ガイドライン

(旧版)EBMに基づく 胃潰瘍診療ガイドライン 第2版 −H. pylori二次除菌保険適用対応−

書誌情報
第1部 胃潰瘍の基礎知識

 
2.病態生理
1)粘膜防御・血流
(1)胃粘膜防御機構の概念

胃粘膜防御機構は,消化性潰瘍の発生を胃酸・ペプシンなどの攻撃因子と防御因子の不均衡に基づくとのバランス説から派生した概念である。過酸・消化活性の亢進により消化性潰瘍を発生することは理解しやすいが,Helicobacter pylori (以下H. pylori )感染,非ステロイド消炎鎮痛薬(non-steroidal anti-inflammatory drug;NSAID)投与時における酸分泌動態は必ずしも過酸を伴うわけではなく,H. pylori 感染,NSAID投与により胃粘膜防御機構の破綻が生じうると想定される。防御機構は主に管腔側より3段階のカテゴリー,前上皮(粘液/重炭酸),上皮(細胞構築,細胞回転),上皮下(血流・微小循環)に分類され5),それぞれのカテゴリーでプロスタグランジン(PG),一酸化窒素(NO),増殖因子など多くの因子が攻撃因子に対する抵抗性を維持すべく作用する(図3)。


図3 粘膜防御機構の模式図
図3粘膜防御機構の模式図

(2)粘液・重炭酸(HCO3-
管腔内の傷害因子に対する前上皮バリアーは粘液・HCO3-によって形成される。粘液は被蓋上皮,胃腺内粘液頸細胞から分泌され,その本態は粘液糖タンパク(ムチン)である。粘性をもち,ゲル状に粘膜表面に付着し,胃内腔の壊死惹起物質(エタノールや胆汁酸など),酸・ペプシンの傷害作用から上皮を保護する。その分泌は,PG,NO,肝細胞増殖因子(HGF)などにより亢進する。また,上皮最表面にはリン脂質分子によって構成される疎水層が存在し,水を含む胃内容物に対して非透過層を形成する。胃・十二指腸粘膜では内腔にHCO3-が分泌され,粘液ゲル層内で酸を中和し上皮表層pHを7前後に維持する。

(3)COX(シクロオキシゲナーゼ,cyclooxygenase)/PG
COX/PGは胃粘膜防御因子を総括的に調節する生理活性物質のひとつである。酸分泌抑制量以下の微量のPGを投与すると,壊死惹起物質(強酸やエタノール)による胃粘膜傷害から胃が保護される現象が観察される(細胞保護作用;cytoprotection)が,PGE類は粘膜防御因子に粘膜血流,粘液分泌,胃運動の低下などの多彩な作用を有している(表2)。また,COX/PGの生理作用についてはNSAIDと病態の項も参照されたい。

表2 PGの細胞保護作用
1 胃粘膜関門への作用    1 管腔レベル 粘液産生・分泌促進
重炭酸分泌促進
表層リン脂質刺激
2 粘膜上皮レベル    cAMP産生亢進
SH基維持
リソソーム膜安定化
高分子蛋白合成促進
細胞電解質(Na+,Cl-)   
3 上皮下レベル 胃粘膜血流増加・維持
胃運動抑制
2 直接的な“細胞”保護作用
3 遊走(restitution)促進

(4)粘膜血流
粘膜血流は,粘液・HCO3-分泌,局所への酸素・栄養素の補給などに必須の因子である。また,粘膜損傷時の粘膜血流の増加(reactive hyperemic response)は粘膜傷害からの早期の修復あるいはその進展抑制に重要であり,カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)作動性の知覚神経が反応性に細動脈を拡張させて,粘膜血流を増加させる。その他,血流を調節する因子には,NO,神経内分泌因子(バソプレッシンなど),消化管ホルモン,PGなどが知られる。特に一酸化窒素合成酵素(NOS)には構成型NOS(cNOS)と誘導型NOS(iNOS)があり,cNOSのうちeNOSは小血管内皮,nNOSは主にAuerbach神経叢に局在し,それぞれ微小循環の調節,非アドレナリン非コリン作動性神経の伝達因子として働くが,ラット胃上皮でnNOSは主細胞,粘液細胞,内分泌細胞にも存在し,パラクリン的に複雑な情報伝達を司る6)。NOは,PGと同様に消化管上皮細胞の粘液産生促進,好中球の接着・活性化の抑制,線維芽細胞の活性化,マクロファージによるサイトカイン産生の抑制など,さまざまな作用により粘膜防御機構の維持に関与している。一方,iNOSの発現について,ヒトの正常胃粘膜ではiNOSの発現は極めて微弱であるが,H. pylori 感染胃炎では幽門前庭部に強く,上皮,内皮および粘膜固有層の炎症細胞に発現し,炎症,上皮細胞の増殖およびアポトーシスなどにかかわる。

(5)増殖因子
胃粘膜において,上皮成長因子(EGF),肝細胞増殖因子(HGF),線維芽細胞増殖因子(FGF)などの因子が正常粘膜の維持,損傷の修復・治癒に関与する。うちEGFは,上皮・間質系細胞の増殖促進,胃酸・ペプシン分泌抑制,潰瘍治癒促進,粘液分泌促進,血流増加作用など多彩な作用を発揮する。粘膜上皮が損傷を受けると進展を防止するため,迅速な修復機構が働き,損傷部を被覆するように上皮細胞の遊走,結合が起こる(restitution)が,種々の増殖因子がこの過程に促進的に働く。また,潰瘍の修復過程の細胞増殖,血管新生などに増殖因子が深くかかわる7)。最近では,COX-2-PGE2 pathwayを介したVEGFの発現が潰瘍修復に重要であり,胃上皮細胞のmajor growth regulatorとしてRUNX3の役割なども示唆されている。

 

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