられる。例えば、「Shared Decision MakingなしのEBMは、エビデンスによる圧政(Tyranny)になりかねない」(Hoffmann 2014)という指摘がある7。同じ病気でも、患者の希望・価値観・個別性によって治療に関する意思決定の結果が異なりうることを認識しなければ、「EBMはエビデンスによる医療である」といった誤解につながりかねない。患者の希望・価値観・個別性に配慮するような教育はすでになされている、というようなことを思われるかもしれないが、実感としては、こういった事項に関連する「患者コミュニケーション学」「医療面接」「医師のプロフェッショナリズム教育」といった科目は、臨床教育とは交わらず、異なる文脈で行われることが多く、依然としてEBMの各ステップは教育上分断されたままである。EBM教育をする際には、Shared Decision Makingに関する教育も同時に行う必要性があると考えられる。


3.診療ガイドライン及びMindsのこれから
診療ガイドライン及びMindsのこれまでについての振り返りから、EBM・診療ガイドラインについての正しい理解のためには、診療参加型臨床実習の場で、EBMの各STEPを一連の流れとして教育する必要性が浮かび上がってきた。Mindsは、臨床実習の場の診療ガイドラインの活用・教育支援、様々な教育コンテンツや学びのプラットフォーム形成において、重要な役割を担えるのではないだろうか。

診療ガイドライン及びMindsへの医学生からの期待

診療参加型臨床実習に移行する中で、医学生にも医療チームの一員としての役割が求められてくる8。医学生が一連の診療行為に関与する中で、重要な情報源としての診療ガイドラインの価値は、今後さらに大きくなるだろう。この文脈において、Mindsは、「診療ガイドラインの活用促進」という機能をさらに推し進める形で、卒前医学教育においても、大いに存在感を発揮する余地がある。診療ガイドラインが、医療の標準化を通じて診療の質の向上に寄与するなら、同様に診療ガイドラインに基づく医学教育は、医学教育の標準化を通じて教育の質の向上につながると考えられる。
また、私自身の経験も含め、医学生にとって、診療ガイドラインの作成過程を学ぶことは非常重要であると考えられる。診療ガイドラインの作成過程を知ることで、診療ガイドラインの定義・役割・臨床現場における適切な活用法についての理解をより深めることができるのではないだろうか。


4.そしてその先へ
医学生から見た、診療ガイドラインのあるべき姿とは

診療ガイドラインが、「患者と医療者の意思決定を支援する文書」であるなら、患者視点や患者の利用可能性についてはどうか。患者視点に立った・患者の利用可能性の高い診療ガイドラインがある一方で、ほとんどの診療ガイドラインが利用者として想定しているのは、医療者であり、患者自身が活用できる余地をあまり持たない。それは、診療ガイドライン作成における臨床課題がクリニカル・クエスチョン、臨床家が臨床現場において持ちうる疑問、に設定されていて、ペイシェント・クエスチョン、その疾患をもつ患者が持ちうる疑問については明示されていないことからもわかる。こうして作成された診療ガイドラインは、医療者の意思決定を支援しても、患者の意思決定を支援するには情報が不足しているのではないだろうか。情報の非対称性があるために、患者医師関係においてコミュニケーションの齟齬が起きたり、情報の非対称性を埋めるために患者側がインターネットや様々な本などで症状や疾患について調べた結果、根拠に基づかない、あるいは恣意的な情報源から必ずしも正確とは言えない情報を得ることにより、患者医師関係においても、患者自身にとって良くない結果を招いてしまいかねない。クリニカル・クエスチョンベースの診療ガイドラインの他に、ペイシェント・クエスチョンベースの診療ガイドラインの作成も期待されているのではないだろうか。後者のガイドラインは、患者にとって参考になるだけではなく、医療者・家族・介護者も患者の持ちうる疑問について知ることで、より良いコミュニケーション・相互理解に至る対話の出発点とすることができると考えられる。こうして、診療ガイドラインの本来の機能、患者と医師の意思決定を支援することが可能になる。

診療ガイドラインにもたらしうる、医学生の価値

診療ガイドラインに基づいた医学教育を受けながら、医学生は、医師・医療者でもなく、一般市民・患者でもないという「間の存在」であることを活かし、診療ガイドラインの作成プロセスに貢献できる可能性を秘めている。
臨床実習の場においては、医学生が患者と接する中で、往々にして「疾患などの基本的な事柄の中で、医師には尋ねられないが、医学生に尋ねられること」あるいは、「医師には言えないが、医学生には言えること」がある、という実感を多くの医学生は持っている。こうした患者さんの本音や疑問は、患者視点に立った診療ガイドラインの作成、またはより良い患者医師コミュニケーションを生む際に非常に重要となる9。したがって、ペイシェント・クエスチョンにおけるスコープ作成に、医学生の立場が活用できる可能性がある。
診療ガイドライン作成WSでは、患者と医療者が同じテーブルについて意見交換するという試みがあったが、6,7人のテーブルで患者が2,3人程度いる中で、両者のやり取りには食い違いが見られることがあった。特に、医師側に患者の意見を汲み取りながら、作業することについて戸惑いが見られた。これは医師側を責める意味合いではなく、単に慣れていない・馴染みのない作業であるがゆえ、仕方のないことである。一方で、患者医師関係を考える上で、医師の躊躇い・逡巡は、重要なポイントである。臨床実習の場においては、医師が実習中の医学生に言う事の中に、「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」がある、これも多くの学生が実感として持っている。
限定的な状況ではあろうと、医学生は、「医師には言えないが、医学生には言えること」と「患者には直接的すぎて言えないが、医学生には言えること」を同時に持ちうるという意味で、患者医師関係においては、特殊な立場にいる。
診療ガイドライン・患者医師関係にたいして、医学生の視点がもたらしうる価値についてはさらに検討を重ねていく必要がある。

まとめ

EBMが概念として成熟していくにつれて、診療ガイドラインの重要性はより大きくなり、卒前医学教育においてもますます大きな役割を果たしていくであろう。診療ガイドラインの作成・活用・教育は、いずれも重要で、Mindsは、作成支援・活用支援・教育支援いずれに関しても中心的な立場にあると考える。また、診療ガイドラインへの患者視点の導入に関しては、医学生の立場の特殊性が活かせる可能性がある。

おわりに

この度、患者・市民専門部会へのオブザーバー参加からレポート執筆に至るまで、日本医療機能評価機構 EBM医療情報部 事務局の皆様を始め、山口直人先生、中山健夫先生には、様々な場面でご指導ご鞭撻賜り、この場を借りて厚く御礼申し上げたい。今後とも、診療ガイドラインについての知識を深め、医学教育における診療ガイドラインの活用法の考案・診療ガイドラインへの患者視点の導入に関して、医学生の立場から貢献していきたい。


参考文献
1) Guyatt GH. Evidence-based medicine. ACP J Club. March/April 1991:A-16.
2) Richard Smith, Drummond Rennie. Evidence-based medicine-An Oral History JAMA. 2014;311(4):365-367.doi:10.1001/jama.2013.286182.
3) 中山健夫. 診療ガイドライン:現状と今後の展望. Gout and Nucleic Acid Metabolism Vol.33 No.2
4) 中山健夫. 医学教育・研究と診療ガイドライン. Mindsフォーラム 2016講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/160116/pdf/05.pdf
5) 小島原典子・中山健夫・森實敏夫・山口直人・吉田雅博編集.Minds 診療ガイドライン作成マニュアル.Ver.2.0.公益財団法人日本医療機能評価機構 EBM 医療情報部.2016.
6) 小泉俊三. 論考:医療のグローバルスタンダードに開眼させるEBM教育.  臨床研修医が初期研修の二年間に習得すべきEBM教育カリキュラムの開発に関する研究. from http://www.ebm21.jp/ebm3.html
7) Tammy C. Hoffmann, Victor M. Montori, Chris Del Mar. The Connection Between Evidence-Based Medicine and Shared Decision Making. JAMA. 2014;312(13):1295-1296. doi:10.1001/jama.2014.10186.
8) 日本学術会議 基礎医学委員会・臨床医学委員会合同 医学教育分科会. 提言『我が国の医学教育はいかにあるべきか』平成23年7月28日. from http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-21-t130-1.pdf
9) 中山健夫. ペイシェントクエッチョンを得るためのNBM(Narrative based medicine)の可能性. 財団法人日本医療機能評価機構 EBM研究フォーラム 2004年10月16日講演資料 from http://minds4.jcqhc.or.jp/forum/pdf/041016/nakayama.pdf

(公開日:2017年2月21日)


本稿は、公益財団法人日本医療機能評価機構の見解を示すものではありません。