重要用語の基礎知識

[最終更新日] 2024年3月29日
診療ガイドラインに関連の深い重要用語について理解を深めていただくための解説・基礎知識を掲載しています。

1.EBM(Evidence Based Medicine)

執筆:中山健夫(京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学)

  • 1-1.EBMとは

    EBM(イービーエム)とは、「最善の根拠」を基に、それに「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、「患者の希望・価値観」、「(個々の)臨床の状況」を考え合わせて、より良い医療を目指そうとするものです。

    ポイント

    • 「最善の根拠」、「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、「患者の希望・価値観」、「(個々の)臨床の状況」を考え合わせて、個々の患者さんにとって最善と考えられる医療を目指すものです。
    • 「根拠」となる研究論文はあくまでも一般論ですので、個々の患者さんに当てはまるかどうかは総合的な判断が大切になります。そのような総合的な判断には、臨床家の専門性が欠かせません。EBMは決して、研究論文だけを頼りにするものではありません。
    • 研究の成果である「根拠」を基に、患者さんやご家族が医療者と話し合いながら治療方針を決めていくことが重要です。
  • 1-2.解説

    EBMは、“Evidence Based Medicine”の略で、「根拠(エビデンス)に基づく医療」と呼ばれています。1991年にカナダのガヤットという研究者が提唱した後、世界中に広がりました。EBMで重視している「根拠」は、科学的な根拠、中でも実際に多数の人間で有効性や安全性を確かめた研究の成果です。EBMは、こうした「最善の根拠」を基に、それに「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、そして「患者の希望・価値観」を考え合わせて、より良い医療を目指そうとするものです。さらにこの3つの要素に「個々の患者さんの状態や置かれている環境」が追加されました。肥満している糖尿病の患者さんでも、変形性膝関節症を持っていたら(併存症)、膝の痛みのため、一般的には勧められる運動療法を行うことが難しい場合もあります。同じ患者さんでも地域の診療所と大学病院、または医療制度の異なる日本と米国では、期待される医療、行われる医療は変わってきます。今日では、このような視点から、研究の成果である根拠(エビデンス)やそれをまとめた診療ガイドラインを一般論として参照しつつ、患者さんの個別の状況や、医療の行われる場の特性も考慮して、「より良い医療」を考える必要があると言えます。
    EBMが生まれる前、医療の「根拠」は、病気の起こり方や薬の効く理由といった医学研究や、臨床家の経験が中心でした。しかし、理論的には効くはずの薬でも、実際は効果がなかったり、副作用が生じたりする場合もあります。臨床家が「これが良い」と自信を持っていても、それは患者さん全体からみると一部の、偏ったケースの経験からの考えかもしれません。EBMは、多くの人間を対象に行う医学研究(疫学と呼ばれます)の成果を重視して、これまでの考え方とうまくバランスを取ることを目指しています。ですので、EBMは決して臨床家の経験に基づく判断を否定して、「根拠」となる研究論文だけを頼りにするものではありません。医療者として、「最善の根拠(一般論としての知識)」と「臨床家の専門性(熟練、技能など)」の両方を活用して、患者さんにとって最も良いと思われる医療を進めることがEBMの目標です。研究の成果をそのまま患者さんに当てはめることがEBMだという誤解されている場合がありますが、EBMのパイオニアたちは一言もそのようなことは言っておらず、研究による最善の根拠を活用しつつ、個々の患者さんのために慎重に総合判断を行う医療がEBMであることを繰り返し強調しています。
    初めは医療者向けに考え出されたEBMですが、医療を受ける方々にも役立ちます。たとえば、治療を受けるか、受けないか迷う時に、「根拠」を医療者に尋ね、または自分で探し、信頼できる「根拠」が見つかれば、それと自分の経験や価値観と照らし合わせて、する・しないを決めよう、という考え方です。これからは、「根拠」を基に、患者さんやご家族が医療者と話し合いながら治療方針を決めていく場面も増えていくことが予想されます。
    EBMは、医療者にとっても、患者さんやご家族にとっても、より良い医療、納得できる医療を実現していくために、役に立つ、共通の手がかりと言えるでしょう。

    2. SDM(Shared Decision Making)もEBMに関連の深い言葉ですので、どうぞご覧ください。

  • 1-3.参考
    • 中山健夫(2014) 「健康・医療の情報を読み解く――健康情報学への招待〈第2版〉」 丸善
      身近な健康や医療の情報の読み解き方を通して疫学やEBMの考え方を紹介しています。
    • 中山健夫(監訳)(2023) 「EBM:根拠に基づく医療-実践と教育の方法」 インターメディカ
      EBMの世界的な教科書の第5版で、EBMの正しい考え方と臨床での実践が紹介されています。

2012年9月17日執筆
2015年5月7日修正
2018年11月21日修正
2024年3月10日修正

2.SDM(Shared Decision Making)

執筆:中山健夫(京都大学 大学院医学研究科 社会健康医学系専攻 健康情報学)

  • 2-1.SDMとは?

    SDM(シェアードディシジョンメイキング)とは、患者さんと医療者が、対話を通して、ご本人の考え方や価値観、医学研究によるエビデンス、医療者の専門的経験を合わせて、患者さんご本人が納得できる治療方針を決めていくことです。

    ポイント

    • 日本の医療は「おまかせ医療」から、インフォームドコンセント(IC:Informed Consent)を行う「納得診療」に少しずつ変わってきました。
    • 医学研究によるエビデンスが充実し、診療ガイドラインが整備されてきたことは大きな進歩ですが、まだ医学研究でも明らかにされていない多くの課題があります。
    • SDMとは、難しい課題に対して、患者と医療者が、それぞれの情報を持ち寄り、目指す目標(ゴール)を定め、協力して少しでもそれに近づける方法を探し、選んでいくことです。
  • 2-2.解説

    「おまかせ医療」からインフォームドコンセント(IC)へ

    ⽇本では⻑く医療者、特に主治医が治療法を決めて患者さんがそれに従う「おまかせ医療」と呼ばれる状況が続いていました。1990年頃から患者の権利の世界的な高まりを受けて、日本でも「医師が一方的に治療方針を決めるのではない」という考え⽅が広がり、インフォームドコンセント(IC)が受け入れられるようになってきました。インフォームドコンセント(IC)は「納得診療」や「説明と同意」とも呼ばれ、「患者さんが医師から⼗分な説明を受けたうえで正しく理解して、医師の説明に納得できる場合に同意をする」こととされています。インフォームドコンセント(IC)は、医師の専⾨知識や経験に基づく「(一般的に)最善の治療法」があり、その治療法がその患者さんにとってもベストな選択と考えられる場合に行われます。
    良い形でインフォームドコンセント(IC)が行われば、患者さんの自律性や自尊心が尊重され、権利も守られます。その治療が自分にとって大事と納得された患者さんは、前向きに治療に取り組み、必要な薬をきちんと服用するでしょう(服薬アドヒアランスと呼びます)。このような患者さん自身のアドヒアランスや、食事や運動などのセルフケア、またはリハビリテーションなど患者さんの行動が鍵となる場合は数多くあります。

    エビデンスから診療ガイドラインへ

    この20~30年で医学研究は大きく進歩し、さまざまな病気に有効な治療法が開発されてきました。以前は同じ病気でも、医者や病院によって治療法が大きく異なることが珍しくありませんでしたが、研究によるエビデンスに基づき、標準医療が確立し、診療ガイドラインで推奨されるようになりました。たとえばがんの薬物治療では、最も効果が期待される(もう少し細かく言うと、一般的に「益が害を上回る」エビデンスが十分ある)薬を、多くの医療者が選ぶようになりました。
    期待する効果が得られればその治療を継続しますが、うまく効かなかった場合は、次に効果が期待される薬を用います。…しかし、その薬でも期待する効果が得られなければ、段々に手立てが限られてきて、まだ研究で効果が十分証明されていない(しかし可能性のある)、さまざまな薬を試さざるを得なくなります。難病のような希少疾患では、効果を検証できるような十分な人数の研究を行うことが困難です。もどかしいことですが、「(専門家でも)どうしたらいいか判断が難しい」ことが「科学的に一番正しい」状況になってしまうのです。これをEBM(Evidence Based Medicine)※では「エビデンスの不確実性が高い」と呼んでいます。

    ※EBM(Evidence Based Medicine):「最善の根拠」を基に、それに「臨床家の専門性(熟練、技能など)」、「患者の希望・価値観」、「(個々の)臨床の状況」を考え合わせて、より良い医療を目指そうとするものです。

    詳しくは「1.EBM(Evidence Based Medicine)」をご参照ください。

    SDMへの関心の高まり

    このように「どうしたらいいか分からないとき」にどうしたらよいか、という状況で、2000年前後から注目されてきたのがSDM(Shared Decision Making)です。SDMとは「患者さんと医療者が、対話を通して、ご本人の考え方や価値観、医学研究によるエビデンス、医療者の専門的経験を合わせて、患者さんご本人が納得できる治療方針を決めていくこと」です。
    きちんとしたエビデンスではここまでしか分かっていない、今、悩んでいる問題には、まだ信頼できる答えが得られていない状況では、医療者も考え方を切り替えて患者さんと一緒に、新たな道を探すことが重要になります。医療者は臨床的なデータと自分の経験から、限られてはいるものの専門的な情報を持っています。一方、患者さんは価値観や生き方、治療を通じてどのような生活を望んでいるか、楽しみにしていることは何かという情報を持っています。患者さんと医療者が、それぞれの持つ情報を出し合い、双方向のやりとりをしていく中で、目指す目標(ゴール)を共有し、そこにたどり着くには、どのような治療法が(他に比べて、少しでも)良いかを共に探していくことがSDMです。
    SDMで、患者さんの希望をすべて最優先することは現実的でもなく、適切でもありません。そして一部の医療者が誤解しているように、「常に患者さんに意思決定をさせる」ことはSDMではありません。SDMの目指すところは患者さんと医療者が対話(コミュニケーション)を通して、難しい問題に、協力して向き合う関係を築いていくことです。
    どうして良いか分からない時、どうしたら良いか?-そのような時は、患者さんと医療者が協力して、一緒に悩んで道を探す。困難な問題に向き合った時、患者と医療者の意思決定と合意形成を共に進めるSDM は、医療を変えていく大きな力となっていくことが期待されています。

  • 2-3.参考

    中山健夫(2021) 「健康情報は8割疑え!」 法研
    身近な健康や医療の情報の読み解き方からEBMやSDMの考え方を紹介しています。

    中山健夫(監修)(2024) 「これから始める!シェアードディシジョンメイキング(改訂版)」 日本医事新報社
    シェアードディシジョンメイキング(SDM)の医療者向けの入門書です。

2024年3月10日執筆