(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
分子標的治療
CQ26 |
分子標的治療に伴う爪囲炎に対して推奨される局所治療はあるか | |
推奨グレード C1b |
副腎皮質ステロイド外用薬は考慮してもよい。ただし,推奨される強さは不明である。 | |
推奨グレード C1b |
硝酸銀法は考慮してもよい。 | |
推奨グレード C1b |
爪切りは考慮してもよい。 | |
推奨グレード C2 |
全抜爪は基本的に勧められない。 | |
推奨グレード C1b |
フェノール法は考慮してもよい。 |
●背景・目的
分子標的治療に伴う爪囲炎は,爪甲周囲の疼痛・発赤・腫脹を主徴とし,次第に肉芽形成や爪甲の亀裂,爪甲周囲膿瘍を生じることがある。爪囲炎の頻度は報告によってばらつきがあるが,国内の使用例では約半数で生じたとする報告がある1)。爪囲炎は,疼痛による歩行困難や手指の巧緻性の低下を招き,QOLを著しく低下させる2)。したがって,爪囲炎は初期から介入し,爪甲の清潔を保つ,適切な靴を履くなどの生活指導とともに適切な局所療法を行うことが重要である。本CQでは,各種局所治療の有用性について検討する。
●解説
1.ステロイド外用薬について
爪囲炎に対するステロイド外用薬の有用性を支持するランダム化比較試験や前向き試験は存在しない。しかしながら,ステロイド外用薬を支持する複数のエキスパートオピニオンが存在することや3)~5),海外や国内の拠点病院における指針での推奨度が高いことから6)~8),実際の臨床現場では初期の爪囲炎に対してステロイド外用薬が第一選択となることが多い。使用するステロイドの強さに関しては,ベリーストロングクラスのステロイド外用薬が有用であったとする症例報告9)がある一方で,ストロンゲストクラスのステロイド外用薬の効果はみられなかったとする症例報告10)もあり,高い水準の根拠は存在しない。爪囲炎に対するステロイド外用薬の臨床的意義に関しては,今後症例を集積して十分な精度で評価を行う必要がある。
2.硝酸銀法について
硝酸銀法は表在性腐食作用と収斂作用によって肉芽を除去するのに広く用いられており,分子標的治療による爪囲炎に伴う肉芽の除去に有用であるとする報告は複数ある6)11)~13)。また,拠点病院における指針でも,硝酸銀法による肉芽除去が推奨されている14)。その一方で,硝酸銀法による治療後に化学熱傷を認めた症例が報告されており15),使用に際しては留意が必要である。
3.爪切りについて
肉芽形成を伴う爪囲炎に対する爪切りの方法は複数ある。爪甲のスクエアカットは自宅で容易に行うことが可能であり,爪甲の陥入を予防することで側爪郭の疼痛や炎症を改善させるのに有用である2)16)。指趾の形状に沿ってまっすぐにカットし,両端を深く切り込まないことが重要である。ストレスポイントの爪切りは,一時的な局所の疼痛や炎症の改善は期待できる3)17)。しかし,一般的な陥入爪と異なり分子標的治療による爪囲炎は爪甲の部分切除のみで治癒することは少ないため,爪甲はストレスポイントのみではなく爪先から後爪郭までを直線に部分切除することが推奨される2)。その一方で,全抜爪を行うと爪甲の支持を失った爪床や爪母が変形しやすくなるため,爪甲変形が悪化する可能性がある。また,分子標的治療に伴う爪囲炎に対して全抜爪を行うと爪甲を失うとする報告もあり11),基本的に全抜爪は勧められない。
その一方で,以上の爪切りに関する報告はいずれもケースシリーズや症例報告,エキスパートオピニオンレベルでの報告であり,どの方法が爪囲炎に対して最善の方法かに関しては不明である。
4.フェノール法について
フェノール法は,特殊な器械を必要とせず,手技が簡便であることから爪囲炎の治療に広く用いられている。また,分子標的治療による肉芽形成を伴う爪囲炎に対しても,フェノール法の有用性が報告されている2)18)。フェノール法は爪甲による側爪郭の機械的刺激を即座に消失させることができる。したがって,フェノール法は,爪甲が側爪郭の肉芽に陥入し,疼痛を生じた症例に特に有用であると考えられる。
検索式・参考にした二次資料
PubMedにて,"Receptor,Epidermal Growth Factor/antagonists and inhibitors", "paronychia"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“分子標的薬”,“爪周囲炎”,“経皮投与”,“爪疾患”,“外科的療法”等のキーワードを用いて検索した。加えて,重要文献をハンドサーチで検索した。
参考文献 | |
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1) | Tahara M, Shirao K, Boku N, et al. Multicenter PhaseⅡ study of cetuximab plus irinotecan in metastatic colorectal carcinoma refractory to irinotecan, oxaliplatin and fluoropyrimidines. Jpn J Clin Oncol. 2008; 38(11): 762-9.(レベルⅤ) |
2) | 河村 進.第2章 2.形成外科の専門医による診断が必要な皮膚障害.四国がんセンター化学療法委員会 皮膚障害アトラス作成ワーキンググループ編著.分子標的薬を中心とした皮膚障害 診断と治療の手引き.大阪:メディカルレビュー社;2014.p.48-51.(レベルⅥ) |
3) | Kiyohara Y, Yamazaki N, Kishi A. Erlotinib-related skin toxicities: treatment strategies in patients with metastatic non-small cell lung cancer. J Am Acad Dermatol. 2013; 69(3): 463-72.(レベルⅥ) |
4) | Wnorowski AM, de Souza A, Chachoua A, Cohen DE. The management of EGFR inhibitor adverse events: a case series and treatment paradigm. Int J Dermatol. 2012; 51(2): 223-32.(レベルⅥ) |
5) | 白藤宜紀.EGFR阻害薬による皮膚障害と治療.医のあゆみ.2012; 241(8): 567-72.(レベルⅥ) |
6) | Lacouture ME, Anadkat MJ, Bensadoun RJ, et al; MASCC Skin Toxicity Study Group. Clinical practice guidelines for the prevention and treatment of EGFR inhibitor-associated dermatologic toxicities. Support Care Cancer. 2011; 19(8): 1079-95.(レベルⅥ) |
7) | Project Cetuximab(愛知県がんセンター中央病院).Practice Manual for Cetuximab v1.1. 2009. http://www.aichi-cancernetwork.com/pdf/Cetuximab.pdf(レベルⅥ) |
8) | 平川聡史,森ひろみ.第5章 Q1 皮膚障害の評価方法を教えて下さい.四国がんセンター化学療法委員会 皮膚障害アトラス作成ワーキンググループ編著.分子標的薬を中心とした皮膚障害 診断と治療の手引き.大阪:メディカルレビュー社;2014.p.65-74.(レベルⅥ) |
9) | 根本 圭,一宮 誠,武藤正彦.セツキシマブによる薬疹.皮病診療.2012; 34(3): 257-60.(レベルⅤ) |
10) | 樫野かおり,妹尾明美.イレッサによる薬疹.皮病診療.2010; 32(8): 855-58(レベルⅤ) |
11) | Segaert S, Van Cutsem E. Clinical signs, pathophysiology and management of skin toxicity during therapy with epidermal growth factor receptor inhibitors. Ann Oncol. 2005; 16(9): 1425-33.(レベルⅥ) |
12) | Saltz LB, Meropol NJ, Loehrer PJ Sr, Needle MN, Kopit J, Mayer RJ. PhaseⅡ trial of cetuximab in patients with refractory colorectal cancer that expresses the epidermal growth factor receptor. J Clin Oncol. 2004; 22(7): 1201-8.(レベルⅤ) |
13) | Dainichi T, Tanaka M, Tsuruta N, Furue M, Noda K. Development of multiple paronychia and periungual granulation in patients treated with gefitinib, an inhibitor of epidermal growth factor receptor. Dermatology. 2003; 207(3): 324-5.(レベルⅤ) |
14) | 畠 清彦,総監修.癌研有明病院チーム・アービタックス研修テキスト.医科学出版社.2009.(レベルⅥ) |
15) | 池田哲雄,入部兼繁,木下美佳,宮山東彦.臍肉芽腫の治療後臀部に化学熱傷を認めた2例.小児臨.2004; 57(9): 1985-7.(レベルⅤ) |
16) | Relhan V, Goel K, Bansal S, Garg VK. Management of chronic paronychia. Indian J Dermatol. 2014; 59(1): 15-20.(レベルⅥ) |
17) | Lee MW, Seo CW, Kim SW, Yang HJ, Lee HW, Choi JH, Moon KC, Koh JK. Cutaneous side effects in non-small cell lung cancer patients treated with Iressa (ZD1839), an inhibitor of epidermal growth factor. Acta Derm Venereol. 2004; 84(1): 23-6.(レベルⅤ) |
18) | 西村陽一,中川雄仁,藤川沙恵子.ゲフィチニブによる爪周囲炎・化膿性肉芽腫に対するフェノール法治療.皮の科.2007; 6(1): 66.(レベルⅤ) |