(旧版)腰椎椎間板ヘルニア診療ガイドライン (改訂第2版)

 
 
第3章 診断

はじめに
画像上の「腰椎椎間板ヘルニア」は多くの無症状の成人にみられる所見である.MRIをはじめとした高度医療装置の普及でわれわれ治療者はこうした無症状腰椎椎間板ヘルニアを目にすることが珍しくなくなった.したがって,疼痛の範囲など問診を十分に行い,SLRテストをはじめとする理学所見,神経学的検査所見,さらに画像所見を加えた判断を心がけなくてはならない.特に手術に代表される侵襲的治療を行う場合には総合的診断が望まれる.
本章においては,腰椎椎間板ヘルニアの診断のために,いかなる診察をすればよいか,信頼のおける検査法は何かを科学的に検討することを目的とした.それぞれの診断手技,検査方法に関して計8つのクリニカルクエスチョンを設定し,それらに回答すべくアブストラクトを吟味した.抽出した論文に関して,10人のメンバーによる綿密な査読が行われ,アブストラクトフォームを完成した.このアブストラクトフォームをもとに,あらかじめ決定されたクリニカルクエスチョンに答える形で8つの「推奨」を作成した.さらに,基盤とした論文のエビデンスの高さを根拠に,各推奨には「Grade」を設定した.

検討された8つのクリニカルクエスチョンは以下のとおりである.
1.診断に必要な問診や病歴は何か
2.診断における特徴的な所見(理学所見および神経学的所見)は何か
3.単純X線写真は腰椎椎間板ヘルニアの診断に必要か
4.脊髄造影は腰椎椎間板ヘルニアの診断に必要か
5.椎間板造影は腰椎椎間板ヘルニアの診断に必要か
6.MRIの診断的価値はどの程度か
7.神経根造影・ブロックは障害神経根の同定のために必要か
8.電気生理学的検査は障害神経根の同定のために必要か

最後に,腰椎椎間板ヘルニア診断のための手順を提唱した.効率的な診断手法についてはエビデンスの高いものはなかったので,提起という形で提示しておく.

本章のまとめ
腰椎椎間板ヘルニアの診断においては,問診および理学的診察の重要性をあらためて強調したい.問診では,下肢痛(坐骨神経痛)の有無の聴取,理学的所見ではSLRテストがそれぞれ重要である.検査法では,単純X線写真でヘルニアを診断することは不可能である.MRIはもっとも診断的意義の高い検査法であるが,無症候性のヘルニアの存在も指摘されており,その解釈には十分な注意が必要となる.脊髄造影の診断的価値は高くないが,必要に応じて選択・施行すべきである.神経根造影・ブロックや電気生理学的検査は,腰椎椎間板ヘルニア自体の診断には不要であるが,障害神経根の同定には有用である.
いずれにせよ,単独でヘルニアの診断が可能な検査手技・検査方法は存在しない.腰椎椎間板ヘルニアの診断に際しては,的確な問診・理学所見・神経学的所見および画像所見とあわせて,総合的な判断が必要とされる.

図1


外側型腰椎椎間板ヘルニアについて
前医で腰椎椎間板ヘルニアの診断の下,椎間板摘出手術を行ったにもかかわらず症状が軽減せずに来院した患者ではまず疑うべき鑑別疾患の代表といえる.したがって本来の診療ガイドラインのアプローチとは異なるがここで取り上げておく.
腰椎椎間板ヘルニアはヘルニア塊の部位によって1)脊柱管内,2)椎間孔内,3)椎間孔外,に分けられる.1)が通常もっとも遭遇するタイプであり,例えばL4/5レベルの腰椎椎間板ヘルニアであれば,L5神経根が障害される.2)と3)を外側型腰椎椎間板ヘルニアとよび,当該レベルから脊柱管外へ出て行く1つ頭側の神経根を圧迫するため,L4/5レベルの腰椎椎間板ヘルニアであれば,L4神経根が障害される.
診断は後根神経節(ガングリオン)の圧迫があれば激しい疼痛となるが,特徴的な症状や所見はないとされており,画像診断に頼るしかない.MRIの傍矢状断による椎間孔〜外での脂肪相当の高輝度領域の消失や神経根の圧迫所見,MRミエログラフィー(MRM)や神経根造影での神経根の走行の水平化,椎間板造影による脱出ヘルニア部の同定が有用である.1椎間で脊柱管および椎間孔内外まで広い範囲のヘルニア塊により2根障害となる場合と,1根障害が2椎間で生じる場合がある.後者の比較的頻度の高い例としてL5神経根障害でL4/5の脊柱管内腰椎椎間板ヘルニアとL5/S1の外側ヘルニアが画像上認められる場合があり,いずれの椎間が症候性であるかを正確に決定する方法は現時点では存在しない.

今後の課題
科学的エビデンスの高い診療ガイドラインを作成するために,基礎となる論文として,RCT(randomized controlled trial),RCTに関するmeta-analysisやsystematic reviewなどが不可欠である.しかし,「治療」などの分野と異なり,「診断」の分野では,その性格上,RCTを計画・施行することはきわめて困難である.当然,RCTに関するmeta-analysis やsystematic reviewも皆無に近い.したがって,本項における各「推奨」のGradeはそれほど高いものにはなっていない.しかし,過去の論文的知識,および専門家の知識と経験も参考にし,現時点で考え得るもっとも適切かつ妥当な「診断」ガイドラインを作成するように努力した.今後は,「診断」の分野においても,困難ながらもRCTを何とか実施し,よりエビデンスの高い論文を集積することが必須である.
画像診断学の進歩は凄まじく,helical CTや多断面再構成などの高度画像処理,さらに高磁場MRI,立位や動態MRI,tractographyなど機能に迫る画像診断の発展により,腰椎椎間板ヘルニアはますます精度の高い診断が今後可能となるであろう.
効率的な医療を求められている今,問診,理学所見,画像検査のいかなる選択と組合せが有効かという費用効果分析に基づいた診断アルゴリズムが必要となる時代は,すぐ目の前に迫っている.

 

 
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