~「日本版敗血症診療ガイドライン」の取り組みから~
一般診療への広い普及を目指した診療ガイドライン作成のこころみ

[最終更新日] 2023年12月26日

インタビュー:
西田 修 先生(藤田医科大学麻酔・侵襲制御医学講座 教授)
小倉 裕司 先生(大阪大学医学部附属病院高度救命救急センター 准教授)

2020年3月5日 掲載

1.「日本版敗血症診療ガイドライン(J-SSCG)」作成の経緯

1.1 はじめに

敗血症は「感染症によって重篤な臓器障害が引き起こされる状態」と定義されます。あらゆる年齢層で発生し、すべての診療科で遭遇する致死的な疾患です。初期の対応によって予後が決まるため、迅速かつ適切な治療が不可欠です。
世界全体で年間約5,000万人近くが敗血症を発症し、うち約1,000万人以上が死亡すると言われています1)。また、高齢化に伴い、発生率は増加傾向にあります。
国際的には、2004年に最初の敗血症診療ガイドラインとして「Surviving Sepsis Campaign guidelines for management of severe sepsis and septic shock」が作成されました2)
その後も、臨床研究の新たなエビデンスを反映して4年ごとに国際版ガイドラインの改訂が重ねられる中で、日本においても、日本の実情にあわせた形で敗血症診断・診療の基準を提示することが求められるようになりました。

1.2 「日本版敗血症診療ガイドライン2016(J-SSCG2016)」の作成

2012年には、わが国独自のガイドラインを目指して、日本集中治療医学会により「日本版敗血症診療ガイドライン(J-SSCG)」が作成されました3)。また、2014年には、日本集中治療医学会と日本救急医学会が一般診療への広い普及を目指すプロジェクトとして合同で改訂にあたることになり、「日本版敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会」が立ち上がりました。
改訂に際しては、まず、「一般診療の現場においても理解しやすい質の高い診療ガイドラインを作成し、広く普及することで、日本における敗血症の救命率を向上させること」を目標としました。そのために、領域横断の幅広い専門家(総勢73名)からチームを構成し、日本の医療の実情により即した形で、全面的な見直しを行うこととしました。
改訂作業に際して、特に留意した点を以下に記します。

本当に必要なCQの抽出

「エビデンスの有無」ではなく、「皆が疑問に思う点、つまずく点、意思決定支援を求めている点」に焦点をおきました。また、作成の初期段階である「CQ設定」からパブリックコメント募集を行い、約1年をかけて「CQの設定」を行いました。

アカデミックガイドライン推進班の設置とガイドラインの質の担保

本ガイドライン組織の特色として、中立的な立場で活躍する「アカデミックガイドライン推進班」を設置したことが挙げられます。各班の活動の横断的な監査や全体の統一、Systematic Reviewの向上のための支援や学術資料の作成など、さまざまな局面で水先案内人としての活動を行い、ガイドラインの質を担保しました。また、多くの読者が納得するガイドラインとなるように、各CQについてできる限り多くのメタアナリシスを実施しました。

作業過程の透明性の担保

領域を超えた相互査読を徹底して行うとともに、原則的にすべての議論をメーリングリストなどの開かれた場で行うこととしました。また、議論の過程に関する資料を、付録版としてガイドライン本体とあわせて無料公開しました。4)

人材育成・ネットワークの形成

積極的に若手を関与させ、各人の状況を鑑みながら教育的に支援を行うことで、診療ガイドラインの改訂にとどまらない人材育成を目指しました。また、本ガイドラインを踏まえた臨床研究が将来的に活性化していくことを目指し、人的ネットワーク形成・促進を目指しました。実際に、作業工程をベースに若手を中心とする有機的な人のつながりが生まれ、複数の研究グループへ発展する動きが見られました。また、各CQのSystematic Reviewの工程からも複数の論文作成が進められました。4)

領域横断のネットワークを活用した作業の効率化

本ガイドラインで扱う領域は多岐に渡るため、当該領域で既に日本版診療ガイドラインが存在する場合には、適切に抜粋を行うなどして全体の作業の効率化に配慮しました。

非専門家でも理解・活用しやすい内容の選定

本ガイドライン改訂の目的は、あくまでも「一般診療科にも理解しやすい質の高い診療ガイドラインを幅広く普及すること」であることに留意し、専門家に十分な情報を提供しつつも著しく専門性が高いものにならないように留意しました。
最終的に、敗血症の診断、感染源コントロール、抗菌薬治療、初期蘇生・循環作動薬など、合計19領域、89のCQからなる「日本版敗血症診療ガイドライン2016」を作成しました5)
国際版と比較すると、本ガイドラインは小児の項目などが新たに追加され(日本ではNICUが少なく、小児の敗血症を通常のICUで診ることが多いため)、日本の実情にあわせた独自の内容となりました。さらに、画像診断、体温管理、ICU-acquired weakness (ICU-AW)とPost-Intensive Care Syndrome(PICS)などの領域も含められました。特にICU-AWとPICSは敗血症患者の重要な合併症として注目されており、本ガイドラインで取り上げた意義は大きいと考えます。

1)Global Sepsis Alliance
https://www.global-sepsis-alliance.org/sepsis(2020年2月3日アクセス)

2)Dellinger RP, Carlet JM, Masur H, et al. Surviving Sepsis Campaign guidelines for management of severe sepsis and septic shock. Crit Care Med 2004; 32:858–873

3)日本集中治療医学会 Sepsis Registry 委員会.日本版敗血症診療ガイドライン The Japanese Guidelines for the Management of Sepsis. 日集中医誌 2013;20:124-73.

4)西田 修,小倉裕司,井上茂亮,ほか:日本版敗血症診療ガイドライン 2016 付録 E-supplements of the Japanese Clinical Practice Guidelines for Management of Sepsis and Septic Shock 2016 (J-SSCG2016).

5)日本集中治療医学会・日本救急医学会合同 日本版敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会.日本版敗血症診療ガイドライン 2016. 2017

2. 診療ガイドラインの普及

2.1 普及において心掛けたこと

「日本版敗血症診療ガイドライン2016」は、作成作業と並行して早期から普及方法の検討を重ねました。主たる普及の手段を以下に記します。

●普及の方法

・診療ガイドライン本編・付録(電子版):学会のホームページ・Mindsガイドラインライブラリで無料公開

・本編と同時に、診療ガイドラインのダイジェスト版を書籍として安価で販売

・アプリの作成(上記のダイジェスト版の付録として普及)

・公開前後で関連学会などにおいて繰り返しシンポジウムやセミナーを開催

2.2 普及において特に力を入れたこと

集中治療の専門家だけでなく、一般診療科の医療従事者にも広く情報を提供するために、各種医学雑誌や医療情報誌へ積極的な情報提供を行いました。
また、敗血症の臨床においては、医師以外の多職種を含んだチーム医療が重要です。そこで、看護師、理学療法士、臨床工学技士などに向けたセミナーや講座を開催し、積極的な普及を行いました。例えば、日本集中治療医学会では「ナースのための診療ガイドライン講座」を定期的に開催し、本診療ガイドラインについて看護ケアの臨床活用に焦点をあてながら講義を行っています。
2019年には、敗血症の予防・診断・治療・教育に関する協働を目的に、日本集中治療医学会、日本救急医学会、日本感染症学会の3学会合同で「Japan Sepsis Alliance(日本敗血症連盟)」が立ち上がりました。この日本敗血症連盟でも、本ガイドラインの国内外への普及啓発に協働して取り組んでいます。

3. 診療ガイドラインをとりまく質の評価

3.1 診療ガイドラインの使用に関する実態調査の実施

2018年の春に、日本集中治療医学会員(9,295名)、日本救急医学会員(9,629名)を対象として、「日本版敗血症診療ガイドライン2016」の使用に関するウェブアンケート調査を行いました6)。
調査期間は3週間とし、合計26項目について、無記名で回答を求めました。

実態調査での設問内容(主なものを抜粋)

●回答者の背景に関すること
・職種
・経験年数
・所属
・敗血症患者の診療頻度

●本ガイドラインと敗血症診療に関すること
・敗血症診療における本ガイドライン参照の頻度
・本ガイドラインの使用目的
・本ガイドラインの有用性
・本ガイドラインに準じた診療の実施割合
・本ガイドラインに今後望むもの(自由記載)

3.2 実態調査から見えてきたもの

調査の結果、610名より回答を得ました。
回答者の職種は、「医師」が約9割と多く、その他、「看護師」や「理学療法士」などから協力を得ました。経験年数は、「20年超」が43%、「11~20年」が33%、「10年以下」が24%でした。敗血症患者の診療頻度は、「6~10症例/月」が24%、「1~5症例/月」が57%でした。

敗血症診療ガイドラインを参考にする頻度

「かなり参考にしている」が20%超、「概ね参考にしている」が37%、「まあまあ参考にしている」が25%でした。

敗血症診療ガイドライン参照のための媒体

「本編」が86%、「付録」が72%、「ダイジェスト版」が76%、「アプリ」が24%で利用されていました(図1)。

図1:敗血症診療ガイドライン参照のための媒体
日本版敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会.日本版敗血症診療ガイドライン2016の使用に関する実態調査報告.日本救急医学会誌,2018;29:175-182 より引用
Copyright © 2018 Japanese Association for Acute Medicine.

敗血症診療ガイドラインに準じた治療の実施状況

各施設における敗血症診療において、「敗血症診療ガイドラインに準じた治療がどのくらいの割合で実施されているか」については、「診断」「感染症治療」「初期蘇生・循環作動薬・輸血」などの項目では50%以上との回答を得ました(図2)。

図2:敗血症診療ガイドラインに準じた治療の実施状況
日本版敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会.日本版敗血症診療ガイドライン2016の使用に関する実態調査報告.日本救急医学会誌,2018;29:175-182 より引用
Copyright © 2018 Japanese Association for Acute Medicine.

調査を通して、本ガイドライン「本編」が9割程度の回答者において活用されていることが明らかになりました。また、回答者の約7割強が、50~75%の患者に対して、本ガイドラインに準拠した敗血症診療を行っているなどの概況が示されました。さらに、回答者の83%が「診療の標準化」、51%が「教育の向上」に本ガイドラインが役立つと評価しました。
一方で、ガイドラインの存在意義、作成工程や発行・公開方法、両学会員以外の一般医療従事者に対する普及について、課題も指摘されました。調査結果を今後の改訂に活かし、より実用的なガイドラインとして発展させていくことが重要と考えられました。

6)日本版敗血症診療ガイドライン2016作成特別委員会.日本版敗血症診療ガイドライン2016の使用に関する実態調査報告.日本救急医学会誌,2018;29:175-182

4. 診療ガイドラインによる医療の質向上に向けて

4.1 今後の課題や展望

実態調査では「日本版敗血症診療ガイドライン2016」の臨床現場での有用性が確認できましたが、2学会員に対してのみの調査であり、回答者は非常に限定されています。今後はより幅広い対象者に、客観性を重視した調査が必要であると考えます。
また、「日本版敗血症診療ガイドライン2016」では普及に力を入れましたが、現時点では、その主なターゲットは救急治療学会と集中治療学会員となっています。敗血症は幅広い領域で生じる疾患であるため、今後、専門の学会以外の臨床家に広める工夫を重ねることが重要だと考えます。
こうした現状を踏まえながら、現在、「敗血症診療ガイドライン2020」の作成が進められています。次項で簡単に紹介します。

4.2 「日本版敗血症診療ガイドライン2020(J-SSCG2020)」の目標と更なるチャレンジ

「日本版敗血症診療ガイドライン2020」は、2016年版同様に、日本集中治療医学会と日本救急医学会が合同で作成にあたることとなり、2018年春に作成委員会が結成されました。
「日本版敗血症診療ガイドライン2020」の目標は以下の通りです。

  1. 2016年版同様、一般診療の現場で広く用いられ役立つガイドラインを目指す
  2. 2016年版にない斬新かつ臨床的に重要な内容(CQ)も積極的に取り入れ、日本だけでなく世界でも役立つガイドラインを目指す
  3. 診療フローなどを活用して時間的要素を取り入れ、ガイドラインの見せ方を工夫する
  4. 若手にも積極的に参加してもらい、ガイドライン作成を通じて次世代の育成を進める

この実現を目指して、新たなチャレンジをしています。

組織面のチャレンジ

作成に携わる委員は、2016年版から約4割を入れ替え、ワーキンググループ、Systematic Reviewメンバーを公募し、総勢220名を超えるチームを構成しました。特に、若手を多く含むことや、多職種(看護師、理学療法士、臨床工学技士、薬剤師)および患者経験者を含んだ構成が強みです。また、Systematic Reviewの実施と推奨の策定に携わるメンバー間の独立性を確保した点でも理想の形に近づきました。

作成工程のチャレンジ

作業過程の透明化を図るため、2016年版同様に、委員会や討議のオープン化などを採用し、人材育成とネットワーク構築に繋がる体制を重視しました。
また、新たに4領域を取り入れ(神経集中治療、Patient-and Family-Centered Care、Sepsis Treatment System、ストレス潰瘍)、合計で22領域、117のCQが選定されました。例えばPatient-and Family-Centered Care領域では、患者の家族に対するケアを臨床課題として取り上げるなど、新しい試みがなされています。
そのほか、スマートフォンなどで簡便にガイドラインを活用できるように、時間軸に沿った診療フロー提示ができるアプリの開発を試みています。

アカデミックなチャレンジ

2016年版同様に、2学会が密に連携しながら臨床的価値が高いガイドラインを作成し、国内外に向けて広く普及を目指す本プロジェクトは、学術的にも意義が大きいと考えます。
作成段階では、若手を中心とする有機的な人のつながりが生まれ、複数の研究グループへと発展するとともに、各CQのSystematic Reviewの工程からも数多くの論文作成が進められています。

5. 「日本版敗血症診療ガイドライン」の取り組み ポイント

●普及に関する取り組み

・診療ガイドライン本編・付録(電子版):学会のホームページ・Mindsガイドラインライブラリで無料公開

・診療ガイドラインのダイジェスト版を書籍として安価で販売

・アプリの作成(上記のダイジェスト版の付録として普及)

・公開前後で関連学会などにおいて繰り返しシンポジウムやセミナーを開催

・Japan Sepsis Alliance(日本敗血症連盟)による診療ガイドラインの国内外への広報

・改善行動計画やQIなどは定期的に紙媒体・インターネット・ニュースレターで共有

●質の評価に関する取り組み

・診療ガイドラインの使用に関するウェブアンケート調査の実施

●その他、「日本版敗血症診療ガイドライン2020」にて実施を予定していること

・バンドル※1の作成と、バンドル遵守率と死亡率の相関に関する調査

・DPC※2データを用いた、経年的な死亡率調査(診療ガイドライン普及前後での比較を含む)

※1 バンドル:診療ガイドラインに示された推奨項目から、遵守されるべき重要ポイントをまとめて表示したもの。

※2 DPC: Diagnosis Procedure Combination.特定機能病院などに導入された、急性期入院医療を対象とした診療報酬の包括評価制度です。