(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
化学療法
CQ12 |
タキサン系薬剤による爪変化に対する予防として冷却手袋は有用か | |
推奨グレード C1b |
タキサン系薬剤による爪変化に対する予防として,冷却手袋を使用することを考慮してもよい。 |
●背景・目的
抗がん剤投与による爪変化はタキサン系薬剤投与で頻度が高く,パクリタキセルよりドセタキセルによる報告が多い1)。これらの爪変化は,無症状で外見変化を伴うのみである場合もあるが,痛みを伴い手先を使う作業や歩行に影響する場合もあるため,効果的な予防対策が望まれる。タキサン系薬剤による爪変化に関しては,冷却による予防法が報告されているため,これについて検討した。
●解説
抗がん剤投与による爪変化は主にタキサン系薬剤投与によりみられるが,そのなかでもドセタキセルはパクリタキセルより爪変化の報告が多く,その出現率は約30%との報告がある1)。また,55例の転移性乳がん患者を対象とした試験結果では,ドセタキセル4サイクル投与後の爪変化の出現率は58%,続く3サイクル投与後には88%まで上昇したことが報告されている2)。
タキサン系薬剤の爪毒性が起こる機序については,タキサン系薬剤の抗血管新生作用によることを示唆する報告3)がある一方で,別の報告では,神経細胞が介する炎症過程の存在を示唆する報告4)もあり,まだ不明な点が多い。
ドセタキセル投与による爪変化の予防として,手足の冷却法が報告されている。これまで冷却キャップを使用し頭皮を冷却することで脱毛を予防する試み5)~7)や,5-FU投与に伴う口腔粘膜炎予防にクライオセラピーを行う試み8)が報告されている。これらは各部位を冷却することで血管を収縮させ,一時的に血流を低下させることで,殺細胞性抗がん剤による毒性の発現率や重症度を低下させることができると考えられており,手足の冷却法もこの考え方によるものである。
2005年にSocottéらは75mg/㎡のドセタキセルを投与する患者45人を対象として,ドセタキセルによる爪変化や皮膚障害の予防を目的に冷却手袋(frozen glove;FG)を用いた多施設臨床試験を実施した9)。この試験ではドセタキセルを投与する患者に対して,右手にはFGを装着し(FG群),左手には何も装着せずに(コントロール群)爪変化や皮膚障害の変化を比較しており,主要評価項目には,爪甲離床症の予防効果が設定された。FGは使用前に-25℃から-30℃の冷蔵庫で少なくとも3時間冷却し,ドセタキセル投与の15分前から右手にFGを装着し,1時間のドセタキセルの投与時間と投与後15分間の合計90分間冷却を行った。また,冷却効果の低下を防ぐために45分でFGを交換し,1人あたり2つのFGを使用した。結果として,爪障害の発現率はFG群で11%,コントロール群で51%と,FG群で爪障害の発現率の有意な低下を認め(p=0.0001),爪甲離床症(Grade 2の爪障害)の発現率もFG群で0%,コントロール群で22%と,FG群で爪障害の発現率の有意な低下を認めた(p=0.0001)。また副次評価項目としては,皮膚障害の予防効果,爪障害と皮膚障害の発現までの時間が設定されており,皮膚障害の発現率はFG群で24%,コントロール群で53%と,FG群で皮膚障害の発現率の有意な低下を認めた(p=0.0001)。爪障害と皮膚障害の発現までの時間については両群間に統計学的には有意な差を認めなかった〔爪障害;FG群106日,コントロール群58日(p=NS),皮膚障害;FG群51日,コントロール群51日,(p=NS)〕。また,FG装着による密着性や動作の抑制,冷却の忍容性の項目を含む快適さについて43人で評価しており(対象症例45人のうち,2人がFGの装着を拒否したため),37人(86%)が満足,6人(14%)が不満足と回答,後者の6人のうち5人(11%)はFGの装着中の寒さに耐えられず試験から脱落している。
Scottéらは同様の方法で,70~100mg/㎡のドセタキセルを投与する患者50人を対象として,冷却ソックス(frozen sock;FS)を用いて,ドセタキセルによる足の爪障害と皮膚障害の予防を目的に前向き臨床試験を実施した10)。右足にはFSを装着し(FS群),左足には何も装着せず(コントロール群)試験を実施したところ,FSを用いた試験においても,主要評価項目である爪障害の発現率はFS群で0%,コントロール群で21%と,FS群で爪障害の発現率の有意な低下を認めた(p=0.002)。この試験においてもFS装着による快適さの評価をしているが,大変満足,満足,不満足と回答したのは,それぞれ,19%,58%,2%であった(その他,不明21%)。
また,AlexandraらはScottéらの試験9)をもとに,ドセタキセルを投与する患者を対象にFGの有効性と安全性について,前向きのランダム化比較試験として実施している11)。この試験では初めにパイロットスタディとして21人の患者を対象にScottéらの報告と同様のFGの使用方法(FGは使用前に-25℃から-30℃の冷蔵庫で少なくとも3時間冷却し,ドセタキセル投与の15分前から右手にFGを装着し,1時間のドセタキセルの投与時間と投与後15分間の合計90分間冷却)で試験を実施したが,FGの冷却温度に耐えられず,試験からの脱落例が多かったため,後の試験では,FGを使用前に-4℃から-10℃の冷蔵庫で使用前に少なくとも12時間冷却すること,とプロトコル改定をして試験を実施した。しかし,試験対象となった53人のうち,32人(60%)がFGの冷却温度,もしくは動作の抑制に対する不満を理由に試験から脱落している。
以上より,タキサン系薬剤による爪変化に対する予防として冷却手袋を使用することを検討してもよいが,手間がかかる一方で保険償還の道筋がたっていない。また,患者によっては,投与中に手足を冷却することで寒気や不快感を訴えることもあるため,患者の希望や使用感を確認して使用する必要がある。
検索式・参考にした二次資料
PubMedにて,"Antineoplastic Agents", "taxoids", "nail diseases", "freezing"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“タキサン”,“爪疾患”,“冷却”等のキーワードを用いて検索した。
参考文献 | |
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1) | Minisini AM, Tosti A, Sobrero AF, et al. Taxane-induced nail changes: incidence, clinical presentation and outcome. Ann Oncol. 2003; 14(2): 333-7.(レベルⅤ) |
2) | Winther D, Saunte DM, Knap M, Haahr V, Jensen AB. Nail changes due to docetaxel—a neglected side effect and nuisance for the patient. Support Care Cancer. 2007; 15(10): 1191-7.(レベルⅣa) |
3) | Battegay EJ. Angiogenesis: mechanistic insights, neovascular diseases, and therapeutic prospects. J Mol Med (Berl). 1995; 73(7): 333-46.(レベルⅥ) |
4) | Wasner G, Hilpert F, Schattschneider J, Binder A, Pfisterer J, Baron R. Docetaxel-induced nail changes – a neurogenic mechanism: a case report. J Neurooncol. 2002; 58(2): 167-74.(レベルⅤ) |
5) | Katsimbri P, Bamias A, Pavlidis N. Prevention of chemotherapy-induced alopecia using an effective scalp cooling system. Eur J Cancer. 2000; 36(6): 766-71.(レベルⅣa) |
6) | Lemenager M, Lecomte S, Bonneterre ME, Bessa E, Dauba J, Bonneterre J. Effectiveness of cold cap in the prevention of docetaxel-induced alopecia. Eur J Cancer. 1997; 33(2): 297-300.(レベルⅣa) |
7) | Ridderheim M, Bjurberg M, Gustavsson A. Scalp hypothermia to prevent chemotherapy-induced alopecia is effective and safe: a pilot study of a new digitized scalp-cooling system used in 74 patients. Support Care Cancer. 2003; 11(6): 371-7.(レベルⅣa) |
8) | Mahood DJ, Dose AM, Loprinzi CL, et al. Inhibition of fluorouracil-induced stomatitis by oral cryotherapy. J Clin Oncol. 1991; 9(3): 449-52.(レベルⅡ) |
9) | Scotté F, Tourani JM, Banu E, et al. Multicenter study of a frozen glove to prevent docetaxel-induced onycholysis and cutaneous toxicity of the hand. J Clin Oncol. 2005; 23(19): 4424-9.(レベルⅢ) |
10) | Scotté F, Banu E, Medioni J, et al. Matched case-control phase 2 study to evaluate the use of a frozen sock to prevent docetaxel-induced onycholysis and cutaneous toxicity of the foot. Cancer. 2008; 112(7): 1625-31.(レベルⅢ) |
11) | McCarthy AL, Shaban RZ, Gillespie K, Vick J. Cryotherapy for docetaxel-induced hand and nail toxicity: randomised control trial. Support Care Cancer. 2014; 22(5): 1375-83.(レベルⅡ) |