(旧版)がん患者に対するアピアランスケアの手引き 2016年版
Ⅰ.治療編
化学療法
CQ6 |
化学療法による手足症候群に対して保湿薬の外用は有用か | |
推奨グレード C1a |
化学療法による手足症候群の予防および治療として,高いエビデンスはないが,角質融解作用をもたない保湿薬の使用は勧められる。 | |
推奨グレード C1b |
化学療法による手足症候群の予防および治療として,角質融解作用のある成分を含む保湿薬(尿素や乳酸を含有する製剤)の使用は基本的には勧められないが,角質が厚い部分に対する短期間の使用については考慮してもよい。 |
●背景・目的
化学療法による手足症候群(HFS)は手掌・足底発赤知覚不全症候群や手掌・足底紅斑,肢端紅斑,手足皮膚反応とも呼ばれ,手掌や足底に疼痛および皮膚変化をもたらす副作用である。症状が進行すると腫れ,水疱,落屑,潰瘍を伴う場合もある。抗がん剤のなかでもカペシタビンは高頻度にHFSを起こすことが知られており,その出現頻度は45~68%との報告がある1)2)。これらの症状の緩和や治療,予防に,保湿薬の外用が有効か検討した(分子標的薬によるHFSに対する保湿薬の外用についてはCQ13を参照)。
●解説
HFSを起こす可能性のある抗がん剤としては,5-FU,ドキソルビシン,シタラビン,ビノレルビン,ドセタキセルなどが知られ,6~67%の出現頻度とされている3)。
HFSの明確な発現機序は不明であるが,最も報告が多いフッ化ピリミジン系薬剤で生じるHFSは当初,手掌足蹠・指(趾)腹・足踵にびまん性の浮腫性紅斑を生じ,慢性に経過し,表皮の萎縮(有棘層と角層の菲薄化)による指紋の消失や乾燥の亢進のため手足の腹側全体に亀裂や鱗屑を認め,強い疼痛を伴う。また,手足の辺縁部や指趾関節部に色素沈着が目立つようになる。確立した治療法と予防法はなく,HFSの最も確実な処置は原因薬剤の休薬と減量のみとされている4)。HFSに対する保湿薬の使用に関して,高いエビデンスレベルの文献は少なく,日常臨床ではHFSに対して保湿薬の塗布が行われたり,感染予防のための創部ケア等が中心に行われたりしている。
臨床でよく使用される保湿薬には,油脂性基材製剤(白色ワセリンやジメチルイソプロピルアズレン含有軟膏),ヘパリン類似物質含有製剤,尿素製剤などがある。
HFSの予防として,前向きに保湿薬の効果を検討した研究としては,カペシタビンに対して,尿素・乳酸クリームの予防効果を検討したランダム化比較試験がある。Wolfらはカペシタビン2,000mg/㎡/日もしくは2,500mg/㎡/日を2週間内服,1週間休薬の3週サイクルで化学療法を開始する137例の被験者を対象に,尿素12%/乳酸6%配合クリーム(ULABTKAクリーム)とプラセボクリーム群にランダムに割り付け二重盲検比較試験を行っている5)。主要評価項目は,中等度以上のHFS発現率とし,症状および重症度は,患者自ら評価したものである。初回介入によるHFS発現率は,尿素・乳酸クリーム群では13.6%(8/59例),プラセボクリーム群では10.2%(11/60例)であり,有意差を認めなかった(p=0.768)。また,副次評価項目の一つにHFS出現日中央値があり,尿素・乳酸クリーム群で47日,プラセボクリーム群では78日であり,これも有意差を認めなかった(p=0.192)。また,カペシタビンの内服を開始し,外用剤を塗布した翌日,尿素・乳酸クリーム群でHFSの症状が出現したと評価した割合が,プラセボ群に比べて高かったということについて,筆者らは尿素や乳酸の塗布による刺激感を患者がHFSと誤解した可能性があると考察している。以上より,化学療法によるHFSの予防としての尿素・乳酸クリームの使用は,基本的に勧められない。
HFSの予防として,後ろ向きに保湿薬の効果を調査した報告は3つある6)~8)。いずれもカペシタビンによる化学療法で,開始時より保湿薬を外用した調査である。使用した外用剤は,それぞれ①皮膚バリアクリームとmoist exposed burn ointment併用6),②尿素含有軟膏とステロイド外用併用7),③尿素含有軟膏やヘパリン類似物質含有製剤併用8)である。外用剤を予防的に使用し,適切なケアを行うことで,HFSの重症度の軽減やHFSによる治療中止例を減らすことができたという。また,過去に行われたカペシタビンの臨床試験において,保湿薬の使用を推奨した事例があり9)10),症状出現前および軽度の症状発現後に保湿薬を使用している。
また,HFSの治療として,保湿薬の効果をみた前向き研究がある。検討した薬剤は,市販のアルギニン・スクワレン・セラミド含有保湿ローションである。本研究では,消化器がん(胃がん・大腸がん)に対してフッ化ピリミジンを導入し,その後生じたHFS(5例)に対して治療を行う目的で,前述した外用剤を1日2回,4~6週間,塗布した。評価項目として,皮膚の乾燥(機器測定による皮脂量,角質水分量,経表皮水分喪失,pH),主観的症状(瘙痒感,つっぱり感),客観的症状(皮膚のきめの粗さや亀裂)の変化を測定した。この結果,皮膚の乾燥,主観的症状,客観的症状が改善した11)。
その他の保湿薬使用の予防効果・治療効果について前向きに研究した報告は,検索の範囲では認められなかった。また,フッ化ピリミジン系化学療法以外の化学療法で起こるHFSの予防・治療に保湿薬が有効かどうかについては,検索の範囲で報告を認めなかった。
上記のように,HFSに対する保湿薬の使用に関しては,エビデンスレベルの高い文献はほとんどなく,エキスパートオピニオンによる推奨3)12)~14)が多いが,角質融解作用をもたない保湿薬は使用しやすく,塗布時の刺激感等の副作用が少ないことから,HFSの予防および治療において保湿薬の使用は有用と考える。留意すべきこととして,尿素製剤には保水作用のほか角質融解作用があり,乳酸製剤にも角質融解作用がある。そのため,使用にあたっては塗布時の刺激性を感じる可能性があり,長期間使用による皮膚の菲薄化に伴った過敏性・乾燥が危惧されるため,角質が厚い部分に対して短期間の使用にとどめることが望ましい。
国内で頻用される保湿薬としては尿素系外用薬とヘパリン類似物質外用薬がある。手足症候群に相当する適応病名として尿素系外用薬は足蹠部皸裂性皮膚炎,掌蹠角化症,進行性指掌角皮症が,ヘパリン類似物質外用薬は皮脂欠乏症,進行性指掌角皮症がある。また,ジメチルイソプロピルアズレン軟膏は湿疹,熱傷・その他の疾患によるびらんおよび潰瘍の適応病名がある。
検索式・参考にした二次資料
PubMedにて,"Antineoplastic Agents", "hand-foot syndrome", "steroid", "clinical trial"等のキーワードを用いて検索した。医中誌Webにて,“抗腫瘍剤”,“手足症候群”,“ステロイド”等のキーワードを用いて検索した。
参考文献 | |
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1) | Heo YS, Chang HM, Kim TW, et al. Hand-foot syndrome in patients treated with capecitabine-containing combination chemotherapy. J Clin Pharmacol. 2004; 44(10): 1166-72.(レベルⅣb) |
2) | Abushullaih S, Saad ED, Munsell M, Hoff PM. Incidence and severity of hand-foot syndrome in colorectal cancer patients treated with capecitabine: a single-institution experience. Cancer Invest. 2002; 20(1): 3-10.(レベルⅣb) |
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5) | Wolf SL, Qin R, Menon SP, et al; North Central Cancer Treatment Group Study N05C5. Placebo-controlled trial to determine the effectiveness of a urea/lactic acid-based topical keratolytic agent for prevention of capecitabine-induced hand-foot syndrome: North Central Cancer Treatment Group Study N05C5. J Clin Oncol. 2010; 28(35): 5182-7.(レベルⅡ) |
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7) | 須藤 剛,石山廣志朗,矢吹 皓,他.大腸癌術後補助化学療法としてのCapecitabine投与例の有害事象の検討 手足症候群対策を中心に.癌と化療.2010; 37(9): 1729-33.(レベルⅣb) |
8) | 藤井千賀,阿南節子,藤野美佐子,他.Capecitabine投与患者における手足症候群のマネジメント.癌と化療.2008; 35(8): 1357-60.(レベルⅣb) |
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11) | 松井優子,佐々木絵美,高堂祥子,他.抗がん剤投与中の患者の手足症候群に対するアルギニン,スクワラン,セラミド含有保湿ローションの効果.日創傷オストミー失禁管理会誌.2014; 17(4): 304-11.(レベルⅤ) |
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