~「周産期診療ガイドライン(INTACT研究)」の取り組みから~
病院訪問とワークショップを通した診療ガイドライン普及のこころみ

[最終更新日] 2023年12月26日

インタビュー:
豊島 勝昭 先生(神奈川県立こども医療センター新生児科 部長)
内山 温 先生(東海大学医学部専門診療学系小児科学 教授)
聞き手・編集・構成:日本医療機能評価機構EBM普及推進事業Minds事務局

2020年3月5日 掲載

1.「根拠に基づく標準的治療の考え方(周産期診療ガイドライン)」作成の経緯

1.1 はじめに

2018年の人口動態統計では、日本の出生数は91万8,397人と減少を続けています1)。その中で、1,500g未満で出生した極低出生体重児の割合は、0.7~0.8%とここ数年おおむね横ばいとなっています2)
国際的にみて、日本の極低出生体重児の救命率は世界最高水準を維持しています。しかし、救命された場合でも、脳性麻痺や発達遅滞などの後遺症を伴うことがあるため、今日、新生児医療の目標は「後遺症なき生存」へと移ってきています。
2003年には、低出生体重児医療などの課題を把握するために、厚生労働科学研究班による全国規模のデータベース登録が開始しました3)
2006年には、37施設で治療を受けた2,000人超の患児に関する分析結果がまとめられ、NICUに入院した極低出生体重児における重症度を調整した死亡率には、施設間で差が大きいことが示されました4)。ここから、診療ガイドラインを通して標準的な医療を普及していく必要性が高まりました。

1.2 「未熟児動脈管開存症に関する診療ガイドライン」の取り組み

2010年には、日本未熟児新生児学会が中心となって、「未熟児動脈管開存症に関する診療ガイドライン」を作成しました5)。未熟児動脈管開存症は、極低出生体重児の予後に関わる重要疾患の一つです。診療ガイドラインで「標準的な医療」を伝えることで、研修医や診療経験の少ない医師であっても「後遺症なき動脈管閉鎖」にたどり着き、「後遺症なき生存」を実現することが意図されています。
取り組みの中で、本ガイドラインを幅広い医療者に普及すること、特に「各施設でのチーム医療」が重要だと捉えられました。そこで、作成に携わった委員が各地のNICUに赴き、診療ガイドラインを用いて多職種でのワークショップを開催することで、施設のチーム医療に根付いた形で診療ガイドラインが効果的に活用されることを目指しました。

2010年に2施設でワークショップを開催した結果、参加施設では、動脈管管理に関する診療スキルの有意な向上と、死亡率の低下が示されました6)
また、同時期に厚生労働科学研究班で行われた解析からは、極低出生体重児の死亡や後遺症には、「蘇生」、「呼吸」、「循環」、「感染」、「栄養」の5つの診療内容が影響することが示されました。
ここから、今後は、上記5つの診療内容について診療ガイドラインを作成し、ワークショップを通して普及していくことが有用であると考えられました。

1.3 「根拠に基づく標準的治療の考え方(周産期診療ガイドライン)」作成

「未熟児動脈管開存症に関する診療ガイドライン」での取り組み結果を受けて、2011年に「蘇生」、「呼吸」、「循環」、「感染」、「栄養」の5つの診療内容に関して扱った「根拠に基づく標準的治療の考え方(周産期診療ガイドライン)」が作成されました7)
本ガイドラインは、質の高い科学的根拠のある内容となるように、作成においてEBM(Evidence Based Medicine)の手法が用いられています。また、普及・活用の推進に向けて「施設訪問とワークショップ」の実施を念頭に置いており、30分程の講義で取り上げやすいトピック構成や、各施設の改善行動計画を立てる材料としやすいような工夫がされています。

1)厚生労働省 平成30年(2018)人口動態統計の年間推計

2)公益財団法人母子衛生研究会.母子保健の主なる統計 平成30年度刊行 母子保健事業団

3)楠田 聡.「施設データベースの構築・解析、ベンチマーク法による標準化」分担研究報告書. 平成16年度厚生労働科学研究「アウトカムを指標としベンチマーク手法を用いた質の高いケアを提供する「周産期母子医療センターネットワーク」の構築に関する研究」(主任研究者: 藤村正哲)報告書

4)Kusuda S, Fujimura M, Sakuma I, et al. Neonatal Research Network, Japan. Morbidity and mortality of infants with very low birth weight in Japan: center variation. Pediatrics 2006;118:e1130-8.

5)豊島勝昭、未熟児動脈管開存症診療ガイドライン作成プロジェクトチーム(J-PreP). 根拠と総意に基づく未熟児動脈管開存症治療ガイドライン. 日本未熟児新生児学会雑誌 2010;22:77-89

6)Isayama T, Ye XY, Tokumasu H, et al. The effect of professional-led guideline workshops on clinical practice for the management of patent ductus arteriosus in preterm neonates in Japan: a controlled before-and-after study. Implement Sci. 2015;10:67. doi: 10.1186/s13012-015-0258-5.

7)平成23年度厚生労働科学研究(地域医療基盤開発推進事業)周産期医療の質と安全の向上のための研究・研究班『根拠に基づく標準的治療の考え方(周産期診療ガイドライン)』平成23年7月19日版

2. 診療ガイドラインの普及とワークショップの開催

2.1 普及において心掛けたこと

「根拠に基づく標準的治療の考え方(周産期診療ガイドライン)」は、各施設のチーム医療の特色を生かした形でガイドラインが効果的に活用されるように、「施設訪問とワークショップの開催」を通した普及・活用の推進を行いました。

●普及の方法

・診療ガイドライン電子版:学会のホームページ・Mindsガイドラインライブラリで無料公開

・ガイドラインを印刷媒体として全国の周産期センターに配布

・「施設訪問とワークショップ」を開催※1

※1:クラスターランダム化比較研究として全国41病院のNICUを対象に実施。

2.2 施設訪問とワークショップの開催 ~INTACT研究~

施設訪問とワークショップ、改善行動計画の策定に関する効果を検証するために、『INTACT研究』として、全国40施設のNICUを対象にクラスターランダム化比較試験を実施しました(図1)8)。ここでは、ワークショップの開催を介入としています。

図1:INTACT研究介入の割り付け
「厚生労働科学研究費補助金 周産期医療の質と安全の向上のための研究
(研究代表者:楠田聡)http://www.nicu-intact.org/」より転載

ワークショップの開催にあたっては、組織的な医療の質向上を目指して、以下のような手法を組み合わせることとしました。

●事前準備

・事前準備として、各NICUの質の改善のために主導となる医師・看護師をそれぞれ施設担当者・施設看護担当者として選出

・施設担当者および施設看護担当者には、診療ガイドライン解説、組織変容、組織マネジメント、ファシリテーション技法などを含めた研修を実施

・施設担当者および施設看護担当者と診療ガイドライン作成チームで関連資料※2を作成

・施設内で関連する医療者に極力幅広くアナウンスをし、参加を依頼

※2:関連資料
①施設側:施設ごとの管理方針の資料作成や、死亡症例に関するレビューの実施
②診療ガイドラインチーム側:施設ごとの診療・組織プロファイルの作成

●ワークショップ

午前中(講義)

・施設ごとの診療プロファイルをベンチマークして提示(NRN-Jデータベース※3に基づき作成)

・組織プロファイルの分析結果報告

・死亡症例や合併症例の症例提示

・ガイドライン作成者からのガイドライン解説の実施

※3:NRN-Jデータベース:新生児の臨床研究を継続支援する組織である特定NPO法人新生児臨床研究ネットワークが運営しており、総合周産期母子医療センターおよび地域周産期母子医療センターの中で、同データベース登録に参加している施設の診療状況などが登録されたデータベースです。
URL:http://nponrn.umin.jp/

午後(小グループ討議によるワークショップ

・施設ごとの不得意分野に焦点をあてて進行

・施設の自主的な取り組みを促すために施設主体で改善行動計画(PDCAサイクル)を策定

・改善行動計画(PDCAサイクル)を測定するためのQIを設定(評価時期も設定)

・他施設のワークショップで作成された改善行動計画とQIなどを情報提供

●ワークショップ後のフォローアップ

・各施設の計画の進捗をガイドライン作成チームがフォローアップ

・改善行動計画やQIなどは定期的に紙媒体・インターネットのニュースレターを共有

ワークショップでは、ガイドラインの内容を踏まえながら、ガイドライン通りにできない要因や懸念をチームで共有し、ガイドラインの診療の導入のために必要な改善行動計画について、施設の特徴に合わせて作成するように支援しました。
また、ワークショップでは、作成した改善行動計画(PDCAサイクル)を測定するためのQIも設定しました(詳細後述)。
本介入は「周産期医療質向上プログラム」と称し、上記のワークショップを通して施設ごとの診療・組織プロファイルをベンチマークしてフィードバックを行い、施設ごとの不得意分野に焦点をあてながら診療ガイドラインを活用し、自主的な改善行動計画を立案・実行するというひとつのパッケージとして位置付けています(図2)。

図2:周産期医療質向上プログラム
「厚生労働科学研究費補助金 周産期医療の質と安全の向上のための研究
(研究代表者:楠田聡)http://www.nicu-intact.org/」より転載

8)周産期医療の質と安全の向上のための研究(INTACT)ホームページ
http://nponrn.umin.jp/

3. 診療ガイドラインをとりまく質の評価

3.1 施設ごとの自主的なQIの作成・評価

ワークショップでは、施設ごとに作成した改善行動計画(PDCAサイクル)を測定するために、Quality Indicator(以下、QI)についても、施設主導で作成しました(以下)。

・改善行動計画の実施率を測るQI
・診療成績の変化を測るQI

QI作成に際しては、ガイドラインの根拠を確認しつつ、現場から診療をどう変えていくかを自立的に考えていただき、具体的な行動変容につながるQIとなるように支援しました。
例えば、改善行動計画を策定する際には、計画を実行する担当者とQIの評価時期を具体的に決めてもらうこととしました。さらに、各施設の設備やマンパワーなどの実情を考慮した実行可能な改善行動計画を立案してもらうように心掛けました。その理由は、改善行動計画の策定だけに終わるのではなく、実行に移すことが重要であると考えたことにあります。したがって、「診療ガイドライン通り治療すればいい」ことを前提としませんでした。
また、ワークショップの開催より半年から1年後に各施設を再訪し、質向上担当者を集めた報告会を実施しました。その際、各施設のワークショップ開催前後の診療成績やQIの導入率などについて、NRN-Jの診療データベースなどから確認をしました。
その結果、設定したQIが改善した(診療成績が向上した)施設があり、施設単位では、ガイドラインワークショップの有効性を一部確認することができました。

3.2 INTACT研究全体での主要評価項目

INTACT研究は、診療ガイドラインを基にしたチーム医療への介入が、極低出生体重児の予後を改善するかの大規模前方視研究です。その評価項目は以下としました9)

●主要評価項目
・3歳での障害なき生存(intact survival)

●副次評価項目
・生後28日までの死亡
・1歳までの死亡
・1歳半までの死亡
・1歳半での障害なき生存
・3歳までの死亡
・3歳での神経学的評価
・入院中の診療ガイドラインに関連する疾病の発症
・入院中の上記以外の疾病の発症
・入院中の診療ガイドラインに関連する診療行為(プロセス指標)
・生活の質(Quality of Life)

「厚生労働科学研究費補助金 周産期医療の質と安全の向上のための研究(研究代表者:楠田聡)http://www.nicu-intact.org/」試験実施計画書 2016年12月21日改訂より転載

これらについては、INTACT研究として現在解析を進めています。

9)周産期医療の質と安全の向上のための研究(INTACT)ホームページ
http://www.nicu-intact.org/

4. 診療ガイドラインによる医療の質向上に向けて

4.1 今後の課題や展望

INTACT研究では、担当者が全国40施設を複数回訪問し、ワークショップやQIの評価を行ってきました。こうした取り組みは、マンパワーや時間、予算などの面から、継続性には課題があるのが現状です。また、各施設で改善行動計画を作成しても、スタッフの異動があると必ずしも十分に引き継がれないこともあり、新たに加わるスタッフへの動機づけを含め、継続的な普及に向けたさらなる工夫が必要です。同様に、改善行動計画やQIは、本来、継続的に評価・更新していく必要があります。
また、INTACT研究全体としては、主要評価項目が長期的なものであり(3歳での障害なき生存)、結果の改善が見られた際に、診療ガイドラインを活用した効果によるものか、(診療ガイドラインによらない)診療内容の改善の影響によるものかを、区別することが難しいことが限界としてあると考えています。
診療ガイドラインは、実際に活用されなければ診療の質を向上する可能性がある情報源に過ぎません。さらに各施設の設備やマンパワーによって実際に活用可能なガイドラインの内容も異なってきます。したがって、INTACT研究で用いられた「周産期医療質向上プログラム」のような医療チームに対するアプローチは、施設の実情に合わせて診療ガイドラインを適切に活用してもらうための有用なツールの一つではないかと考えています。

5. 「INTACT研究」の取り組み ポイント

●普及に関する取り組み

・診療ガイドライン電子版:学会のホームページ・Mindsガイドラインライブラリで無料公開

・ガイドラインを印刷媒体として全国の周産期センターに配布

・「施設訪問とワークショップ」を開催
※クラスターランダム化比較研究として全国43病院のNICUを対象に実施

・「ワークショップ」では、組織的な質向上のためのさまざまな手法を組み合わせて実施

例)

・ファシリテーターの選定と研修の実施

・施設ごとの診療プロファイルをベンチマークして提示

・施設ごとの不得意分野に焦点をあてて進行

・施設の自主的な取り組みを促すために施設主体で改善行動計画(PDCAサイクル)を策定

・改善行動計画(PDCAサイクル)を測定するためのQIを設定(評価時期も設定)

・他施設のワークショップで作成された改善行動計画とQIなどを情報提供

・各施設の計画の進捗をガイドライン作成チームがフォローアップ

・改善行動計画やQIなどは定期的に紙媒体・インターネット・ニュースレターで共有

●質の評価に関する取り組み

・ワークショップの参加施設ごとの自主的なQIの作成・評価

・INTACT研究全体での主要評価項目(3歳での障害なき生存)について解析中