特別寄稿2   ガイドラインと医療訴訟について―弁護士による211の裁判例の法的解析―

桑原博道1、淺野陽介1
1仁邦法律事務所
2015年12月1日   掲載
本稿はMindsガイドラインセンターが執筆を依頼し、著者が執筆したものであり、著作権は著者に帰属します。Mindsガイドラインセンターの見解を示すものではありません。

要約

昨今,診療ガイドライン(以下,ガイドライン)が医療訴訟に引用される判決が目立っており,ガイドラインを作成したり,利用する立場にある医療者には懸念や危惧が存在する。そこで,2つの裁判例検索システムを用い,ガイドラインを引用した211件の裁判例を抽出・検証し,その作成や利用にあたっての注意点を考察した。
まず,211の裁判例のうち,ガイドラインを裁判所の判断に用いることに関して言及したものが38件あったが,その中でガイドラインの序文に言及したものが14件あった。しかし,これらにおいても,裁判所の判断にガイドラインを用いることに積極的な裁判例と消極的な裁判例とに分かれた。このことから,ガイドライン作成者において,ガイドラインの証拠価値について疑問を呈するのであれば,序文を工夫する余地がある。
次に,211件の裁判例のうち,ガイドラインを判決文中の「過失の有無の判断」の中で引用したものは139件(65.9%)と多く,ガイドラインを引用する「過失の有無の判断」の数は全体として200件に及んでいた。この200件のうち,ガイドライン不遵守があると判断されたものは66件(33.0%),不遵守がないと判断されたものは92件(46%)あり(これら以外の判断もあり),これに対し,過失があると判断された数は43件(21.5%),過失がないと判断されたものは157件(78.5%)であったことから,ガイドライン不遵守=過失ではないことが示された。
しかしながら,ガイドライン不遵守がないと判断された92件では過失がないと判断されたものが90件(97.8%)と圧倒的に多い一方で,ガイドライン不遵守があると判断された66件においては,過失があると判断されたもの(31件:47.0%)と過失がないと判断されたもの(35件:53.0%)の件数がほぼ拮抗していた。なお200件のうち説明義務違反が争点となったものは21件あり,これに絞ると,ガイドライン不遵守が認められた4件全例に過失があると判断されており,ガイドライン不遵守=過失の傾向は強い。ガイドライン不遵守があるとされながら過失がないと判断された35件について,その理由(複数挙げられている場合あり)をみると,1)医療現場の実情(人的・物的環境,実臨床の状況等),2)ガイドラインの作成時期が本件医療行為よりも後であること,3)ガイドラインを過失の有無の判断に用いるのに消極的であるべきこと,4)ガイドラインと相反する他の医学文献の存在,5)ガイドラインをそのまま適用するのは当該患者の症状にそぐわないこと(具体的な症状・所見)などがあった。
このことに鑑み,医療者としては,直感的に当該患者に望ましい治療が想定される場合があるかもしれないが,医療者は,自らの直感を検証するためのツールとしてガイドラインを利用するとよいであろう。医療者の直感とガイドラインが一致していれば,その直感は正しいと言えそうである。これに対して,医療者の直感とガイドラインとの不一致があれば,どのような理由で,その診療行為を直感的に選んだのかを検証すると良い。具体的には,ガイドラインをそのまま適用するのは当該患者の症状にそぐわないかどうか,などを顧みて,自らの直感が正しいかどうかを確認する際にガイドラインを利用すると良い。

1   はじめに

診療ガイドライン(以下,ガイドライン)は,一般的な医療行為として何をどのように行なうのかを医療者に伝えて医療全体を良くすることを主眼としている ¹⁾。換言すれば,あくまで医学上の新たな知見の普及に要する時間を短縮するツールの1つというべきものである。この事に関連して,ガイドラインの推奨内容がそのまま適用できる患者は,60~95%との推定もある ²⁾。
しかし,昨今,ガイドラインが医療訴訟に引用される判決が目立ち,このことについて,ガイドラインを作成する立場にある医療者やガイドラインを利用する立場にある医療者には,懸念や危惧が存在する ³⁾。例えば,ガイドラインに沿わない症例があったり,診療領域によっては,質の高いエビデンスがない状態でやむを得ず,ガイドラインが作成されているという指摘もある ⁴⁾
もっとも,我が国のガイドラインに関する裁判例の解析として,特定のガイドラインに関するものや ⁵⁾,平成10年から平成19年の10年間に関するものはあるが ⁶⁾,このような限定なく,広く裁判例を抽出して解析したものはないし,また,これらガイドラインに関する裁判例を解析したものも,解析の対象となった項目が,患者の状態や裁判の結果等に限られている ⁵⁾ ⁶⁾。
そこで,診療科や年代に限らず,多くの項目に照らして,ガイドラインに関する裁判例を解析し,ガイドラインの医療訴訟における法的位置づけを明確にしたうえで,このような位置づけに鑑みて,ガイドラインの作成や利用にあたり,どのような点に留意する必要があるのかを考察することとした。

2   方法

わが国では複数の裁判例検索システムがあるが,裁判例検索システムに全ての判決文が掲載される訳ではない(和解例は全く掲載されない)ことから,可能な限り多くの裁判例を抽出するため,2つの裁判例検索システムを用いて,診療ガイドラインに関する裁判例を抽出した。
具体的には,裁判例検索システムである「判例秘書」と「D1-Law」を用い,いずれも「民事/刑事」の別を「民事」とし,キーワードを「損害賠償」and「ガイドライン」and(「病院」or「診療所」or「クリニック」or「医院」)とした。その結果,「判例秘書」で528件,「D1-Law」で512件の裁判例がヒットした(平成27年4月1日現在)。このうち,医療訴訟において,判決文中に特定の診療ガイドラインが引用されているもの(ガイドラインと称されてはいるが,医師個人の作成によるものや医療機関内で作成によるものを除く)は,「判例秘書」で194件,「D1-Law」で158件であった。このうち,両裁判例検索システムにおいて重複したものが141件あったので,これを考慮することで,診療ガイドラインに関する裁判例211件が抽出された。
なお,同一事件が控訴されることで,地方裁判所と高等裁判所の判決文が掲載されている例もあり(最高裁判所判例はなかった),このような例が4件あった。
そこで,これらについて,1.年次別判決数,2.訴訟の対象となった者(被告)の属性(医療者個人を除く),3.提出された診療ガイドラインの総数(内,海外のガイドラインの数),4.裁判にガイドラインを提出した者の属性,5.判決文中におけるガイドラインの引用箇所(「当事者の主張」部分を除く),6.ガイドライン不遵守の有無と過失の有無の対応関係,7.判決文中における推奨度,エビデンスベルへの言及,8.判決文中におけるガイドラインを証拠評価に用いることへの言及(序文,Mindsを含む)について解析した。

3   結果

3.1年次別判決数

年次別判決数を5年ごとに見てみると,①平成2年から平成6年が1件,②平成7年から平成11年が5件,③平成12年から平成16年が35件,④平成17年から平成21年までが109件,⑤平成22年から平成26年までが61件であり(表 判決の欄),①→②→③→④と急増し,④→⑤は減少していた。

3.2訴訟の対象となった者(被告)の属性(医療者個人を除く)

訴訟の対象としては,医療行為に関わった医療者個人も考えられるが,それを除くと,医療機関が209件であり(99.1%),大部分を占めた。しかし,診療所が訴訟の対象となっいる件も,少なくなかった。
そのほかは,刑務所が1件(0.5%),ガイドラインを作成した学会の理事が1件であった(0.5%)。刑務所が訴訟の対象となった件は,受刑者に対する診療に関する事例で,ガイドラインが引用されたものである(表 判決4)。
なお,ガイドラインを作成した学会も1件あったが(0.5%),この件は病院も訴えられている。

3.3提出されたガイドラインの総数(内,海外のガイドラインの数)

211件の判決で,のべ289件のガイドラインが引用されていた。このうち国内のガイドラインが241件(83.4%),海外のガイドラインが48件(16.9%)であり,国内のガイドラインが引用されることが多いものの,海外のガイドラインも少なからず,引用されていた。海外のガイドラインが単独で引用され,国内のガイドラインが全く引用されていなかったものは15件あった(7.1%)。

3.4裁判にガイドラインを提出した者の属性

289件のガイドラインのうち,ガイドラインを裁判に提出した者は,原告が103件,被告が75件,同じガイドラインを1つの訴訟のなかで原告と被告が提出したものが10件,鑑定人が11件,不明が90件であり(不明を除いた割合は,原告51.8%,被告37.7%,原告と被告5.0%,鑑定人5.5%),原告のほうが被告よりも,ガイドラインを提出しているが,その差は,大きくはなかった。

3.5判決文中におけるガイドラインの引用箇所(「当事者の主張」部分を除く)

判決文は,主文(結論部分)と理由から構成されるが,理由については,医療訴訟の判決文においては,概ね,争いのない事実,当事者の主張,裁判所の判断で構成され,このうち裁判所の判断には,診療経過,医学的知見,過失の有無の判断,因果関係の有無の判断等が含まれる。過失の有無の判断や因果関係の有無の判断の前に,前提として述べられる医学的知見は,争いのない事実として述べられることもあるし,裁判所の判断の中の医学的知見において述べられることもある。
これをガイドラインに関する医療訴訟についてみると,前提として述べられている医学的知見の中でガイドラインを引用したものは101件(47.9%)と,全判決中の約半分に留まった。しかし,過失の有無の判断の中で引用したものは139件(65.9%)と,全判決中の約2/3に及んだ。そのほか因果関係の有無の判断の中で引用したものは22件(10.4%)と少なかった。
これらには記述されず,ガイドラインが当事者の主張としてのみ引用されたものは25件(11.8%)に過ぎなかった。

3.6ガイドライン違反の有無と過失の有無との対応関係

(1)全体的な傾向について
1つの裁判例において,複数の過失の有無が争点となることがある。そのため,過失の有無の判断の中でガイドラインを引用している裁判例の件数は,上記のとおり139件であったが,ガイドラインを引用している過失の有無の判断の数としては,全体として200件であった。
このうち,ガイドライン不遵守があると判断されているものは66件(33.0%),ガイドライン不遵守がないと判断されたものは92件(46.0%),ガイドラインを引用はしているがガイドライン不遵守の有無を判断していないものは39件(19.5%),複数のガイドラインが引用され,一方のガイドラインから見れば不遵守となっていないが,他方のガイドラインから見ると不遵守となっていると判断されたものは3件(1.5%)あった。
他方,結果として,過失があると判断されたものは,43件(21.5%),過失がないと判断されているものは157件(78.5%)であり,ガイドライン不遵守の有無の判断と過失の有無の判断とは必ずしも一致していなかった。
しかし,ガイドライン不遵守があると判断されているものについては,その66件のうち,過失があると判断されたのは31件(47.0%),過失がないと判断されたものは35件(53.0%)と,ほぼ拮抗していたのに対し,ガイドライン不遵守がないものと判断されたものについては,その92件のうち,過失があると判断されたのは2件(2.2%),過失がないと判断されたものは90件(97.8%)と,過失がないと判断されたものが圧倒的に多かった。
ガイドライン不遵守がないにもかかわらず,過失があると判断された2件も,ガイドラインを遵守しているというよりは,ガイドラインには記述がないという意味において,ガイドラインの不遵守ではないというものであった(表 判決131・153)。
ガイドライン不遵守があるとされながら過失がないと判断された35件において,その理由として挙げられているものは(複数の場合がある),医療現場の実情が13件,ガイドラインの作成時期が当該医療行為よりも後であることが10件,ガイドラインを過失の有無の判断に用いるのに消極的であるべきことが9件,ガイドラインと相反する他の医学文献の存在が7件,ガイドラインをそのまま適用するのは当該患者の症状にそぐわないことが7件,医療施設の特性が3件,当該医師の特性が3件,保険制度の制約が2件,その他が5件であった。
複数のガイドラインが引用され,一方のガイドラインから見れば不遵守となっていないが,他方のガイドラインから見ると不遵守となっていると判断された3件については,いずれも過失が否定されていた。
(2)海外のガイドラインについて
海外のガイドラインが単独で引用され,国内のガイドラインが引用されていなかった15件については,ガイドライン不遵守があると判断されているものは4件であり,ガイドライン不遵守がないと判断されたものは8件であり,ガイドライン不遵守の有無を判断していないものは3件であった。
他方,過失があると判断されものは,2件であり,過失がないと判断されたものは13件であり,やはりガイドライン不遵守の有無の判断と過失の有無の判断とは必ずしも一致していなかった。
ガイドライン不遵守があると判断された4件のうち,過失が認められたのは1件のみであり,ガイドライン不遵守がないと判断された8件のうち,過失があると判断されたものはなかった。
(3)説明義務違反について
過失のうち,説明義務違反が争点となっているものは21件あった(10.5%)。このうち,ガイドライン不遵守であると判断されているものは4件,ガイドライン不遵守でないと判断されているものは2件,ガイドラインを引用はしているがガイドライン不遵守の有無を判断していないものは15件であり,ガイドライン不遵守の有無を判断していない場合が多かった。
もっとも,ガイドライン不遵守であると判断されている4件については,全て過失が認められ,ガイドライン不遵守がないと判断されている2件については,いずれも過失が否定されていた。なお,ガイドライン不遵守の有無を判断していない15件のうち,過失が認められているものは6件,過失が否定されているものは9件であった。

3.7判決文中における推奨度,エビデンスレベルへの言及

まず,判決文中に推奨度の引用がある判決は21件(10.0%)であった。このうち,9件は平成21年以前のものであったが,12件は平成22年から平成26年の5年間のものであり,判決文中に推奨度の引用がある判決文は増加傾向にあった。
また,判決文中にエビデンスレベルの引用がある判決は10件(4.7%)であった。このうち2件は平成21年以前のものであったが,8件は平成22年から平成26年の5年間のものであり,判決文中にエビデンスレベルの引用がある判決文も増加傾向にあった。

3.8判決文中におけるガイドラインを裁判所の判断に用いることへの言及(序文,Mindsを含む)

裁判例211件のうち,ガイドラインを裁判所の判断に用いること自体について,何らかの言及があるものが38件(18.0%),特に言及がないものが173件(82.0%)であり,何らかの言及があるものは少なく,ガイドラインを裁判所の判断に用いること自体に言及することなく,ガイドラインを判決文中に引用しているものが多かった。
何らかの言及があるものについて,積極的に裁判所の判断に用いる旨の表現が見られるものは19件,消極的な表現が見られるのは17件であり,ほぼ同数であった。そのほか,積極的な表現と消極的な表現が含まれているのは2件であった。
判決文中にガイドラインの序文が引用されているものは14件であり(6.6%),引用されていないものは197件(93.4%)であり,ガイドラインに序文が引用されることは少なかった。ガイドラインの序文を引用している14件のうち,ガイドラインを裁判所の判断に用いるのに積極的であったのは6件,消極的であったのは8件であった。
判決文の中でMINDSに言及しているものは1件であったが(0.5%),最も直近の裁判例であった(表 判決1)。
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