~「急性膵炎診療ガイドライン」の取り組みから~
バンドルによる診療ガイドライン評価の実施

[最終更新日] 2023年12月26日

インタビュー:
吉田 雅博 先生(国際医療福祉大学消化器外科学講座 教授)
廣田 衛久 先生(東北医科薬科大学医学部内科学第二講座 准教授)
聞き手・編集・構成:日本医療機能評価機構EBM普及推進事業Minds事務局

1.「急性膵炎診療ガイドライン」作成の経緯

急性膵炎は重症例では死亡率が高い疾患で(1987年当時の重症例死亡率:30%)、1991年1月に特定疾患治療研究事業の対象疾患(難病)に指定されました。発症時には軽症であっても、急激に重症化をする場合もあることが特徴で、可能な限り早く適切な評価や治療を行うことが必要です。しかし、共通した診療の指標がない中で、診療の内容には少なからず施設間格差があるのが実情でした。

そこで、急性膵炎に関する診療指標を一般臨床医に広く提供することを目的に、1999年に日本腹部救急医学会理事長高田忠敬先生を中心として、急性膵炎の診療ガイドライン作成委員会(日本腹部救急医学会、日本膵臓学会、厚生労働省特定疾患対策研究事業 難治性膵疾患に関する調査研究班)が立ち上がり、2003年に「第1版急性膵炎の診療ガイドライン」が公開されました。ガイドラインを普及することで、診療内容の施設間格差をなくし、急性膵炎患者全体の予後や死亡率、合併症の改善をはかることを目指しました。

「第1版急性膵炎の診療ガイドライン」では、Evidence-based medicine(EBM)の概念を中核に、文献検索で得られたエビデンスをCochrane libraryの分類法に準じて評価し、診断・治療に関わる各項目のquality of evidenceを決定しました。

その後、診療ガイドラインは、以下のように改訂を重ねました。

●「第1版 急性膵炎の診療ガイドライン」作成(2003年)

●「第2版 急性膵炎の診療ガイドライン」作成(2007年)
第1版の出版以降、急性膵炎全体の死亡率は7.2%から2.9%に改善し、重症例の死亡率も22%から8.9%に改善しましたが、最重症例ではいまだに30%以上の死亡率でした。そこで、新たなエビデンスの蓄積や、第1版に関する約2,000名の臨床医へのアンケート調査などを踏まえながら内容を改訂しました。日本語版と同時に、英語版でも公表を行いました1)2)

●「第3版 急性膵炎診療ガイドライン」作成(2009年)
2008年に改訂された重症度判定基準に関する厚生労働科学研究班の調査結果を受けて、重症度判定基準の記載を更新するとともに、急性膵炎の診療の質向上と、ガイドラインの遵守度の評価を目的に、10項目からなる評価臨床指標〔Clinical indicator(CI):Pancreatitis Bundle(以下、バンドル)〕を策定しました(詳細後述)。

●「第4版 急性膵炎診療ガイドライン」作成(2015年)
病態分類のほか、内視鏡治療や画像下治療などの進歩に関連した更新を行うと共に、バンドルも更新しました。なお、2011年に米国医学研究所(Institute of Medicine)における診療ガイドラインの定義が改訂されたことを踏まえて、この版よりGRADEシステムに基づいた作成を開始しました。

参考)日本肝胆膵外科学会 急性膵炎診療ガイドライン
http://www.jshbps.jp/modules/publications/index.php?content_id=6
1)Takada T, Kawarada Y, Hirata K, et al. JPN Guidelines for the management of acute pancreatitis: cutting-edge information. J Hepatobiliary Pancreat Surg 2006; 13: 2-6.
2)Mayumi T, Takada T, Kawarada Y, et al. Management strategy for acute pancreatitis in the JPN Guidelines.J Hepatobiliary Pancreat Surg 2006; 13: 61-67.

2. 診療ガイドラインの普及とバンドルの作成

2.1 普及において心掛けたこと

本診療ガイドラインの対象利用者は、一般臨床医から重症急性膵炎診療に従事する医師まで、急性膵炎の診療にあたるすべての医師が含まれます。そこで、専門医に限らない幅広い普及を目指して、以下のような取り組みを行いました(ここでは、第4版の取り組みより紹介いたします)。

  • 診療ガイドライン電子版:各関連学会、研究班のホームページなどで無料公開
  • 診療ガイドライン書籍版:金原出版株式会社から出版
  • 診療ガイドラインダイジェスト版,英語版:作成中
  • モバイルアプリ:Android版とiOS版を作成し、ウェブに無料公開

モバイルアプリは、診療ガイドラインの主要な内容を抽出したもので、診断基準、重症度判定、基本的診療方針のフローチャート、バンドルなどが利用できます。アプリの機能を活かして、現場で活用しやすいように、以下の機能を持たせました。

  • 諸条件を入力すると重症度判定ができる計算システム
  • 重症度判定結果から関連するクリニカル・クエスチョン(CQ)へのリンク機能、判定や経過の保存機能
  • バンドルのチェックリストにおける判定、経過の保存機能
  • ダウンロード後、改訂内容の自動更新システム
図1:アプリ画面(重症度計算システム)
図2:アプリ画面(診療方針フローチャート)
※株式会社ビーフラット開発のアプリ画面、許諾を得て転載

2.2 バンドルの設定

海外の先行研究では、診療ガイドラインに臨床指標〔Clinical indicator(CI)〕を設定すると、ガイドラインの遵守率が向上することや、バンドルとして関連する望ましい診療内容をまとめて行った場合には、個々の介入を行った場合よりも患者の予後が改善することが報告されていました。バンドルとは、診療ガイドラインに示された推奨項目から、遵守されるべき重要ポイントをまとめて表示したものです。

そこで、第3版より、「急性膵炎診療ガイドライン」においても、評価臨床指標としてバンドルを策定しました。

第3版では、ガイドラインで取り上げたCQのうちで、臨床上特に重要であると作成委員が判断した10項目をバンドルとして設定しました。その際、「診療から●時間以内に▲▲を行う」など、できるだけ具体的で簡潔な内容となるように留意しました。

第4版では、改訂された内容に従ってバンドルを見直し、12項目をバンドルとして設定しました。その際に、すべての項目を、それが行われるべき時間帯ごと(急性膵炎診断時/診断から3時間以内/診断から24時間以内/診断から48時間以内/診断から24~48時間以内/急性膵炎沈静後)に整理して示しました(表1)。

表1.急性膵炎バンドルの一覧
急性膵炎診断時
厚生労働省重症度判定基準※1の予後因子スコアを用いて重症度を繰り返し評価する。
(~48時間以内)十分な輸液とモニタリングを行い,平均血圧※2 65mmHg以上,尿量0.5mL/kg/h以上を維持する。
(~適切な期間)急性膵炎では,疼痛のコントロールを行う。
診断から3時間以内
病歴,血液検査,画像検査などにより,膵炎の成因を鑑別する。
重症急性膵炎では,適切な施設への転送を検討する。
重症急性膵炎の治療を行う施設では,造影可能な重症急性膵炎症例では,造影CTを行い,膵造影不良域や病変の広がりなどを検討し,CT Gradeによる重症度判定を行う。
診断から24時間以内
厚生労働省重症度判定基準の予後因子スコアを用いて重症度を評価する。
胆石性膵炎のうち,胆管炎合併例,黄疸の出現または増悪などの胆道通過障害の遷延を疑う症例には,早期のERCP+ESの施行を検討する。
重症急性膵炎では,発症後72時間以内に広域スペクトラム抗菌薬の予防的投与の可否を検討する。
診断から48時間以内
腸蠕動がなくても診断後48時間以内に経腸栄養(経空腸が望ましい)を少量から開始する。
診断後24~48時間以内
厚生労働省重症度判定基準の予後因子スコアを用いて重症度を評価する。
急性膵炎沈静後
胆石性膵炎で胆囊結石を有する場合には,胆囊摘出術を行う。

※1:厚生労働省重症度判定基準:①予後因子スコア(9項目、3点以上が重症)と、②造影CT Grade(造影CT所見をGrade 1~3に分類、Grade2以上が重症)の2つの独立した診断基準から成る。いずれかが重症基準を満たした場合に重症と判定する。
※2:平均血圧=拡張期血圧+(収縮期血圧-拡張期血圧)/3
急性膵炎診療ガイドライン2015改定出版委員会編「急性膵炎診療ガイドライン2015[第4版]」(金原出版)より作成

3. 診療ガイドラインをとりまく質の評価

3.1 バンドル遵守率に関する全国調査の実施

厚生労働省の「難治性膵疾患に関する調査研究班」では、数年に一度、急性膵炎の全国調査を行ってきました。2011年には、1年間に日本全国の医療機関を受療した急性膵炎患者に関する全国疫学調査を行い、「第3版 急性膵炎診療ガイドライン(2009年公開)」において採用されたバンドルの遵守状況についても質問を設けました3)
調査対象は、全国の内科、外科、救急科を標榜する16,814診療科より層化抽出法で4,175科を選定しました。抽出層は、以下の通りです。※カッコ( )内は「科」を示します。

  • 大学病院(391)、膵疾患の専門病院(487)、500床以上の一般病院(865):100%を対象
  • 一般病院のうち400-499床の施設(799):80%を対象
  • 一般病院のうち300-399床の施設(1,506):40%を対象
  • 一般病院のうち200-299床の施設(1,903):20%を対象
  • 一般病院のうち100-199床の施設(5,291):10%を対象
  • 一般病院のうち99床以下の施設(5,572):5%を対象

対象診療科に一次調査票を送付し、「急性膵炎の患者の診察を行っている」と回答があった779科を対象に、二次調査票を郵送しました。二次調査では、「バンドルの存在について認識していますか?」との質問を設けるとともに、バンドル10項目それぞれについての遵守率を尋ね、各科に対するバンドルの普及をはかることも意図しました。さらに、全国疫学調査の予後データと照らし合わせることで、バンドルの遵守率と死亡率との関係性を検討することとしました。

3.2 全国調査の結果から見えてきたもの

二次調査の結果、2,694症例の調査票を回収しました。バンドルの認識率は76.2%(有効回答率91.4%)で、急性膵炎患者を多く診療している施設では高い認識率であることが分かりました。
また、バンドルの遵守率は項目ごとに29.3~95.8%であり、ほとんどの項目で、遵守した場合の死亡率が遵守しなかった場合と比較して低い傾向にありました(表2)。例えば、「急性膵炎では発症後48時間以内は十分な輸液とモニタリングを行い、平均血圧:拡張期血圧+(収縮期血圧-拡張期血圧)/3:65mmHg以上、尿量0.5mL/kg/h以上を維持する」の項目では、遵守した患者の死亡率(9.5%)と、遵守しなかった患者の死亡率(19.4%)との間で有意差が示されました。また、全10項目のバンドルのうち、8項目以上を遵守した患者の死亡率(7.6%)と、7項目以下を遵守した患者の死亡率(13.7%)との間で有意差が示されました3)
調査を通して、バンドルが臨床でどれくらい認知・遵守されているかを把握することができたとともに、バンドルを遵守することで実際に死亡率が改善することが示され、その有用性を確認することができました。

表2.急性膵炎バンドルの遵守状況と致命率 ※旧版(第3版)のバンドルに関する調査結果

バンドル回答率(%)遵守率(%)死亡率(%)P*
1急性膵炎診断時、診断から24時間以内、および、24~48時間の各々の時間帯で、厚生労働省重症度判定基準を用いて重症度を繰り返し評価する。93.980.6遵守あり:10.2
遵守なし:13.0
2重症急性膵炎では、診断後3時間以内に、適切な施設への搬送を検討する。87.552.0遵守あり:8.7
遵守なし:11.8
3急性膵炎では、診断後3時間以内に、病歴、血液検査、画像検査などを用いて、膵炎の成因を鑑別する。93.595.8遵守あり:10.2
遵守なし:20.0
4胆石性膵炎のうち、胆管炎合併症、黄疸の出現または増悪などの胆道通過障害の遷延を疑う症例には、早期のERC+ESの施行を検討する。78.446.0遵守あり:10.4
遵守なし:11.2
5重症急性膵炎の治療を行う施設では、造影可能な重症急性膵炎症例では、発症後3時間以内に、造影CTを行い、膵不染域や病変の広がり等を検討し,造影CT Gradeによる重症度判定を行う。91.777.3遵守あり:9.8
遵守なし:12.4
6急性膵炎では、発症後48時間以内は、十分な輸液とモニタリングを行い、平均血圧:拡張期血圧+(収縮期血圧-拡張期血圧)/3:65mmHg以上、尿量0.5mL/kg/h以上を維持する。93.386.8遵守あり:9.5
遵守なし:19.4
**
7急性膵炎では疼痛のコントロールを行う。93.191.5遵守あり:10.9
遵守なし:7.5
8重症急性膵炎では24時間以内に広域スペクトラム抗菌薬を予防的に投与する。91.584.0遵守あり:10.1
遵守なし:13.5
9重症急性膵炎では、重症膵炎と診断後可及的速やかに(2日以内に)公費負担の申請書類を患者の代諾者に渡す。87.559.5遵守あり:10.3
遵守なし:11.8
10胆石性膵炎で胆囊結石を有する場合には、膵炎鎮静化後、胆囊摘出術を行う。77.029.3遵守あり:6.1
遵守なし:12.4

*:Fisher’s exact test, **:p<0.05
Hirota M, Mayumi T, Shimosegawa T. Acute pancreatitis bundles: 10 clinical regulations for the early management of patients with severe acute pancreatitis in Japan. J Hepatobiliary Pancreat Sci. 2014 Nov;21(11):829-30. より作成

3)Hirota M, Mayumi T, Shimosegawa T. Acute pancreatitis bundles: 10 clinical regulations for the early management of patients with severe acute pancreatitis in Japan. J Hepatobiliary Pancreat Sci. 2014 Nov;21(11):829-30.

4. 診療ガイドラインによる医療の質向上に向けて

4.1 今後の課題や展望

急性膵炎診療ガイドラインの普及などにより重症急性膵炎の死亡率が改善したことで、重症急性膵炎は国の指定難病から外れ、2015年から医療費助成に関する新規申請ができなくなりました。またこれに伴い、厚生労働省の「難治性膵疾患に関する調査研究班」の活動もなくなりました。
国の研究助成金による研究班がなくなったことで、これまで行った数千規模の全国調査は、予算や労力の面から継続は難しいのが現状です。今後は、関連学会が主体となり調査を行うことを検討していますが、「国の調査」という位置づけを外れた中で、特に関連学会員以外の広い対象者から理解や協力を得るための仕組みが必要だと考えています。
また、2011年の全国調査では、バンドルの遵守率と死亡率との関連性が示されました。しかし、本調査には、回答者が「調査内容に興味を持ってくれた施設である」という選択バイアスがあるなど、いくつかの課題があると考えます。したがって、今後は、より客観的な調査手法を考えていく必要があります。例えば、DPCデータなども利用できるデータのひとつですが、DPCデータには急性膵炎の重症度の情報も含まれるものの、バンドルの中でDPCから評価できる項目は必ずしも多くはありません。また、バンドルの中には、「~をした/しない」の二者択一で評価ができない項目が複数あり(例:~の施行を検討する)、カルテ記載の情報がなければ、バンドル遵守を判断できません。バンドル遵守率などの調査について、今後どのような方法で情報を収集し、評価するかは大きな課題です。
こうした取り組みを重ねながら、今後も、「急性膵炎診療ガイドライン」の広い普及とその評価について検討を続けていきたいと考えています。その際に、ガイドラインはあくまでも標準的な指針であり、実際の診療方針は、臨床現場で患者個々の状況を踏まえながら決定がなされる点を留意していくことも重要だと考えます。

※DPC: Diagnosis Procedure Combination.特定機能病院などに導入された、急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括評価制度です。

5. 「急性膵炎診療ガイドライン」の取り組み ポイント

●普及に関する取り組み

・診療ガイドライン電子版:各関連学会、研究班のホームページなどで無料公開

・診療ガイドライン書籍版:金原出版株式会社から出版

・モバイルアプリを作成し、ウェブに無料公開

・臨床指標〔Clinical indicator(CI)〕としてバンドルを設定

・バンドルの設定と継続的な更新

●質の評価に関する取り組み

・バンドル遵守率に関する全国調査の実施

・バンドルの「認識率」、「遵守率」、「遵守率と死亡率の関係性」の評価を実施