脳梗塞とはどんな病気?
Evidenceに基づく日本人脳梗塞患者の医療ガイドライン策定に関する研究班(2006年刊第1版)
第3章 脳梗塞は若い人にも起こるか
■東海大学医学部神経内科
篠原幸人、永山正雄
篠原幸人、永山正雄
■若い人にも起こる脳梗塞
多くの人は、脳梗塞は高齢の人の病気と思っていますし、実際にも脳梗塞は60歳以上の人に多く起こります。 しかし最近の傾向として、40〜50歳代の働き盛りの人で脳梗塞と診断される人が目立ち、ときには10〜20歳代の人にもみられます。 一般に若い人の脳梗塞(若年性脳梗塞)とは、40歳あるいは45歳までに起きた脳梗塞をさしますが、公式な年齢規定はありません。
■若い人の脳梗塞の原因
若い人と高齢の人の脳梗塞では、その原因に多少の違いがあります。 たとえば、高血圧、糖尿病、高脂血症など動脈硬化の危険因子について、多数あるいは1つでも高度の異常をもつ人は、若くても脳梗塞になりやすいのです。 しかし、若くして脳梗塞になった人のなかには、これらの危険因子がなく生まれもった体質や後天的に得た何らかの異常が脳梗塞の原因と考えられる人がよくみられます。 したがって若くして脳梗塞になった人はもちろん、その家族、血縁者に脳卒中の多い人、原因不明の脳卒中になった人などは、専門的な精密検査をしたほうがよいかもしれません。
ここでは若い人の脳梗塞の主な原因と予防について、簡潔に説明します。
1 若年者の動脈硬化による脳梗塞
若年者の動脈硬化は若い人に起こる脳梗塞の原因の20〜30%を占めます。 ほとんどの人は35歳以上で、原因としては高血圧症が最も多く、ついで高脂血症、喫煙、糖尿病、肥満などがあります。 脳梗塞の原因はまだまだたくさんあります。
治療と予防は個々の危険因子によって異なりますが、薬物療法、食事療法(塩分・脂肪分・エネルギーを過剰にとることを避ける、適度な水分を飲むなど)、日常生活上の注意(急な温度変化を避ける、過度のストレスを避ける、トイレでいきまないなど)が重要です。
2 心原性または動脈原性脳塞栓
脳梗塞のうち、心臓や心臓から脳に至る血管のなかでできた血液の塊がはがれて流れていき、突然に脳の血管を詰まらせるものです。 若い人に起こる脳梗塞の3分の1から4分の1を占めます。心臓弁膜症などの先天性の心臓病や心房細動などの不整脈が主な原因です。
また長期の寝たきり状態や血液の固まりやすさの異常(血液凝固異常)によって、足の深部静脈血栓症(注1)が生じ、それが心臓に流れて肺に行く途中、心臓のなかに穴があいていたりすると、脳梗塞を起こすこともあります。 これらのなかには再発しやすいものも多く、したがって通常は再発予防のための適切な薬物療法が必要です。
注1 | 深部静脈血栓症 | 足の内部を通っている静脈に起こる血栓症。 |
3 動脈硬化による血管の異常以外の脳梗塞
(1)ウィリス動脈輪閉塞症(もやもや病)
2〜10歳の子供、あるいはそれ以上の比較的若い人に起こり、片マヒ(半身不随)、言語障害、視力障害、けいれん、激しい頭痛や嘔吐などが突然、起こります。脳の血管を撮影すると異常な血管の網がもやもやとみられることから、もやもや病とも呼ばれます。
子供では多くの場合、一過性脳虚血発作(TIA)(注2)や脳梗塞から起こります。 また強く泣きじゃくったり、急に走ったり、ハーモニカを吹いたときなどに、一時的な半身不随や意識障害を繰り返すことがあります。 一方、成人では脳出血から多く起こります。
治療には、薬物療法と手術療法があります。
(2)膠原病(こうげんびょう)にともなう脳梗塞
膠原病もしばしば若い人に脳梗塞を起こします。 原因として血管の壁の炎症、免疫や血液凝固の異常、高血圧症など危険因子の合併などがあげられます。 通常の脳梗塞の治療に加えて、膠原病自体の治療が重要です。
(3)動脈解離による脳梗塞
日本ではまだ報告がそれほど多くありませんが、諸外国では頻度の高い若い人の脳梗塞の1つです。 原因不明の場合も多いのですが、軽い首の外傷やスポーツ、カイロプラクティクス、ヨガなどによる急激あるいは過剰な首の回転や伸びによる場合もありますので、注意が必要です。 通常の脳梗塞の症状に加えて、しばしば首や後頭部の痛みなどの自覚症状があります。
(4)ホモシスチン尿症
アミノ酸の1つであるメチオニンの先天性(生まれつき)の代謝異常症で、知能障害、けいれんなどの神経障害、眼球の水晶体異常、骨格の異常を起こします。 全身の動脈や静脈の血栓症を起こしやすく、若い人の脳梗塞の原因にもなります。
(5)その他
覚醒剤や麻薬の乱用も、脳梗塞の原因となります。
注2 | 一過性脳虚血発作(TIA) | 片マヒやろれつがまわらないなど脳梗塞と同じ症状が突然起こるが、24時間以内に自然に回復するものをいう。 一時中気ともいわれる。頚動脈の動脈硬化で血管が細くなりそこに血栓ができて、脳の中にとんでいって細い血管を詰めて起こることが多い。 通常は10分以内に改善する。 数時間も持続するものは小さな脳梗塞を起こしていることが多い。 一過性だからといって安心していると短期間に再発して本当の脳梗塞になる可能性が強いので、すぐに専門医を受診すべきである。 |
4 血液凝固異常による脳梗塞
人間にとって血液は、血管のなかでは固まらずに流れ続けることと、出血した場合など血管の外ではすぐに固まって止血すること、という相反する働きが必要です。 ところが、この血液の固まりやすさのバランスが、先天的あるいは後天的にどちらかに傾き過ぎる病気があります。 たとえば、先天性血栓性素因(注3)や多血症(注4)など血液が固まり過ぎる病気では、若くして脳梗塞を合併してしまうことがあります。 またDIC(播種性血管内凝固症侯群)といって、体のある部分では血液が固まり過ぎ、逆にほかの部分では出血してしまう重い病気もあります。
これらの異常は十分に調べなければ診断がつきにくいものも多く、また治療や予防の対策が可能なものもありますので、1)本人や血縁の人に若くして、あるいは明らかな原因がなく、脳卒中(脳梗塞など)になった人が多い、2)原因不明の流産を繰り返している、3)原因がなく、出血したりあざになりやすい、のどれかに該当する人は専門家のいる病院(神経内科、血液内科)を一度受診してください。
注3 | 先天性血栓性素因 | 生まれつき血液の凝固因子などに異常があり、動脈あるいは静脈が詰まりやすい状態。 |
注4 | 多血症 | 血液のなかの血球成分の多い人 |
5 妊娠にともなう脳梗塞
妊娠の中期から産後6週間にかけて、体は血栓ができやすい傾向にあります。 とくに何らかの危険因子や基礎疾患がある人は、この時期に脳梗塞を起こしやすい状態となりますので注意が必要です。
6 その他の原因による脳梗塞
(1)片頭痛をともなう脳梗塞
片頭痛の多くは女性に起こり、頭の片側(ときに両側)で、ズキンズキンと脈打つ痛みが繰り返し起こります。 クモ膜下出血(注5)と違って、今までにも同様な頭痛を何回か経験している人が多いものです。 まれですが、片頭痛が関連したと考えられる脳梗塞になってしまう人がいます。
(2)経口避妊薬などによる脳梗塞
経口避妊薬、生理日を変えるホルモン、不妊症の薬の1部やある種の癌の治療薬は、若い人の脳梗塞の原因となることがあります。
(3)ミトコンドリア異常による脳卒中様の発作
発作性の頭痛、嘔吐、けいれんや、ときには進行性の痴呆などがみられ、片マヒ(半身不随)、視野障害(注6)、失語症(注7)など、短期間で変化する脳卒中のような発作を繰り返します。 学童期に起こることが多いのですが、成人や家族内に同じ症状がでる場合もあります。
(4)鉛筆外傷による脳梗塞
幼児や子供が、鉛筆、はし、おもちゃの矢、アイスクリームのスティックなどを口にくわえて遊んでいて、そのまま倒れたり、まれに成人ではスキーで転んだときにストックを偶然口に入れてしまうなど、喉の比較的表面を走っている頸動脈(けいどうみゃく)を強く圧迫したときに起こる脳梗塞です。 これらを総称して、鉛筆外傷による脳梗塞と呼んでいます。
注5 | クモ膜下出血 | 脳動脈のこぶ(脳動脈瘤)の破裂などにより、脳の表面を包むクモ膜の下に出血が生じる重篤な病気。 |
注6 | 視野障害 | 視界の一部が見えなくなる状態。同名半盲は「第5章 脳梗塞の症状」参照 |
注7 | 失語症 | 「第5章 脳梗塞の症状」参照 |