(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅱ.日常整容編
総論
1.はじめに
治療期間中のがん患者の外見を支援する際には,まず,副作用症状に対する「治療行為」と「日常整容行為」という対象および目的を全く異にする領域が,密接不可分にかかわっていることを理解する必要がある(「本手引きについて」図1参照)。すなわち,一般に,治療行為は「患部」を対象とし,かつ「症状の治癒や軽快」を目的とするのに対して,日常整容行為は主に「正常部位」を対象とし,かつ「身体の清潔を保つことや美しく演出すること」を目的とする。
ところで,本来,スキンケアやメイクアップ,ヘアケアなどの日常整容行為は,上記目的のもと,快適さを求めて行われるものであり,がんに罹患したことに影響されるものではない。しかし,実際にがん治療に伴い,身体,皮膚,頭皮,毛髪,爪等,身体の一部に異常が現れた場合には,医薬品による治療以外に,それぞれの身体部位の日常整容をどのように行ったらよいのだろうか。香粧品は,基本的には健康な肌に使用することを想定しているため,この場合については,ほとんど検討されたことがなく,現場で提供されている情報も混乱している。
そこで,本手引きでは,当研究班が一般人や医療従事者,美容専門家を対象として実施した7つの調査研究から得られた疑問をもとに,CQを作成してエビデンスを検討した。エビデンスのないものについては,専門家集団としてディスカッションを重ね,患者の意見も含めて検討した見解をエキスパートオピニオンとして記載した。もっとも,エビデンスといっても,がん患者を対象とした研究は皆無に等しく,健常者や他の疾患を対象とした研究も,一般の医学研究に比して小規模であり,症例研究的なものが多い。しかし,本手引きでは,それらもあえて採用した。まずは,エビデンスがほとんどないという認識からスタートすることが必要であると考えたからである。そして,叩き台としての専門家意見を提示することも,新たな議論を活性化させ,今後のアピアランス研究の発展のために意義を有すると考えている。
日常整容行為は,治療前から行っていた行為であり,本来的に,個人の嗜好や経験を反映するものである。すなわち,その人らしさの表現であり,個人の尊厳に結び付くものであるため,十分に尊重されなければならず,がん治療中といえども,身体に異常が現れない限り制限される合理的な理由はない。しかし,現実には,エビデンスがないにもかかわらず,患者の化粧が必要以上に制限されることがある。また,反対に,特定の種類のスキンケア製品やヘアケア方法を勧められ,患者があたかも治療行為のように義務的に行うことも少なくない。その要因としては,外見の変化に加え,特別な病気になったという患者,医療者,および香粧品を提供する側の意識が影響していると考えられる。
しかし,近年,化粧を含む心理・社会的介入が,がん患者のQOLの維持向上に役立つことも報告されており(CQ50参照),日常整容行為は,皮膚症状を悪化させない限り,個人の自由と責任のもと広く認められることが望ましい。本手引きによって,少しでも患者が根拠のない制限を受けることなく,日常整容行為を行うことができれば幸いである。
この章では,日常整容に用いる「化粧品」および「医薬部外品に該当する化粧品(薬用化粧品ともいう)」を合わせた総称として「香粧品」を用いる。総論の「はじめに」に続き,以下,香粧品の種類と使用目的,基本的で適切な日常整容の方法および日常整容行動の指針と医療的ケアとの比較,注意点などを提示する。
なお,日常整容行為は基本的に治療行為ではないため,保険の対象とはならない。また,医師が行うアートメイクは医業行為であるが,美容のため自由診療となり,保険適用外である。
2.香粧品の種類と使用方法
1)香粧品の種類と使用目的
香粧品は,作用が穏やかで,指定範囲における効能・効果を有している商品として,届出をした製造販売業者が責任をもって販売するものである。関連する法律や業界団体の自主基準等で正しく選択・判断できるように規制されている1)~5)。したがって,香粧品を個人の皮膚や生活状況に合わせて正しく使用すれば,日常整容において十分に効果を発揮し,生活の質の向上や価値満足を得ることができる。表16)に,香粧品の分類と使用目的,主な製品を示す。なお,入浴料や入浴剤,育毛料や育毛剤のように,「化粧品」と「医薬部外品に該当する化粧品(以下,医薬部外品)」の両方に同様な製品がある場合,化粧品では「○○料」,医薬部外品では「○○剤」と呼ばれることが多い7)。
分類 | 使用目的 | 主な製品 | |
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顔・身体皮膚用 | スキンケア | 洗浄 | せっけん 洗顔フォーム クレンジング剤 |
整肌 | 化粧水 パック マッサージクリーム | ||
保湿 | 乳液 クリーム 美容液 | ||
メイクアップ | ベイスメイクアップ | ファンデーション コンシーラー フェイスパウダー | |
ポイントメイクアップ | 口紅 ほお紅 アイシャドー アイライナー アイブロー マスカラ | ||
ボディケア | 浴用 | せっけん 液体洗浄料 入浴剤 | |
紫外線防止 | 日やけ止めクリーム サンオイル | ||
制汗,防臭 | デオドラントスプレー パウダー | ||
脱色,除毛 | 脱色・除毛クリーム | ||
防虫 | 防虫スプレー | ||
手指 | ハンドクリーム | ||
爪 |
| ||
頭髪頭皮用 | ヘアケア | 洗浄 | シャンプー |
保湿 | リンス トリートメント コンディショナー | ||
整髪 | ヘアフォーム ヘアジェル ワックス | ||
パーマ | ウェーブ1剤 2剤 | ||
染毛 | ヘアカラー(染毛剤)ブリーチ カラーリンス | ||
育毛 | スカルプトリートメント 育毛剤 | ||
口腔 | オーラルケア | 歯磨き | 歯磨き |
口中清涼剤 | マウスウオッシュ | ||
フレグランス | 芳香 | 香水,オーデコロン | |
(光井武夫編『新化粧品学 第2版』p.5,表1—化粧品の分類,南山堂,2001より一部改変) |
2)香粧品を用いた日常整容方法の一例
男性はひげそり行動を,女性はメイクアップ行動を伴う,顔面の日常整容の方法の一例を図1,図2に示す。男女を問わず顔面の日常整容は,清浄と整肌,保湿を心がけることが大切である6)~9)。また,太陽からの紫外線(UV)を適切に防御することも必要である10)~12)。さらに,女性のメイクアップには,肌色を整えるベースメイクと形態を変え,魅力を増すポイントメイクと呼ばれる方法がある13)。その他の日常整容行為には,ヘアケア,パーマ14),染毛15),ネイルケアなどがある。


3.日常整容行動の指針と医療的ケアの比較
1)香粧品と医薬品の違い
本章で香粧品と総称する「化粧品」および「医薬部外品」の定義は,薬機法1)において以下のように示されている。「化粧品」とは,「人の身体を清潔にし,美化し,魅力を増し,容貌を変え,又は皮膚若しくは毛髪を健やかに保つために,身体に塗擦,散布その他これらに類似する方法で使用されることが目的とされている物で,人体に対する作用が緩和なものをいう」と定義されている。化粧品は日常生活において毎日または長期に使用されるものであるため,あらゆる状況,条件を考慮して使用上安全でなくてはならず,重篤な副作用は許されない。
「医薬部外品」は,薬用歯磨剤,防臭剤,染毛剤のように,人体に対する作用があっても「作用が緩和であり,疾患の治療または予防に使用せず,身体の構造,機能に及ぼすような使用目的をもたないもの」であり,化粧品同様に重篤な副作用は認められない。そして,この点が医薬品とは大きく異なる。
なお,保湿効果を目的にしているこれらの香粧品は,医薬品との性能の違いが少なく,使用感に関しては香粧品のほうが良好なものが多いといわれている。しかし,香粧品には,使用感の向上や美白,紫外線防止などの効果を追加するために,多様な添加物が含まれており,刺激や接触皮膚炎のリスクが高くなるため8),その選択は個々に判断する必要がある。
2)香粧品を安全に使用するために
香粧品には重篤な副作用が認められない。しかし,人によっては稀に,使用中に刺激を感じたり,使用後にかゆみやほてり,赤み,腫れなどの異常がみられたりすることがある。そのような症状が現れたときは,速やかに使用を中止し,塗布面を水またはぬるま湯で洗い流す必要がある。使用者に注意喚起するため,十分に安全性に考慮して原料選択や処方,製造された香粧品であっても,稀に軽微な異常を発症することがあるので,「お肌に異常があるとき,またはお肌に合わない時は,ご使用をおやめください。」と製品に表記することが業界団体である日本化粧品工業連合会のガイドラインによって定められている2)。
なお,化粧品には配合された全成分名が表示されており,化粧品を選択する際には,個人のアレルギー経験に基づいて配合されている成分を確認することができる。以前は,酸化防止剤や界面活性剤など,人により皮膚アレルギーなどの皮膚障害を起こす可能性がある102種類(香料を含めると103種類)の成分のみ,表示が義務付けられていた(指定成分表示)。しかし,現在は,化粧品基準(平成12年9月29日厚生省告示第331号)が公示され,全成分を邦文で表示することが義務付けられている(全成分表示)3)。これにより,先進諸国と同様に,ある種の成分を禁止,制限するが,他の成分の配合を自由とし,その安全性は製造販売業等の責任となったのである。
しかしながら医薬部外品の場合は,化粧品のように厚労省から記載方法の通知はない。そのため,全成分表記はされていないことが多い。
そして,化粧品,医薬部外品に限らず香粧品を使用することで,重篤な副作用が生じた場合は,厚生労働大臣への報告が義務付けられている。
3)表示・広告の注意点
香粧品であるが,化粧品と医薬部外品では効能・効果の範囲や許可される表現が異なっているので注意を要する。化粧品の効能効果の範囲は薬機法1)に定められているように,最新で追加された「乾燥による小ジワを目立たなくする」4)を含む56項目(表2)のみである。これに対して,医薬部外品では,薬用化粧品として厚生労働省に申請して承認されれば,効能・効果を一定の範囲内で拡大できる。例えば,化粧品の効能として,「日やけによるシミ,ソバカスを防ぐ」というものがある。この化粧品に,医薬部外品として承認を受けた有効成分が配合されていれば,「メラニンの生成を抑え,シミ,ソバカスを防ぐ」等の効果を具体的に表現することが可能である。さらに,「肌あれの改善」や洗浄剤ではなくても皮膚に塗布することで「ニキビを防ぐ」,「カミソリまけを防ぐ」,「ふけ・かゆみを防ぐ」等を表示することができる。
ただし,医薬部外品は,医薬品と化粧品の中間ではなく,あくまでも化粧品に近いもので,治療効果や症状の改善などの表示はできず,明らかに医薬品とは異なる。
医薬品,医薬部外品,化粧品および医療用具(以下,医薬品等)の広告が虚偽,誇大にならないようにするとともに,その適正を図ることが求められており,医薬品等の広告を行う者は,使用者が当該医薬品等を適正に使用することができるよう,正確な情報の伝達に努めなければならないとされている5)。また,認められている以外の効能・効果ないし安全性を保証する表現の禁止が義務付けられている。商品と同一の広告文において禁止される表現は,臨床データや実験等の例示,使用前後の図や写真,効果を謳う使用体験談,医薬関係者および理容師・美容師の推薦,「安全性が高い」「安心してお使いください」等の安全性の表現などである。なお,化粧品の「低刺激性」に関しては,科学的に立証されており安全性を強調しない表現の場合は使用が認められている。
さらに,化粧品,医薬部外品に限らず香粧品全般において,承認された成分でない特定の成分を特記表示する場合は,香粧品の効能効果の範囲に基づいた配合目的を表示することが定められている。例えば,植物エキス等は「保湿」と追記し,ビタミンEは「製品の抗酸化」等と表示することが定められている。同様に,「アレルギーテスト済み」,「ノンコメドジェニックス」,「皮膚刺激テスト済み」等の表記は,デメリット表記を同程度の大きさで目立つように,例えば「すべての人にアレルギー,皮膚刺激が起こらないということではありません」などと併記することが定められている。
香粧品を選ぶ際には,これらの正しい表示がなされているものを選択することが必要である。安全性や効果を大げさに保証する表現を用いている商品は,法律違反を犯しているなど,問題が多いので注意を要する。
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(※使用時にブラッシングを行う歯みがき類) |
参考文献 | |
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1) | 平成26年11月27日公布,薬事法等の一部を改正する法律(平成二十五年法律第八十四号)及び薬事法及び薬剤師法の一部を改正する法律(平成二十五年法律第百三号)による改正後の医薬品,医療機器等の品質, 有効性及び安全性の確保等に関する法律.2013.http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/dl/140825_0-1.pdf |
2) | 日本化粧品工業連合会のガイドライン http://www.jcia.org/n/pub/use/b/04-2/ |
3) | 化粧品の全成分表示の表示方法等について.平成13年3月6日 医薬審発第163号,医薬監麻発第220号.厚生労働省医薬局審査管理課長,厚生労働省医薬局監視指導・麻薬対策課長.2001.http://www.pref.okayama.jp/uploaded/attachment/12877.pdf |
4) | 化粧品の効能の範囲の改正について.平成23年7月21日 薬食発0721第1号.厚生労働省医薬食品局長.2011.http://www.pref.okayama.jp/uploaded/attachment/12899.pdf |
5) | 医薬品等適正広告基準について.昭和55年10月9日薬発第1339号各都道府県知事あて厚生省薬務局長通知 改正 平成14年3月28日 医薬発第0328009号.2002.http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/koukokukisei/dl/index_c.pdf |
6) | 光井武夫.化粧品概論,第一章 化粧品と皮膚.光井武夫編.新化粧品学.第2版.東京:南山堂;2001.p3-53. |
7) | 高橋元治.第4章 化粧品と皮膚と効能効果.高橋 守,他編著.基礎から応用までよくわかる!化粧品ハンドブック.東京:薬事日報社;2014.p84-106. |
8) | 大谷道輝.保湿剤.皮膚臨床.2014; 56(11): 1628-39. |
9) | 宮澤三郎編著.第10章 スキンケア化粧品.コスメティックサイエンス-化粧品の世界を知る-.東京:共立出版;2014.p127-49. |
10) | 日本化粧品工業連合会 SPF測定法基準<2007年改定版>.2007.http://www.epochal.co.jp/img/spf.pdf |
11) | 日本化粧品工業連合会 UVA防止効果測定法基準 平成7年11月5日.1995.http://www.epochal.co.jp/img/pa.pdf |
12) | 日本化粧品工業連合会.紫外線防止の基本.2013.http://www.jcia.org/n/pub/use/c/03-2/ |
13) | 小林美奈子,富川栄.第2章 メイクアップの心理学.資生堂ビューティーサイエンス研究所編.化粧心理学―化粧と心のサイエンス.東京:フレグランスジャーナル社;1993.p73-98. |
14) | 日本パーマネントウェーブ液工業組合著.第3章 パーマ施術の安全性の確保.パーマの科学.東京:新美容出版;2015.p61-80. |
15) | 日本ヘアカラー工業会編.ヘアカラーリングABC(新版).2014. |