よくわかる診療ガイドライン

第3部   推奨作成の進め方―虫垂炎を例として
Ver1.1(2018.1.19)
公益財団法人   日本医療機能評価機構
EBM 普及推進事業(Minds)
患者・市民専門部会

第3部   推奨作成の進め方―虫垂炎を例として

3-1.(第3部について)

第3部では、現在まだ日本では診療ガイドラインが作成されていない虫垂炎を例にとり、推奨作成の進め方を紹介します。

3-2.(仮称)虫垂炎診療ガイドライン作成組織

学会内に、虫垂炎診療ガイドライン統括委員会が設置されました。 また、ガイドライン作成グループは 、医師として消化器外科医、消化器内科医のほか、総合診療医、救急専門医、医療職として看護師、薬剤師、患者・市民として虫垂炎の手術経験者および虫垂炎にかかったことのない市民などにより組織されました。
虫垂炎診療ガイドライン作成組織

3-3.虫垂炎とは

ガイドライン作成グループでは、虫垂炎に関する基礎的情報を共有しました。
虫垂炎の画像
虫垂は、通常右下腹部にあり、大腸の最初の部分(盲腸)から突き出した腸を指します。虫垂炎は、この虫垂という部分の内部で細菌が増殖して炎症が起こった状態です。
重症化すると虫垂の壁が破れて穴があくことがあります。これを穿孔といいます。穿孔すると、溜まっていた膿や腸液が腹腔内に溢れて腹膜炎などの合併症を起こし、場合によっては命に関わります。

3-4.虫垂炎の治療法

現在の治療法として、外科手術によって虫垂を取り除く方法(虫垂切除術)または、薬剤によって炎症を抑える方法(抗菌薬治療)があること、外科手術には開腹手術と腹腔鏡下手術があることを情報共有しました。
虫垂炎の画像

3-5.診療の流れ

虫垂炎の診療の全体の流れを整理しました。
腹痛のある患者さんが来院すると、まず診察や検査が行われ、それらの結果から病名と重症度が診断されます。重症度に応じて適切な治療法が選択され、治療が行われます。
ガイドライン作成グループでは、診療の流れを示すアルゴリズムを作成し、診療ガイドラインに掲載することにしました。
アルゴリズムの画像
解   説
  • アルゴリズム
    問題を解決する定型的な手法・技法。コンピューターなどで、演算手続きを指示する規則。算法。(広辞苑第六版)

3-6.腹膜炎を併発している場合の治療

虫垂炎では、虫垂の壁が破れる穿孔がある場合や、腹膜炎など合併症を起こしている場合、外科手術をするという治療法が確立されています。
腹膜炎の画像

3-7.腹膜炎を併発していない場合の治療

一方、虫垂の穿孔や腹膜炎を起こしていない場合については、外科手術と抗菌薬治療のどちらかを選ぶことができます。 この選択の結果は患者にとって影響が大きいものとなりますので、これを重要臨床課題として取り上げることにしました。
腹膜炎の画像
解   説
  • 今回取り上げる重要臨床課題
    • 現在、急性虫垂炎の標準的治療は外科治療とされている。しかし、身体への侵襲のない抗菌薬投与も選択肢の一つとされている。どちらの治療法が推奨されるか明らかになれば、臨床決断の大きな助けになる。
  • その他の重要臨床課題の例
    • 成人の急性虫垂炎に対する画像診断として、腹部超音波と腹部CTのいずれを選択すべきかについて明らかにする必要がある。
    • 成人の急性虫垂炎に対して外科的虫垂切除術を行う場合、開腹手術(脊椎麻酔)と腹腔鏡下手術(全身麻酔)のいずれを選択すべきかについて明らかにする必要がある。
      (診療ガイドライン作成ワークショップワークシート(2017年2月18日)を一部改変)

3-8.アウトカムの設定

外科手術と抗菌薬治療を比較するために、比較基準となるアウトカムを検討したところ「治癒」「合併症」「入院期間」などが挙げられました。
「治癒」とは、退院後に外来通院治療の必要が全く無いと判断された状態のことですが、外科手術を受けても何らかの理由で虫垂が完全には切除されなかった場合は、虫垂炎が再発する可能性があります。また、抗菌薬治療では虫垂が残っているので、一度治癒退院した後、再発する可能性があります。そこで、治癒の定義として、「治療を受けて治癒退院した後、1年以内に病気が再発せずに過ごせること」と定義しました。ガイドライン作成グループでは、「治癒」を虫垂炎の重大なアウトカムであるとしました。
また「合併症」は、病気に伴って発症した別の病気や、治療のために行なった処置などが原因で起こる障害のことを指し、虫垂炎で考慮すべき合併症には、腹膜炎、敗血症、腸閉塞などがあることが確認されました。「合併症」の重要度も重大であると評価されました。
アウトカムの設定の画像
解   説
  • アウトカムの設定で考慮すべきポイント
    • どの介入が最も推奨されるか判断するための基準となりうるアウトカムを網羅的にリストアップする。
    • 患者にとって望ましい効果(すなわち『益』のアウトカム:死亡率の低下、QOLの向上、入院の減少など)、望ましくない効果(すなわち、『害』のアウトカム:副作用、有害事象の発現など)の両方のアウトカムを取り上げる。
    • 可能な限り、『代替アウトカム』ではなく、『患者にとって重要なアウトカム』を取り上げる。代替アウトカムとは、検査値の変化など、臨床医が重視するかもしれない代理、代替、生理学的アウトカムである。患者にとって重要なアウトカムとは、生死や症状の変化など、患者自身が重視するであろう直接的なアウトカムである。
  • アウトカムの重要性の評価
    アウトカムが全てリストアップされたら、それぞれのアウトカムの重要性を評価して点数を付与し、必要に応じて数を絞り込む。
    それぞれのアウトカムが『介入を受ける患者にとってどの程度重要と考えられるか』を評価する。点数は1~9点とし、得点が高いほどそのアウトカムは患者にとって重要性が高いとする。点数の判定は、ガイドライン作成グループの経験や既存の研究結果に関する予備知識などに基づいて主観的かつ相対的に行う。また、評価には患者の取り入れることが望ましいこともある。付与した点数からアウトカムを選択する方法としては、1~3点は『重要ではない』、4~6点は『重要』、7~9点は『重大』として分類して、実際にシステマティックレビューに含むアウトカムは『重要』なものと『重大』なものを採用する、などがある。
アウトカムの評価の画像

3-9.クリニカルクエスチョンの設定

今回設定した重要臨床課題に対して、ガイドライン作成グループでは「穿孔、腹膜炎を起こしていない成人の虫垂炎において、外科手術と抗菌薬治療ではどちらが推奨されるか?」というクリニカルクエスチョンを設定しました。
クリニカルクエスチョンの画像
解   説
  • 構成要素を用いたクリニカルクエスチョンの表現
    構成要素(P、I/C)を用いてクリニカルクエスチョンを一つの疑問文で表現する。考慮すべきポイントは以下のとおりである。
    • 1つのセンテンスとする。
    • 「?」で終わる疑問文形式とする。
    • 「~推奨されるか?」、「~有用か?」などの疑問表現で締める。
    • I/Cは可能であれば全て列挙する。
    • O(アウトカム)は入れる必要はない。

3-10.システマティックレビュー

ガイドライン作成グループが設定したクリニカルクエスチョンに基づいて、システマティックレビューチームによる作業が始まりました。
まず、医学論文のデータベースを対象に、設定されたクリニカルクエスチョンに関連するキーワードを用いて検索して検討した結果、4件の論文が該当しました。次に、これらの論文から得られたエビデンスの確実性を評価し、アウトカムごとに結果を統合しました。
システマティックレビューの画像
解   説
  • システマティックレビューの手順の概略
    • PICOに基づく包括的な文献検索
    • 介入/要因曝露とアウトカムの組み合わせごとに明示的な基準に基づく一次スクリーニング(タイトルとアブストラクトによる選定)および二次スクリーニング(全文の評価による選定)による文献集合の作成。二次スクリーニングで除外した研究のリストを作成し除外理由を記録しておく
    • 各アウトカムについて介入/要因曝露とアウトカムおよび研究デザインの組み合わせごとに、個別研究の質的評価を行う。この際に、PICOの非直接性の評価を必ず行い、コメントを記述する。(定性的システマティックレビュー)
    • PICOの類似性が高く、効果指標算出のためのデータが得られる研究については定量的システマティックレビューを行う
    • エビデンス総体を評価し、エビデンスの強さを決定する
    • システマティックレビューの結果をシステマティックレビューレポート(SRレポート)にまとめ、ガイドライン作成グループに提出する。

3-11.治療法の比較1:治癒(1年以内の再発をともなわない治癒)

アウトカムごとに統合した結果から、2つの治療法を比較しました。
まず「治癒」については、外科手術を受けると90%以上の人は治癒するとの結果となりました。なお、残り10%には、外科手術が行われたが虫垂が確実に切除されなかった例、あるいは何らかの理由で治療1年後の様子が不明であった例などが含まれていました。抗菌薬治療では、56.4%の人が治癒したとの結果となりました。エビデンスの確実性は高いと評価されました。
比較1

3-12.治療法の比較2:合併症

「合併症」については、それぞれの治療を受けた患者さんのうち、外科手術では8.1%、抗菌薬治療では7.2%で合併症が起こりました。
エビデンスの確実性は中程度と評価されました。
比較2

3-13.比較結果のまとめ1:アウトカム

他のアウトカムについても同様に検討し、治療法を比較した結果は一覧にまとめられました。そして、システマティックレビューチームからガイドライン作成グループにシステマティックレビューレポートが返されました。
次は、ガイドライン作成グループによる推奨作成の過程となります。
システマティックレビューチームからの結果を受け、ガイドライン作成グループでは、まず、結果全体を見渡してみました。「治癒」という重大なアウトカムで外科手術が抗菌薬治療より優れていること、「合併症」や「入院期間」では両治療で違いが少ないことなどから、外科手術を薦めるのが良いのではないかと話し合われました。
比較結果アウトカム

3-14.比較結果のまとめ2:費用・負担

治療にともなう費用負担についても話し合われました。「治療費用」については外科手術のほうが高額となりますが、高額療養費制度が利用できること、痛みが続く期間」は多くの患者を診た医師の経験上からはほとんど差がないと思われること、「傷あと」は、外科手術のみで生じること、などが確認されました。
比較結果費用・負担
解   説
  • 「害」と「負担、費用」
    副作用や有害事象といった「害」は、意図せず起きる負の事象である。それに対して「負担」は意図した上で起きる負の事象であり、通院や入院などの負担や、たとえば手術の切開やそれに伴う痛み、手術痕や機能喪失のことである。「費用」は治療に伴う金銭的負担だけでなく、経過観察のために発生する費用も含めて考える。
  • 高額療養費制度
    高額療養費制度とは、公的医療保険における制度の一つで、医療機関や窓口で支払った額が歴月(月の初めから終わりまで)で一定額を超えた場合に、その超えた金額を支給する制度。
    http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryouhoken/juuyou/kougakuiryou/index.html

3-15.推奨の作成

ガイドライン作成グループでは推奨文の作成に取り掛かりました。
クリニカルクエスチョンは「穿孔、腹膜炎を起こしていない成人の虫垂炎において、外科手術と抗菌薬治療ではどちらが推奨されるか?」でした。システマティックレビューの結果、外科手術はほぼ治癒が見込まれることを確認しました。しかし、患者は多様な価値観と希望を持っています。例えば、身体にメスを入れることに抵抗がある人もいるでしょう。また、なるべく短い入院期間で済ませたいという人もいるでしょう。あるいは、3ヵ月後の留学を前に、再発は絶対にしたくないと考える人もいるでしょう。そこで、益と害のバランスやエビデンスの確実性に加え、患者の価値観と希望を考慮しました。
あらかじめ決めた投票方法を用いて投票を行い、ガイドライン作成グループでは、「抗菌薬治療に比べ、外科手術を行うことを弱く推奨する」という推奨文を決定しました。
推奨の作成
解   説
  • 患者の価値観と希望
    個々の患者の診療においては、益と害にどの程度重きを置くかという患者の主観的判断が加味されて意思決定が行われる。従来の医療では、医療者の医学的判断が重視されることが多い傾向にあったが、最近の傾向としては、患者の価値観、希望と医療者の医学的判断を持ち寄って、患者と医療者による協働の意思決定を行うことが重要となってきた。したがって、様々な患者が、どのような価値観、希望を持つかということが、推奨の作成にあたって、重要な情報となる。

3-16.最終化と公開・普及

ガイドライン作成グループでは他のクリニカルクエスチョンについても推奨を作成するとともに、ガイドラインサマリーやアルゴリズム、作成過程などを編集しました。そして、ガイドライン統括委員会で最終承認され、「(仮称)虫垂炎診療ガイドライン」は完成しました。
完成した診療ガイドラインは学会のウェブサイトに公開されました(*)。また、一般の人々に向けた解説、および英語版のガイドラインを作成することが決定されました。今後は、この診療ガイドラインの有効性を評価していくとともに、診療ガイドラインの改訂に向けて、引き続き検討が行われます。
最終化
*注   仮想の診療ガイドラインであり、実在するものではありません。

【編集履歴】

変更箇所 Ver.1.1 (2018.1.19公開) Ver.1.0 (2017.3.31公開)
11ページ *注を追記
12ページ 編集履歴を追記
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