メニエール病・遅発性内リンパ水腫診療ガイドライン2020年版
24.メニエール病の治療
メニエール病の治療は急性期と間歇期に分けられる。急性期の治療は,めまい症状の軽減と感音難聴の改善を目的に行われ,間歇期の治療はめまいの発作予防を目的に行われる。
24.1 急性期の治療
1)メニエール病のめまい発作急性期の治療
めまいが高度の場合は原則入院させ,まず7%炭酸水素ナトリウム注射液の点滴静注(~250mL)を行う。エビデンスは確立されていないが,経験的にメニエール病を含む急性めまいに効果があると考えられており,広く治療に用いられている。なお,炭酸水素ナトリウム注射液は急速な静注を行うと血管痛が発現することがあるので注意を要する。同時に,必要に応じて制吐薬や抗不安薬を投与する。入院中の治療と入院期間は,症状の経過と眼振所見,体平衡障害などの他覚所見により決定する。また,めまい症状が比較的軽度の場合は,炭酸水素ナトリウム注射液点滴後に抗めまい薬などの処方で帰宅させることも可能である。
入院治療 | |||||||||||||||
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在宅治療 | |||||||||||||||
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参考文献
1) | 野村泰之:めまいの薬物療法.Equilibrium Res 78: 7-15, 2019. |
2)メニエール病のめまい発作に伴う急性感音難聴の治療
めまいに随伴した急性感音難聴に対する治療を行う場合には,突発性難聴の治療と同様に行う。『急性感音難聴診療の手引き2018年版』(日本聴覚医学会編)によると,突発性難聴に対するステロイド治療の有効性について,エビデンスはないが選択枝の1つであり,実施することを提案する(エビデンスレベル:Ⅰ,推奨グレード:C1),としており,以下の様に解説している*1)。
“突発性難聴に対する治療法として,ステロイド剤の全身投与が世界中で広く使用されており,平成26~28年度「難治性聴覚障害に関する調査研究班」の実施した疫学調査においても,8割以上の症例でステロイド全身投与が行われていた1)。ステロイド全身投与の有効性に関するRCTは,これまで多数施行されてきたが評価は様々である。また,メタアナリシス2)では,いずれのRCTもバイアスが大きく症例数が少ないため,ステロイド全身投与の有効性は証明されていない。そのため,AAO-HNSのガイドラインでは,ステロイド全身投与は“Option”に位置づけられている。
前述の全国調査の結果から,ステロイド全身投与を行った群とステロイド剤を使用しなかった群とを比較すると,有意差はないもののステロイド全身投与を行ったほうが聴力予後がよい傾向にあった3)。ステロイド全身投与の明確なエビデンスはいまだ確立していないのが現状であるが,他に治療法が確立していない現状を踏まえると,初期治療としてのステロイド全身投与は選択肢の一つとなり得る。”
また,めまいに随伴した急性の低音障害型感音難聴の治療は,急性低音障害型感音難聴に準じるとの考え方もある。『急性感音難聴診療の手引き2018年版』によると,急性低音障害型感音難聴に対するステロイド治療の有効性について,明確なエビデンスはないが,治療の選択枝の1つとして提案する(エビデンスレベル:Ⅱ,推奨グレード:C1)としており,以下の様に解説している*2)。
“ステロイド剤については無効とする報告4),有効とする報告5,6),必要性は少ない7,8)とする報告など様々である。また,有効とする報告のなかでも大量投与が有効とするもの6),標準量のほうが効果は高いとするもの5)の両者がみられる。さらに,プレドニゾロンのようなミネラルコルチコイド活性を有するステロイド剤を大量投与すると,聴力が一時的に悪化するという報告もある9)。ステロイド剤と偽薬によるRCTはないため,有効性についてのエビデンスは得られていないが,突発性難聴に準じた治療薬として頻用される。”
参考文献
1) | Kitoh R, Nishio SY, Ogawa K, Kanzaki S, Hato N, Sone M, Fukuda S, Hara A, Ikezono T, Ishikawa K, Iwasaki S, Kaga K, Kakehata S, Matsubara A, Matsunaga T, Murata T, Naito Y, Nakagawa T, Nishizaki K, Noguchi Y, Sano H, Sato H, Suzuki M, Shojaku H, Takahashi H, Takeda H, Tono T, Yamashita H, Yamasoba T, Usami SI: Nationwide epidemiological survey of idiopathic sudden sensorineural hearing loss in Japan. Acta Otolaryngol 137: S8-16, 2017. |
2) | Wei BP, Mubiru S, O'Leary S: Steroids for idiopathic sudden sensorineural hearing loss. Cochrane Database Syst Rev 25: CD003998, 2006. |
3) | Okada M, Hato N, Nishio SY, Kitoh R, Ogawa K, Kanzaki S, Sone M, Fukuda S, Hara A, Ikezono T, Ishikawa K, Iwasaki S, Kaga K, Kakehata S, Matsubara A, Matsunaga T, Murata T, Naito Y, Nakagawa T, Nishizaki K, Noguchi Y, Sano H, Sato H, Suzuki M, Shojaku H, Takahashi H, Takeda H, Tono T, Yamashita H, Yamasoba T, Usami S: The effect of initial treatment on hearing prognosis in idiopathic sudden sensorineural hearing loss: a nationwide survey in Japan. Acta Otolaryngol 137: S30-33, 2017. |
4) | Kitajiri S, Tabuchi K, Hiraumi H, Hirose T: Is corticosteroid therapy effective for sudden-onset sensorineural hearing loss at lower frequencies? Arch Otolaryngol Head Neck Surg 128: 365-367, 2002. |
5) | 真鍋恭弘,鈴木弟,斎藤武久,藤枝重治:急性低音障害型感音難聴の治療薬剤について:ステロイド剤とイソソルビドの比較.耳鼻臨床 98:9-14, 2005. |
6) | Suzuki M, Otake R, Kashio A: Effect of corticosteroids or diuretics in low-tone sensorineural hearing loss. ORL J Otorhinolaryngol Relat Spec 68: 170-176, 2006. |
7) | 鳥谷龍三,江浦正郎,大礒正剛,五十川修司,田中文顕,犬童直哉,中野幸治:急性低音障害型感音難聴の初期治療-ステロイド剤使用の是非について.耳鼻 52:271-277, 2006. |
8) | 木谷芳晴,福島英行,中村一,田村芳寛,田村哲也,河田桂:急性低音障害型感音難聴の検討.耳鼻臨床 95:999-1004, 2002. |
9) | 真鍋恭弘,斎藤武久,斎藤等:急性低音障害型感音難聴に対する異なるステロイド剤による効果の相違について.Audiol Jpn 45: 176-181, 2002. |
*1) | 日本聴覚医学会編『急性感音難聴診療の手引き2018年版』p.57より引用 |
*2) | 日本聴覚医学会編『急性感音難聴診療の手引き2018年版』p.70より引用 |
24.2 メニエール病の間歇期の治療(治療アルゴリズム)(図13)
メニエール病の間歇期の治療は,発作予防を目的として行われる。発作予防のためには段階的治療が推奨されている1-3)。これはSajjadi, et al., 2008がLancetに報告したメニエール病の治療アルゴリズムを基に,メニエール病診療ガイドラインや日本めまい平衡医学会のメニエール病難治例の診療指針に取り上げられた間歇期の治療方針である。段階的治療では,低侵襲のStep1の保存的治療から開始し,有効性が確認されない場合は,Step2, 3, 4へ段階的に進める。一般的には,保存的治療でめまい発作が抑制できない難治性メニエール病に対しては,Step2 の中耳加圧治療が行われ,有効性が確認されない場合はStep3の内リンパ嚢開放術を行うことが多い。しかし,症例によっては,Step2として内リンパ嚢開放術を行い,めまい発作が再発した場合にStep3として中耳加圧治療を行う場合がある。Step3で有効性が確認されない場合は,Step4の選択的前庭機能破壊術が行われることがある。
なお,2018年に保険収載された中耳加圧装置による中耳加圧治療の施行に際して,日本めまい平衡医学会による中耳加圧装置適正使用指針を遵守する必要がある。中耳加圧装置適正使用指針は巻末の「参考資料」に記載した(p.87)。中耳加圧治療の対象患者のメニエール病確実例(メニエール病確定診断例を含む)の診断にはメニエール病診断基準2017年を用いると記載されている。

参考文献
1) | Sajjadi H, Paparella MM: Ménière's disease. Lancet 372: 406-414, 2008. |
2) | 厚生労働省難治性疾患克服研究事業 前庭機能異常に関する調査研究班(2008~2010年度)編:メニエール病診療ガイドライン2011年版.金原出版,東京,2011. |
3) | 鈴木衞:メニエール病難治例の診療指針について 厚生労働省難治性疾患等克服研究事業 前庭機能異常に関する調査研究班(2011~2013年度).Equilibrium Res 73: 79-89, 2014. |
1)生活指導
メニエール病の発症にストレス,肉体的・精神的過労,睡眠不足が関与することが知られている。また,患者の性格として,神経質,几帳面,勝ち気,完璧主義が多く,行動特性として自己抑制型が多い1)。このような性格は,職場や家庭における様々な状況が他の人より大きなストレス源となり,メニエール病のめまい発作を誘発しやすいと考えられている。生活指導の基本は,ストレスをできるだけ回避し,生活習慣を改善することによりめまい発作を抑制することにある。ストレスの解消策として,適度な運動が推奨される。有酸素運動によってめまい発作が抑制され,難聴が改善した症例の報告がある2-5)。
参考文献
1) | Takahashi M, Odagiri K, Sato R, Wada R, Onuki J: Personal factors involved in onset or progression of Ménière's disease and low-tone sensorineural hearing loss. ORL J Otorhinolaryngol Relat Spec 67: 300-304, 2005. |
2) | 五島史行:めまいに対する心身医学的アプローチ:心身症としてのめまいと治療戦略.心身医学 54:738-745, 2014. |
3) | 高橋正紘:生活指導と有酸素運動によるメニエール病の治療.Otol Jpn 20: 727-734. 2010. |
4) | 大貫純一,高橋正紘,小田桐恭子,和田涼子,飯田政弘:メニエール病の長期治療成績:メニエール病に対する生活指導の効果.Equilibrium Res 63: 149-154, 2004. |
5) | Onuki J, Takahashi M, Odagiri K, Wada R. Sato R: Comparative study of the daily lifestyle of patients with Meniere's disease and controls. Ann Otol Rhinol Laryngol 114: 927-933, 2005. |
2)薬物治療
メニエール病の薬物治療の基本は利尿薬治療である。利尿作用による内リンパ水腫の軽減を目的として行われる。浸透圧利尿薬であるイソソルビドが用いられることが多く1-5),有効性が報告されている。イソソルビドを90~120mL/日,分3で治療を開始する。めまい発作が抑制されると,60mL/日まで減量し,さらに30mL/日まで減量して発作が起きないことを確認したら投薬を終了する。服用期間は連続して年単位の長期から,発作の抑制状況から判断して数カ月程度の断続的投与まで,さまざまである。イソソルビドのエビデンスについては,「CQ2 メニエール病に利尿薬は有効か?」(p.51)を参照のこと。抗めまい薬,ビタミンB12薬,漢方薬などがイソソルビドと併用または単独に投与されることがある。抗めまい薬のエビデンスについては,「CQ1 メニエール病に抗めまい薬は有効か?」(p.48)を参照のこと。また,ストレス軽減と安静を図るために抗不安薬を併用したり6),睡眠障害がめまい発作の誘因と考えられる場合は,適当な睡眠導入薬を投与する場合7)がある。
参考文献
1) | 肥塚泉:予防医学からみた耳鼻咽喉科臨床:予防医学からみたメニエール病. JOHNS 25: 1738-1740, 2009. |
2) | 武田憲昭:抗めまい薬の使い方update:抗めまい薬のEBM. ENTONI 162: 1-4, 2014. |
3) | 北原糺:耳鼻咽喉科の疾患・症候別薬物療法:メニエール病.JOHNS 31, 1213-1217, 2015. |
4) | 山中敏彰,北原糺:めまい頻用薬の選び方・上手な使い方:メニエール病.ENTONI 200: 15-21, 2016. |
5) | 室伏利久:抗めまい薬の使い方update:メニエール病に対する抗めまい薬update. ENTONI 162: 5-10, 2014. |
6) | 堀井新:心因性疾患診療の最新スキル:メニエール病.ENTONI 213: 54-59, 2017. |
7) | 中山明峰,蒲谷嘉代子:私の処方箋:耳科学領域:メニエール病.JOHNS 27: 1326-1327, 2011. |
3)中耳加圧治療
中耳加圧治療は,保存的治療と手術治療の中間的な治療である。メニエール病に対する中耳加圧治療は,実用的な携帯型治療機器が2000年代初めより供給されるようになって開始された。まず鼓膜換気チューブを挿入し,外耳道から専用加圧装置(Meniett®)を使用して陽圧刺激を加える1)。この装置はスウェーデンで開発され,その後米国で生産されるようになり,米国食品医薬品局(FDA)により医療機器としての承認を得ているが,わが国では薬機未承認である。鼓膜換気チューブ挿入単独でもめまいが変化するという報告2)があるため,挿入後4週間程度の経過観察後にめまい改善がみられない場合に治療を開始する。2年間の長期成績にてめまい抑制に対する高い有効性が報告されている3)。Meniett®を用いる中耳加圧治療のエビデンスについては,「CQ4 メニエール病に中耳加圧治療は有効か?」(p.55)を参照のこと。
わが国では滲出性中耳炎用医療機器として使用されている鼓膜マッサージ器による経鼓膜的圧治療に関する臨床研究が行われ,Meniett®と同等の効果があることが報告された4)。PMDAによる指導に基づく企業治験5)の結果,鼓膜換気チューブを必要とせず,経鼓膜的に陽圧と陰圧を交互に加える非侵襲中耳加圧装置が薬機承認され,2018年に保険収載された。メニエール病に対する中耳加圧治療は,中耳加圧装置適正使用指針に基づき保険診療として実施可能となった。中耳加圧装置適正使用指針を巻末の「参考資料」(p.87)に掲載した。
中耳加圧治療は,内リンパ嚢開放術を行った後に再発したメニエール病症例に対してもめまい発作抑制に有効であることが報告されている6)。
参考文献
1) | 將積日出夫:中耳加圧療法.Equilbrium Res 62: 121-124, 2003. |
2) | Montandon P, Guillemin P, Häusler R: Prevention of vertigo in Ménière's syndrome by means of transtympanic ventilation tubes. ORL J Otorhinolaryngol Relat Spec 50: 377-381, 1988. |
3) | Shojaku H, Watanabe Y, Mineta H, Aoki M, Tsubota M, Watanabe K, Goto F, Shigeno K: Long-term effects of the Meniett device in Japanese patients with Meniere's disease and delayed endolymphatic hydrops reported by the Middle Ear Pressure Treatment Research Group of Japan. Acta Otolaryngol 131: 277-283, 2011. |
4) | Watanabe Y, Shojaku H, Junicho M, Asai M, Fujisaka M, Takakura H, Tsubota M, Yasumura S: Intermittent pressure therapy of intractable Ménière's disease and delayed endolymphatic hydrops using the transtympanic membrane massage device: a preliminary report. Acta Otolaryngol 131: 1178-1186, 2011. |
5) | 將積日出夫,髙倉大匡,藤坂実千郎,浅井正嗣,上田直子:難治性内リンパ水腫に対する新型鼓膜マッサージ機の臨床治験.日本医療研究開発機構研究費(AMED)難治性疾患実用化研究事業「難治性めまい疾患の診療の質を高める研究班 平成27年度総括・分担研究報告書」pp.94-96, 2016. |
6) | 將積日出夫,髙倉大匡,藤坂実千郎,浅井正嗣,上田直子:難治性内リンパ水腫に対する段階的治療における中耳加圧治療の役割.日本医療研究開発機構研究費(AMED)難治性疾患実用化研究事業「難治性めまい疾患の診療の質を高める研究班 平成27年度総括・分担研究報告書」pp.97-99, 2016. |
4)内リンパ嚢開放術(図14)
内リンパ嚢は内リンパの吸収機能があると考えられている1)。メニエール病の病態である内リンパ水腫は,内リンパ嚢における内リンパの吸収機能障害によると考えられている1)。内リンパ嚢開放術は,内リンパ嚢外側壁を切開し,内リンパ水腫の減圧を図る手術法である。図14は内リンパ嚢開放術の術野で,乳突腔削開後に外側半規管隆起(Donaldson's line),後半規管辺縁,S状静脈洞の位置から内リンパ嚢の位置を推測し,頭蓋窩硬膜上の骨壁を削開し,脳硬膜上の内リンパ嚢を同定し,外壁を切開する。切開後の外側壁の処理には各種の工夫が報告されている2-4)。この方法は,聴力と前庭機能を保存してメニエール病のめまい発作を予防する機能保存的手術治療である。内リンパ嚢開放術のめまい発作抑制に対する有効性が報告されている5,6)。難聴・耳鳴に対する効果は乏しい。内リンパ嚢開放術のエビデンスについては,「CQ5 メニエール病に内リンパ嚢開放術は有効か?」(p.59)を参照のこと。

図14 | 内リンパ嚢開放術 |
外側半規管隆起(Donaldson's line)と後半規管辺縁,S状静脈洞の位置から内リンパ嚢の位置を推測し,頭蓋窩硬膜上の骨壁を削開し,脳硬膜上の内リンパ嚢を同定し,外壁を切開する。 |
参考文献
1) | Mori N, Miyashita T, Inamoto R, Mori T, Akiyama K, Hoshikawa H: Ion transport its regulation in the endolymphatic sac: suggestions for clinical aspects of Ménière's disease. Eur Arch Otorhinolaryngol 274: 1813-1820, 2017. |
2) | 北原糺:当施設における内リンパ嚢高濃度ステロイド挿入術.Otol Jpn 24: 49-52, 2014. |
3) | 関聡,山本裕,高橋姿:内リンパ嚢開放術の問題点.頭頸部外科 15:5-9, 2005. |
4) | Pullens B, Verschuur HP, van Benthem PP: Surgery for Ménière's disease. Cochrane Database Syst Rev 28: CD005395, 2013. |
5) | Kitahara T: Evidence of surgical treatments for intractable Ménière's disease. Auris Nasus Larynx 45: 393-398, 2018. |
6) | Sajjadi H, Paparella MM: Ménière's disease. Lancet 372: 406-414, 2008. |
5)選択的前庭機能破壊術
内リンパ水腫によるめまいの受容器は内耳の前庭・半規管であり,前庭・半規管を選択的に破壊することによりめまい発作を抑制するのが選択的前庭機能破壊術である。内耳中毒物質(アミノ配糖体抗菌薬であるゲンタマイシンまたはストレプトマイシン)鼓室内注入術と,前庭神経切断手術がある。
(1)内耳中毒物質鼓室内注入術
ゲンタマイシンが主に使用されている。ゲンタマイシン0.65mL(26mg)に炭酸水素ナトリウム注射液0.35mLを加えてpHを調整した薬液1mLを,以下のように鼓室内に注入する。
① | 1日3回,4日間,連続投与(1クール)。聴力・平衡機能の経過をみながら2~3クールを行う場合もある(shot-gun法)1)。 |
② | 上記の薬剤を1回注入し,効果を検定して不十分の場合は追加注入を行う(titration法)2)。 |
内耳中毒物質鼓室内注入術のエビデンスについては,「CQ6 メニエール病に選択的前庭機能破壊術は有効か?」(p.62)を参照のこと。
難聴が増悪する可能性があるため,ゲンタマイシンの注入量を調節することがある。本邦では内耳中毒物質鼓室内注入術を保険診療として行うことはできない。
(2)前庭神経切断術
中頭蓋開頭手術により,内耳道で前庭神経を選択的に切断するのが前庭神経切断術である3)。前庭神経切断術のエビデンスについては,「CQ6」(p.63)を参照のこと。手術操作に高度な技術が要求されるため,十分な技量をもった術者により施行されるべきである。必要に応じて専門的施設への紹介が推奨される。
(3)適応上の注意点
選択的前庭機能破壊術は,メニエール病のめまい発作抑制に対する高い有効性がある。しかし,難聴が増悪する可能性があるため,良聴耳への注入や手術,両側メニエール病症例では禁忌である。また,破壊側の前庭機能が高度に障害されることから,めまい発作が抑制されても術後のふらつき,運動時の不安定感,暗所歩行障害などの症状が長期に持続する可能性がある。これらの症状は前庭代償により軽減するとされているが,長期にわたり持続する症例も少なくなく,患者のQOLを低下させる。特に,高齢者や中枢神経系の障害が合併している症例では,適応には注意が必要である。また破壊側と反対側の耳の前庭機能が低下している場合には,選択的前庭機能破壊術後に両側前庭機能障害となり,強い平衡障害が持続する可能性が高く,適応には十分な注意が必要である。このことから,選択的前庭機能破壊術は,決して安易に選択すべき方法ではない点を強調したい。
参考文献
1) | Hsieh LC, Lin HC, Tsai HT, Ko YC, Shu MT, Lin LH: High-dose intratympanic gentamicin instillations for treatment of Ménière's disease: long-term results. Acta Otolaryngol 129: 1420-1424, 2009. |
2) | Stokroos R, Kingma H: Selective vestibular ablation by intratympanic gentamicin in patients with unilateral active Ménière's disease: a prospective, double-blind, placebo-controlled, randomized clinical trial. Acta Otolaryngol 124: 172-175, 2004. |
3) | 内藤泰,遠藤剛:難治性メニエール病に対する前庭神経切断術.頭頸部外科 15:169-173, 2005. |