(旧版)高血圧治療ガイドライン2004
第8章 高齢者高血圧 |
1)高齢者高血圧の特徴
高血圧は加齢とともに増加し、本邦の統計によると65歳以上の高齢者では約60%が高血圧に罹患しており、受診率も全疾患を通じて第1位となっている326)。
加齢とともに収縮期血圧は上昇し、拡張期血圧はむしろ低下傾向にある。このため脈圧の開大が著しくなる。高齢者における収縮期血圧の上昇および脈圧の開大は心血管病のリスクとして重要である327,328,329)。脈圧の開大は動脈硬化の進展に伴う大動脈壁の伸展性低下によるWindkessel(ふいご)機能の低下によるものである。60歳以上の高齢者を対象として検討した久山町研究によれば、収縮期血圧140mmHg以上、拡張期血圧80mmHg以上で心血管病の累積罹患率が有意に高くなっている13)。
高齢者高血圧の血行動態的特徴は、総末梢血管抵抗の著増、循環血液量の低下、心拍出量の低下傾向、心拡張能障害などが挙げられる。これらの結果、脳循環、冠循環、腎血流などの主要臓器血流量は低下し、さらに標的臓器の血流自動調節能(autoregulation)は障害され、血圧下限値(lower limit)が高血圧側に偏位する。そのため、急激かつ過度な降圧はこれら臓器の血流障害をもたらす可能性があるので、特に脳梗塞や心筋梗塞の既往のある患者においてはより緩徐な降圧が必要となる(図8-1)。
加齢に伴い全身主要臓器の予備能は低下するが、高血圧の治療上、特に重要なのは腎機能の低下である。加齢に伴い腎血流量、糸球体濾過率、尿細管機能などがいずれも低下する。腎機能の障害は腎排泄性薬物の薬物動態に影響し、血中濃度が上昇しやすいので、過度な降圧や副作用の出現に注意する。代謝面での特徴は電解質ホメオスタシスの易破綻性(特に低ナトリウム(Na)血症や低カリウム(K)血症の増加)、インスリン抵抗性の加齢に伴う増大ならびに耐糖能障害の増加が重要である。
高齢者高血圧の血圧値に関する特徴は、(1) 収縮期血圧の増加と脈圧の開大、(2) 偽性高血圧の存在(直接法と解離して、マンシェット法ではみかけ上高く測定される。ただし本邦での検討では高頻度ではない)、(3) 聴診間隙(コロトコフ音の欠失)のみられる症例の存在、(4) 血圧の動揺性、(5) 起立性低血圧、食後血圧降下例の増加、(6) 血圧日内変動の変化-夜間非降圧型non-dipperおよび過度降圧 extreme dipper型の増加、(7) 早朝の昇圧(morning surge)例の増加、(8) 白衣高血圧の増加などがある。これらの背景には加齢に伴う神経系(圧受容器反射の障害、β受容体機能の低下など)および体液性血圧調節機構(レニン・アンジオテンシン系の低下、カリクレイン・キニン系、プロスタグランジン系、腎ドパミン系の低下)など昇圧系、降圧系、両系の障害が関与している330)。
図8-1 正常血圧者、高血圧患者、脳卒中を伴う高血圧患者の脳血流と脳自動調節域 |
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