(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅱ.日常整容編
CQ35 |
分子標的治療によるざ瘡様皮疹に対して,安全な日常的スキンケア方法は何か | |
推奨 分子標的治療によるざ瘡様皮疹に対して,軽く泡立てた洗浄料を用いて洗い,すすぎは十分に行い,水分はタオルを軽く押し当てるようにしてふき取る。洗浄料は弱酸性のものにこだわる必要はない。市販のスキンケア製品の「無添加」や「敏感肌用」表示にも明確な定義はなく,特殊なスキンケア製品にこだわる必要はない。 |
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推奨グレード C1b |
弱酸性の洗浄料を使用することを否定しない。 | |
推奨グレード C2 |
スクラブ入りの洗浄料を使用することは基本的に勧められない。 | |
推奨グレード C1a |
エビデンスはないが,洗浄前に水またはぬるま湯で身体を濡らした後,軽く泡立てた洗浄料で洗うことは勧められる。 | |
推奨グレード C1a |
エビデンスはないが,手でやさしく洗浄し,十分にすすぎを行うことは勧められる。 | |
推奨グレード C1b |
「無添加」「敏感肌用」の表示があるスキンケア製品を用いて保湿を行うことを否定しない。 |
●解説
1.弱酸性の洗浄料の使用について
洗浄料による肌荒れ指標の一つとなる,洗浄時における皮膚からの溶出アミノ酸(生体保湿成分の一つ)量は,一般的には洗浄料のpHが中性域で最小値を取るが,洗浄成分に含まれる界面活性剤自体の性質によっても影響され,pH10であっても中性の洗浄料より低い場合もある1)。逆に,弱酸性の洗浄料は,皮膚のpHと同等であるからといって安全性の高さを証明したことにはならず,肌にやさしい洗浄料という言葉に明確なエビデンスはない。単純に,洗浄料のpHだけで安全性を議論することはできない。
健常者の皮膚にはpHを弱酸性に維持する機構があり2)3),弱アルカリ性の洗浄料を使用した場合にも,皮膚のpHは多少上昇するものの弱酸性を維持し,30分程度でpH5.5程度まで回復する4)。しかし,アトピー性皮膚炎の患者では,皮膚pHがアルカリに傾いており,皮膚症状の悪化との関連性が指摘されている。このアルカリ化に対し,酸性洗浄料の使用の報告があるが5),これが病変部位の皮膚の改善に役立っているという明確なエビデンスはない。また,分子標的薬投与の患者の皮膚pHに関するエビデンスはない。分子標的薬等の抗がん治療中に起こるざ瘡様皮疹に対する洗浄料について,弱酸性洗浄料の使用を否定しないが,弱酸性にこだわる必然性はない。また,軟膏などの外用薬を継続して使用し,弱酸性の洗浄料では落ちにくい場合,洗浄力のより強い洗浄料(弱アルカリ性を含む)で十分に落とすことが勧められる。ただし,皮膚に吸着しやすく,刺激を起す可能性のあるラウリン酸6)7)を含まない洗浄料が勧められる。
2.スクラブ入りの洗浄料の使用について
スクラブ入りの洗浄料は,クリームタイプの洗浄料に不溶性の細かい粒子(スクラブ)を加えたものが主流で,古くなった角質やコメド(ニキビの初期段階にできる角栓)を物理的に除去することを目的に作られている。スクラブについては低刺激な素材の研究も行われているが8),皮膚に対する機械的刺激になり得るため,スクラブ入りの洗浄料を使うことは勧められない。
3.洗浄料の泡立てについて
洗浄料の使用方法に記載されている指定量を取り,適量の水またはぬるま湯を加えて軽く泡立てて洗浄する。泡立てにくい場合には,泡立てネットなどを用いて泡をつくるとよい。細かい泡にすることで,多くの界面活性剤を泡の中(気液界面)に取り込むことができ,皮膚に浸透し刺激を起こす可能性のある遊離の界面活性剤の量を少なくすることができる(図1)9)。なお,洗浄料に含まれる界面活性剤の皮膚への吸着を低減させるため,最初に水またはぬるま湯で濡らすとよい10)。

4.洗浄方法について
皮膚を刺激しないように,軽く泡立てた洗浄料を用いて手でやさしく洗う。ステロイド軟膏などの外用薬を塗布している場合は,洗いにくいところを意識して,丁寧に皮膚に残っている外用薬となじませる。一度洗って外用薬が落ちてないと感じる場合は,二度洗いをする。柔らかい素材のタオルで愛護的に洗っても良い。
また,すすぎが少ないと皮膚に残留する界面活性剤(洗浄剤成分)の量が多くなるため9)10),すすぎを十分に行う。すすぎにおいて,水が冷たいと界面活性剤が洗い落としにくくなり,一方熱いお湯では脱脂しすぎる場合があり,刺激になる場合があるのでぬるま湯を使う。
洗浄後タオル等で水分をふき取る場合,発赤や皮疹のある皮膚を強く摩擦しないよう,柔らかいタオルを軽く押し当てて水分をふき取るようにする。
5.「無添加」「敏感肌用」のスキンケア製品について
分子標的治療を行う際は,保湿料が処方されることが多い。その用量・用法を順守し用いることは重要である11)。
保湿のためのスキンケア製品も数多く市販され,「無添加」「敏感肌用」の表示がある製品もある。無添加化粧品と呼ばれる化粧品は,使う人の体質によってごく稀にアレルギー等の肌トラブルを起こすおそれのある成分として,旧薬事法において指定されていた「表示指定成分」12)を配合しないことを指す場合が多い。現在の制度においては,全成分表示が義務付けられ,メーカーの自己責任で「表示指定成分」以外の新しい成分を自由に使えるようになっている。したがって,表示指定成分より安全なものかどうかの判断についても,統一した基準はなく,無添加化粧品だから安全であるというエビデンスはない。特にパラベンフリーの化粧品に多く配合されている,ペンチレングリコールやヘキサンジオール,オクタンジオールなどは,刺激を感じる人もいるので注意が必要である13)。「敏感肌用」という言葉も明確な定義はなく,各製造販売業者の裁量で用いられているに過ぎない。
これに対して,敏感肌用や無添加化粧品と記載されていない化粧品であっても,実際の使用に際して問題のない製品も多く存在する。したがって,分子標的薬投与中の患者に使用するスキンケア製品は,特に敏感肌用や無添加化粧品にする必要はなく,以前に使用していた製品をそのまま使用してもよい。なお,以前使用していた製品によって,発疹やかぶれなど皮膚の問題が発生した場合には,直ちにその使用を中止し,皮膚科医に相談することが勧められる。
検索式・参考にした二次資料
PubMedにて,"neoplasms", "chemotherapy", "molecular target drug", "EGFR inhibitor", "ALK inhibitor", "BCR-ABL inhibitor", "multikinase inhibitor", "Skin Care", "soaps", "facial", "cleansing", "cosmetics", "baths", "body washing", "body wash"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“癌”,“分子標的薬”と,“スキンケア”,“ボディソープ”,“洗顔料”,“石けん”,“水素イオン濃度”,“弱酸性”等のキーワードを用いて検索した。さらに,保有する文献を参考にした。
参考文献 | |
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1) | 出口勝彦,有沢正俊,石田篤郎,岡本暉公彦,芋川玄爾.アニオン性界面活性剤の評価 皮膚洗浄剤としてのモノアルキルフォスフェートの有用性.粧技誌.1981; 15(2): 121-7.(レベルⅥ) |
2) | 樋口健太郎.皮膚pHおよび中和能について.皮膚臨床.1967; 9(2): 89-98.(レベルⅥ) |
3) | Hachem JP, Crumrine D, Fluhr J, Brown BE, Feingold KR, Elias PM. pH directly regulates epidermal permeability barrier homeostasis, and stratum corneum integrity/cohesion. J Invest Dermatol. 2003; 121(2): 345-53.(レベルⅥ) |
4) | 大野盛秀,飯田 宏,広瀬 統,小島 肇,長谷川和富.皮膚生理機能におよぼす気温,湿度,季節および洗顔の影響.日皮会誌.1987; 97(8): 953-964.(レベルⅥ) |
5) | 村山功子,吉池高志,高森建二.酸性洗浄剤のアトピー性皮膚炎患者に対する使用経験.西日皮.1999; 61(5): 666-70.(レベルⅥ) |
6) | 橋本文章,春山道子,山下登喜雄,磯 敏明.界面活性剤の皮膚への吸着性と洗顔料による選択洗浄性.粧技誌.1989; 23(2): 126-33.(レベルⅥ) |
7) | 井浪義博,安東嗣修,佐々木淳,倉石 泰.界面活性剤によって誘発されるかゆみとケラチノサイト-ヒスタミン系の関与.薬学雑誌.2012; 132(11): 1225-30.(レベルⅥ) |
8) | 浜田博一,梶原 泰,有沢正敏.皮膚洗浄における物理洗浄粒子の機能と設計,日本化粧品技術者会誌.1996; 30(1): 47-54.(レベルⅥ) |
9) | Sonoda J, Sakai T, Inoue Y, Inomata Y. Skin Penetration of Fatty Acids from Soap Surfactants in Cleansers Dependent on Foam Bubble Size. J Surfactants Deterg. 2014; 17(1): 59-65.(レベルⅥ) |
10) | 高橋きよみ,村松宣江.肌トラブルを未然に防ぐ洗顔法について:第38回SCCJ研究討論会講演要旨集.東京:日本化粧品技術者会;1996.p.44-7.(レベルⅥ) |
11) | 中原剛士,師井洋一,高山浩一,中西洋一,古江増隆.上皮成長因子受容体(EGFR)阻害薬における皮膚障害に関する皮膚生理学的変化と保湿剤の有用性の検討.西日皮.2014; 76(3): 242-7.(レベルⅡ) |
12) | 薬事法の規定に基づき,成分の名称を記載しなければならない医薬部外品及び化粧品の成分を指定する件.厚生省告示第167号.1980.(レベルⅥ) |
13) | Lee E, An S, Cho SA, et al. The influence of alkane chain length on the skin irritation potential of 1,2-alkanediols. Int J Cosmet Sci. 2011; 33(5): 421-5.(レベルⅥ) |