メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン2020年版
26.メニエール病の治療のClinical Question 6
26.メニエール病の治療のClinical Question
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●解説● | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
メニエール病において,通常の日常生活を阻害する最大の要因は,めまい発作の反復である。平衡覚の末梢前庭器あるいはその求心線維を選択的に(すなわち,聴覚機能を保存して)破壊して,めまい発作時の異常な信号伝達を抑制することによりめまい発作を抑制することを目指した治療法が選択的前庭機能破壊術である。生活指導,心理療法,通常の薬物治療によってめまいのコントロールが不良な症例が対象である。方法として,内耳毒性のあるアミノ配糖体系抗菌薬,具体的にはゲンタマイシン硫酸塩の鼓室内注入療法と前庭神経切断術がある。鼓室内注入療法には,硫酸ストレプトマイシンも用いられてきたが,現在,国際的には,ゲンタマイシン硫酸塩が標準的に用いられている。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
選択的前庭機能破壊術は,通常,両側メニエール病症例には適応とならない。治療耳の難聴の増悪のリスクがあり,良聴耳への施行も通常行わない。また,治療後の前庭代償が十分機能せず平衡障害が持続することが懸念されるため,高齢者に対する施行には注意を要する。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1.ゲンタマイシン鼓室内注入療法 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ゲンタマイシン鼓室内注入療法では,鼓膜に表面麻酔後鼓膜切開をほどこしたうえで,鼓室内に内耳毒性,とくに末梢前庭毒性のあるゲンタマイシン硫酸塩を鼓室内に注射器で注入する。鼓膜チューブをあらかじめ挿入して施行する方法もある。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Cochrane Libraryのシステマティックレビューでは,エビデンスレベルの高い臨床研究として,2つのRCTが採用されている1)。その2つは,Postema, et al., 2008とStrokroos, et al., 2004のRCTである2,3)。Postema, et al., 2008のRCTでは,ゲンタマイシン投与群では,プラセボ群と比較し有意なめまい発作の減少と耳閉感の減少が認められた2)。一方,純音聴力に関しては,平均で8dBと若干の聴覚閾値の上昇が認められた。一方,Strokroos, et al., 2004もゲンタマイシン投与で有意なめまい発作の抑制を認めた3)。彼らの報告では難聴の進行は認められていない。Syed, et al., 2015によるシステマティックレビューでもゲンタマイシン鼓室内注入療法のめまい発作抑制に関する有効性が確認されている4)。Patel, et al., 2016は,別種の鼓室内注入療法である副腎皮質ステロイドであるメチルプレドニゾロンの鼓室内注入療法とゲンタマイシン鼓室内注入療法の2群でRCTによる臨床研究を行い,24カ月の経過観察では,両者ともにめまいのコントロールに有効との結論を得ている5)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
このように,ゲンタマイシン鼓室内注入療法は有効な治療法であることが証明されているが,その投与のプロトコールについてはまだ標準化がなされていない。一法として,ゲンタマイシン硫酸塩を炭酸水素ナトリウム注射液で希釈し,pH調整をし,濃度を30mg/mLにした薬液を鼓室内に注入する方法がある6)。1日1回5日間等の投与回数と投与期間を固定したプロトコール(shot-gun法)と,月1回など定期的に注入を行いつつ,めまい発作がコントロールされるまで継続するプロトコール(titration法)がある。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2.前庭神経切断術 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前庭神経切断術は,手術により第Ⅷ脳神経のうち前庭神経を選択的に切断する手術である。前述のゲンタマイシン鼓室内注入による選択的前庭機能破壊法も無効であった場合に考慮するとするアルゴリズムもある7)。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
前庭神経へのアプローチ法としては,後S状静脈洞アプローチ(retrosigmoid approach),中頭蓋窩アプローチ(middle fossa approach),後迷路アプローチ(retrolabyrinthine approach),後頭下アプローチ(occipital approach)などの方法が報告されている8)。良好なめまい発作のコントロールと聴力の保存の可能性がある治療法である。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
症例集積研究では,一般にめまいのコントロールは良好で,ほとんどの報告で良好なめまいのコントロールが達成されている9-13)。しかし,少数ではあるが,めまいのコントロールが不良な症例も報告されている14)。聴力に関しては,聴力の悪化が認められなかったとする報告もあるが,一般的には,少なくとも5%程度の症例では,聴力の悪化を認め,聴力障害の発生頻度の高い報告では,40%以上で認められている9)。本法は,蝸牛および蝸牛神経には操作を加えておらず,メニエール病の自然経過としての難聴の進行を防ぐ治療法ではないことにも留意すべきである。治療法の性質上RCTは困難であるが,ゲンタマイシン鼓室内注入療法と比較では,同等のめまい制御率とする報告10)と,前庭神経切断術のほうがめまい制御率が高く,聴力への影響が少ないとする報告12)がある。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
◆文献の採用方法 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
文献検索対象期間は2018年3月31日までとした。文献検索には,PubMed,Cochrane Library,医学中央雑誌を用いて実施した。PubMedでは,「Meniere's disease」,「gentamicin」または「vestibular neurectomy」をキーワードとして掛け合わせて検索した。研究デザインや論文形式による絞り込みは行っていない。Cochrane Libraryでは,「Meniere's disease」をキーワードとしてシステマティックレビューとRCTを検索した。医学中央雑誌では「メニエール病」,「ゲンタシン(あるいはゲンタマイシン」または「前庭神経切断術」をキーワードとして検索した。その結果,英語文献では669編(gentacin422編+Neurectomy247編)を抽出した。和文文献では会議録を除く106編(ゲンタマイシン73編,前庭神経切断術33編)を抽出した。それらの中からメタアナリシス2編,RCT3編を抽出した。さらに要旨のレビューを行い,前後比較研究2編,症例報告5編を追加し,12編を採用した。 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
◆推奨度の判定に用いた文献 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・ゲンタマイシン鼓室内注入療法 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Pullens, et al., 2011(レベル1a),Syed, et al., 2015(レベル1a),Strokroos, et al., 2004(レベル1b),Postema, et al., 2008(レベル1b) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・副腎皮質ステロイド鼓室内注入療法 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Patel, et al., 2016(レベル1b) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・前庭神経切断術 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Hillman, et al., 2004(レベル4),Schmerber, 2009(レベル4),van de Heyning, et al., 1997(レベル5),Tewary, et al., 1998(レベル5),内藤ら, 2005(レベル5),Goks, et al., 2005(レベル5),Schlegel, et al., 2012(レベル5) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
参考文献 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1) | Pullens B, van Benthem PP: Intratympanic gentamicin for Ménière's disease or syndrome. Cochrane Database Syst Rev: CD008234, 2011. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
2) | Postema RJ, Kingma CM, Wit HP, Albers FWJ, Van Der Laan BF: Intratympanic gentamicin therapy for control of vertigo in unilateral Ménière's disease: a prospective, double-blind, randomized, placebo-controlled trial. Acta Otolaryngol 128: 876-880, 2008. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
3) | Strokroos R, Kingma H: Selective vestibular ablation by intratympanic gentamicin in patients with unilateral active Ménière's disease: a prospective, double-blind, placebo-controlled, randomized clinical trial. Acta Otolaryngol 124: 172-175, 2004. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4) | Syed MI, Ilan O, Nassar J, Rutka JA: Intratympanic therapy in Ménière's syndrome or disease: up to date evidence for clinical practice. Clin Otolaryngol 40: 682-690, 2015. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
5) | Patel M, Agarwal K, Arshad Q, Hariri M, Rea P, Seemungal BM, Golding JF, Harcourt JP, Bronstein AM: Intratympanic methylprednisolone versus gentamicin in patients with unilateral Ménière's disease: a randomized, double-blind, comparative effectiveness trial. Lancet 338: 2753-2762, 2016. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
6) | Murofushi T, Halmagyi GM, Yavor RA: Intratympanic gentamicin in Ménière's disease: Results of Therapy. Am J Otol 18: 52-57, 1997. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
7) | Sajjadi H, Paparella MM: Ménière's disease. Lancet 372: 406-414, 2008. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8) | 内藤泰,遠藤剛:難治性メニエール病に対する前庭神経切断術.頭頸部外科 15:169-173, 2005. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9) | Van de Heyning PH, Verlooy J, Schatteman I, Wuyts FL: Selective vestibular neurectomy in Ménière's disease: a review. Acta Otolaryngol Suppl 526: 58-66, 1997. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
10) | Schmerber S, Dumas G, Morel N, Chahine K, Karkas A: Vestibular neurectomy vs. chemical labyrinthectomy in the treatment of disabling Ménière's disease: a long-term comparative study. Auris Nasus Larynx 36: 400-405, 2009. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
11) | Tewary AK, Riley N, Kerr AG: Long-term results of vestibular nerve section. J Laryngol Otol 112: 1150-1153, 1998. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
12) | Hillman TA, Chen DA, Arriaga MA: Vestibular nerve section versus intratympanic gentamicin for Ménière's disease. Laryngoscope 114: 216-222, 2004. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
13) | Goksu N, Yilmaz M, Bayramoglu I, Bayazit YA: Combined retrosigmoid retrolabyrinthine vestibular nerve section: results of our experience over 10 years. Otol Neurotol 26: 481-483, 2005. | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
14) | Schlegel M, Vibert D, Ott SR, Häusler R, Caversaccio MD: Functional results and quality of life after retrosigmoid vestibular neurectomy in patients with Ménière's disease. Otol Neurotol 33: 1380-1385, 2012. |