(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
分子標的治療
CQ13 |
分子標的治療に伴う手足症候群に対して保湿薬の外用は有用か | |
推奨グレード B |
分子標的薬,特にマルチキナーゼ阻害薬およびフッ化ピリミジン系薬剤による手足症候群の治療および予防を目的に,保湿薬を外用することは有用であり,勧められる。 |
●背景・目的
手足症候群(hand-foot syndrome;HFS)は知覚過敏などの異常知覚や疼痛を伴い,QOLを大きく低下させ,治療中止の要因にもなるので重要な症状である1)2)。HFSにはフッ化ピリミジン系薬剤で(数カ月以上にわたり)緩徐に生じるものと,分子標的薬のPDGFR,VEGFR,KITなどのチロシンキナーゼをはじめ複数の経路のリン酸化酵素の阻害薬剤により短期的(2~3週間)で急激に生じるものがある。どちらも先行する紅斑や異常知覚ののち,慢性期には角化が強くなり,しばしば過角化の状態から胼胝,鶏眼を生じる。加えて強い乾燥と外力により深い亀裂を生じると強い疼痛を覚えるようになる2)。これらの症状の治療や緩和,予防法として保湿薬の外用が有用か否かを検証した。
●解説
HFSはCommon Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE-JCOG)3)では手掌・足底発赤知覚不全症候群(palmar plantar erythrodysesthesia syndrome)に相当すると考えられ,重症度はGrade 1は疼痛を伴わないわずかな皮膚の変化または皮膚炎(例:紅斑,浮腫,角質増殖症),Grade 2は疼痛を伴う皮膚の変化(例:角層剝離,水疱,出血,浮腫,角質増殖症),身の回り以外の日常生活動作の制限,Grade 3では疼痛を伴う高度の皮膚の変化(例:角層剝離,水疱,出血,浮腫,角質増殖症),身の回りの日常生活動作の制限を伴う,とされている。
フッ化ピリミジン系薬剤で生じるHFSは当初,手掌足蹠・指(趾)腹・足踵にびまん性の浮腫性紅斑を生じ,慢性に経過し,表皮の萎縮(有棘層と角層の菲薄化)による指紋の消失や乾燥の亢進のため手足の腹側全体に亀裂や鱗屑を認め,強い疼痛を伴う。また手足の辺縁部や指趾関節部に色素沈着が目立つようになる2)。
分子標的薬のPDGFR,VEGFR,KITなど複数のキナーゼを阻害するマルチキナーゼ阻害薬(アキシチニブ,イマチニブ,スニチニブ,ソラフェニブ,パゾパニブ,レゴラフェニブなど)が消化管間質腫瘍,腎細胞がん,膵神経内分泌腫瘍,肝細胞がん,甲状腺がん,悪性軟部腫瘍,転移性腎がん,大腸がんなど多くのがん種で使用されており,PDGF,VEGF,KITなどのチロシンキナーゼはじめ複数の経路のリン酸化酵素の阻害を行う薬剤では,早期にHFSが発症する。投与開始2~3週間程度で浮腫性紅斑と足底を中心に違和感,紅斑,しびれ,知覚過敏などを生じる。特に強い異常感覚と疼痛はQOLを低下させる。荷重部位を中心に水疱,膿疱,びらんを生ずるようになり強い疼痛をきたす。フッ化ピリミジン系薬剤によるHFSと異なり早期に出現し,水疱周囲にリング状紅斑を生ずることが特徴である2)。薬剤により真皮上層の血管を中心に内皮障害をきたし,次いで表皮の障害をきたすこととなる。そのため,荷重部では圧迫と“ずれ”により症状が顕著化すると考えられる4)。慢性期には角化が強くなり,胼胝,鶏眼による疼痛が強くなる。局所の荷重が疼痛や重症化の要因となるため,圧の分散を図るために適切な角質コントロールや適切な中敷き,装具の着用など履き物の工夫が重要となる。
検索の範囲で,HFSの治療に対する標準治療において高いエビデンスレベルの文献は少ない。
薬剤とHFSの因果関係を示す論文やHFSの発症と臨床効果との相関(臨床マーカー)を示唆する論文が散見される一方5),HFSの予防および治療を目的にした保湿薬の外用の有用性についてのエビデンスレベルの高い文献は少ないが,尿素製剤,ヘパリン類似物質含有軟膏など保湿薬の使用は勧められている1)4)。
①進行期肝細胞がんに対するソラフェニブ投与によるHFS 871例に対する10%尿素クリームと非外用群とのランダム化オープンラベル予防投与試験では,HFSの発症率もGrade 2以上のHFS発症率も尿素群で有意に低く,HFS発症までの期間の平均値も有意に長かった6)とされている。②国内でも尿素含有軟膏の高用量の予防投与の有効性が示されている7)。③腎細胞がんに対するスニチニブおよびソラフェニブ投与によるHFSにおけるヘパリン類似物質含有軟膏および尿素軟膏の予防効果の検索でヘパリン類似物質含有軟膏の有効性が示されている8)。④マルチキナーゼ阻害薬によるHFSに対するヘパリンクリームの外用により症状改善をみた報告9)や,ソラフェニブによるHFSに対し保湿薬を使用した報告4)10)11)がある。
フッ化ピリミジン系薬剤によるHFSについてはCQ5~7を参照のこと。
以上より,HFSにおいて保湿薬の外用が治療法としても,予防法としても有効かつ有用であると考える。ただし,保湿薬の種類や用法・用量については確立されていない。
国内で頻用される保湿薬としては尿素系外用薬とヘパリン類似物質外用薬とがあり,HFSに相当する適応症として前者は足蹠部皸裂性皮膚炎,掌蹠角化症,進行性指掌角皮症,後者は皮脂欠乏症,進行性指掌角皮症をもつ。
検索式・参考にした二次資料
PubMedにて,"Hand Foot Syndrome", "Hand Foot Skin Reaction", "Chemotherapy", "Multikinase Inhibitor", "Dermatologic Symptom", "Sorafenib", "Sunitinib", "Regorafenib", "Pazopanib", "Imatinib", "Axitinib"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“手足症候群”,“手足皮膚反応”,“皮膚障害”,“マルチキナーゼ阻害薬”,“化学療法”,“ソラフェニブ”,“スニチニブ”,“レゴラフェニブ”,“パゾパニブ”,“イマチニブ”,“アキシチニブ”のキーワードを用いて検索した。加えて,重要文献をハンドサーチにて検索した。
参考文献 | |
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1) | McLellan B, Ciardiello F, Lacouture ME, Segaert S, Van Cutsem E. Regorafenib-associated hand-foot skin reaction: practical advice on diagnosis, prevention, and management. Ann Oncol. 2015; 26(10): 2017-26.(レベルⅥ) |
2) | 清原祥夫.分子標的治療薬と皮膚障害.癌と化療.2012; 39(11): 1597-602.(レベルⅥ) |
3) | 日本臨床腫瘍研究グループ(JCOG).10054524 Palmar-plantarerythrodysesthesia syndrome 手掌・足底発赤知覚不全症候群.有害事象共通用語規準(Common Terminology Criteria for Adverse Events: CTCAE)v4.0 日本語訳 JCOG版 2016年3月10日版.2016: p54. http://www.jcog.jp/doctor/tool/CTCAEv4J_20160310.pdf |
4) | Lacouture ME, Reilly LM, Gerami P, Guitart J. Hand foot skin reaction in cancer patients treated with the multikinase inhibitors sorafenib and sunitinib. Ann Oncol. 2008; 19(11): 1955-61.(レベルⅤ) |
5) | Nakano K, Komatsu K, Kubo T, et al. Hand-foot skin reaction is associated with the clinical outcome in patients with metastatic renal cell carcinoma treated with sorafenib. Jpn J Clin Oncol. 2013; 43(10): 1023-9.(レベルⅣb) |
6) | Ren Z, Zhu K, Kang H, et al. Randomized controlled trial of the prophylactic effect of urea-based cream on sorafenib-associated hand-foot skin reactions in patients with advanced hepatocellular carcinoma. J Clin Oncol. 2015; 33(8): 894-900.(レベルⅡ) |
7) | 小林美沙樹,小田中みのり,鈴木真也,他.ソラフェニブによる手足症候群に対する尿素配合軟膏の予防投与の有効性.医療薬.2015; 41(1): 18-23.(レベルⅣb) |
8) | 志田敏宏,加藤智幸,冨田善彦,豊口禎子,白石 正.マルチキナーゼ阻害剤の手足症候群発現に対する尿素軟膏およびヘパリン類似物質含有軟膏塗布による予防効果の比較.日病薬師会誌.2013; 49(12): 1293-7.(レベルⅣb) |
9) | Li JR, Yang CR, Cheng CL, et al. Efficacy of a protocol including heparin ointment for treatment of multikinase inhibitor-induced hand-foot skin reactions. Support Care Cancer. 2013; 21(3): 907-11.(レベルⅤ) |
10) | 山崎直也,末木博彦,木村 剛,古瀬純司,飯島正文.ソラフェニブによる手足症候群 予防法と対処法.皮病診療.2010; 32(8): 836-40.(レベルⅥ) |
11) | Robert C, Mateus C, Spatz A, Wechsler J, Escudier B. Dermatologic symptoms associated with the multikinase inhibitor sorafenib. J Am Acad Dermatol. 2009; 60(2): 299-305.(レベルⅥ) |