(旧版)胃がん治療ガイドラインの解説
胃がんの治療を理解しようとするすべての方のために
一般用2004年12月改訂

 
資料編:Q&A(質問形式)を中心として


Q&A18 胃がん手術後の食事について
胃がんの手術後の食事のとり方について教えて下さい。

   胃がんの手術のあとはどのような食べ方をしたらよいか,いくつかの要領を以下にお示しします。個人差が大きいので,そのすべてが当てはまるわけではありませんが,基本的にはこのような注意が必要だというくらいの気持ちでお読み下さい。

(1)口で胃を補う
   健康な人でも食べる時ゆっくりよく噛む人,あっという間に食べて本当に噛んでいるのか疑わしい人,などさまざまです。胃が立派なうちはよいのですが,胃を切った人は今まで以上に口に活躍してもらわなければなりません。口の中では食物が細かくされ,唾液に含まれている酵素で,ある程度消化も行われます。さらに,唾液と十分混ざることで,消化管の中をスムーズに移動できるようになります。ただ,あまり長い間かんでいると食事がおいしくなくなりますので,ある程度細かくなればよいでしょう。よく,一口分食べ物を口に入れたら,100回かんでから飲み込むようになどという指導をする人がいますが,「過ぎたるは及ばざるが如し」で,あまりお勧めできません。こんな食べ方では誰でも食事が嫌になってしまいます。また,歯の悪い人や入れ歯の合っていない人は,できるだけ早く治療しておいて下さい。

(2)ゆっくり食べる
   胃が小さい(あるいはない)のではじめに入った分が流れ出て行くまで,ゆっくり食べる必要があります。詰め込むような食べ方はよくありません。バス乗場で,おおぜいの人が先を争って狭い乗車口に集まるため,そこでつまってしまい誰も乗れないという風景が見られます。そのような時には,むしろきちんと列を作り,ゆっくりと順序よく乗車したほうが,楽に,しかも早く乗車できます。こういいますと,やたらと時間をかけてたくさん食べようとする人がいますが,これではおいしいはずもありませんし,あまり有効なやり方ではありません。ある程度の速度で食べて,お腹が一杯になる少し前にやめるのがよいのですが,この適当な速度は,手術方法や食事内容によってもそれぞれ異なります。おまけに適当な速度は,時間(年月)とともに変わるので,一律に決めることはできません。各自が試行錯誤して,自分にあった適切な速度を見つける必要があります。

(3)少なめに食べる
   これはあるいは(2)より大事なことかもしれません。いくら順序よくならんでも,バスが満員になれば乗れません。そこで押し込むと,乗っている人すべてが苦しい目にあうことになります。特に胃を切った人は,大型バスが小型バスになったようなものですから,ある程度乗ったら(食べたら)次のバスを待つ余裕が必要です。この見極めが実は非常に難しいところです。これは,医師にも実はわかりません。といいますのは,同じような手術をして,同じような大きさの胃が残っている人でも,一度に食べられる適当な量は一人ひとり違います。これは経験的に覚えてもらうよりほかありません。ですから,少なめから始めて,徐々に量を増やし,自分がどれくらい食べられるか自分で決める必要があります。
   ところで,少なめに食べることをなかなか守れない人には二つのタイプがあります。一つは調子がよくて,食欲があってつい早くたくさん食べてしまうタイプです。もう一つは体重を何とか増やそうとして,無理して詰め込むタイプです。早く食べると腹痛などを生じやすいこと,そしてあせって体重を増やす必要のないことを十分理解してほしいと思います。
   昔は健康と肥満は一体のように考えられ,健康優良児といえば丸々太った赤ちゃんが新聞の写真を飾ったものですが,今やこれは肥満児として取り扱われるようになっています。最近の患者さんは,手術する前から肥満あるいは肥満傾向の人が多いようです。手術をして少し痩せたぐらいでちょうどよい人が多いのですが,痩せるとなんとなく身体が軽くて頼りないと,不満をいう方が特に肥満傾向の人によく見られます。減量してよくなった点を指摘すると納得してもらえることがあります。たとえば,腰とか膝の痛みがあった方は,体重減少によって必ず症状の改善が認められるはずです。また,糖尿病で食事制限されていたような人も,いわば強制的に食事制限されるため,糖尿病が治るようなこともまれではありません。
   スマートに元気で長生きするために,やや多めの体重が減ることは,むしろ歓迎すべきことといえます。太目のズボンやスカートに自分の体格を合わせるのではなく,スマートな自分の身体に合うように衣類を直すべきでしょう。胃の手術後の食事療法の目的は,元の体重に戻ることではなく,腹八分でおいしく食事ができるということにあることを忘れてはいけません。ちなみに,胃を切った人の平均体重は,術前の体重の90%です。この数値を基準にすればよいと思います。

(4)食べてすぐに横にならない
   食べてすぐ横になると牛になる,といわれますが,胃の手術をした人も同じです。胃が正常の人でもあお向けに寝ますと,食べたものがすべて胃の入り口のほうにたまってしまいます。この部分は胃の運動の最も少ないところですので,食べ物は少しも胃の外に出て行かず,胃がもたれた感じがするわけです。まして,手術後の胃は動きがとても悪いので,食べた物が胃から出て行くのは,後から詰め込まれた食べ物に押し出されるか,重力に従って流れて行くかのいずれかです。詰め込んだ場合にはうまく押し出されるより,むしろ苦しくなることのほうが多いので避けたほうが賢明です。
   胃の一部の残る手術(胃切除術など)のあとには,食べたあと座っているか,軽く散歩するなどして,食べ物が重力に従って流れやすい状態を作ってやるのがよいのです。ただし,胃から小腸への食物の流れのよい人や,胃を全部切除した(胃全摘)場合には,食物が急に小腸に流れ込むことでダンピング症状が起こることがありますので,このような症状のある方はむしろ食後はしばらく横になっていたほうがよいでしょう。

(5)少量で栄養のあるものを食べる
   食べられる量は少ないが,十分な栄養をとりたいとすれば,少量でも栄養のあるものを食べるのがよいことは明らかです。重量当たりのカロリーが高いのは,油を使った食品とか,肉や魚のような食品です。もちろん米とかパンや芋類も栄養価の高い食品です。
   ところが,往々にして胃の手術をした人は,肉や油の類を避け,野菜をぐつぐつ煮たものを食べたり食べさせられたりしています。これは,よく煮た野菜が何となく手術した胃に優しいのではないかという感じがあるからだと思いますが,体力の回復のためには必ずしもよくありません。大根とか白菜のカロリーなどしれたものです。油ものは手術後しばらくは,下痢や腹痛を起こすので食べにくいこともありますが,少量ずつ徐々に慣らして行けばやがて食べられるようになります。
   肉や魚も消化はよい食品ですので,ぜひ積極的にとってほしい食品といえます。その他,蛋白質としては,卵,牛乳,チーズ,豆類(豆腐,納豆)などもよいでしょう。牛乳は人によっては下痢のためまったく飲めない場合がありますので,無理して飲む必要はありません。むしろヨーグルトなどの半固形食,あるいはチーズなどの固形食の形で,このような栄養分を摂取するほうがよいでしょう。ただ,飲める方にとっては,牛乳は脂肪分も多く含まれ同時に水分の摂取もできますので,胃手術後の理想的食品の一つといえましょう。したがって飲めない人は少しずつ慣らす試みはすべきです。

(6)水分も忘れずに―水は食事より大事―
   お茶や水を飲むとそれだけでお腹が一杯になり,食事の量が減るので,ほとんど水分をとらない人がよくいます。ひどい場合には,薬を飲む時,水を飲むとお腹が一杯になるので薬を飲むのを控える人さえいます。これはまったく間違った考え方です。人は2ヵ月間の絶食に耐えることができるといわれていますが,水分は2週間もとらなければ生きて行くことはできません。また,水分は飲んでも流れて行きやすく,しかも吸収は固形物に比べて格段に速いので,飲んだあとしばらくすると必ず食事は入るようになります。ただし,食事中の水分摂取はダンピングを起こしやすくするので,ほどほどにして下さい。
   また,夏場などは汗が出るため水分が失われやすく,どんどん体重が減って不安に駆られる人もいます。急にやせるのはほとんどの場合水分の喪失によるものが多く,急に脂肪がなくなってしまうことはありません。このような場合には,点滴で水分を補うのが最も手っ取り早い方法です。点滴1本分の水分(500ミリリットル)を口から入れるのは,相当努力が必要です。
   最近,点滴には及ばなくとも,これに近い水分摂取の方法として,スポーツドリンクを飲むのも一つの方法です。いろいろなスポーツドリンクが売られていますが,その成分は点滴の内容にとてもよく似ています。電解質(塩気)も十分に含まれているため,消化管からの吸収も良好ですので,点滴の代わりに冷やしたスポーツドリンクを愛飲するのが,夏ばてにならないコツです。もちろん無理は禁物で,口から入りにくい時は点滴をしてもらうのがよいでしょう。

(7)甘いものは食べてもよい
   食事をすると食べ物が急に小腸に入り込むため,ダンピング症状というのが起こるといいました。その食べ物の中には糖分も入っていますが,これが小腸で急に吸収されると血液の糖分(血糖)が急に上昇します。すると,体のほうではこれは大変と,血糖を下げるホルモン(インシュリン)をどっと出すようになります。すると今度は血糖が下がりすぎて,低血糖になることがあります。血糖が下がりすぎると,独特の症状が出てきます。不安な感じになり,手足や体の力が抜け,胸がどきどきしてきて,大量の汗が出てきます。ときには意識がなくなってしまうこともあります。
   このような時には,甘いものをすぐに食べたり飲んだりして下さい。ビスケットやあめ玉,氷砂糖,甘い飲み物などがよいでしょう。このような時に備えて,ポケットに甘いものをいつも入れておき,このような症状が出てきたらすぐに食べるようにしてください。運転している時にこのような症状が出ると,特に危険ですので注意して下さい。このような症状がしばしば出る人は,食後2時間くらいしたら,あめ玉などを食べて,低血糖をあらかじめ予防するのが一番よいでしょう。

(8)寝る直前は固形物を食べない
   夜になるとお腹がすいて寝付けなくなることは,健康な人ばかりでなく胃の手術をした人も同じです。このような時にかすの大量に出る果物や,油濃いものを食べて寝てはいけません。寝てしまうと,食べた果物などは翌朝まで残って胃袋の中にとどまり,翌朝,お腹のもたれた感じがします。また,肉や油類を食べると胆汁などの消化液が,寝たあとに大量に出てきて逆流し,口からあふれ出てきてきわめて不愉快な思いをすることもあります。
   寝る直前はなるべくジュースなどのかすのでないもので我慢するようにして下さい。

(9)何でも食べてよろしい
   胃の手術をしたからといって,そのために特別の食事を用意する必要はありません。胃袋が小さくなっただけで,お腹の性能が変わったわけではありません。自動車でいえばガソリンタンクが小さくなったようなものですが,タンクが小さくなっても入れるガソリンは一緒です。少なめに入れて,まめに給油(間食をとる)することが必要です。
   よく,わさびや芥子(からし)などの香辛料を避けるようにと書いてある本がありますが,その必要はありません。常識的な範囲で,香辛料を使われて結構です。カレーライスやコーヒーも特に制限する必要はありません。もちろん,異常に辛いカレーを食べたり,空腹に濃いコーヒーを何杯も飲めば,なにも胃の手術を受けた人ばかりでなく健常な人でもお腹の調子が悪くなります。
   お刺身も食べていただいても,新鮮でさえあれば何も問題ありません。しかし,新鮮でなければ健常な人に比べて,下痢を起こしやすいので注意して下さい。これは胃の手術後には胃酸が減少するために,食物に付着した細菌が体内に侵入しやすくなるためです。心配であれば少し火を通して摂取すればより安全です。
   ただ,大きな固まりを飲み込まないように注意して下さい。お腹の手術をすると,すべての人でお腹の中に癒着が起こります。癒着の場所や程度はさまざまですが必ず起こり,腸などがお腹のあちこちに癒着して折れ曲がっています。そのうえ,胃の消化機能が落ちていますので飲み込んだ大きな食べ物が胃を素通りしてそこにくると,カーブを曲がりきれなくてつまってしまうことがあるのです。特に野菜類はあまり消化されないので,はじめから小さく切っておくとよいでしょう。肉や魚類は消化されるので意外に詰まることはありません。
   つまりやすいのは,生野菜(ピーマン,トマトなど),キノコ類,海草類(昆布など),タケノコ,ちくわ,こんにゃく,油を多く含む豆類などですが,普通によくかんで食べさえすれば大丈夫です。できれば細かく切るほうが安全です。よく,糸こんにゃくが好きでそればかり選ってたくさん食べたりするとつまることがあるのです。ただし,つまってしまっても,多くの場合,時間とともに流れて行くので心配はありません。もちろん,その間苦しい思いをして,絶食しなければならないのはやむを得ません。柿は大量に食べると,柿の渋みの成分が他の食物を固めてしまい,それが胃の中で石のように硬くなり,大きな固まりを作ることがあります。この固まりが腸のほうに流れて腸閉塞になったりすることもあります。しかし,毎晩寝る前に大量の柿を食べたりしなければ,少しばかりの柿を食べても問題はありません。食べたい方は1回に食べる量をなるべく少なくすることです。

(10)お酒は?
   肝機能がよければお酒も飲んでかまいません。ただし,お酒が急に小腸に入ると,糖分と同じですぐに吸収されるので,血液のアルコール濃度が急に上がるようになり,以前より酔いやすく,さめやすい状態になります。少しの量から始めて下さい。泡の出る飲み物はやめたほうがよいと書いてある本が多いようですが,個人差がありますので,試してみて下さい。
   胃を全部取っても,大ジョッキで何杯もビールを飲み干す人が結構おられます。泡の出るものを避けるように指導するのは,炭酸ガスがお腹にたまって苦しくなるからという理由です。普通の人もビールなどを飲むとお腹がガスでいっぱいになり,苦しくなるのは同じですが,げっぷを出すことでまた飲めるようになります。胃の手術をした人は胃が小さくなるばかりでなく,げっぷを上手に出せなくなります。これはある程度慣れで,出せるようになりますので,げっぷをうまく出せるようになれば飲めるようになります。それができない人は無理をしないで,ビールではなく日本酒やワインに切り替えればよいのです。
   胃の手術をしたあとは,病気に対する不安から,アルコールを毎日大量に飲み,肝臓をこわしたり,アルコール依存症になる人がいます。ここでも,「過ぎたるは及ばざるが如し」を思い出して下さい。

一番大事なのは
   今まで書いてきたことを患者さんが理解するだけでは,快適な術後生活は送れません。実際に食事を作る人が十分に今まで書いてきたことを理解することが大事です。むしろ,手術を受けた本人が理解するより大事かもしれません。現在,体に起こっている変化を正確に理解したうえで,むやみに恐れず,あまり気張らず,リラックスして,食事を楽しむ気持ちを忘れずに毎日を過ごせば,やがて食べる量も増え,ときには体重が増えてくることもあります。一日一日は変化がないようでも,1ヵ月,2ヵ月単位で見ていると,ほとんどの患者さんは良い方向に向いてきます。
   患者さんには「どろどろに煮詰めた薄味の野菜」ばかりでなく,「新鮮なお刺身やお肉」も食べさせて下さい。要は普段から患者さんが好きなおいしいものを,心豊かに楽しみながら食べさせてあげることが大切なのです。


 

 
 
 
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