(旧版)鼻アレルギー診療ガイドライン -通年性鼻炎と花粉症-
鼻アレルギー診療ガイドライン作成委員会(2005年刊改訂第5版)
第2章 疫学 Epidemiology |
アレルギー性鼻炎は1960年の前半から始まった慢性副鼻腔炎の減少,軽症化と逆比例して1965年後半から増加し始め,1970年に入り数倍に急増し,なお増加を続けている。最近の増加はスギ花粉症で著明である。室内塵アレルギーは都市部でややプラトーになり,町村部でなお増加の傾向にある。
アレルギー性鼻炎増加の原因は不明確であるが,抗原量の増加が第一と考えられる。1950年後半から始まった住宅建設10カ年計画,1965年からの住宅ブームに乗って気密性の高い建築様式による新建築資材を用いた西欧式暖房,家具などを備えた建築が盛んになるにつれ,室内塵のダニが増加した。屋内居住時間の多い生活様式はダニへの曝露を促進した。核家族,共稼ぎの社会現象は清掃によるダニの除去をなおざりにした。副鼻腔炎や幼小児期の感染の減少が鼻粘膜1型ヘルパーT細胞(Th1)から2型ヘルパーT細胞(Th2)へのバランスを傾斜させ,アレルギーに関与するサイトカインを分泌するTh2が優位となった。これらがアレルギー性鼻炎増加の主因と考えられる。大気汚染,栄養,ストレス,その他多くの因子が増加に関与していると推定されているが,まだヒトでは十分な確証があるとはいえない。
戦後,建材,治水の目的で全国の国有林に,北海道,沖縄を除き,広くスギが植林され,1960年後半より花粉産生力の強い樹齢30年以上のスギ林面積が多くなり,1970年前半頃より患者数が急増した。1960年後半から約10年はブタクサ花粉症の時代であったが,今やスギ花粉症の猛威が社会問題となっている。感作,発症は若年化し,10〜30歳代がピークとなり,自然治癒も少ないため患者は蓄積し,患者数が増加しつつあると推定される。
アレルギー性鼻炎の全国的な有病率は,地域,対象,調査法,調査時期,調査年,報告者などによりばらつきが大きい。統計学に基づくrandom sampling法による科学的調査が必要である。そのため推定の域を出ないが,通年性アレルギー性鼻炎が約10〜20%,花粉症は10〜15%であろう。通年性アレルギー性鼻炎と花粉症の有病率は近づき,両者の合併患者も増加の傾向にある。
最近のデータではアレルギー性鼻炎の患者は1,800〜2,300万人で,その診療費は年間1,200〜1,500億円(1994年)と推定される。
参考として,1998年の全国調査の結果を示す。全国の耳鼻咽喉科医9,471名にアンケートを依頼し,本人およびその家族の有症率を集計したものである。4,035世帯,17,301名(男性8,527名,女性8,774名)が調査対象となり,全国民の1万分の1.3名にあたる。全国調査とはいえ,職業の同一性があり,localな調査といわざるを得ない。本当の意味での全国規模のrandomized studyを望むものである(表2,図1,2)。
表2 都道府県別有病率 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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注)調査対象者数は各都道府県人口10,000人に対し,0.8〜2.4人(平均1.3人)とばらつきがある。1/10,000以下の県を*で示した。職業の同一性(耳鼻科医およびその家族)があり,無作為性にやや問題がある。地域差の傾向を示したものとしてご高覧いただきたい。 |
図1 全国地域ブロック別スギ花粉症有病率 |
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図2 年齢層別鼻アレルギー有病率 |
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参考文献
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