特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版

本ガイドラインではA:Suspected iNPH,B:Possible iNPH,C:Probable iNPH,D:Definite iNPHの4段階に分類した。Probable iNPHで髄液シャント術可能とする。
2004年版ガイドライン1)での診断基準では,「高位円蓋部および正中部の脳溝・くも膜下腔の狭小化」をpossible iNPH参考項目としていたが,その所見の妥当性を検討するために行われたSINPHONI2)で,高位円蓋部および正中部の脳溝・くも膜下腔が狭小化しているpossible iNPHの脳室腹腔シャント術の有効率が80%であったという結果を受けて,第2版3)から診断基準が改訂された。
Probable iNPHの必須項目では,画像上の『DESH所見』をタップテストあるいはドレナージテストと同等の診断価値のある項目とする。ただしSINPHONIでは全対象の91%が歩行障害を有していたことから,『歩行障害が存在すること』を前提条件とする。
A-Suspected iNPH
画像診断医などが限られた情報のなかで診断をつける場合。担当科に相談,紹介する。
必須項目
① | 60歳代以降に発症する。 |
② | 脳室が拡大(Evans Index>0.3*1)している。 |
*1:Evans Index>0.3の脳室拡大
水頭症の脳室拡大の評価方法としては,両側側脳室前角間最大幅/その部位における頭蓋内腔幅比が用いられ,Evans Index>0.3と定義されている。しかしながら,加齢性変化や神経変性疾患の表現型としての脳室拡大もあり得るため6)7),患者選択基準であるが,神経変性疾患や健常高齢者の除外基準にはなり得ない。また,iNPHの脳室変化として,側脳室は体軸断面(x軸)でみる方向性よりも冠状断面(z軸)頭頂方向へ拡大しやすいことから,前交連(anterior commissure;AC)と後交連(posterior commissure;PC)を結ぶ直線(AC-PC line)に垂直(図1A)で,ACを通過する(AC点)冠状断MRI(図1B)で,側脳室前角のz軸方向の幅を正中頭蓋内径で割った比をZ-Evans Indexと定義し,0.42をカットオフ値としている4)。また同冠状断面で,側脳室の直上の頭蓋内幅とz軸における側脳室の幅比はbrain/ventricle ratio(BVR)と定義され,AC点上の冠状断面で1.0未満,PC点上で1.5未満であることが,iNPH診断に有用である。さらに脳梁角(callosal angle;CA)の鋭角化(p28.第1章-Ⅱ-7:画像診断の図3の項を参照),側脳室下角の拡大5)もシャント術の有効性の指標となることから,Evans Index<0.3の場合でも以上の条件(Z-Evans Index≧0.42,脳梁角の鋭角化,側脳室下角の拡大)のすべてを満たす場合は,Possible iNPHとして良い。

図1 | Z-Evans Indexとbrain/ventricle ratio(BVR) |
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B-Possible iNPH
必須項目
① | Suspected iNPHの必須項目を満たす。 |
② | 歩行障害,認知障害および尿失禁のうち1つ以上を認める。 |
③ | 他の神経学的あるいは非神経学的疾患によって上記臨床症状のすべてを説明し得ない。 |
④ | 脳室拡大をきたす可能性のある先行疾患(くも膜下出血,髄膜炎,頭部外傷,先天性水頭症,中脳水道狭窄症など)がない。 |
参考項目
1) | 歩行は歩幅が狭く,すり足,不安定で,特に方向転換時に不安定性が増す。 |
2) | 症状は緩徐進行性が多いが,一時的な進行停止や増悪など波状経過を認めることがある。 |
3) | 症状のうち,歩行障害がもっとも頻度が高く,次いで認知障害,尿失禁の順である。 |
4) | 認知障害は認知機能テストで客観的な低下が示される。 |
5) | 他の神経変性疾患(Parkinson病,Alzheimer病など)や脳疾患(ラクナ梗塞など)の併存はありうるが,いずれも軽症にとどまる。 |
6) | シルビウス裂・脳底槽は拡大していることが多い。 |
7) | 脳室周囲低吸収域(periventricular lucency;PVL),脳室周囲高信号域(periventricular hyperintensity;PVH)の有無は問わない。 |
8) | 脳血流検査は他の認知症疾患との鑑別に役立つ。 |
C-Probable iNPH
必須項目
① | Possible iNPHの必須項目を満たす。 | |
② | 脳脊髄液圧が20cmH2O以下で,脳脊髄液(CSF)の性状が正常である。 | |
③ | 以下のいずれかを認める。 | |
1) | 歩行障害があり,DESH*2が認められる。 | |
2) | タップテスト(脳脊髄液排除試験)で症状の改善を認める(p39.第1章-Ⅱ-8:脳脊髄液排除試験の項を参照)。 |
*2:DESH(くも膜下腔の不均衡な拡大を伴う水頭症):脳室の拡大に加えて,くも膜下腔が高位円蓋部および正中部で狭小化し,シルビウス裂や脳底槽では拡大している所見を示す水頭症。
D-Definite iNPH
本ガイドラインではシャント術施行後,客観的に症状の改善が示された(shunt responder)の場合を指す。
Probable iNPHと診断されたが,シャント術施行後に症状の改善が得られなかった場合,シャント術の術式・シャントバルブの管理に問題はなかったか,シャント機能不全はないか,または併存疾患について再考する必要がある。シャント機能不全が認められた場合は,速やかにシャント再建手術を行い,適正なシャント圧調整を行う。それでも症状が改善しない場合,Shunt Non-responderとする。
補足説明
① | 症候:歩行障害と認知障害が多い。歩行障害はいわゆる失調性・失行性歩行で,小刻み,すり足,開脚,回旋時に顕著な不安定,姿勢反射障害,ときに突進現象が特徴である。認知障害は認知機能テストで客観的な低下が示され,自発性・集中力・遂行能力の低下がより顕著で,見当識障害はAlzheimer病よりもやや軽度である。排尿障害は尿意切迫,尿失禁が主体である。 |
② | 画像:診断にはMRIが推奨される。MRIが禁忌の場合にはCTを用いる。症候と画像の面からiNPHを疑うことが重要である。しかし,特徴的な症候がなければ画像所見のみで診断してはならない。 |
③ | 非典型的な症候や併発疾患などで診断に疑義が残る場合はタップテストを行う。 |
④ | クエッケンシュテット試験を行って脊椎管の通過性を評価し,異常であればタップテストは行わない。 |
⑤ | タップテスト:腰椎穿刺による髄液排除量は30mL以上で,穿刺部での髄液漏れも症状改善に寄与するので穿刺針は太いほうが良い(19ゲージ以上を推奨)。症状改善は一週間以内にみられる。歩行障害の評価が簡便かつ確実な指標である。歩行に改善がみられなくても,認知機能,自発性,尿失禁の改善が認められる場合もある。 |
⑥ | タップテスト陰性の場合:タップテスト陰性の例のなかにもシャント術が有効である例が存在する。陰性の場合は,1)タップテストを繰り返す,2)ドレナージテストを行う,3)経過観察あるいは鑑別診断の再考,の3つの選択肢がある。再度タップテストを行う場合,髄液の排除量は初回より多いことが望ましい。ドレナージテストは頭痛や嘔気,めまいなどの低髄液圧症状に配慮しながら200mL/日程度の髄液を数日間排除する。 |
⑦ | 髄液シャント術:髄液シャント術は,脳室・腹腔短絡術(VPシャント)または腰部くも膜下腔・腹腔短絡術(LPシャント)などが行われる。シャント術の実施にあたっては,本人の同意に加え家族の同意や介護面での配慮も必要である。必要に応じて術前後を通じてリハビリテーションを実施する。 |
[文献]
1) | Ishikawa M, Hashimoto M, Kuwana N, et al: Guideline for management of idiopathic normal pressure hydrocephalus. Neurol Med Chir (Tokyo) 48 Supple: S1-S23, 2008 |
2) | Hashimoto M, Ishikawa M, Mori E, et al: Diagnosis of idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-based scheme: a prospective cohort study. Cerebrospinal Fluid Res 7: 18, 2010 |
3) | Mori E, Ishikawa M, Kato T et al: Guidelines for management of idiopathic normal pressure hydrocephalus: second edition. Neurol Med Chir (Tokyo) 52: 775-809, 2012 |
4) | Yamada S, Ishikawa M, Yamamoto K: Comparison of CSF Distribution between Idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus and Alzheimer Disease. AJNR Am J Neuroradiol 37: 1249-1255, 2016 |
5) | Ishii K, Kanda T, Harada A, et al: Clinical impact of the callosal angle in the diagnosis of idiopathic normal pressure hydrocephalus. Eur Radiol 18: 2678-2683, 2008 |
6) | Jaraj D, Rabiei K, Marlow T, et al:Estimated ventricle size using Evans index: reference values from a population-based sample. Eur J Neurol 24: 468-474, 2017 |
7) | Brix MK, Westman E, Simmons A, et al:The Evans' Index revisited: New cut-off levels for use in radiological assessment of ventricular enlargement in the elderly. Eur J Radiol 95: 28-32, 2017 |