(旧版)科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン 改訂第2版

 
18.糖尿病における急性代謝失調


解説

3.低血糖
(1)低血糖の予防
近年の国内外の臨床試験の結果から,厳格な血糖コントロールが慢性合併症の発症や阻止に有効であることが示されているが,一方で強化療法群での重症低血糖の頻度の増加も報告された10),11),12).低血糖は糖尿病治療患者においてしばしばみられる合併症であり,糖尿病治療において良好な血糖コントロールを実現するうえで大きな障害であり,その予防や対策は重要である.そのための手段として患者教育や血糖自己測定の修得などが有効とされている13)
(2)低血糖の発現機序
脳,すなわち中枢神経系はエネルギー源をグルコースのみに依存しているため,その供給不足は中枢神経の機能低下につながる.そのため,生体は血糖の低下に反応して脳機能を維持する目的のため多くの防御機能を持っている.
低血糖時にはインスリン拮抗ホルモンの分泌がみられ,主に肝臓に作用して糖新生を促進して血糖を上昇させるように働く.
血糖値とその症状には個人差があるため個々のキーとなる症状の把握が重要である.また,低血糖を繰り返している症例では症状の発現と実際の血糖値の間に解離が出現することもある(無自覚低血糖)e)
さらに下記のような低血糖の症状が出現するf),g),h)
  • (1)交感神経症状:発汗,振戦,動悸,悪心,不安感,熱感,空腹感,頭痛,倦怠感などの症状がアドレナリン分泌により出現する交感神経症状であり,血糖値が55mg/dL以下まで下がると出現する.中枢神経症状が出現する前の警告症状とされている.
  • (2)中枢神経症状:血糖値が50mg/dL未満になるとグルコースの欠乏症状および精神症状が現れる.すなわち前者は眠気,脱力,めまい,疲労感,集中力低下,霧視,見当識低下などであり,後者は不安感,抑うつ,攻撃的変化,不機嫌,周囲との不調和などである.
  • (3)大脳機能低下:血糖値が30mg/dL未満になると大脳機能低下が進行し,痙攣,意識消失,一過性片麻痺,昏睡といった重篤な症状が出現し,放置すると死に至ることもある.
  • (4)その他:夜間睡眠中の低血糖では交感神経症状が現れず,悪夢や起床時の頭痛などがその発現を疑わせる症状として知られる.高齢者では低血糖の際の交感神経症状が現れにくく,中枢神経や精神症状が現れることもある.さらに無自覚性の軽度の低血糖が慢性に持続すると低血糖性認知症が惹起する可能性も知られている14)
(3)低血糖の診断と対応
動悸,発汗,脱力,意識レベルの低下などの低血糖症状があり,少なくとも血糖値が60mg/dL以下の場合,低血糖と診断し対応する.
可能であれば,まず血糖自己測定器などで血糖値を確認する.経口摂取が可能な場合はブドウ糖を中心とした糖質を摂取させるが,ブドウ糖以外の糖類では効果発現が遅延することもある.αグルコシダーゼ阻害薬服用中の患者では必ずブドウ糖を摂取させる.経口摂取が不可能な場合は,歯肉に糖質を塗り付ける処置やグルカゴン筋注などの処置を行い,速やかに医療機関へ搬送する.医療機関で対応する際は,血糖値の確認とともにグルコースの静脈内投与を行い,症状の回復と血糖値の上昇を確認する.
意識レベルが低下するような重症低血糖では応急処置で低血糖症状がいったん回復しても,再発や遷延が起きることもあるため,医療機関での治療を受けるとともに注意深い経過観察と再発予防のための処置を要する.
(4)血糖コントロールと低血糖閾値の変動
正常人において低血糖の既往により,インスリン拮抗ホルモン分泌血糖値が低下し,アドレナリン分泌開始血糖レベルが低下し警告症状出現が遅れる15).糖尿病においては血糖コントロールが不良の患者ではアドレナリン分泌の閾値が変化し,低血糖症状発症の閾値が変化する16),17).しばしば血糖値が80〜100mg/dLであってもすでに低血糖症状が出現し,血中アドレナリン分泌上昇が認められる.これは高血糖状態では脳にグルコースが入り過ぎるのを防ぐため,血液から脳にグルコースを取り込むグルコース輸送担体が減少するのがひとつの原因と考えられている.
  • 無自覚低血糖
低血糖症状出現を遅らせるのは低血糖の既往であり,特に低血糖を頻繁に起こす患者ではインスリン拮抗ホルモン,特にアドレナリン分泌開始血糖レベルが正常以下に低下,減弱した場合,警告症状の出現が遅れることがあり,無自覚低血糖と呼ばれる18).予防と治療のためには低血糖を起こさないように慎重にコントロールする以外に方法はなく,低血糖のない状態を3週間維持すると低血糖に対するアドレナリン反応が改善し,自律神経症状も回復したという報告がある19)
近年,無自覚低血糖と自動車の運転や危険な場所での作業,機器操作などの問題があり,専門医は自動車免許取得や更新の際に診断書を求められることもある.
  • 低血糖による後遺障害
低血糖の程度が高度で持続すると昏睡に至り,低血糖昏睡が5時間以上経過すると血糖が回復してもさまざまな後遺症が残ったり,重症の場合には植物状態になったり,死に至る可能性がある.また高齢者では無自覚性の軽度の低血糖が慢性に持続すると低血糖性認知症が惹起する可能性も知られている15)
(5)薬剤の選択
  • 経口薬による低血糖
スルホニル尿素薬が低血糖を起こしやすく,特に長時間作用するクロルプロパミド,アセトヘキサミドは注意を要する.次にグリベンクラミドが続き,グリクラジド,トルブタミドは比較的低血糖を引き起こしにくい.ただし,グリベンクラミドは使用頻度の高い薬であり,高齢者では注意が必要である.グリメピリドやグリニド系薬は従来薬に比べ低血糖を起こしにくいと考えられるが,十分なevidenceがない.αグルコシダーゼ阻害薬,インスリン抵抗性改善薬,ビグアナイド薬は単独での低血糖はまれと考えられる.しかし,他剤との併用時には注意が必要である.
  • インスリンによる低血糖
超速効型インスリンアナログや持効型インスリンアナログは従来の速効型インスリンや中間型インスリンに比べて低血糖の発現が少ないことが報告されている20),21),22)
(6)強化インスリン療法時の低血糖とQOL
厳格な血糖コントロールを行った強化インスリン療法群では従来療法群に比べて重症低血糖の発症が認められ,2〜6倍の頻度であったが10),11),12),両群間にQOLの差は認められなかったことが報告されている23).厳格な血糖コントロールは慢性合併症の発症予防や進展阻止の有用性について示されており,低血糖を過度に恐れることなく対策を施したうえでの積極的な施行が推奨される.

 
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