特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第3版

 
 特発性正常圧水頭症診療ガイドライン作成にあたって
特発性正常圧水頭症診療ガイドライン作成にあたって

1-はじめに

わが国は急速に超高齢社会に進み,高齢者の医療や介護が重要な社会的テーマとなっている。このような状況下にあって,高齢者で歩行障害,認知障害,排尿障害などをきたす病態として正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus;NPH)がある。

NPHは,上記三徴を呈する症候群で,脳室拡大はあるが脳脊髄液圧は正常範囲内で,シャント術で症状改善が得られる病態として,HakimとAdamsが1965年に最初に報告した1)2)。くも膜下出血や髄膜炎に続発する二次性正常圧水頭症(secondary normal pressure hydrocephalus;sNPH)と,原因の明らかでない特発性正常圧水頭症(idiopathic normal pressure hydrocephalus;iNPH)と,先天的に脳室拡大を呈し,高齢となりNPHの症候を認める先天性の正常圧水頭症(congenital hydrocephalus),家族性に発症する家族性NPH(familial etiologies)に分けられる。明らかなイベントに続発するsNPHの診断は困難ではないが,iNPHは緩徐に発症進行し,類似した病態も多く,さらに高齢者では歩行障害,認知障害,尿失禁のいずれの症状も高齢者に高頻度に認められ,多様な病態で起こりうるため,鑑別は必ずしも容易ではない。画像上は脳萎縮との鑑別が難しく,iNPHはしばしばアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)などの変性疾患と誤られる。過去において“治療可能な認知症(treatable dementia)”としてiNPHが過度に強調され,過剰に診断がなされた結果として,多くの手術無効例や手術合併症が経験されることになり,遂に無視されるようになった。交通性水頭症として,くも膜下出血や髄膜炎に続発するsNPHと従来区別されてこなかったこともiNPHを正しく理解することの妨げになっていた。最初の報告以来半世紀が経過したが,いまだに「特発性」の接頭語はついたままであり,どのような病因で,いかなる機序で生じてくるのかはいまだ解明されていない。疾患の解明には基本的な知見である病理学,疫学の研究さえほとんどなされなかった。iNPHは最近のめざましい神経科学の進歩の恩恵に浴してこなかったといっても過言ではない。

2 本ガイドライン作成の経緯と改訂

iNPHの診断・治療に関しては,従来地域,施設,医師の間でばらつきが大きかったため,iNPHの診断と治療の標準化をめざして,2004年本邦において世界初の『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン』が発刊された。この初版のガイドラインでは,タップテスト(腰椎穿刺による脳脊髄液排除試験)をそのフローチャートの中心に据えた。ガイドライン発刊後,iNPHの認知度は格段に上がり,本症に対するシャント術の件数も急速に増え,さらにiNPHに関する基礎・臨床研究も大いに進展した。一方,ガイドライン策定の過程で,エビデンスレベルの高い研究成果を世界に発信することの必要性が認識され,本邦において多施設共同前向きコホート研究(SINPHONI)が行われた。その結果,臨床上iNPHを疑う症例に,MRI上のdisproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus(DESH)所見,すなわち脳室拡大とともに高位円蓋部くも膜下腔の狭小化などの所見をみる場合には,タップテストの結果にかかわらずシャント手術を行うことが可能となった3)。この結果を受けて,2011年の『特発性正常圧水頭症診療ガイドライン 第2版』では,MRI上のDESH所見を重視したフローチャートが定められた。その後,本邦からはランダム化比較試験(SINPHONI-2)4)や全国疫学調査5)など,iNPHに関するエビデンスの高い研究結果が続々報告されるようになった。このような経緯を踏まえて,新たなエビデンスを取り入れた診療ガイドラインの再改訂が必要と判断し,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業「特発性正常圧水頭症の診療ガイドライン作成に関する研究」班(H29-難治等(難)-一般-037)と日本正常圧水頭症学会の共同事業のもと,診療ガイドラインの全面改訂を行った。

3 本ガイドラインの目的

本ガイドラインは高齢者の神経疾患を扱うことの多い脳神経外科,脳神経内科,精神科を中心に,老年科,内科,放射線科,リハビリテーション科,プライマリーケア医などの実地医家を対象に,iNPHの診断と治療に関する指針をevidence-based medicine(EBM)に基づいて作成したものである。もとより,すべての項目で確度の高いエビデンスが揃っているわけではなく,エビデンスレベルが低いとされる「専門家の意見」も必要に応じて採用した。本ガイドラインの作成,普及,履行により,高齢者のなかでiNPHが見過ごされることなく,適切な診断の流れに従ってシャント手術の有効例が選択され,またシャント手術の効果が長期間持続するように努力がなされることを目的としている。

なお,本ガイドラインは医師個人の診断や治療方針を制限するものではなく,本ガイドライン以外の診療方針が存在しないというわけではないことに留意が必要である。

4 本ガイドラインの改訂作業経過,エビデンスレベル,推奨グレードの決定

2017年にガイドラインの改訂を目的とした研究班が採択され,ガイドライン統括委員会を立ち上げ,班長所属施設にiNPHガイドライン作成事務局を設置した。第2版のガイドラインと同様に,日本正常圧水頭症学会と合同による改訂作業を行うこととして,班員以外に学会内から研究協力者を選出した。7月の委員会にて,iNPHガイドライン作成グループとシステマティックレビューチームを編成したが,ガイドライン作成グループとは独立したシステマティックレビューチームの編成は困難と考え,前者は後者を併任した。その後スコープについて議論し,重要臨床課題と分担を決定した。12月の委員会で,今回の改訂作業は,原則としてMinds2014の方針に従って作成することとなったが,適宣,現状を踏まえた対応を行う方針とし,作成の具体的な方針は委員会での討議により決定して進めることとした。2018年2月と6月にシステマティックレビューを開始するにあたり講習会を開催した。その後,各重要臨床課題に対するclinical question(CQ)を選定し,CQについてKey wordsを作成し,文献検索を行った。文献検索は,第2版のガイドラインが2010年まで行ったところから,今回の検索範囲は原則として2010年以降の文献を検索することとし,2018年6月までの文献について行った。システマティックレビューチームの委員により評価シートが作成され,各アウトカムについてのエビデンス総体のエビデンスレベルを評価した。なお,ハンドサーチによる追加も委員会で必要と認めた文献については可とした。

システマティックレビューについて,定量的システマティックレビューを行う体制はいまだ十分ではないことから,ガイドライン統括委員会の方針に従って,定量的システマティックレビューは努力目標として各委員の判断にて可能な範囲で実施することとし,系統的な文献検索を実施した上で,定性的システマティックレビューを主体に作業を進めた。

エビデンスレベル評価については,個々の文献についてではなく,アウトカムごとにランダム化比較試験・観察研究などの研究デザインごとに,バイアスリスク,非直接性,非一貫性,不精確,出版バイアスなどを考慮してエビデンス総体に対する評価を実施した。ガイドライン作成グループの委員は担当領域のCQ,回答・解説文の案を作成し,それらの案を委員会全体で議論して決定する作成作業を行った。

エビデンスレベル,推奨グレードを表1に示す。推奨グレードとエビデンスレベルの組み合わせにより,「1A」=強い推奨,強い根拠,「1B」=強い推奨,中程度の根拠,「2C」=弱い推奨,弱い根拠,「2D」=弱い推奨,とても弱い根拠,といった表現で示した。また,推奨グレードを記載しないCQでもエビデンスレベルが記載できる場合には,エビデンスレベルを示した。

このようにして作成された原案について,評価・調整委員による査読を受けた。外部委員会にも原案の査読を行っていただき,また,2019年12月にパブリックコメントを求め,寄せられた意見について検討し,原案を修正した。

本ガイドラインの構成はガイドライン本文と各CQの回答・解説文2部構成で,文献番号は引用順とした。

表1 エビデンスレベル・推奨グレード
推奨グレード
1(強い)「実施する」,または「実施しない」ことを推奨する
2(弱い)「実施する」,または「実施しない」ことを提案する
エビデンス総体としての強さ
A
B
C
D とても弱い
文献
1)Hakim S, Adams RD: The special clinical problem of symptomatic hydrocephalus with normal cerebrospinal fluid pressure. Observations on cerebrospinal fluid hydrodynamics. J Neurol Sci 2: 307-327, 1965
2)Adams RD,Fisher CM,Hakim S et al. Symptomatic Occult Hydrocephalus with "Normal" Cerebrospinal-Fluid Pressure. A Treatable Syndrome. N Engl J Med 273: 117-126, 1965
3)Hashimoto M, Ishikawa M, More E, et al: Diagnosis of idiopathic normal pressure hydrocephalus is supported by MRI-based scheme: a prospective cohort study. Cerebrospinal Fluid Res 7: 18, 2010
4)Kazui H, Miyajima M, Mori E, et al: Lumboperitoneal shunt surgery for idiopathic normal pressure hydrocephalus (SINPHONI-2): an open-label randomized trial. Lancet Neurol 14: 585-594, 2015
5)Kuriyama N, Miyajima M, Nakajima M, et al: Nationwide hospital-based survey of idiopathic normal pressure hydrocephalus in Japan: Epidemiological and clinical characteristics. Brain Behav 7; e00635: 2017

編集の独立性

ガイドラインの作成のための費用はすべて厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業(H29-難治等(難)-一般-037)の負担で行った。委員会開催の会議室経費や委員会出席のための交通費などの費用を負担し,原稿作成や会議参加などについての委員・研究協力者への報酬は支給しなかった。

本ガイドラインは日本脳神経外科学会,日本神経学会,日本精神神経学会,日本医学放射線学会の利益相反(conflict of interest;COI)運用規定に基づき,適切なCOIマネジメントのもとに作成された。このガイドラインに携わる委員,研究協力者,および評価・調整委員は,各々が所属する学会の定めた基準*により過去3年間のCOIに関して自己申告書を所属学会へ提出した。

*役員報酬など,株式など,特許権使用料,講演料,原稿料など,研究費・助成金など,旅費・贈答品など,奨学(奨励)寄付金など,寄付講座への所属

なお,申告対象とした企業などの団体に関しては,「医学研究に関連する企業・法人組織,営利を目的とした団体」のすべてとした。COI審査委員会の審査を受け,審査結果に従ってガイドラインの作成・改訂作業が行われた。

COIで申告された企業を以下に示す。

アクテリオンファーマシューティカルズジャパン株式会社,イドルシアファーマシューティカルジャパン株式会社,エーザイ株式会社,カネカメディクス株式会社,ソフトウェア・サービス株式会社,テルモ株式会社,大日本住友製薬株式会社,田辺三菱製薬株式会社,日本ストライカー株式会社,日本テクトシステムズ株式会社,日本メジフィジックス株式会社,日本メドトロニック株式会社,日立製作所株式会社,富士通株式会社,富士フイルム株式会社,Heptares Therapeutics Ltd,Integra Japan株式会社,Mentis Cura Japan株式会社,PMOD株式会社。

 
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